「みなさん、本当にありがとうございました」

 先輩たちから、たくさんの拍手を受けて。
 もう一度深々と、頭を下げる。

 この日、年度内最後の『委員会』が無事終了した。
 体育祭と文化祭に加えて、部長会も。
 これで当分、することがなにもない。
 僕は委員長という重責から、ようやく解放されて。
 やっと、やっと自由の身になれるのだ!


 左隣で同じように、副委員長の三藤(みふじ)月子(つきこ)が振る舞っている。
 少々の変化があったとはいえ。
 基本的には部活内の誰かとしか、会話しない先輩だけれど。
 お辞儀するだけなら、『しゃべらなくていい』ので。
 誰よりも姿勢正しく、付き合ってくれている。

 加えて、右側でも。
 赤根(あかね)玲香(れいか)波野(なみの)姫妃(きき)高嶺(たかね)由衣(ゆい)の三人が同じく……って。
 
 ……ダメだ。
 あの三人は、お互いにキャアキャア喜んで。
 ハイタッチし合っているじゃないか。


 その瞬間、新聞部のカメラのフラッシュが光ってしまう。
「あの……撮り直しません?」
「幹部のふたりと、部員たちのギャップがなかなかいいから平気っ!」
 新聞部の新部長は、そういうと。
 カメラマン役の生徒に、別の写真を撮りにいくよう指示を出す。

 基本、年に何回かしか発行されない校内新聞。
 いつ出るかわからない、次号の写真は。
 ひきつった顔の三藤先輩と僕が、また掲載されてしまうのか……。

「あの……まだ部員。あとふたりいるので撮り直しませんか?」
 それだけは避けようと、僕はなんとか食い下がる。 
 いや、そうじゃなくて。
 三年生の都木(とき)美也(みや)先輩に、二年生の春香(はるか)陽子(ようこ)先輩も。
 委員会のときだけは、僕たちと対面するように座っていたけれど。
 文化祭実行委員長と書記というのは仮の姿で、おふたりとも大切な放送部員だ。

「なのでお願いです! みんなの写真を撮ってくださいっ!」
「は、はい……」
 おぉ! 交渉成立だ。
 ひょっとして、少しはコニュニケーション能力がアップしたのかと。
 僕はつい、勘違いしたのだけれど。

「わ、わかりました……」
「えっ?」
 新聞部長の目線を追って、僕も振り返ると。
 あぁ……そっち、だったのか……。

「まぁ、当たり前だよねっ!」
 藤峰(ふじみね)佳織(かおり)。我らが女王、というか放送部顧問が。
 僕のうしろで得意げな顔でアピールしていて。
 先生に引っ張られてきた都木先輩と、春香先輩のうしろで。
 副顧問・高尾(たかお)響子(きょうこ)が必死になって。
 左手でスカートをパタパタしながら、右手で前髪を直している。

 なんだか、一気に四人も増えて。
 新聞部長が仕方ないなぁという顔をしている。
「いや〜、遠慮のない部長で悪いねぇ〜」
 藤峰先生が、明るい声でサラリといって。
「肩とか背中に、パンついてないよね?」
 自分が食べてきたくせに、僕にしっかりチェックしろと。
 低い声で威嚇する。
 だいたい背中なんて、写りませんから……。



「おぉっ! 記念撮影か!」
「へっ……?」
 柔道部元部長の、田京(たきょう)(はじめ)が野太い声を出す。
 それにつられて、解散したはずの参加者が続々と集まり出す。

「よし! 海原(うなはら)と委員会のメンバーを中央にまずは三年だけで撮ろう!」
 バレーボール部元部長の長岡(ながおか)(じん)が、僕の肩をガッシリつかんで隣に立つ。
「えっ?」
「遠慮するな。なんせお前には、中央に立つ資格がある!」
 ほめてもらえるのはうれしいけれど、センターはさすがに……。

「いや、海原。お前はな……」
 そういいかけた、長岡先輩に。
「ちょ、ちょっと待って!」
 都木先輩が、慌ててあいだにはいって。
「長岡君、い、いまはね……」
「お、おう。そ、そうだったな。悪りぃ」
 なんだか、よくわからないけれど。話しの続きがうやむやになる。


「あ、あの。高嶺さんよかったら!」
「な、波野さん。よかったら!」
 あぁ……田京先輩と、剣道部の元部長が。
 文化祭の『特盛うどん』と『特製蕎麦』押し売り合戦をまた、再現している。

 校門から続く並木道の、柔道部うどんと剣道部蕎麦の出店の前で。
 衆人注目の中、両部員が入り乱れてふたりの名前を連呼し続けて。
 お互いが、食べ終わるまでのあいだ。
 取り囲まれ続けたあの記憶がよみがえる。

 そのときの、トラウマのあまり。
 さっきまでうるさかったあのふたりが。
 玲香ちゃんのうしろに隠れて、なにもいえずに固まっている。

「はいはい! せめて少し、離れて立つんだよ〜」
 さすがは、都木先輩。
 田京先輩たちは、極めて従順に。
「お、おう……」
「こ、これくらいで立てばいいか?」
 そういって、適度な距離感をつくっている。

「じゃぁ姫妃も由衣も、ちょっとだけ笑ってあげてね!」
「は、はい……」
「が、がんばります……」
 まるで、その雰囲気につられるように。
 ふたりだけでなく、皆がゾロゾロと並びだす。

 そしてふと気配を感じると。
 三藤先輩が、僕の隣に。
 た、立ってくれているじゃないか!

