悲鳴が聞こえて、それからしばらくして近づいてきた足音。降りようとした瞬間に、僕の腕は強い力で引っ張られた。
「行くな、逝かないでくれ」
振り返る間もなく、何者かに抱きしめられた。久しぶりの感覚だった。
「お願いだから、馬鹿な真似はしないでくれ。頼む」
切実な男の声。少し震えて聞こえる。
 後方から、ドアが勢いよく開く音がした。
「おい、何やってんだ!」
野太い声の男が叫ぶ。駆けて来る足音は二人分。
「大丈夫か!?」
「先生、俺は大丈夫ですよ」
すぐ耳元でした、明るく爽やかな声。震えていたときとまるで違う。
「君のほうこそ、大丈夫? 怪我してない?」
振りほどかれた腕。まだ背中に温もりを感じる。と同時に、怒りと悲しみ、羞恥心が同時に喚起する。
「君は確か――」言いかけて、その言葉を唾液と共に飲み込む音がした。
「念のため、三上先生に声、掛けましょうか」
「そうだな」
「保健室に連れて行きますか?」
「いや、校長室で話を聞こう。担任も呼んでおいて」
「わかりました」
「よろしく頼むよ、相葉先生」
 相葉、とかいう教員の足音が遠ざかる。下からは、落ち着くように声を掛ける教員数名の声がしている。
「とにかく、校長室へ来てくれるか?」
「……」
「付いてきなさい」
 僕に拒否権はない。渋々、野太い声の男に付いていく。
「サク、ありがとな。助かった」
「いえいえ。あーそうだ、桑名先生、その子を虐めないでくださいよ」
「わかってるよ。ハハハッ」
 僕を抱きしめた彼は、教員の馬鹿げた態度に、律儀に頭を下げていた。