六月。梅雨空が毎日のように広がり始めた頃、僕は学校の帰りに、病院へ向かった。いつもの公衆トイレで着替えてから。
 受付を済まし、呼ばれるのを待つ。
「梅沢皇叶さん、どうぞ」
 ようやく顔と名前が一致した看護師が、名前を呼んだ。
 扉が開いた先、風雅先生は「やっほ」と手を軽く挙げた。
「やっほ」
「変わらず、元気そうだな」
「まあ、フツーだけど」
「そっか」
 風雅先生と一通り、現状についての話を終え、僕はリュックに手を伸ばした。
「テストの点数、知りたい?」
「教えてくれるなら大歓迎」
「じゃあ、教える。まあ医者の風雅先生には、絶対敵わない点数だけど」
 それから僕は、風雅先生にテストの点を全て明かした。一教科ずつ言うたびに反応するから、つい嬉しくなる。
「これってさ、高得点って言える?」
「高得点だろ。五教科のうち、最低が八十八点なんだし」
「じゃあ、相談したらダメか。クソ―」
「相談したら駄目? どういうこと?」
「テストが高得点じゃなかったら、相談のってって、そう言ったんだけど」
額を掻く風雅先生。「そんな約束したっけか?」苦笑いを浮かべる。
「別に、相談なら今してくれてもいいけど」
「ううん。今日はしない。早かったら来月にする。それまでは、しない」
「ふーん」
 風雅先生は少し残念そうにしていた。その横顔が、やはり櫻楽に似ていて、思わず口角が上がる。
「何かおかしいことでもあった?」
「え、どうして」
「いや、にまにま笑ってるからさ」
「おかしいとしたら、この世の中、かな」
「ははは、それはスケールが大きすぎるな」
 リュックのチャックを閉め終え、風雅先生の方に向き直す。
「あのさ、先生」
「ん? どうした?」
「仮の話だけど、友達と遊びに行くことって、現状でも可能?」
「うん、問題ないと思うけど、心配?」
「い、いや全然。まあ、まだ聞かれただけだし、行くかどうかも不明だし」
「その友達には、病気のことは?」
「先月、病院出たときにすれ違って、知られた……、でも病気の名前までは言ってない」
「なるほど」
「来月は、多分予定立ててると思うから、また聞く」
「わかった」
 風雅先生は微笑み、目の前のカレンダーに目を移した。
 来月の診察日を決めて、風雅先生に手を振りながら診察室を出て、また受付のソファに腰を下ろす。櫻楽からメールが送られてきていた。
「明日の昼、少し電話で話さないか? ……って、急すぎだろ。まあ暇だけど」
そう口にしている僕自身、怖かった。十七時で診療を終えるために、今の時間帯だと患者の数も少ないから、聞かれてはなさそうだったが、人が大勢いるところで、いきなり独り言を言い始めると、不思議な目で見られかねない。
「暇っちゃ暇だからいいけど」と返事する。すぐ既読にはならなかったが、夜、塾の休憩時間か授業開始前に返信は来るだろう。
「梅沢皇叶さん」
 名前を呼ばれた。リュックを前に背負い、立ち上がった。