自動ドアが開いた先、直射日光が突き刺さる。
「あっつ」
半袖の下、汗がじわりと滲み始める。
肌が焼けている感覚を覚えながら、家へと繋がる道を歩いていく。道中、半袖半ズボン姿の小学生男子数名とすれ違った。虫取り網とかごを持ち、わー、とか、きゃー、とかと言いながら、公園へ繋がる道を走り去っていく。
「昔は、楽しかったな」
僕が小学生の頃、夏休みになると姉を誘って、よく近所の公園に出かけていた。引っ越してくる前まで住んでいたアパートは、目の前に公園があって、小川が流れていた。水辺にすむ生き物も、土や木にいる生き物も、採取して観察するにはもってこいの場所だったのだ。でも、十歳になったばかりの十二月、遊び場だった公園は、取り壊しが決まった。遊具の劣化に伴うものだと聞いたが、その年の夏、マンションの建設作業が始まった。公園のあった場所は、駐車場に変わるらしかった。
そして僕らは、マンションが完成する前に、引っ越しした。母の実家――取り壊しが決まっている――が目と鼻の先にある所だった。
アパートが建てられたのは、僕が産まれた年で、外観も内観も比較的綺麗なところだった。でも、住民の入れ替わりが激しいところらしく、ところどころ気になる汚れもあった。
引っ越したその日の晩、母から聞かされた言葉は、今でも鮮明に覚えている。
「ここは、その昔、たくさんの自殺志願者が集った場所でね。だから、その歴史が家賃の安さに反映されてるの。そのことを覚えておきなさい。いいわね」
事故物件とまではいかないが、そういうことだった。それを聞いた姉は、青ざめていた。そしてこの日から、僕は姉を守る役目を果たすのだと、ひとり決意したことも、忘れていない。
引っ越してから一週間が経過すると、母は殆どの時間を外で過ごすようになった。引っ越す前に働いていたパート先もアルバイト先も辞めず、家からわざわざ時間をかけて、自転車で通勤し始めた。夜になっても家に帰ってくることはなく、どこで夜を明かしているのか、僕と姉に対し、ずっと黙り続けていた。そして今も、家に帰る頻度は極端に少なく、ほぼ、姉と僕の二人暮らし状態になっている。
そんな家に帰宅すると、とりあえず洗面所で頭と手を洗い、冷蔵庫に冷えている麦茶をガラスコップに注ぎ、一気に飲み干した。喉を通り、そして身体全体に染みわたっていくのがわかる。
扇風機を付けたい気持ちはあるが、窓を開け、自然に吹く風で我慢する。冷たい、というよりは生ぬるい風。それでも、節約しなければならない。第一は、姉のため。僕が住む地域の場合、高校生になると医療費がかかりはじめる。今は無償だからいいが、この先、病状は進行していくばかりで、回復する兆しはない。ただ、ゆっくりと、死に向かっていくだけ。
着信音が鳴った。画面には櫻楽と表示される。
「もしもし」
「あ、突然ごめんな、電話かけて」
「用件、早く」
「今から、会いに行ってもいいか?」
「え、は? え、今から?」
「そう」
「無理。お姉ちゃん帰ってくるし」
「十七時過ぎなんだろ? だめか?」
「……五分だけなら」
「わかった。すぐ行く」
電話を切る。時計の針は、十六時五十分をさしていた。
「あっつ」
半袖の下、汗がじわりと滲み始める。
肌が焼けている感覚を覚えながら、家へと繋がる道を歩いていく。道中、半袖半ズボン姿の小学生男子数名とすれ違った。虫取り網とかごを持ち、わー、とか、きゃー、とかと言いながら、公園へ繋がる道を走り去っていく。
「昔は、楽しかったな」
僕が小学生の頃、夏休みになると姉を誘って、よく近所の公園に出かけていた。引っ越してくる前まで住んでいたアパートは、目の前に公園があって、小川が流れていた。水辺にすむ生き物も、土や木にいる生き物も、採取して観察するにはもってこいの場所だったのだ。でも、十歳になったばかりの十二月、遊び場だった公園は、取り壊しが決まった。遊具の劣化に伴うものだと聞いたが、その年の夏、マンションの建設作業が始まった。公園のあった場所は、駐車場に変わるらしかった。
そして僕らは、マンションが完成する前に、引っ越しした。母の実家――取り壊しが決まっている――が目と鼻の先にある所だった。
アパートが建てられたのは、僕が産まれた年で、外観も内観も比較的綺麗なところだった。でも、住民の入れ替わりが激しいところらしく、ところどころ気になる汚れもあった。
引っ越したその日の晩、母から聞かされた言葉は、今でも鮮明に覚えている。
「ここは、その昔、たくさんの自殺志願者が集った場所でね。だから、その歴史が家賃の安さに反映されてるの。そのことを覚えておきなさい。いいわね」
事故物件とまではいかないが、そういうことだった。それを聞いた姉は、青ざめていた。そしてこの日から、僕は姉を守る役目を果たすのだと、ひとり決意したことも、忘れていない。
引っ越してから一週間が経過すると、母は殆どの時間を外で過ごすようになった。引っ越す前に働いていたパート先もアルバイト先も辞めず、家からわざわざ時間をかけて、自転車で通勤し始めた。夜になっても家に帰ってくることはなく、どこで夜を明かしているのか、僕と姉に対し、ずっと黙り続けていた。そして今も、家に帰る頻度は極端に少なく、ほぼ、姉と僕の二人暮らし状態になっている。
そんな家に帰宅すると、とりあえず洗面所で頭と手を洗い、冷蔵庫に冷えている麦茶をガラスコップに注ぎ、一気に飲み干した。喉を通り、そして身体全体に染みわたっていくのがわかる。
扇風機を付けたい気持ちはあるが、窓を開け、自然に吹く風で我慢する。冷たい、というよりは生ぬるい風。それでも、節約しなければならない。第一は、姉のため。僕が住む地域の場合、高校生になると医療費がかかりはじめる。今は無償だからいいが、この先、病状は進行していくばかりで、回復する兆しはない。ただ、ゆっくりと、死に向かっていくだけ。
着信音が鳴った。画面には櫻楽と表示される。
「もしもし」
「あ、突然ごめんな、電話かけて」
「用件、早く」
「今から、会いに行ってもいいか?」
「え、は? え、今から?」
「そう」
「無理。お姉ちゃん帰ってくるし」
「十七時過ぎなんだろ? だめか?」
「……五分だけなら」
「わかった。すぐ行く」
電話を切る。時計の針は、十六時五十分をさしていた。