 ……め、珍しい。

 他人との集合写真なんていままで。
 自分からは絶対に、混ざらなかったはずなのに……。
「ふ〜ん」
 なにか、そんな声がしたかと思ったら、僕たちのうしろには。
 藤峰先生と高尾先生、それに春香先輩がちゃっかり並んでいて。
「海原君、しゃがんで」
「もう少し、背伸びして」
(すばる)、いいから普通にしといて!」
 同時には不可能な要求を、容赦無くつきつけてくる。

 こうして、三年生たちの位置が定まったのだけれど。
 でも……あれ?
 都木先輩は、どこに立つのだろう?





 ……月子が、自ら海原君の隣に並んだ瞬間を。

 わたしは、見逃しはしなかった。

 いままでのあの子なら、そっと教室から出ていくのが普通で。
 放送部の誰かが、無理やり誘ったとしても。
 一番端のほうに、立っていたら驚くくらいだったはずなのに……。

 ただ、月子のその表情は。
 堂々と彼の隣に、立つというより。
 無意識で、海原君のそばにいる。
 そんな感じに、わたしには見えるかな?

 でも、月子がそうやって『自己主張』してくれたことが。
 わたしは、実は。

 ……ちょっぴりうれしかった。


 ただね、月子。
 わたしはもう、二回も気持ちを海原君に伝えたんだよ。
 それに、今回は。
 みんなを並ばせたわたしに、ご褒美をもらうからね!


 わたしは、カメラマンの子に。
 こっそりと、お願いを伝えてから。
 放送部のみんなと、三年生たちが並ぶその列に向かって歩き出す。


 月子と、ちょっと目が合った。
 月子って、自分の気持ちとかはなかなかわからないのに。
 こういう狙いは、すぐわかるよね。

 玲香、ごめん。
 いまは、それどころじゃないよね。
 田京君たちの横でうろたえている、姫妃と由衣の。
 面倒を見てくれて、ありがとう。
 でもわたし、あなたたち三人よりは。
 色々と苦労しているから、許してね。

 あと、海原君のうしろの三人!
 揃いも揃って、なんだかいいたそうな顔をしてますけど。
 わたしだって、たまには。
 自己主張くらい、したっていいですよね?



「……長岡君、ちょっとごめんね」
「お? お、おぅ……」
「えっ、都木先輩?」
 わたしは、長岡君に海原君から離れてもらって。

「きょうはここで、写真撮ってもらうの」

 さすがに声にはしなくて。
 心の中でだけ、高らかに宣言してから。


 大好きな、海原昴の隣に。


 ……迷わず立った。



 両隣に、月子とわたし。
 うしろには、陽子と佳織先生と響子先生。
 すぐ近くには、玲香と姫妃と由衣。


「はい、チーズ!」


 こうして撮った、みんなの写真はずっとずっと。
 わたしたちの、宝物になるだろう。

 わたしは、このとき。
 そう信じて、疑っていなかった。





 ……美也ちゃんと、目が合って。
 絶対にわたしの逆側の、海原くんの隣に立つと。
 なぜかすぐに、わかってしまった。

 いままでの、わたしなら。
 「集合写真なんて、必要ないわ……」
 そういって、先に部室に戻れたはずなのに。
 なぜかきょうは、ここにいたいと思ってしまった。

 いや、それだけではなくて。

 ……気づいたら、海原くんの隣にいた。


 海原くんと三年生の、記念写真だというのに。
 わたしが隣にいる必要は、どこにあるのだろう?

 副委員長だから?
 その責任感で、ここに残ったとは思えない。

 海原くんが、いるから?
 別に、いいじゃない。集合写真で、卒業する先輩たちと写ろうとも。
 深く、気にすることはないわ。


「……きょうはここで、写真撮ってもらうの」


 美也ちゃんはきっと、心の中にとどめたつもりよね?
 でも……聞こえてしまったの。
 そしてわたしは、そのとき。

 ……美也ちゃんと海原くんがいるからなのだと、気がついた。


「あのふたりだけで写るのが、嫌なの」
 思いがけず、そんな自分の心の声が聞こえた気がして。
 わたしの頭は、混乱する。

 ただの、集合写真なのよ。

 わたしの心が、狭いから?
 わたしって、そんなに意地悪なの?

 美也ちゃんは、海原くんが好き。
 それがわかるから、わたしは……。


 ……『嫉妬』という言葉を。

 辞書で、引いたことはある。
 漢字で、書いたことはある。
 様々な本でも、何度も出てくる感情だ。
 ただ、その言葉を意味を。
 もし、わたしの心で感じたそすれば。

 それは、わたしの心の中に。ある感情の存在が……。



「あの……先輩?」
 ふと、わたしを呼ぶ声が聞こえた。

「三藤先輩?」
 海原昴が、わたしを呼ぶ声だ。


「撮影、終わりましたよ?」
「えっ、そうなの!」

 その瞬間、美也ちゃんとも目が合った。

「う、海原くん……」
 そうわたしが呼びかけるより。
 彼の名を呼ぶ声が、あちこちから畳みかけてきて。
 三年生たちが、海原くんを取り囲んでいる。

 立ち尽くした、わたしの手を
 美也ちゃんがそっと、握ってくれて。



 ……それから。



「ふたりで話したいんだけど、いいかな?」


 ……美也ちゃんがそう、わたしに告げてきた。