僕に青春を教えてくれた恋人  (僕にアオハルを教えてくれたヒト)

 櫻楽とデート、に行った翌日以降も、とりあえず僕は、一人受験勉強を続けた。三年生になってからは、多い時は十二時間ぐらい、勉強をしていた。買い物も料理も専ら姉の仕事になっていて、通院以外で外に出ることはなくなった。参考書は、全部解き終わったあとに消しゴムで消して、もう一度解き直したり、睡眠前に暗記することを呪文のように唱えたり、とにかく勉強漬けの毎日。月末になると、不登校生徒にプリントを届けに行くグループ、のメンバーの一人が持ってくる、山のような量の課題プリントたち。それも一日あればすべて終わり、また独学に戻る。特段趣味もないし、学校に行っていないから、病院と勉強のことだけを考えればいい。ただひたすら勉強に集中できる環境に身を置けている、それこそが僕の強みだとも思えた。
 よく、「中学の三年間はあっという間で、受験はすぐにやってくる」的な文言を耳にしていたけど、それは本当のことだった。時間軸が狂ったんじゃないかと思うぐらい、九月から今日までの記憶がなく、僕は本当に勉強を続けていたのかもわからないぐらいだった。
 受験当日の朝は、霞んでいた。
「皇叶、忘れ物ない?」
「受験票、鉛筆五本と消しゴム……
 リュックの中身を、今一度確認していく。久しぶりに、こいつを背負う。
「うん、大丈夫」
「はい、お弁当と水筒。保冷剤、入れてあるからね」
「ありがとう」
「時間とか間違えないようにね」
「わかってる。不安だから、もう出ようかな」
「わかった。先、車に乗っておいて。すぐ行くから」
 姉の手から飛んでくる鍵をキャッチして、一足先に階段を下りた。
 高校までは、徒歩ではギリ、自転車では余裕で行ける距離だが、念のため、今日明日は送迎を頼んだ。姉はこの為に仕事の時間を調整してくれている。会社には、一年前に事情を話していて、理解ある職場でよかったと、姉も言っていた。
「緊張してるだろうけど、皇叶なら大丈夫。今日までやって来たことを、全力でぶつけたらいいんだから」
「……うん」
「お姉ちゃんは、皇叶がどういう形であれ、大人になってくれるのが、一番嬉しいから」
「ありがとう」
 学校近くのコンビニ前に車を停めた姉。助手席から降りた僕は、リュックを背負い、手には弁当と水筒が入るバックを持って、車のドアを閉めた。姉は、手を振って見送ってくれた。
 受験生は、ぱっと見、少ないと感じた。教室1.5部屋分ぐらいのサイズしかないのに、受験生と監視の教員五人を含めて、全員が収まるのだから。
 試験は九時に開始され、時間通りに終わり、昼休憩を挟んだ後、残りの教科を受け、少しトラブルがあったために終了時刻が五分遅れたものの、ほとんど言われていた日程と変わらず、一日目が修了した。
 そして受験二日目。受験生一人に対して、三人の教員が面接を行う形式だった。学校に行っていれば、練習を何回か受けれたらしいが、僕は一切やらずに来たため、何なら試験よりも緊張していた。最初は、自己紹介から入り、段々と深い質問が投げかけられる。絶対聞かれるだろうと思っていた、不登校のこと、についても、面接官はそれぞれの角度から質問してきた。
 五十代後半に見える、男性教員。
「君は、一年生の途中からずっと不登校みたいだね。何か理由があるのかね?」
 四十代ぐらいに見える、男性教員。
「登校をしなかった期間は、どのように過ごしていましたか?」
 二十代ぐらいの、女性教員。
「塾や家庭教師に頼らず、お一人で受験勉強をしている中で、どのようなことに悩まれましたか?」
これらの質問に、僕は嘘をつかず、正直に答えた。時々、面接官らの表情は曇る。けれど、中学校に行かず、変に染まらなかったからこそ答えられる質問に、僕は気付けば、晴れ晴れとした気持ちで答えいていた。
「以上で面接を終わります」
 動画で見た通りの動きをして、「ありがとうございました」と礼をする。
「失礼しました」
 ドアを閉めるまで、電気が走っているみたいに、指はビリビリとしびれていた。
 朝と同じところで、姉は待ってくれていた。
「ただいま」
「おかえり。面接のほうは、どうだった?」
「緊張した。合格できてるかわからない」
「皇叶なら大丈夫。というか、前に聞いたことあるんだけど、定員割れしてる学校なら、基準点にさえ達していれば落ちることはないらしいから」
「いや、僕、不登校生徒だったから、基準点に達してないかもよ?」
「……そういうことは気にしない。とりあえず、今日の夕食は、お疲れ様会と題して、少しだけ豪華にしよう。私、この後仕事行くから、帰りに何か買ってくるよ。何がいい?」
「いつものコロッケ……、いや、今日は普通の夕ご飯でいいよ。合格してたら、食べたいものあるから」
「そう。わかった。まぁ、買い物はして帰るから」
「わかった」
 十一時過ぎに、姉は仕事に向かった。受験勉強という鎖が解かれ、急にやり切った感と疲れが出てきて、ソファの上で眠ってしまっていた。目を覚ましたのは十五時過ぎで、とりあえず、冷蔵庫にあった卵を焼いて、マヨネーズを塗った食パンに挟み、食べた。簡素なものだけど、美味しかった。よっぽど、疲れていたみたいだ。