十三時半。
 電車を降りてすぐにあるデパートの出入口、その自動ドアをくぐる。一気に照明器具煌めく別世界へと吸い込まれた。
「どこ行きたい?」
「どこでも。お姉ちゃんは?」
「正社員になったし、新しく鞄でも買いに行こうかな。ほら、これ底鋲取れちゃって。塗装も剥がれちゃってるし、みすぼらしい感じになってきちゃったから」
「あー、確かに」
「これ、高校生のときに衝動買いしちゃったやつでさ。高かったからずっと使い続けてきたけど、もう元は取ったでしょ」
「確かに。で、売り場どこ?」
「二階だったはず。行ってみよ」
「うん」
 二階は主にファッションを取り扱う店舗が入っていて、子供から大人まで幅広いラインナップが展開されている。
「鞄、あるの?」
「あの奥に仕事用の服を取り扱う店があるから、そこにあると思う」
「なかったらどうする?」
「いつもの服屋行くかな。そっちのほうが案外安いし」
「へー」
 中学一年生には刺激が強い服が建ち並ぶ店の前を通る。姉はそれらに対し目もくれず、一目散に目的地へと歩を進める。僕は頭を下げて後を追った。
「あったあった」
 顔を上げる。他の店とは違って、大人びた印象を与えるような陳列がされてあった。
 姉は並んでいる鞄を一つずつ吟味していく。女性用は、やわらかい印象の色味が多く、可愛らしい小物まで付いているものもあった。
「お姉ちゃんなら、どれも似合うんじゃない? センスいいし」
 まず、姉が手にしたのは、ビターチョコレートのような色をした鞄。
「これ、今使ってるやつと形似てる。でもちょっとこの辺がダサいか」
 戻す。今度は白色の鞄を手に取る。フリルが付いていた。
「あ、これ皆川ちゃんが持ってるやつだ。へー、結構値段するやつ使ってるんだ」
 戻す。今度は海のような、爽やかなブルーの鞄を手に取る。猫のキーホルダー付きだ。
「色味お洒落だな。でも値段結構するし、ロッカーに入らなさそうだな」
 傍にいる僕にしか聞こえないような声量で、まあまあ厳しめの独り言を呟く。決断までに時間がかかると踏んだ。
「お姉ちゃん、僕が選んだ中から好きなの選べば?」
「え、探してくれるの?」
「サイズとか色とか指定してくれたら選ぶけど」
「じゃあお願い。サイズはこの鞄と同じか、少し小さいくらいかな。色は、私に似合うと思う色で。あ、値段は、安過ぎず高過ぎずで」
「了解」
「私、このお店の服、見て来るね」
「ん」
 引き受けたはいいものの、いざ鞄を目の前にすると、どれを選べばいいのか途端にわからなくなる。あのときは、どんなものでも姉に似合うと豪語してしまったが、中には似合わないやつもあるはずだ。冷静になり、四段ある棚の左側から手に取り、中身を確認し、値段を確認していく。どれも値段が比較的高く、高過ぎないほうにベクトルを置くことにした。
「どう、いいのあった?」姉が近くに来て尋ねた。手には一着のブラウスを持っていた。落ち着いたミントグリーンが差し色で使われている。
「まだ、もう少し時間いる」
「わかった。でも、あんまり長居するつもりはないからね」
「わかってる」
 あとこの一段を観たら終わる。その一段は、値段を先に見た。どれも今まで見た中で比較的手に取りやすい値段で、デザインも、カッコイイ大人な女性が持っていそうな感じをしていた。形は一緒で色とキーホルダーが違うだけ。その中から、僕は姉に似合うと思う一番いい鞄を手に取り、姉を呼んだ。
「これ、どう?」
「綺麗な色ね」
「値段は、ここの棚の中で一番安くて、でも高過ぎない程度だし。キーホルダー、犬でさ。お姉ちゃんって、動物、好きじゃん」
「覚えててくれたの?」
「まあ、俺も犬派か猫派で言ったら犬派だし?」
 姉は鞄をあらゆる方向から眺めて、中身の感じも確かめ、意味深に「こういうの選ぶんだ」と言った。
「姉に選ぶ鞄としては、合格かな。ちゃんと指示通りだし」
「だろ! 僕が選んだんだから」
「でも、同じ状況になったとき、彼女にこれを選んだら駄目よ」
「は、なんで」
「鞄はそれぞれ人の好みがあるから、買うなら一緒に行って選んであげたほうがいい、って話」
「同性の場合は、別に問題ないのか?」
 姉は目を見開いた。その瞬間、僕は目も口も開けてしまった。動揺を隠すために、嘘を言ってみる。
「た、試しに質問しただけ。ほら、男友達に渡す場合があるかもしれないだろ?」
姉は終始クスクス笑っていた。嘘を言っているとばれた。でも、腕を組んで頷き、こう口にした。
「確かにね。うん、その場合は、仲のいい度合いによると思うよ。まあ一緒に買いに行っても楽しいだろうし」
 真面目な回答だった。思わず鼻で笑ってしまう。
「へー。意外とお姉ちゃんって恋愛に対しての質問の答え、上手く返すよね。今まで付き合ったことある人いないのに」
「……うっ、気にしてることを言わないで。でも、好きになったことは、あるから。付き合うまでに発展しなかっただけの話」
「へー、そーなんだ」
「このっ」
姉は額にデコピンをした。まあまあな強さだった。
「いててっ」
「これ買ってくるから、そこで待ってて」
 姉は悪戯っ子のような満面の笑みを浮かべ、鞄と服を手にレジへと向かった。

 エレベーターに横並びで乗る。姉がショッパーを持ってくれている。
「本当にそれでよかったの?」
「うん。また長く使えばいいんだもの。元を取る勢いでね」
「あーあ、また今日から節約生活か」
「そうね。でも、皇叶だって新しい服買えて良かったじゃない」
「別に、買ったからって着て行くとこないし」
「あるよ、きっと。だってこの先、友達ができて遊びに行くかもしれないでしょ?」
「……っか」
 到着音が鳴る。ボタンのすぐ前に立っていた男性が「どうぞ」と静かに言った。頭をぺこぺこ下げながら降りた。
「もうそろそろ十六時(よじ)になるから、近くで買い物して帰ろうか」
デパート内の人通りは、来たときよりも賑わっているように見えた。その半数が、地下へ続くエスカレーターに乗っていく。
「家まで持って帰れる?」
「そのために、久しぶりに車動かしたんじゃない。できるだけ安いやつ、大量に買って帰るからね」
「ん」