「なあなあ」
「なぁに?」
「正社員ってさ、大変?」
「んー、まあまあかな。全部が楽しいで、埋め尽くされてるわけじゃないからね。でも今の仕事楽しいから、辞めるつもりはないよ」
冷蔵庫を開ける音。姉はブツブツ、一人でなにか呟いている。
「そっか。でもさ、前いた家より、ちょっと遠くなったじゃん。それは平気?」
「なによ、急に。お姉ちゃんの心配でもしてくれてるの?」
「違うし」
頬が熱くなる。姉の視界に入らないよう、腰の位置を落とす。
「ふふっ。誰に似て素直じゃないんだか」
「うるせーな。別にいいだろ」
「健全に成長してくれてるからいいけどね」
ちょっとだけ揶揄ってくるような姉の言い方に、歯を食いしばる。
「まあ職場には十分ちょぅっとも漕いでたら着くし、自転車のほうが行動範囲も広がるし、買い物してもすいすいって帰って来れるからね」
「ふーん」
「皇叶のほうこそ、どうなの? 中学校楽しい? 友達できた?」
「全然。あんなクソみたいなとこ、面白くもなんともないって。友達とか、つくってもどうせすぐ関係性にピリオド打たれるんだし、必要ないって」
「そうなの? 皇叶ならすぐ彼女とかつくるかと思ってたけど。あ、まだ五月だから早いか」
姉のけたけた楽しそうに笑う声。ソファに座り直し、頬杖をつく。
「一人で突っ込まなくていいし、てか僕のこと、そんなチャラく見てたわけ?」
「そうじゃなくって、皇叶はイケメンだから、女の子たちが寄ってくるんじゃないかって。一応ね、お姉ちゃんとして心配してるのよ。一つ目的が見つかると、それに向かって突き進むからさ、現抜かし過ぎないかな、って」
「ないない。僕、いたってフツーの顔してるし。女子なんか一人たりとも寄り付いてこないから」
「そう? 私は好きだけどな、皇叶の顔付き。まあ性格はあれだけど」
「酷過ぎってば。でもさ、思うんだよね。なんかさ、僕ってお母さんにもお姉ちゃんにも似てなくない?」
姉は手を止めた。人参は切りかけの状態だった。
「皇叶は、亡くなったお父さんに似てるのよ」
「え、それホント? どの辺が似てるって思う?」
「どうして疑うのよ。お姉ちゃんが言ってるんだから、そうなの」
姉は再び人参を切り始める。
「お父さんに似てるとしてもさ、お母さんに似てる部分もあるだろ? お母さんのDNAも入ってるんだから」
「そうだな、例えば……、いや、これ言ったら、皇叶、傷付きそうだからやめとく」
「は、やめるとかズルい。言ってよ」
「いやだ。言わないよ」
姉が意地を張ると、頑なに意見を動かさない。どう牙を向けても、鋭い歯で襲われて、こちらが血を吐いて、惨敗。
「あのさ、お父さんの写真って、家に一枚もないじゃん。なんで? 結婚式したときとか、子供が生まれたときに、写真って撮ったりするんだろ?」
「……、お父さんは、写真が嫌いだったの。写ったら魂抜かれる~って、いつも言ってたから。その代わり、撮影側に回ってたのよ。ほら、あの写真だって、お父さんが撮ったの」
あの写真とは、今より少しだけあどけない姉が、生まれたばかりの僕を抱き、皇叶と筆で書かれた色紙を手に持っている、一枚。僕はまだ、写真の姉の年齢(当時、十七歳)にはなっていないけど、精神面においては、全然追いつける感じがしない。
「それで、家族写真もなければ遺影もないんだ。変だね」
「まあ、そんなところ。変と言われれば、そうだけど、余所は余所、家は家、だからね」
「へー」
「皇叶、アニメ観なくていいの? 止めてないけど」
「あ、やべっ」
巻き戻しのボタンを連打する。姉はクスクス笑いながら、手を動かしていた。
「夕ご飯、野菜炒めでいいよね? アスパラ入りの」
「いいよー」
「了解」
