……なんだか、話しがそれていたけれど。
 僕たちは中学の説明会の、手伝いにきたんだよな?

「ウナ君、そこでわたしだよ!」
 不思議ちゃん・鶴岡(つるおか)夏緑(なつみ)……。
 全然、意味がわからないけれど。
 話しを、元に戻してくれる?

「今後は『丘の上』を、もうちょっとテコ入れするんだって」
「……はい?」
「だってほら、こっちの付属中から、あんまり進学しないんでしょ?」

 ……そういえば、確かに。
 僕たちの代も、中学卒業後に『丘の上』に進むのは少数派で。
 大多数は、こちらの『本校』に進学してしまう。

 鶴岡さんによれば少子化だから、学校の特徴をアピールしていくために。
 どうやら僕たち『丘の上』は。
 ゆるやかに、『自由な進学校』を目指すらしい。

「ま、生き残りのための方便だよね!」
 理事長の孫が、ムチャクチャなこといっているけれど。
 あの鶴岡(つるおか)宗次郎(そうじろう)のことだ。
 きっとなにか、考えがあるのだろう。


「でね、とりあえず今回は未来の『丘の上』をね……」
 鶴岡さんが、目をキラキラさせながら。
「背負うかもしれない小学生を、洗脳する日だよ!」
 とても参加者には、いえないようなことを口走る。

「わかった! 嘘九百いっておいたら、いいんだね!」
 波野(なみの)先輩、嘘は八百ですし。色々間違ってますよ……。
「とりあえず、『丘の上』への進学を、約束させればいいのよね?」
 三藤(みふじ)先輩のそれは、どこか違いませんか……?
「どうせ高校いくなら、どこいっても一緒だもんね!」
 聞いてたのか高嶺(たかね)? 頭の中は、大丈夫か?

「……で、どうして個別相談会なの?」
 おぉ、玲香(れいか)ちゃんがすっごくまともだ。


「……ただの相談会なら、毎年やっているのよ」
 寺上(てらうえ)校長が、またふらりとやってきて。
「新しい試みとしてね、『現役高校生がお答えします』という企画をね……」
 なるほど、先生たちも。
 学園の未来とかのために、日々策を練っているのだろう。

「ほんと、ホームページって便利よね!」
「……はい?」
「思いついたら、すぐ付け加えられるんだから」
「……えっ?」
 わ、忘れていた。
 校長は『あの顧問たち』の、顧問だった。
 藤峰(ふじみね)先生と高尾(たかお)先生を、世に放った張本人だ。

海原(うなはら)君?」
「は、はい……」
 僕の心の声が、聞こえてしまったらしく。
「軽くいってますけど、わたし結構真剣よ?」
 校長は、そう告げると。
「とにかく、あなたたちに任せますから! ヨロシクね!」
「うげっ……」
 藤峰先生とまでは、いかなくても。
 それでも意外な力強さで、僕の背中をバシリと叩くと。
 みんなに明るく手を振って、消えていった。


「真剣なのに、任せますって……どっちなんですか?」
「海原君、そんなこと考えても仕方ないよ」
 波野先輩が、たまにはいいことを教えてくれて。
「……あ、ホントだ」
 そういって玲香ちゃんが、スマホで学校の画面を見せてくれる。

 『緊急警告現役丘之上高校放送部員個別相談会開催未定』

「なんか漢字だけで、読みにくいね」
 春香(はるか)先輩、それ以前に色々間違ってません?
「……放送部だけ、赤ゴシック・四十八ポイントにする必要あるのかしら?」
 三藤先輩はどうやら、フォントにこだわりがあるようだけれど……。
 あの、僕としましては。
 そこに添えられた『赤マント』の、男子生徒の顔写真のほうが……。

「ちょっと電話して、直してもらいましょうか?」
「でもバナーだけで、本文はちゃんと書いてあるからいいんじゃない?」
 鶴岡さんと、玲香ちゃんが冷静に話し合う中。
「ギャッー!」
「キャーッ!」
 最後に画面を見たふたりの叫び声が、こだまする。

「なんでわたしが『緑マント』なの!」
「包帯が『ピンク』にさ・れ・て・る!」
 高嶺と、波野先輩が叫ぶ頃。
 昔僕たちに、化学を教えていた先生が。
「おーい海原! そろそろ開始だ。配置につけー」
 このまま逃げることはできないと、ご丁寧にも知らせてくれた。



