「……ねぇ(すばる)君! 美也(みや)ちゃんがきてくれるってよ!」
 説明会の終わりが、なんとなく見えてきたころ。
 玲香(れいか)ちゃんがうれしそうに、僕たちに教えてくれた。

「それならわたしが、お迎えにいってきます」
 鶴岡(つるおか)さんが、あまりにナチュラルにいったので。
「じゃぁ夏緑(なつみ)お願いね!」
 つい春香(はるか)先輩が、答えていたけれど。

 ……あれ?
 あのふたりって。
 面識、あったっんだっけ?





 ……『正式』に会うのは、はじめてだけれど。

「鶴岡夏緑さんだね!」

 校門の前で、都木(とき)美也(みや)先輩は。
 とても明るく、挨拶してくれた。

「泣いていたんですか?」
 まずい、いきなり聞いちゃった!
「うん!」
 自分でいうのもなんだけど。
 いきなり聞くにはとっても失礼な質問なのに。
 この先輩はなぜか笑顔で、答えてくれる。

「これからは美也ちゃんでいいよ。だから夏緑でいい?」
「も、もちろんです!」
 それどころか、わたしと一気に距離を縮めてくれる、放送部の人たちは。
 もしかして同じ血でも、流れているのだろうか?

「あとね、理事長から聞きました。ありがとう」
 いや、美也ちゃんとのあいだには。
 もうひとつ別の、共通言語があるからかもしれない。
「い、いえ。ところで……」

「えっと。この涙は、別物!」
 美也ちゃんは、サラリと教えてくれると。
「それで、もうひとつのほうは。わたしに預からせてくれない?」
 大切なことも、きちんと口にしてくれた。


「もちろん、約束します」
「ありがとう、夏緑!」

 気持ちよく言葉をかわしながら、移動をはじめる。

「へえ〜。はじめて入った〜!」
 高校生が、中学校に入って瞳を輝かすなんて。
 放送部の人ってやっぱり、おもしろい。
 わたしは、最初はそう思った。
 だけど……。

海原(うなはら)君って、どの教室だったのかな〜?」
「えっ?」
「あ、なんでもないなんでもない」
 美也ちゃんは、慌ててそういうけれど。

 歩いていると、別のところでも。
「ここが、海原君の話してた渡り廊下かぁ〜」
 また、口にしちゃってる……。


「放送部、ウナ君のこと。好きな人多いんですね〜」
 あ、これって。
 わたしとしては、単なる感想だったけれど。
「えっ!」
 なんで、そんなに驚くんだろう?

「……初対面なのに、わかっちゃった?」
「いまの返事って、確信させてますよ?」
「うそっ!」
 なんだか、この先輩もかなり面白い!


 ……でも、わたしは。また『失言』してしまった。

「そういえば由衣(ゆい)も、結構わかりやすくて……」
「えっ? いまなんて?」
「え? ご存知ないんですか?」
「そう、なの……?」

 そのあとは、わたしの勘違いだったと。
 必死に、いいわけしたけれど。
 わたしは余分なことを、口にしまった。

 でも不思議なことに。
「そっかぁ、ついにか。でもまぁ、いっか」
 美也ちゃんは、前だけを見ている気がして。
 表向きはそれほど気にしていないように、見えはした……のだけれど……。





 ……あれ?
 いまわたし。なんか、目。
 そらされた?

