「ただいま~」
 姉はいつもと変わらない時間に帰ってきた。手にはビニール袋を持っていた。
「おかえり。手に持ってるそれ、なに?」
「これね、同じ部署の先輩からの頂き物。自宅で育てた野菜、お裾分けしてくれたの」
ダイニングテーブルの上、どさっという鈍い音とともに、袋がだらしなく広がる。
「ラインナップは?」
「アスパラガス、菜の花、山菜、筍、だったかな」
「えっ、筍!?」
「うん、その方のおじいさん? か、おじさん? かが自分の山を持っていて、そこで収穫した分だって。結構収穫できたみたいでね、部署全員分あったのよ」
「すげー。でも俺、筍そんな好きじゃないから食べないけど」
 姉は腕まくりをし、蛇口をひねう。
「知ってる。だからもらってきた」
「え、なんで。酷くない? 普通、弟の好物とか、貰ってくるでしょ?」
「筍、美味しいじゃない。それを知らないなんて勿体ないから、代わりに私が美味しく食べようかなって。ふふふ」
 手の中で泡立つ石鹸。姉は背中を上下させて笑う。
「もー、ホントそういうとこズルいし、まじで酷い。それが弟にする態度かよ」
「ズルくも酷くもないでしょ。ところで皇叶、課題やった?」
「まだ、今アニメ観終わったとこだし。てか、別に今日やらなくてもいいやつだし。嫌いな数学だし」
「えー、そうなの? 何ならお姉ちゃんが見てあげよっか? 皇叶よりは数学得意だよ」
 振り返った姉は口角を上げ、薄気味悪い表情を浮かべる。
「じゃあ代わりにやってよ。まだ観たいアニメ残っててさ」
「駄目。代わりにやるわけないでしょ。手伝ってあげるから、ご飯食べたらやるからね」
「はいはーい。じゃあさ、ご飯できるまでアニメ観てていい? まだ観てないやつあってさ」
「他にやることないならいいよ」
「やりー。サンキュ」
「その代わり、夕ご飯食べたら課題だからね!」
「わかってるって!」
 ソファに腰かけ、もう一度リモコンを握って、再生ボタンと音量ボタンを押す。姉は早速、ビニール袋の中からアスパラガスを取り出し、包丁で切り始めた。
「あ、そうだ。僕さ、体育祭休むから、来なくていいよ」
「え、どうして?」
「ああいう集団でどーのこーのってやつ、嫌いなんだよね。小学生のときは仕方なく出てたけど、別によくない? 休んだって影響ないじゃん。一日を潰して、ただ競争するだけで、勉強するわけじゃないし」
「でもさ、欠席したら、その分はしっかり内申点に響くよ? 受験に影響出るけど、いいの?」
「別にいい。だって、そんな偏差値の高い高校行こう、なんて思ってないし。それに、三年間の交通費分のお金、勿体ないから、通学するって言っても、どうせ徒歩か自転車になるじゃん。そうなったら、いけるとこ、限られてくるじゃん」
 男の主人公が、マドンナ的存在の女の子に下手な告白をする。返事は……というところでコマーシャルに切り替わる。
「確かにそうかもしれないけど、皇叶が少しでもいい高校に行けるように、私が稼ぐからさ。今はまだそこまで考えなくていいから、行きたいって思う高校があったら、教えてよ」
「はいはい」
「それで、今気になってる高校とかはないの?」
「あるわけないじゃん。大学行くわけでもないし、高校出たら働くつもりだし」
「そっか。今まだ一年生だもんね。そこまで焦らなくても大丈夫か」
「まあ、多分」
 今度はソファを背もたれにして座る。キッチンからは、姉が野菜を切る音が聞こえてくる。