 ……最初にやってきた母娘に、玲香ちゃんはとてもやさしくて。

「こんにちは。えっと、どのお姉さんがいい?」
 ただ、暗にわたしだよね?
 そんなオーラを、ただよわせていて。
 結局そのままブースに座って。
 なんだか楽しそうに、高校生活を語っている。


「あっ! 『ピンク』みっけ!」
 少し活発そうな男子が、波野先輩をロック・オンすると。
 先輩が、少しひきつった顔で。
「な・なにかな〜?」
 渋々相手を、はじめている。

 続いて、間違いなく小学校でもキラキラとしていそうな女の子が。
「あそこの、美人さんがいい!」
 遠くからそういって、明らかに三藤先輩を狙ったのだけれど。
「ああいう、『陽キャ』とかいう存在、無理よ……」
 先輩はそういって、なぜか鶴岡さんを差し出した。

「小学生って、容赦ないね……」
 えっ?
 春香先輩、もう相談終わったんですか?
「いきなり。彼氏いますかとか、さ」
「……え?」
「あと、なんとか映えするポーズしてとかさ……」
 母親が、すいませんと謝って連れていったらしいけれど。
 説明会って、いろんな小学生がいるんだな……。


「……アンタ、呼ばれたよ」
 高嶺が、自分じゃなくて不満そうな顔で僕に声をかけてくる。
 母親に連れてこられた少年は、うわっ……。
 な、なんでいま……。
 高校生用の英単語帳読んでるの?

「息子は、超名門大学の現役合格を目指しておりまして」
「は、はぁ……」
「ですから、まずは中学校に現役合格いたします」
 中学って、浪人しない気がするけど……。
 お母さん、『現役』の使いかた、あってます?

「それで、おたくさまの第一志望の大学はどちらですか?」
「はいっ?」
 近くで聞き耳を立てていた高嶺が。
 笑いをこらえながら、僕たちから離れていく。
「では、模擬試験の最高偏差値は?」
 あの……まだ、答えてもいないのに。次の質問ですか?
「なるほど。地方都市在住の割に、そこそこは勉強がおできになりますわね」
 ……まただ。
 いったい、この母親は。
 誰と交信してるのだろう?

「時間ですわ」
「……はい?」
「トークタイムは、二分四十五秒が真理です」
 いい切っているけど……その根拠はいったいどこから?
「このタイムマネージメントが、天才をつくりますので」
 母親は、表情ひとつ変えずに僕を見ると。
「ではいずれ高校で、お会いしましょう」
 そういって、子供の背中に除菌スプレーをかけながら消えていく。

 ……多分。いや、間違いなく。
 僕は少年がくる前に、高校を卒業しているだろう。
 せめて藤峰先生が、担任にならないようにと。
 お互いのために、祈っておこう。


 続いて、休むまもなく。
 三藤先輩が、困惑した表情でやってきて。
「ねぇ、海原くん……」
 なになに、手書きの文字でえっと……。
「知らない人と、お話しするのが苦手です」
 そう書かれた小学生女子のメモを、僕に見せてくる。

「いったいどう接したら、いいのかしら?」
 あの……先輩、失礼ながら。
 その手のことは、ご自分が一番知っているのでは……。

「……なにか?」
「いえ。あ、あの。中学の先生からタブレット借りてきますんで」
「それで会話すればいいのね。あと、できれば……」

「どうもご配慮、すいませ〜ん!」
「い、いえいえ……」
 やたらと愛想のいい母親と僕が、対面で。
 その隣で、女の子と三藤先輩が背中合わせで座って。
 熱心にメッセージを、やり取りしている。

「よく慣れた感じで、ご対応いただいて……」
「いえいえ、色々な個性の生徒がおりますので……」

 なんだか、自分がなんちゃって教師みたいなコメントをしているけれど。
 まさに、相談会じゃないかこれは!


 ……ただ、僕は考えた。

 将来もし、自分が『丘の上』の教師になったとして……。

 頭に浮かんだ、上司と同僚。
 加えて、受け持たされそうな生徒と、その保護者を思うと……。

 職業選択の自由は、きちんと行使しよう。
 人生設計って、大切だと。

 もしかしたら僕は。
 きょうの説明会に、参加してよかったのかもしれないと。

 ……このとき、初めて思えたのだった。