恋するだけでは、終われない / 悲しむだけでは、終わらせない


 『コの字型』に机が並べられた、第二会議室。

 僕たち六人が、再び一列に並んで着席する中。
 対面には高尾(たかお)先生と都木(とき)先輩がいて。
 窓を背にした中央部分では、藤峰(ふじみね)先生が。
 まもなくやってくる、ふたりのためにスペースをあけて。
 やや端のほうに腰掛けている。

「理事長と会議って、大人みたいだね!」
 玲香(れいか)ちゃんが、ニコリとする横で。
「緊張とか、しないの?」
 春香(はるか)先輩が、少し驚いた表情をしている。
「ああいう大人がいれば、平常心で臨めるわよ」
 三藤(みふじ)先輩の目の先には……あぁ、いつもの光景か。

「ん?」
 藤峰先生が、こっそりプチパンを口に入れようとしていて。
「んん?」
 高尾先生が慌てて口の中に押し込んでいる。


佳織(かおり)先生! 響子(きょうこ)先生! おやつはあと!」
 自分も食べたかったのか、高嶺(たかね)が吠えはじめるなか。
「ねぇ、お茶菓子足らないけど。誰か食べない人いる?」
 波野(なみの)先輩は、マイペースな感じで。

「じゃ、わたし遠慮しとくよ」
 せっかく都木先輩が、大人な対応をしようとしたのに。
「こういうのは、コイツのがなくなるのがお約束っと!」
 そういって、高嶺が僕の目の前の茶菓子を奪い取ると。
 先輩に持っていこうと、席を立つ。


 その瞬間、会議室の扉がノックされて。
 校長の寺上(てらうち)つぼみが、偵察を兼ねて顔をだす。
「理事長……十秒、いや五秒失礼しても?」
 瞬間的に、見抜いたのだろう。
 そんな声が聞こえてから。校長だけが中に入ると。
「早く! 飲み込みなさい!」
 寺上先生が、またおかわりを口にしている大人ふたりに注意して。
 高嶺がそのあいだに、慌てて自席に戻っている。

「……いいわね?」
 少しため息まじりの声で、校長が声をかける。

「みんな! 理事長がお越しよっ!」
 わざとらしく、号令と共に超高速で藤峰先生が立ち上がり。
 それを見たみんなが、テンポを崩しながら慌てて続く。
「そこっ! 海原(うなはら)君、遅いっ!」
 あぁ、もう……こういうときだけ。
 わざと大声で、いわないでくださいよ……。





 ……昔から自由な、あのふたりに。

 振り回されるのには、慣れているけれど。
 最近は、その教え子たちにも。
 色々と、驚かされるのよね……。

「やぁ、放送部のみなさん。昨日はどうも」

 ……そして、あなたもですよ。
 鶴岡(つるおか)宗次郎(そうじろう)理事長。
「どうかしたかね、寺上先生?」
 まったく。
 すでに面識があるなら、そう教えてくださればよいものを……。

 とはいえ。
 笑顔の理事長を見て驚く、生徒たちを見ていると。
 ……もしかして彼らも。
 その立場までは、知らなかったのかしら?


「本学園の理事長として、微力ながら……」
 そんなあいさつが終わりかけると、待ちきれないわたしが。
「……この子たちと面識が、おありなのですか?」
 思わず割り込んで、聞いてしまう。

「えぇ、寺上先生。それだけではありませんぞ」
 な、なんですか?
 その含みのある、お顔は?
「そちらの藤峰先生と高尾先生の意外なお姿も、教えてもらいましたよ」
「えっ……」
「ど、どういうことでしょうか……」

 理事長は、慌てるわたしたちをよそに。
赤根(あかね)さん、『例のアレ』を。先生がたに見せてやってはもらえんかな?」
 そういって、わたしたちに中身を確認するよう、うながしてくる。

「あら!」
「ゲッ……」
「ちょっとっ!」
 カエデの木の下ではしゃぐ、わたしたちの『記録』がいつのまに……。
 思わず顔を見合わせて、驚き固まるわたしたち見て。
 その老人は、愉快でたまらないという顔をする。

