僕に青春を教えてくれた恋人  (僕にアオハルを教えてくれたヒト)

 階段を下りる最中も、しばしば後ろを見、監視され続けた。校長室に連れて行かれた僕は、養護教諭に怪我してないか入念に尋ねられ、次に担任と校長から、どうしてあんなことをしようとしたのか、と言い方を変え、執拗に理由を尋ねられた。それでも僕は何も答えない。痺れを切らした校長と担任は、耳打ちし始めた。たまに向けられる視線が、痛くて、冷たくて、顔を上げられないでいる。
その時だった。
ドアが三回、誰かの手によってノックされた。「はい」と目前に座る校長が答える。
「失礼します。三年一組の日下部櫻楽(くさかべ さくら)です」
 校長の眉が動く。担任と共にパーティションの向こうへ出て行った校長。ドアが開くと同時に、その隙間から、つま先が黄色の上履きが見えた。
「校長先生、お取込み中のところ申し訳ありません。少しお話ししたいことが」
「何だね?」
「彼への尋問を、代わりにさせていただけませんか?」
「どうして、また」
「校長先生も、白井先生も、お忙しいですよね? 自分は、このあと帰宅するだけなので時間に余裕がありますから」
 全貌は見えないものの、来訪者が誰かわかる。僕にとって、いま一番会いたくない人だった。
「白井先生は、どう思う?」校長は優柔不断なようだ。
「わたしは、日下部君に任せても良いと思います。恐らく、このままわたしたちが質問しても彼は答えないと思うので」
「そうか。担任の白井先生が言うなら間違いないだろうな。わかった、日下部君に任せるよ」
「ありがとうございます」
「ただし――」
 途端、声が聞こえなくなった。多分また耳打ちをしている。数秒後、頭を下げる音がした。隙間から見えた瞳は、黒く光っていた。