恋するだけでは、終われない / 悲しむだけでは、終わらせない


 翌日の、昼休み。
 春香(はるか)先輩と僕は、保健室に向かっている。

「ほんと、人づかいが荒いですよね」
「だって仕方ないよ〜、佳織(かおり)先生だよ?」
 あぁ! なんという、無敵の言葉。
 藤峰(ふじみね)先生だからこそ、なせるこの技!


「……冷えたチョコが、食べたいのっ!」
 なんだか、朝からずっと忙しくて。
 これ以上甘いものがないと、脳みそが破裂すると先生が突然叫び出して。
 あの高嶺(たかね)でさえ、スルーしていたのに……。

高尾(たかお)先生のチョコクロワッサンなら、残っていますけど?」

 三藤(みふじ)先輩が、考え事を邪魔されて。
 つい、ひとこと反応してしまった。

「いいのっ? それでいいのっ?」
「えっ……」
「最近の価格高騰でね。チョコの容量、また減ったんだよ?」
「は、はぁ……」
「冷えてもないけど、それでもチョコだけはがして食べてもいいの?」
「もったいないので、生地ごと食べてください」
「チョコがいいの! だから生地は海原(うなはら)君に食べてもらうけどいいのっ?」

「えっ……?」
 しまった! 思わず僕も、反応してしまった。
「クロワッサンだよ? 掃除大変だよ?」
 先生は多分、相手をしてもらえたのが、よほどうれしかったのだろう。
 逆に三藤先輩は。
 後悔のたっぷり詰まった、ジト目をしていて。

「海原くん、あとその隣で笑いをこらえている陽子(ようこ)
「えっ? わたし?」
「……お願いしたわよ」
 選択肢のない、任務を命ぜられた。



 ……保健室の先生は、要領を得ているらしく。
「えっと、何枚?」
 サラリと僕たちに、聞いてくる。
「虫歯になりますし……一枚、ですかね?」
「遠慮しないで。部員のみんなにも配りなさい」
 先生はそういうと。
 薬品庫の隣にある冷蔵庫から『箱』を取り出すと。
「はい、じゃぁ四枚ね」
 そういってなんの迷いもなく、『五枚』を渡してくる。

「えっ?」
「なに? あの子が、残りの枚数とか気にすると思う?」
「い、いえそうじゃなくて……」
 僕としては、四枚がいい間違いなのか。
 それとも五枚が渡し間違いなのか、気になったのだけれど。
(すばる)、いいから受け取って」
 春香先輩が、早く退散しようと僕をせっついてくる。

「大丈夫よ。減ったら追加したらいいだけだから気にしないで」
 誰だかが、この高校の保健の先生は。
 ちょっと変わっていると話していたけれど。
 これはひょっとしたらむしろ……。
 なんだか『誰かたち』と、似た香りがするほうじゃないのだろうか?


「そういえば! 海原君って。一組だよね?」
「は、はい……」
「春香さん、彼ちょっと借りてもいい?」
「ど、どうぞ……」
「あと、お土産あるから。ちょっと待っててね」
 我が道をいく先生はそういうと、無駄に広い保健室の奥のほうへ進んで。
 ガサゴソ物音を響かせはじめる。


「ねぇ海原君……知り合いなの?」
「い、いえ。初めてきましたけど。先輩は?」
「なぜか元気だから、きたことない……」
「ただ、それにしても」
「『似てる』、よね?」

 僕たちのコソコソ話しが、聞こえていたのか。
「あぁ、あの子はね。『ジャム友』」
 先生が、そんなことを教えてくれるけれど。
 ジャ、ジャム友ってなんですか……?

「要するに通販の送料とか、半分こする仲ってことだね」
 ……よ、よくわからないけれど。
「あ、響子(きょうこ)ちゃんもきたから。いまは三人でわけてるの。よかったら入る?」
「い、いえ……」
 そんな蟻地獄みたいなサークル。
 永遠に送料を、負担させられるだけだろう……。

 春香先輩が、『新鮮獣肉ジャーキー・詰め合わせ』なるものを渡されて。
 複雑そうな顔をしながら、保健室をあとにする。
 このあとまさか、僕も乾燥肉にされたり……。
 しないですよ、ね?


「あ!」
「えっ?」
「もうこんな時間。当分のあいだ、店番してて!」
 先生は、時計を見ると。
 僕を置いて、慌てて保健室を出る。

 なんで僕が、保健室の『店番』を?
 しかも、当分のあいだって……いつまでなの?
 もし怪我人とかきたら、どうやって呼ぶんですか?


