僕に青春を教えてくれた恋人  (僕にアオハルを教えてくれたヒト)

「ねえ、君」
「……なに?」
「お、喋った。まだ声変わりしてないんだね」
「は、なに? 僕のこと、馬鹿にしてるのか?」
「してないよ、するつもりもないし。したところで得することもないし」
前を歩く彼は、振り向き、軽く首を傾げる。
「そうだ、先に自己紹介しておかないとね」
立ち止まり、微笑む。八重歯が尖っていて、唇から少しだけはみ出る。
「俺の名前は、日下部櫻楽。三年一組、出席番号七番。十五歳。放送部と生徒会に所属してる。十四歳上の兄と十歳上の姉がいて、俺が末っ子。好きな食べ物はグラタンと、塩ラーメン、嫌いな食べ物はシチューと、豚骨ラーメンで、苦手な食材は――」
「わ、わかった。もういい。うるさい、一旦黙れ」
次々と耳に入ってくる、彼の声に、僕は焦っていた。たらふく食べたのに、そこに占めのラーメンを食べてしまったような。
それなのに、彼は表情をくしゃくしゃにした。
「何笑ってんだよ。笑う要素なんてどこにもないだろ。チッ。じろじろ見んな」
「君ってさ」
彼の顔が近づく。胸がドクンと鳴る。
「可愛いね」
拍子抜けも甚だしい。腰の力が抜ける。
「あっ、大丈夫?」
腰に回された手。優しく、ゆっくりと姿勢が戻される。
「は、はあ!? なに、急に。触ってんじゃねーよ」
「一人称は僕なのに、先輩に対して敬語を使わないみたいな感じで、強がってるところとか、特に。それに、瞳も茶色くて綺麗だ」
顔が熱くなっていくのがわかった。そんな顔を見られるのが恥ずかしくて、視線を逸らし、口を開く。
「べ、べべ、別に、可愛くないし。も、元々こういうタイプ……だし」
明らかに動揺していた。余計に顔が熱くなる。舌も回りづらい。
「素直じゃないね。でも、そういうところが、君のいいところって感じがする。何かに反抗したいけど、その矛先が分からなくて、とりあえず誰にでも突っかかってる感じとかも」
「へ……」
「ねえ、よかったら俺と友達にならない? こうして出会って話せたのも、何かの縁かもしれないし」
差し伸べられた手。細くて長くて、健康そうな肌の色をしている。僕は俯き、右手で拳を作る。
「縁? 何言ってやがる。元はと言えば、お前のせいで死に損なったんだ。何で僕を助けたりした?」
顔を上げる。彼は目を見開いた。
「別に、僕が死んだって誰も悲しんだりしないし、学校だって、お荷物を抱えなくて済むんだから、それでいいはずじゃないか。助けてくれなかったら、今頃死んでたかもしれないのに!」
腕も、足も、声も、震える。
「単純に、君に生きていて欲しいからだよ」
初対面なのに、優しい言い方をされるから、ふと我に返ってしまう。定まらない自分の気持ちが、うざい。
「それに、今、本音を言ったでしょ。助けてくれなかったら、今頃死んでたかもって。本当は助けて欲しかったんじゃない? 死ぬつもりなんて、最初から無かったんじゃない? 実際、俺が押さえたとしても、間を抜け出して、飛び降りることだって可能だったんだし。そうでしょ?」
「う、うるさい。お前になにがわかる」
「……え? わからないよ」
「えっ……え」
「だって俺は君じゃないんだから。君のことわかるわけないよ。でも、俺は君のことが知りたいんだ。生徒の代表である生徒会長としても、先輩としても、友達としても」
「……」
「ね、梅沢皇叶(うめざわ こうが)君」
「なんで、名前……。僕、一度も名乗ってない……んだけど」
「俺には、生徒会長としての役割っていうか、生徒一人一人のことを把握しておく必要があるからね。生徒の顔と名前、それに所属してる部活とかは……、というのは嘘で、ごめん、一年生のこと、まだ把握できてなくて、さっき先生たちが、君のこと話してるのを聞いちゃってさ」
彼は頭を掻き、苦笑いした。けれど、僕は気が気でなかった。僕のことをお荷物としか見ていない教員たちが、一体どんな話を――
「あ、聞いたって言っても、学年と名前、出身中学のことだけだから。何もプライベートなことまで聞いたわけじゃないからね」
「え」
「もし仮に、プライベートな話をし始めたら、俺は耳塞ぐって」
 彼はくすっと笑い、でも真剣に耳を塞いだ。
「何なら、君のプライベートなこと、試しに話してみる? 俺、このあと時間あるから、話ならいくらでも聞けるよ?」
「話すわけないだろ。俺、お前のことよく知らないし」
「そうだよね。まだ入学して四カ月だもんね。でも、俺のこと何回か見てるだろ? 入学式とか、オリエンテーションとかで」
「覚えてない。お前、どこにでもいそうな顔してるから」
「えー、俺、この顔で結構女子からモテモテなんだけどな」
 彼はにやっと笑う。けど、嬉しそうには見えなかった。
「そんなにもてるなら、彼女いるんだろ、どうせ」
「え、いないよ。できたことないもん」
「えっ、え」
「あ、もしかして君も童貞だったりする?」
 瞳に星が輝いた。
「童貞じゃないし。俺に彼女できたら姉ちゃんが悲しむから、それでだし」
「ふーん。そっか」
「な、何だよ、別にいいだろ。なんか悪いか?」
「ううん。何も悪くない」
「じゃあ、そんな言い方すんな」
「ごめんって。つい、揶揄いたくなってさ。だって君、めっちゃ可愛いんだもん。ホント、友達になってくれたら、俺、嬉しいんだけどな」
 窓の外、グラウンドが見える。そこでは、少人数の野球部員たちが、掛け声に合わせて同じ速度で走っている。その向こうでは、サッカーゴールが寂しそうに押し倒されていた。
「僕に、青春ってやつ、教えてくれるなら、友達になってやらなくもないけど」