早朝、春の雨が窓に打ち付ける喫茶店で、僕らは向かい合った。テーブルには、コーヒーとカフェオレが置かれ、マスターは眼鏡をずらして新聞を読んでいる。
「わざわざ貸し切りにする必要ないだろ」
「話に集中したかったから。時間無駄にできないし、話したいんだけど、いい?」
「どうぞ、ご勝手に」
氷がコップにぶつかり、カラカラと音を鳴らす。喉仏を上下させながら、コーヒーを流し込んでいく。
「もう、姫乃ちゃんに聞いたかもしれないけど、俺、高校に合格して、寮生活することになった」
「だから、会えない。そういうことだろ?」
「違う。確かに、今みたいに気軽には会えないけど、お盆と年末年始は必ず帰省する。だから、会って欲しいんだ」
「僕、死んでるかもしれないのに?」
雨脚が弱まる。硝子の向こう、相合傘をして楽しむカップルの姿。
「聞いた。リハビリ頑張ってるんだってな」
「……っせぇ」
「俺は、皇叶のことが――」
――チャリン
「すみませーん」
新聞から顔を上げるマスター。ドアの方に視線を向け、会釈した。
「あぁ、これはこれは。雨の中、ご苦労さん」
柱の影から見えた、つなぎ姿の男性。青色のケースを、マスターに手渡した。
「おいくらかね」
三十代ぐらいだった。端正な顔立ちをしている。誰だろう、と思いながらカフェオレを啜る。すると真正面から、小さい声が聞こえた。
「あの人は、酪農家さんね。ここのミルクは、わざわざ農園から直接買って、配達してもらっているんだよ。農場は、ここから車で三分のところにある」
窓の外を見ると、牛柄の中型トラックが止まっていた。
「ありがとうね」
「またお願いしまーす」
しばらくして、トラックが見えなくなった。マスターは牛乳瓶を一本ずつ、丁寧に冷蔵庫の中へ入れていく。
「さっきの続き。僕のことが何なの?」
「ん? 俺、何か言いかけてたっけ?」
「は、忘れたのかよ」
「ごめん、ごめん。思い出したら言うからさ」
結局、その話しの続きがされることはなかった。ただ一方的に櫻楽の話を聞いて、その日は別れた。「今度は、お盆休みね。デートしよう」と、最後に約束を交わされて。
そんな約束、どうせ忘れる。僕は頭の片隅の片隅に置いて、春休み中の課題に取り組んだ。正直、こんな簡単なのかよ、と思った。
春休み以降も、僕は学校には行かなかった。先生も面倒になったのか、重要な連絡以外は、月末に一気に課題やら連絡事項のプリントを渡す、しかもクラスメイトの誰かがループで、家まで届けにくる形式に変更。どうやら、届けに来る役割の生徒は、僕が生存していることを確認し、それを先生に報告しているらしい。別に僕が死んだって、どうだっていいくせに。
七月末、プリント類を渡しに来たのは、軽く話したことのある、西園寺杏だった。気品あふれる爺さんが運転席に座る、高級な黒のゴツイ車。そこから降りてきた彼女は、僕よりも背が高くなっていて、さらに麗しい顔付きになっていた。
「はい、これが今月分の課題と、お手紙」
「あ、りがと」
「最近調子はどう? 毎月聞かれて嫌だと思うけど」
「普通。そっちこそ、いちいち報告すんの、面倒じゃないわけ?」
「毎月じゃないからね。九月は、牛島君が担当。私が次に来るのは、一月」
「ふーん」
「外で執事を待たせているから、この辺で。じゃあね」
手を振って、ボロボロの階段を下りて行くお嬢様。僕の手元には、じんわりと温かいクリアファイルが握られていた。
「わざわざ貸し切りにする必要ないだろ」
「話に集中したかったから。時間無駄にできないし、話したいんだけど、いい?」
「どうぞ、ご勝手に」
氷がコップにぶつかり、カラカラと音を鳴らす。喉仏を上下させながら、コーヒーを流し込んでいく。
「もう、姫乃ちゃんに聞いたかもしれないけど、俺、高校に合格して、寮生活することになった」
「だから、会えない。そういうことだろ?」
「違う。確かに、今みたいに気軽には会えないけど、お盆と年末年始は必ず帰省する。だから、会って欲しいんだ」
「僕、死んでるかもしれないのに?」
雨脚が弱まる。硝子の向こう、相合傘をして楽しむカップルの姿。
「聞いた。リハビリ頑張ってるんだってな」
「……っせぇ」
「俺は、皇叶のことが――」
――チャリン
「すみませーん」
新聞から顔を上げるマスター。ドアの方に視線を向け、会釈した。
「あぁ、これはこれは。雨の中、ご苦労さん」
柱の影から見えた、つなぎ姿の男性。青色のケースを、マスターに手渡した。
「おいくらかね」
三十代ぐらいだった。端正な顔立ちをしている。誰だろう、と思いながらカフェオレを啜る。すると真正面から、小さい声が聞こえた。
「あの人は、酪農家さんね。ここのミルクは、わざわざ農園から直接買って、配達してもらっているんだよ。農場は、ここから車で三分のところにある」
窓の外を見ると、牛柄の中型トラックが止まっていた。
「ありがとうね」
「またお願いしまーす」
しばらくして、トラックが見えなくなった。マスターは牛乳瓶を一本ずつ、丁寧に冷蔵庫の中へ入れていく。
「さっきの続き。僕のことが何なの?」
「ん? 俺、何か言いかけてたっけ?」
「は、忘れたのかよ」
「ごめん、ごめん。思い出したら言うからさ」
結局、その話しの続きがされることはなかった。ただ一方的に櫻楽の話を聞いて、その日は別れた。「今度は、お盆休みね。デートしよう」と、最後に約束を交わされて。
そんな約束、どうせ忘れる。僕は頭の片隅の片隅に置いて、春休み中の課題に取り組んだ。正直、こんな簡単なのかよ、と思った。
春休み以降も、僕は学校には行かなかった。先生も面倒になったのか、重要な連絡以外は、月末に一気に課題やら連絡事項のプリントを渡す、しかもクラスメイトの誰かがループで、家まで届けにくる形式に変更。どうやら、届けに来る役割の生徒は、僕が生存していることを確認し、それを先生に報告しているらしい。別に僕が死んだって、どうだっていいくせに。
七月末、プリント類を渡しに来たのは、軽く話したことのある、西園寺杏だった。気品あふれる爺さんが運転席に座る、高級な黒のゴツイ車。そこから降りてきた彼女は、僕よりも背が高くなっていて、さらに麗しい顔付きになっていた。
「はい、これが今月分の課題と、お手紙」
「あ、りがと」
「最近調子はどう? 毎月聞かれて嫌だと思うけど」
「普通。そっちこそ、いちいち報告すんの、面倒じゃないわけ?」
「毎月じゃないからね。九月は、牛島君が担当。私が次に来るのは、一月」
「ふーん」
「外で執事を待たせているから、この辺で。じゃあね」
手を振って、ボロボロの階段を下りて行くお嬢様。僕の手元には、じんわりと温かいクリアファイルが握られていた。