 なにごとも起こらないようにと、願いつつ。
 かといって、やることもない僕は。
 ふと立ち上がり、窓辺へと近づいてみる。

 意外にも、保健室から見えるのはある意味絶景で。
 その連続した窓からは、並木道とか裏道。あとグラウンドに加えて。
 ずっと先には。

 ……街と海も、よく見えた。



「……知らなかったでしょ、この絶景?」
 やや、緊張気味の声がして。
 僕が驚いて、振り向くと。

 ……いつのまに、入ってきたのか。
 同じクラスの女の子が、僕をじっと見つめている。


「あ……」
「なに?」

 この子は、確か……。
 藤峰先生が、高嶺にジャムをぶちまけたあの日。
 コンビニスイーツを買いにいかされたときの……。

「この前は、ありがとう!」
「えっ……?」

 説明不足な僕に、いくつもの『?』を重ねながら。
 その子と僕は、なんとか会話を成立させた。

「スイーツの数が足らないって教えてくれたから。食べ損なわなくてよかったよ」
「なにそれ。全部、食べ物で覚えてるの?」

 ……ふと、そこで会話が途切れたとき。

「あぁ、わたし。久しぶりに人としゃべったかも……」
 その子が、小さくそんなことを口にして。
 おかげさまで、女子たちに散々鍛えられた僕は。
 その声に含まれた、どことない寂しさに。

 ……さすがに、気がついた。



「い、いい景色だね……」
 ただ、僕は気がつきはするけれど。
 その先、どうやって接してよいのかがわからない。
 だから、正解かはわからないけれど。
 そうやって、話しを変えてみた。

「いま、話し変えたよね?」
 ただその子には、お見とおしだったようで。
「ご、ごめん……」
 素直に、僕は謝ったのだけれど……。
「どうして? いきなり深入りするほうが、『偽善』じゃない?」

 ……あれ?
 似たことを誰かに、つい最近いわれた気がした。

「昨日の、おじいさんか」
「えっ?」
「いや、昨日ね」
「……あぁ、裏道で長くしゃべってたもんね」
「へっ?」
「だってここから、丸見えだよ?」

 ……確かに。
 窓際に立つと、よく見える。
 ということは。
 この子は、昨日僕たちを見ていたのか。

「……あの人は、知り合いなの?」
 その子が、僕に聞く。
「えっと、あのおじいさんだよね?」
「ほかの人たちは放送部でしょ? だからその人について、聞いたつもりだけど?」
「ご、ごめん。えっと、初めてお会いした」
 僕が、そう答えると。
「ふ〜ん」
 その子はそれきり、しばらく黙っていた。



「……だいたいわかった」
 しばらくしてから、その子に。
 昨日どんな話しをしたのか、聞かせて欲しいと頼まれた。
「で、最後にいわれたことだけ、もう一度教えてもらっていい?」

 ……弱いものを見つけてやって、ひとりでもいいから、救って欲しい。

 老人の言葉が、僕には突き刺さった。
 そんな感想も、添えたのだけれど。

「……偉そうに」
「えっ?」
「だって、初対面でしょ? 偉そうにとか、思わなかった?」
「うーん、僕たちの話しをしっかり聞いてくれたし……」
「あと?」
「あぁ! もっと偉そうなのが周りにいるから、気にならなかった」
「ちょっと、なにそれ!」
 先ほどの、悔しそうな言葉とは裏腹に。
 その子が、少しだけ表情をやわらかくする。


「……ねぇ、わたしって『変』かな?」
「えっ?」
 いきなり聞かれた、その質問に。
 僕はどう答えればよかったのだろう?

 少なくとも僕には、わからない。
 保健室で、なぜかおしゃべりしているのも。
 その内容が、どこかずれていることも。
 そして、クラスメイトの女子だけどその子が……。

「……あ、そうだ。そろそろ、授業いく?」
「え? うわっ……。と、とっくにはじまってた……」
「まぁ、それは平気だよ」
「えっ、どうして?」


 ……不思議なことに、藤峰先生は。
 自分の授業に、僕が遅れることを。
 どうやら先に、知っていたらしい。


「わたしは、いかないから」
 小さく手を振る、その子が。
 部屋を出る僕に、伝えてくる。


「うん、わかった」
 ……特にそのことも、『変』だとは思わず。


 僕は静かに、保健室の扉を閉めた。