社交辞令的な、自己紹介が終わると。
「鶴岡夏緑さん。五分間でいいので、三百歩ほど離れてもらえないかしら?」
三藤先輩が、まったく社交的ではないことを伝えている。
「はい、了解しました!」
不思議ちゃんは、とっても素直で。
「じゃ、ウナ君。五分後にね!」
ニコリと笑って、歩数を声に出しながら校庭に向かっていく。
「……本当に、三百まで数える気かな?」
春香先輩は、ちょっとだけ気になるらしく。
「意外と性格、いいか・も・ね!」
波野先輩は、どこかにシンパシーを感じたのかもしれない。
「で、さて昴君……」
玲香ちゃん、ちょっと怖くない?
「誰なの、あの子?」
三藤先輩は……すでに怖いです……。
「……ただの『同級生』、です」
「……えっ?」
予期せぬ高嶺の、ひとことに。
みんなが一斉に、注目する。
「だよね! 海原!」
……ま、まったくもって、事実なのだけれど。
高嶺のその見開いた目は。
なんだか、いつもと違う雰囲気がしていて。
「なんかいいなよ、海原!」
どこかアイツらしくない、その問いかけかたに。
……なぜだか僕は、『事実』を認めるのにやや戸惑った。
「は、はい。同じクラスの、保健室登校の女子です」
僕の答えは、『事実』なのに。
誰もその『事実』では、納得がいかないみたいで。
でも、僕には。
それ以上、答えようがない。
「……あ、あの〜?」
すると、みんなが沈黙していた、その空間に。
不思議ちゃんが突然、戻ってくる。
「三百歩って、結構多くないですか?」
「えっ……?」
鶴岡さん、今頃気づいたの?
「なんだウナ君、知ってたならちゃんといおうよ」
彼女は、僕に不満を述べると突然。
「あの、よかったら……『イタイ女』の告白、聞いていただけますか?」
そう口にすると、とても真面目な顔をして。
「お願いします!」
ペコリと、頭を下げた。
……ウナ君は、わたしを救ってくれた。
決して、『すべて』とはいえないけれど。
わたしは、できるだけ誠実に。
みなさんに、わたしのウナ君に対する感謝を述べた。
「……そういうことなのね」
三藤先輩が、口火を切ると。
「ま、昴君だもんね!」
赤根先輩が、なんだかうれしそうに笑ってくれた。
「あと、あの……」
わたしには、もう少し伝えたいことがある。
「保健室の窓から、みなさんの声を聞くのが大好きで……」
「……えっ?」
まだ警戒感の消えない、高嶺さんが。
以前とは少しだけ違った目で、わたしを見てくれる。
「ひとり、またひとりと仲間が増えていて……」
そのおかげで、きょうのわたしは。
最後まできちんと。
……伝え切れそうな、予感がした。
……わたしの前に、再び。
しかも突然現れた、『同級生』は。
「日に日に笑い声の、音階が豊かになっていって……」
わたしじゃとても思いつかないような、言葉を使って。
わたしたちを、表現してくれている。
「……それを、うらやましく思っていました」
……もしかして、『夏緑』って?
「あの、わたし……」
間違いない、この子は。
「いいから! 放送部、入りなよ!」
わたしは、夏緑に駆け寄ると。
周りのみんなに向かって。
「いいですよね!」
文句は不要だと、宣言する。
「あとでどうなっても、知らないわよ……」
月子ちゃんのアドバイスは、また今度考える。
「まぁ、断る理由もないね」
玲香ちゃん、アイツをほめられたからって。甘くない?
「自分で決めていいよ〜」
「そうそう、夏緑は。ど・う・す・る?」
陽子ちゃんの表情と、姫妃ちゃんまでもう名前呼びしたから。
夏緑の答えは……。
「入りますっ!」
とっても、シンプルだった。
わたしは、大きく息を吸うと。
「やっと、一年が増えたぁーーーーーーー!」
最近のイライラを全部まとめて、声に出す。
「キャーッ!」
「み、耳がぁ……」
「叫ぶな、由衣!」
「ここ、別の……しかも中学校よ……」
「でも……こういうときは、『例のアレ』かな?」
「そうだね! じゃぁ、きょうは誰がやる?」
玲香ちゃんが早速、腕を伸ばしてくる。
仲間が増えたときの、放送部の定番。
わたしの大好きな、みんなで輪になっての一斉コール!
次々、どんどん腕が増えてきて。
もう一度叫ぶのが、待ち遠しくてたまらなくなった、そのとき。
「あ、あの……」
そういえば、部長だとかいう。
超・鈍感男を忘れていたことに。
……みんながようやく、気がついた。
……中学の説明会の、手伝いにきたはずなのに。
僕たちはいったい、なにをしているんだろう?
輪になっているみんなが、一斉に僕を見る。
いいんですよ、別に目的を忘れていたとしても……。
だ、だから……。
「雰囲気、ぶち壊しじゃん!」
「せっかくの感動場面なのに、ひ・ど・い!」
「昴、空気読もうよ……」
「昴君、ほめられていたはずなのに……」
みんな、好き勝手いわないで!
そもそも、僕の登場できそうなところなんて。
どこかに、ありました?
「海原くん、苦労するわね……」
例によって、輪から少し離れていた三藤先輩が。
やや同情的な顔で、僕を見てくれたけれど。
「でも夏緑について、先に話してくれていなかったのは……海原くんの責任よ」
バッサリと、斬られてしまった……。
「……そんなことないよね、ウナ君!」
……ふと、背中に強烈な寒気が走る。
なんだか、マズイぞ!
この状況、なんか変! しかも前にもあった!
ウルウルした目の、不思議ちゃん・鶴岡夏緑が。
「ねっ、ウナ君!」
そういいながら一歩一歩、近づいてくる。
「ついていくから!」
い、いや……。
これからヨロシク、とか。
要するに、そういうことを伝えたいんだよね?
だったらほら、距離が近いし……。
それにそのセリフは、誤解を招くから……。
「……離れなさい」
「えっ、なんで月子ちゃん……?」
ほら、いわんこっちゃない。
「……やっぱわたし。同級生とか、いらない」
「うそっ……」
あぁ、まずいぞこれ。
「昴ってさぁ……」
「調子乗ってるよね……」
「サ・イ・テー!」
い、いや。
僕じゃないでしょ! 冤罪ですよっ!
「ちょ、ちょっとみなさん! ま、まってくださいっ!」
「キャ〜ッ!」
「……寺上先生。外が、にぎやかですなぁ」
案内された部屋の、窓辺から。
あの子たちがよく見えている。
「ああ見えても、我が校の『希望』でもありましてね……」
「理事長から……少し伺いましたよ。それに、あのふたりが中学のころから……」
「あら、覚えておいでで?」
「まぁ、寺上先生にしては。お珍しいと思いましてね……」
『本校』の校長は、わたしに次の茶菓子を勧めると。
「失礼。すでに彼らは、『丘の上』に進みましたものな」
そういって、目を細めながらわたしを見る。
再び外から。
海原君を追いかける。
あの子たちの声が、聞こえてくる。
「……評判どおり。『丘の上』は、変わっていきますなぁ」
たとえそれが、褒め言葉だとしても。
わたしはまだ、喜ばない。
……悲しむだけでは、終わらせない。
そのためにできることが、可能性が、ある限り。
わたしは、まだ。
……このままでは、喜ばない。


