……『コの字型』に机が並べられた、第二会議室。

 放送部の僕たち六人が、一列に並ぶと。
 対面に高尾(たかお)先生と都木(とき)先輩。
 窓を背にした中央部分には、校長と藤峰(ふじみね)先生が着席する。

「いただきまーす!」
 なんだか、場違いな声だけれど。
 堅苦しすぎては、いけないということで……。

「ランチミーティングなんていわれると、大人みたいだね!」
 玲香(れいか)ちゃんが、楽しそうな声をあげると。
「でも、いつもよりは……少しだけ。静かにしとこっか……?」
 都木先輩が、さすが最上級生らしいことを口にして。
「んんっ……」
 高尾先生が、わざとらしい咳払いで警告する。
 そうだ、ここは放送室じゃなくて会議室。
 おまけに、校長の目の前だ。


 でも左隣の高嶺(たかね)は、僕のおかずを盗み取るのに夢中で。
「あ! せっかく海原(うなはら)から取ったのに!」
「お・い・し〜」
 そのまた隣の波野(なみの)先輩が、それを強奪して喜んでいる。

 右隣の三藤(みふじ)先輩、春香(はるか)先輩、玲香ちゃんが。
 三人そろって、先生の真似をして咳払いをする。
 まぁ玲香ちゃんなんて、斜め前に校長が座っているもんね……。
 でも、三藤先輩のおかずを狙って。
 さり気なくお弁当の蓋、移動させてない?

「し、しつけの悪い部員で……すいません!」
 あまりに自由な、こちら側の振る舞いに。
 僕が代表して謝るけれど。
 ただ校長の隣で、藤峰先生が。
 両手でミニチョコクロワッサンを手にして。
 満足そうな笑顔で、モグモグしているので……。
 実は、気にしすぎなのかもしれない。


「いいのよ〜。若い頃のあなたたちにそっくりよねぇ、佳織(かおり)?」
「……」
 校長の隣で、今度はカツサンドに大口を開けて噛みついた藤峰先生が。
 そのままの、格好で固まっている。

 カチ、カチ、カチ。
 会議室の、時計の秒針が。
 大人しく控えめに、ときを刻む。

「この子昔から、カツサンドが大好きでね」
 校長が、一瞬『ため』を作ってから。
「こんな感じで固まったあとはね。よくカツ詰まらせていたのよ〜」
 そういって、楽しそうに笑い出す。

「だ、だめだよ『つぼみちゃん』! 生徒の前だよ!」
「えっ?」
 会話のあいだを利用して。
 おかずを取り合っていた玲香ちゃんと春香先輩が、一瞬動きをとめる。
「……つぼみ・ちゃん?」
 高嶺……。
 わざわざ、いい直すなよ……。


「そう、寺上(てらうえ)つぼみ。ちなみに『つぼみ』は、ひらがなだよ」
 高尾先生が、校長のフルネームをみんなに告げると。
「どう? かわいい名前でしょ?」
 そういってニコリとしてから、僕を見る。
「は、はぁ……」

「うわっ、失礼なヤツ!」
 アイツが、すかさずツッコミを入れてくるけれど。
 まさかここで、校長に向かってカワイイ名前ですねなんて。
 この僕が、いえるわけがないだろう……。

「まぁ、いわれてうれしい年齢でもありませんから。気にしませんよ」
 校長は、サラリというけれど。
「そうですよね、海原君?」
 な、なんでそこで僕に念押ししてくるんですか……。


「ところで三藤さんが、いつもおかずを配っていると聞きおよびましてね……」
 いきなり話題を変えた、校長は。
 やたらと大きいと思っていた、弁当箱というか。
 お重のような入れ物を、開きはじめると。
「年寄りの味付けで恐縮ですけど。よかったら、いかがかしら?」
 たっぷりの煮物を、披露する。


「おぉっ」
 すると、高嶺がそんな声をあげたそばから。
「……いただきます」
 珍しいことに、三藤先輩が。
 まっ先に返事をして、一礼して煮物を取り分けると。

 それからは、みんなが。
「おいしー!」
「校長先生、すごい!」
「おかわり、いただきます!」
 秋野菜がたっぷり入った筑前煮を、そろって堪能しはじめる。

「本当に、いただいても構わないの?」
「お、お口に合いますでしょうか……」
 加えておかず交換は、これにとどまらず。
 校長が、みんなの自慢・三藤先輩の玉子焼きを受け取ると。
「あら! とっても美味しいわよ」
「お、恐れ入ります……」
 先輩が、味付けをほめられて。
 少し耳を、赤くしている。

 それからしばらくは、食べ物の話しになって。
 藤峰先生と高尾先生が色々と。
 校長の得意料理などを、うれしそうに教えてくれて。
 僕たちは、会議室で。
 なごやかなランチタイムを、過ごしていた。 





 ……この裏には、なにかがある。

 わたしは、美也(みや)ちゃんのことをよく知っている。
 だって小さいときから、ずっと追いかけてきたんだから。
 なんだか、美也ちゃんがソワソワしていることくらい。
 わたしには、手に取るようにわかってしまう。

「ねぇ陽子(ようこ)、もう一回おかわりはいかが?」
月子(つきこ)、ありがと。でもわたしの分は、(すばる)由衣(ゆい)にわけてあげて」
「わかったわ、ありがとう」
「こちらこそ、ありがとう」
 月子って、こういうときもいつも丁寧で。

 だけど、いまのは。
 きっとわたしを、心配してくれているんだよね?

 先生たちが、目的なく校長を同席させることはありえないし。
 この先きっと。
 なにか大きなことを、頼まれるのは確実だから。
 わたしを、気にかけてくれているんだよね?
 でも、大丈夫。
 自分たちの身に、これからなにが起きるにしても。
 わたしは、みんなのために。

 ……ちゃんと、頑張るから。


「……ねぇ、陽子?」
 玲香が、こちらをジッと見てきて。
「ちゃんと、聞いてた?」
 いいかたは違っても。
 多分わたしを……心配してくれている……。


 それから、数秒遅れて。
 校長の言葉が、耳から脳みそと。
 心の中に、染みてきた。


「三年生有志から、『生徒会』を発足させてはどうかと提案されています」

 たった一行だけれど、衝撃的な提案で。


 校長が、ゆっくりと。
 わたしたちひとりひとりと、目を合わせていて。

「大丈夫? 春香さん?」

 あぁ……。
 わたしだけ、そう聞かれてしまった……。


「正式発足に向けて、まずは準備委員会の立ち上げを」
 響子(きょうこ)先生の、声と。
「放送部のみなさんに、是非お願いしたいと提案を受けました」
 佳織先生の声が、わたしの中でこだまする。

「……まず、話しを聞いてもらってもいいかな?」
 美也ちゃんが、まっすぐに昴に目を向けて。
 それから、みんなを見て。
 最後に、わたしだけを見つめてきた。





 ……なんだか、春香先輩のようすが気になるけれど。

 僕が追加で、聞くのはやめておこう。


 よく考えれば、とんでもない話しを振られている割に。
 意外と僕は、冷静だったのかもしれない。


 三藤先輩が、ボソリと。
「こういうことだったのね……」
 小さなため息と共に、口にして。
 ほかのみんなの、息づかいを感じながら僕は。


 話しはきちんと聞こう。
 そして、その先は。


 みんなの意見を、一番大切にしようと。

 ……ただそれだけを、考えていた。