 美也ちゃんが登場して、説明中だから手だけ振ったのだけど。
 なんだかいつもの反応とは、違う感じがした。

「……どしたの、由衣?」
「あ、すいません!」
 姫妃(きき)ちゃんが、わたしに。
「こら。将来の後輩の質問だよ、ちゃんと聞くのっ!」
 そういって、もう一度目の前の女の子に聞き直してくれる。

「えっと、そうだねぇ……」
 さっきのことは、きっと気のせいだ。

「そうそう!」
 思い直した、わたしは。
「ちょっと前まで、その辺にポツンと男子がいたでしょ?」
 あんまり覚えていないと考えていた、中学校の生活が。

「一年生のときに、その男子がね……」
 アイツと過ごしたことなら不思議と、次々に思い出せることに気がついて。
 それからは隣の姫妃ちゃんが、目を丸くするくらい。

 ひとりでどんどん、答えはじめた。





 ……午後に入って、三回目の校内案内。
 小学生は、正直とっても苦手だけれど。
 わたしは色々と説明している、海原くんの声を聞きながら。

 この校舎で過ごしてきたであろう。
 海原くんの、中学校での生活を想像している。


「それで、英語の勉強って……?」
「あぁ。『丘の上』にきたらもう、驚きますよ」
「部活と勉強って……?」
「うちの部活、みなさん両立してますよ。しかも三藤(みふじ)先輩とか、すごいんです」

 ……もう、海原くん。
 想像中の、邪魔をしないでよ。
 あとね、小学生もわたしも。
 中学校生活について考えているのに。
 さっきからずっとあなたは、高校の。
 いえ、放送部の人たちのことばかり、話しているわよ。

「……『中学の』、中間テストの話しじゃないかしら?」
「あぁ、三藤先輩すいません。それならですねぇ……」
 もう……。
 アドバイスとしては、適切だけれど。
 小学生には、難解過ぎるわよ。

「海原くんが話しているのは。要するに、英語のテストについては……」
 あのね、もう一度いうけれど。
 小学生は、苦手なの。
 だからいちいち、わたしに解説させないでくれないかしら……。


「おぉ、なんかカッコいー!」
 子供たちが、化学室のガラス棚の中を見て喜んでいる。
「あぁ、あれはね。二年生になると実験で……」
 海原くんが鉄道オタクなのは、知っているけれど。
 もしかして、実験も好きだったのかしら?


「……あの〜?」
「……もしかして?」
 互いに知り合いのような、母親たちが。
 子供たちが海原くんと色々話しているすきに、わたしに話しかけてくる。

「おふたりって、学校で?」
「『学年差カップル』だったり、します?」
「……えっ?」
 が、学校見学よね、これ?
 ちょ、ちょっと。
 最近の保護者って、容赦ないのかしら……?

「……あれ? どうかしました、先輩?」
 もう、海原くん!
 こんなときだけ……気がつかないで!

「なんだか、お嬢さんのお顔が赤くってね〜」
「ちゃんとあなたの先輩、大切にしてあげなさいよ〜」
「は、はい……?」





 ……妙に丁寧に、お礼してくれた母親たちを見送ると。
「ねえ、もう一回案内頼んでいい?」
 春香先輩が、僕に聞いてくる。

「ちょ、ちょっと疲れたので……わたしは遠慮するわ」
「え? じゃぁ月子(つきこ)、相談のほう変わってくれる?」
「し、知らない大人とは話さないわよ!」

 小学生だけじゃなくて、大人まで苦手になったらしく。
 なんだか、三藤先輩には。
 お疲れの一日に、なってしまったようだ。


 それから、最後の校内案内を終えると。
 ご機嫌の寺上(てらうえ)校長が現れて。
「初回にしては、素晴らしかったわ。ありがとう!」
 そうみんなに、声をかけてくれる。

「では『丘の上』の生徒は……打ち上げ会場へいきましょっか?」
「えっ?」
「打ち上げですか?」
「やった〜!」

 予定外、というか。
 元々予定があるかどうか、微妙な僕たちは。
 中学の先生たちにも、お疲れさまと声をかけられながら。
 校門を出たのだけれど……。



「えっ……?」
「ここですかっ……!」
 その会場とやらが。
 三藤先輩と、僕のこれまでの人生の中では。

 明らかに『無縁』の場所。
 いや、むしろ。
 それがとても『恐ろしげ』なところだったので……。


 ふたりとも看板の前で。


 ……固まって、動けなくなってしまった。