……『あれ』から、最初の日曜日。

 貴重な、大事な安息日。
 土曜日も授業がある、『丘の上』で学ぶ僕たちとっては。
 唯一休める、至福の一日になるはず……なのに。


 ……その前日の、放課後の放送室。
 例によって悪魔がふたり、あらわれた。

「……やっと休める、日曜日ですよっ!」
「なによ海原(うなはら)君、文句ある?」
「そうそう、文句ある?」
 藤峰(ふじみね)先生と高尾(たかお)先生に、譲る気がないのはわかるけど。
 なんで僕たちが、そんなことまで……?

「仕方ないでしょ、中三は修学旅行なんだってー」
「それなら中二、いますよね?」
「えっと、芸術鑑賞会だっけ?」
「わざわざ? 日曜にわざわざいくんですか?」
「売れないステージだから、すっごく安くしてれたんだってー」
「へ?」
「そうそう、あそこまで安くなるなんて、学年費余るから最高だよね!」

 ……週末に、一学年分も席が余る安い興行って。
 いったい、なんなんだ?

 いやいや、めちゃくちゃ気になるけれど。
 ここで脱線してはダメだ。
「じゃぁ。中一なら……いますよね?」
「休みでしょ? 日曜だし」
「せっかくの日曜だよ? 休ませてあげなよー」
 先生たちは、そういうけれど。

 ……それなら。
 僕たちも、休ませてくれないんですか……?


「中学校の、説明会!」
 藤峰先生が、無駄に強調するけれど。
「いくら同じ学校法人でも。わたしたち別系列の、しかも高校生ですが?」
 三藤(みふじ)先輩のほうが、明らかに正論だ。

「それに『付属中』あがりって、コイツとわたしだけですよ?」
 高嶺(たかね)が、珍しくまともな援護射撃をしてくれたけれど。
「知ってる!」
 藤峰先生には、まったく通用しなくて。

「ホントに『付属中』のこと、なにもわかりませんよ?」
 代わって春香(はるか)先輩が、高尾先生に念押ししたものの。
「大丈夫じゃない? だって、みんな昔は中学生だったでしょ?」
 ダメだ……。
 いつまで経っても、この先生には『常識』がつうじない……。


「とにかく、『会場』にいってね!」
 最近知恵のついた、藤峰先生が。
「いいこと姫妃(きき)、『ステージ』だよっ!」
 狡猾にも、ここまでのやり取りを聞くことなく。
 ひとり演劇雑誌にのめり込んでいた波野(なみの)先輩に、話しを向ける。

「あ、ハイッ!」
「うん、いい返事だね。さすが元演劇部」
 そのセリフに、無条件で反応しただけなのに……。
「えっ、なにな・に?」
 いまさら、鼻息荒い女王に。逆らえるわけがない……。

「そうそう! その前向きな感じ!」
「みんなには、ピッタリだねっ!」
 結局毎度のように、先生たちに強引に押し切られて。
 日曜出勤が、確定してしまったけれど。
 このときなんだか残った、『妙な』違和感に。
 僕たちはもっと、早く気がつくべきだった……。



 ……結局、日曜日の朝。
 毎朝のように列車に乗って、乗り換えて。
 学校への最寄り駅で、反対側の列車でやってくる春香先輩と合流する。

 ここから僕たちの学ぶ『丘の上』へは、バスに乗るけれど。
 『本校』と呼ばれる、もうひとつの学校。
 その高等部と、高嶺と僕が卒業した『附属中学』は。
 駅から徒歩で、到着できる場所にある。

「……なんか、久しぶりにきた。アンタは?」
「もちろん卒業以来、初めてだ……」
「ここが、海原くんの中学なのね」
(すばる)君たちの、母校かぁ〜」
 そんなことを話しながら、校門の入り口にくると。

「とりあえず撮っ・と・こっ!」
 波野先輩が、お決まりのスマホの撮影会をするといいだして。
 誰が中央に立つかとか、目をつぶったから撮り直しとか。
 そうやって、僕のエネルギーが浪費されていると。
 背後、いや校内から。
「……海原君、高嶺さん!」
 なんだか久しぶりに聞く、声がする。


「……うわぁ。なんだか高校生みたいだねぇ〜!」
 ま、まぁ。
 見たまんま、ですけど……。
「元・中学生のみなさんも。よろしくね!」
 英語の担当だった先生が、歓迎してくれているようだけれど。
 でも、この先生。

 ……こんなに愛想、よかったっけ?

「『個別』説明会ってはじめてのことだから、どうなるかわからないけれど」
「えっ?」
「ヨロシク頼むわよ〜!」
「はい?」
 そ、そんなことは。聞いていませんけど……。
 誰が、勝手に約束を……。

 春香先輩と波野先輩が、回れ右をしかけて。
 玲香(れいか)ちゃんが、それをとめている。
「……あの、ウチの先生たちは?」
 高嶺が、『あのふたり』を締めあげようとして、質問すると。
「あら、早朝から出張でしょ?」
「えっ……?」
 そ、そんなこと『も』。聞いていませんけど……。


 タイミングよく、玲香ちゃんのスマホにメッセージが着信する。

『校長命令で出張中!』

 ……ふたりが、真面目な顔をしているけれど。
「これ、思いっきり外出モードだし……」
 高嶺のオシャレセンサーが、ただのショッピングだと断定して。
「しかも窓に、色々と写っているわ……」
 三藤先輩がいうとおり。
 テーブルに大量のビール缶と、山盛りのパンらしきものが反射している。

「……校長命令、ですって?」
 おおっ、寺上(てらうえ)先生の登場だっ!
 ここは、怒りの電話で。
 すぐにでもふたりを連れ戻してくれると、期待したのだけれど。

「あの子たちも、疲れているのよね……」
「……えっ?」
「海原君たちは、その分もよろしくね」
「はい……?」
 寺上先生が、ため息さえつくこともなく。
 困ったら電話してねと、携帯の番号を伝えると。
 英語の先生と共に、校舎の中に消えていく。

「じゃぁ、あとはヨロシクねっ!」
「頼んだわよ」
 いや、ちょ、ちょっと!
 ど、どういうことですかっ!


「……ねぇ。このあと、どうなるの?」
 高嶺、それを知りたいのは僕も同じだ。
「知らないわよ……」
 三藤先輩、そんな目で僕を見ないでください……。
 ……で、えっ?

 目といえば。
 春香先輩の、その目はなんですか?

「……ねぇ、昴。あれ誰?」
「はい?」
「だから、あの子!」
 玲香ちゃんの声も、加わって。
 ふたりが示す方向にいるのは……。


「いたいた、ウナ君〜!」
 大きな声で、めちゃくちゃさわやかに。

 あの、鶴岡(つるおか)夏緑(なつみ)が。


 制服姿で僕を、呼んでいた……。