「こ、これはその……」
 そういいかけたわたしに、理事長は。
「これで、いいんじゃないかい?」
 笑顔を、返してくる。


「わしもな……こんな先生たちがいる学舎(まなびや)で、過ごしてみたかったよ」
 理事長は、誰に語るでもなく口にすると。
「……要するにな、高嶺さん」
「は、はいっ!」 
 栗色の髪の毛が印象的な女の子に、まっすぐに顔を向けると。
「『ラスボス』は、倒されたぞ」
 今度は、声を出して笑いはじめた。


「え、ええっ……」
 目を見開いて、固まったままの彼女に。
 おでこに怪我をした子や、ほかの二年生たち。
 それに、最高学年の子までもが。
「やったぁ〜!」
「でかしたよ、由衣(ゆい)っ!」
 喜びの感情をあらわに。
 勢いよく席を立ち、飛びついている。

「ちょ、ちょっと!」
「す、座りなさいね!」
 口にするだけで、とめる気のない教え子がふたり。
 少しだけ、教師らしいことを口にする中で。

 将来が楽しみな少年だけは、やや戸惑いながらも。
 ひとり自席で直立したまま。
「あ、ありがとうございます……」
 理事長を見て、お礼を口にする。


 ……そして、その隣の長髪の彼女。

 あの子だけは、どの流れにも加わらず。
 じっと部長が礼を述べるのを確認すると。
 ほんの少しだけ、口元をゆるめたあとで。
 すぐに資料をめくりだすと、ペンでチェックを入れはじめる。


 そんな歓喜の輪を眺めながら、理事長は。
「……三藤さんは、喜ばんのかね?」
 少し不思議そうに、わたしに聞く。

「あの子はきっと、『この程度』では喜ばないんですよ」
「ほぅ。ここまでは『既定路線』だったのか」
 理事長は、今度はやや感嘆したような声を出すと。
「さらに高い、理想があるんじゃろう」
 この先が楽しみだという表情で、わたしを見た。





 ……寺上先生こそ、この状況を楽しんでおるようじゃの。

 学校に、新しい風を吹き込もうとする生徒と教師たちを。
 わしごときが、邪魔するいわれなどないじゃろう。

「理事長として、学園を経営する喜びを与えてくれて、ありがとう」

 なんだか、みなの視線が。
 随分と驚いた顔をしているようだが。

「どうした?」

 ……年寄りが素直だと、なにか問題でもあるのかい?





 ……まさかあの老人が、理事長だったなんて。

 おまけに、目の前にいるこの人は。
 なんというか、『人格者』だった。


「みなさん。いまから校庭に出たいのだが。すまんがご一緒してくれんかの?」
 鶴岡理事長は、僕たちに向かって呼びかけると。
 続いて、三人の先生たちに。
「寺上かえでさんに、会わせてくれ」
 そういって静かに、頭を下げた。



 ……不揃いな高さの、カエデの木々が。
 少し照れくさそうに、風に揺れている。

 老人は、真っ先に、そして一番近くに寄ってから。
 誰よりも先に、静かに手を合わせだした。


「藤峰先生、高尾先生、それに寺上先生」
 祈りを終えた、理事長が。
「当時のわしは、そこまで生徒にも先生にも関わろうとしていなかった……」
 うっすらと涙を浮かべる三人に、視線を合わせ。
 静かに、一度息を吸うと。

「未熟者で、すまない」

 ……もう一度三人に、頭を下げた。


「理事長って、立派なかたですね……」
 僕のつぶやきに、都木先輩が。
「校長も、もちろんそうだよね」
 静かに、付け加えてくれて。
 それから三藤先輩が。
「きょうはあとのふたりも、加えてもいいんじゃないかしら」
 僕たちの考えは同じだと、伝えてくれた。

 視線の先に立つ、先生たちには。
 僕たちとは違う、苦労や過ごした時間があって。
 いまはそれぞれの立場を超えて、かえで先輩を取り囲んで。
 一緒になって、笑顔で先輩の労を、ねぎらっている。


「あ……」
 そのとき、高嶺が。
 誰よりも先に気づいて声をあげると。

 数枚のカエデの葉が。
 木から離れて、近づいてきて。

「返事、かな?」
「笑ってくれた、ね」
「違うわ、激励よ」
「つまり年寄りにも……まだ励めということか」

 それら一枚一枚を。
 先生たちが、大切に手のひらで受けている。


 そんな『五人』がいる、空間は。
 なんだかあたたかくて、不思議と美しくて。
 なによりもそれが、僕の目には。



 ……なぜだかとても、尊く見えた。