「なぁに?」
「正社員ってさ、大変?」
「んー、まあまあかな。全部が楽しいで、埋め尽くされてるわけじゃないからね。でも今の仕事楽しいから、辞めるつもりはないよ」
冷蔵庫を開ける音。姉はブツブツ、一人でなにか呟いている。
「そっか。でもさ、前いた家より、ちょっと遠くなったじゃん。それは平気?」
「なによ、急に。お姉ちゃんの心配でもしてくれてるの?」
「違うし」
頬が熱くなる。姉の視界に入らないよう、腰の位置を落とす。
「ふふっ。誰に似て素直じゃないんだか」
「うるせーな。別にいいだろ」
「健全に成長してくれてるからいいけどね」
ちょっとだけ揶揄ってくるような姉の言い方に、歯を食いしばる。
「まあ職場には十分ちょぅっとも漕いでたら着くし、自転車のほうが行動範囲も広がるし、買い物してもすいすいって帰って来れるからね」
「ふーん」
「皇叶のほうこそ、どうなの? 中学校楽しい? 友達できた?」
「全然。あんなクソみたいなとこ、面白くもなんともないって。友達とか、つくってもどうせすぐ関係性にピリオド打たれるんだし、必要ないって」
「そうなの? 皇叶ならすぐ彼女とかつくるかと思ってたけど。あ、まだ五月だから早いか」
姉のけたけた楽しそうに笑う声。ソファに座り直し、頬杖をつく。
「一人で突っ込まなくていいし、てか僕のこと、そんなチャラく見てたわけ?」
「そうじゃなくって、皇叶はイケメンだから、女の子たちが寄ってくるんじゃないかって。一応ね、お姉ちゃんとして心配してるのよ。一つ目的が見つかると、それに向かって突き進むからさ、現抜かし過ぎないかな、って」
「ないない。僕、いたってフツーの顔してるし。女子なんか一人たりとも寄り付いてこないから」
「そう? 私は好きだけどな、皇叶の顔付き。まあ性格はあれだけど」
「酷過ぎってば。でもさ、思うんだよね。なんかさ、僕ってお母さんにもお姉ちゃんにも似てなくない?」
姉は手を止めた。人参は切りかけの状態だった。
「皇叶は、亡くなったお父さんに似てるのよ」
「え、それホント? どの辺が似てるって思う?」
「どうして疑うのよ。お姉ちゃんが言ってるんだから、そうなの」
姉は再び人参を切り始める。
「お父さんに似てるとしてもさ、お母さんに似てる部分もあるだろ? お母さんのDNAも入ってるんだから」
「そうだな、例えば……、いや、これ言ったら、皇叶、傷付きそうだからやめとく」
「は、やめるとかズルい。言ってよ」
「いやだ。言わないよ」
姉が意地を張ると、頑なに意見を動かさない。どう牙を向けても、鋭い歯で襲われて、こちらが血を吐いて、惨敗。
「あのさ、お父さんの写真って、家に一枚もないじゃん。なんで? 結婚式したときとか、子供が生まれたときに、写真って撮ったりするんだろ?」
「……、お父さんは、写真が嫌いだったの。写ったら魂抜かれる~って、いつも言ってたから。その代わり、撮影側に回ってたのよ。ほら、あの写真だって、お父さんが撮ったの」
あの写真とは、今より少しだけあどけない姉が、生まれたばかりの僕を抱き、皇叶と筆で書かれた色紙を手に持っている、一枚。僕はまだ、写真の姉の年齢(当時、十七歳)にはなっていないけど、精神面においては、全然追いつける感じがしない。
「それで、家族写真もなければ遺影もないんだ。変だね」
「まあ、そんなところ。変と言われれば、そうだけど、余所は余所、家は家、だからね」
「へー」
「皇叶、アニメ観なくていいの? 止めてないけど」
「あ、やべっ」
巻き戻しのボタンを連打する。姉はクスクス笑いながら、手を動かしていた。
「夕ご飯、野菜炒めでいいよね? アスパラ入りの」
「いいよー」
「了解」



