一日中雨が降り続ける日が続き、湿気のせいでジメジメする空気。教室に設置されている扇風機から送られてくる微量な風は、そう簡単に教室を冷やさない。
 祝日のない六月、僕は二回欠席した。どちらも仮病だ。学校に行くのが面倒だったから。こういう時が、毎月一回は訪れる。今日はその日だった。姉も母もいない家で、だらだら過ごす。何もしないというのが、ある意味至福の時間でもあった。
 その日の夕方、櫻楽から電話がかかってきた。まだ姉が帰宅する前で、すぐに出た。
「もしもし」
「お、皇叶。俺、櫻楽だけど」
「知ってる。お前がかけてきたんだから」
「あはは、ごめん」
「で、何か用?」
「今日、学校休んでただろ? 心配でさ」
「あー、心配する必要ない。仮病だから」
「そっか」
「朝、待ってたんなら、悪かった」
「いいいい。気にする必要はない。十分過ぎても来なかったから、普通に教室行ったし」
「あっそ」
「まあとにかく、元気ならいい。ごめんな急に電話かけて」
「別に」
「また来週、朝会えるの楽しみにしてる」
「別に待ってなくてもいいんだけど」
「えー、俺の朝の楽しみを奪うのか?」
「そういうわけじゃないけど」
「ははっ。あ、俺、そろそろ塾行くから、また明日な」
「はいはい」
 電話を切る。突然かかってきた電話は、今日で三回目。うち二回は、僕が仮病を使って休んだ日の夕方だ。
 櫻楽とは、いつの間にか連絡を取り合うようになっていた。始まりは、電話番号を一向に登録しない僕に変わり、櫻楽が僕の携帯を操作して、僕の目の前で番号を登録したことからだ。最初の電話も、櫻楽からだった。電話かけて、と言われていたのに、僕が従わなかったからだ。それでも、初めて姉以外の人と電話したときは、少しだけ感動したのを覚えている。携帯の連絡先も、病院と姉、母という貧弱すぎるぐらいだったのに、そこに友達の名前が表示されること自体に喜びを覚えたのかもしれない。
 電話は、姉がいない時間帯にしていた。自宅の環境が整っていないため、長時間の電話をした経験はまだない。というか、できる気がしない。月曜から金曜まで、毎朝顔を合わせ、話しているのに、電話で話すことなどないように思えるからだ。
 リュックから英語の教科書を取り出す。明日の授業で課題になりそうなところを、先回りでやっておく。明日、課題をやる気分じゃないかもしれないから。
「ただいま」
 姉が帰宅してきた。気付けば十七時半を過ぎていた。
「おかえり」
「今から作るけど、何がいい?」
「簡単に、野菜炒めでいい」
「わかった。先にシャワー浴びる?」
「うん」
「じゃあ、その間に作っとく」
 やりかけの状態だったが、机に教科書を広げたまま、浴室に行った。
 シャワーを浴び終え、部屋着を着てリビングに戻る。既に料理はできあがっていた。
「課題、やりかけなんでしょ。早く食べてやっちゃいなさいよ」
「あれは、未来の課題」
「え? なに言ってるの」
「だから、課題になるかもってやつを、先にやってる。だから、未来の課題」
「あ、そういうこと。ふーん」
「授業でも楽できるし、課題になっても楽できるし」
「皇叶は、頭がいいというか、ずる賢いというか。お父さんに似たのかな」
「え、お父さん、そんなタイプだった?」
「少なくとも、お母さん似ではないかな。私も皇叶みたいに、先々するほうが好きだからね」
「ふーん」
 適当な返事が見当たらないままの相槌。僕は、両親と向き合うことを、とっくの昔に、諦めたままだった。