紅葉を上から眺めたいと、誰かがいい出して。
バス停までは、並木道を見下ろす裏道を歩くことにした。
「ねぇ姫妃ちゃん! あの葉っぱ、おいしそう!」
「もう由衣ったら……そんなにお腹すいたの?」
「だって頭使ったんだし、当たり前じゃないですか?」
「ねぇ由衣……いったいどこから、そんな発想になるわけ?」
「ちょっと玲香ちゃん、ひどい!」
「え〜、でも葉っぱだよ?」
「だって、月子ちゃんのお弁当にも入ってましたよ!」
「あのね、由衣。あの紅葉はね、飾りだよ……」
「えっ、天ぷらじゃなくて? だから衣が、ついてなかったんだ……」
一応引退したとはいえ、きょうも一緒にお昼を食べにきてくれて。
放課後も、部室の片隅で勉強していた都木先輩が。
困ったような顔をしながら、高嶺にほほえみかけていて。
僕が、話題に巻き込まれないようにと。
少し歩みを早めたところ。
ふと、少し先のベンチで。
……老人がひとり、校舎の上のほうを眺めているのに、気がついた。
「こんにちは。おくつろぎのところ、騒がしくて申し訳ありません」
代表して、三藤先輩が。
軽く会釈しながら、口にする。
……って?
えっ……!
「しゃ、しゃべった……」
「月子が。知らない人に、話しかけた……」
玲香ちゃんと波野先輩が、思わず声に出してしまうと。
「こら、失礼でしょ。あの、ごめんなさい……」
春香先輩が、慌てて。
その老人に、ペコリと頭を下げる。
「……なに、気になさるな。不審者扱いされなかっただけで、光栄だよ」
老人は、そう答えると。
ゆっくりと、僕たちの顔をひとりひとり眺める。
「一年生と二年生。あと三年生がひとりか。いったい、どんな組み合わせだね?」
「みんな、放送部です」
「あ、でもいまは色々あって、生徒会を作ろうと準備中の面々です」
波野先輩と、玲香ちゃんが今度は堂々と答えるけれど。
なんでふたりして、そんな自慢げなの?
「……わしはまぁ、元教員みたいなもんだ」
老人は、僕が口を開きかけたのをチラリと見ると。
自ら、その『属性』を教えてくれた。
「やっぱり、そんな気がしました」
僕がお礼がてら、そう答えると。
老人の表情が、どうしてそう思ったんだい?
そんなことを、問いかけている気がした。
「……なんとなく『丘の上』の香りがしました」
老人が『ほぅ』と声を上げ、なにかをいいかけたけれど。
「よろしければ。ぜひ、読んで下さい!」
玲香ちゃんが、それをさえぎる。
「……これは?」
「発足準備委員会で提案予定の、生徒会の草案です」
「でも長いので。最初の一目枚目のだけでも構いませんから、お願いします!」
「ちょ、ちょっと玲香。それに由衣……」
「だって陽子、これで教師OBの意見も聞いたって。理事長にいえるよ!」
老人は、一瞬目を見開くと。
突き出されたそれを。
やや戸惑いながら、受け取ってくれる。
「まったく……申し訳ございません」
「実は明日の放課後。急に理事長にお会いできることになりまして……」
「ただの偶然ですけれど、ご意見をうかがいたい、ということで」
せっかく都木先輩、三藤先輩、春香先輩が慌ててフォローしたのに。
「決して、いいように利用したいとかというわけではないんです!」
ちゃっかり最後に、波野先輩が便乗しているじゃないか……。
「まだ賛成するとは、いってないんだけどなぁ……」
老人は、そんなことをつぶやきながらも。
意外に鋭い眼差しで、書類を読みはじめた、
……老人が、真剣に読んでくれている。
そんな空気が、ひしひしと伝わる中。
校庭からは、ランニングのかけ声が聞こえてくる。
「いま走っているのは、バレー部と柔道部と……」
「あと、剣道部だね」
春香先輩と都木先輩が、なにげなくつぶやいたことを。
どうやら老人はしっかり、聞いていたようで。
「……見えもしないのに。どうしてわかるんだい?」
「実は、それぞれの部活を引退した部長たちが」
「交流のある高校にお願いして、資料などを手に入れてくれたんです」
「ほぅ……」
「そうしているうちに、次の部長たちも仲よくなって。ウォーミングアップを合同ですることになりまして。なんだかそれぞれ、役に立つ動きがあるそうですよ」
ふたりの話しに、僕もつい。
昨日聞いた話しを補足する。
「まぁ大勢でやれば女子の注目浴びられるとか、バレー部がいってたけどねー」
「ちょっと波野先輩、それは内緒にしておかないと……」
「あ、海原君。そうだった、ごめん!」
老人が少し、ほほえんでから。
「ところでこの一文について、説明してくれないかい?」
そう僕に、問いかける。
「……それは、コイツが一番こだわっていたんです!」
答えようとした僕より、先に。
高嶺が、口を挟んできたのだけれど……。
「えっ……?」
……ごめんね、由衣。
そこはわたしに、話させて。
「なお準備委員会の会長以下、すべてのメンバーは……」
「み、美也ちゃん?」
誰かさんの、驚く声を気にせずに。
「……生徒会の正式発足後は、その活動に関わらないと約束します」
わたしは、何度も読み返したその一文を。
並木道のほうを眺めながら。
心を込めて、暗唱する。
「せっかく、初代生徒会長にって推したんですけれど……」
そういうわたしに、海原君はこのときも。
すまなさそうな顔をしながら。
「……準備委員として一年やれれば、僕は十分ですから」
でもそれは譲れないと。わたしをしっかり見ながら、答えている。
「どうしてなんだい? せっかくの機会なのに?」
老人が聞くのも、もっともだ。
わたしも最初、そう質問したけれど。
「……仮に順調にいって、会長にまでなってしまったら」
あのときも、いまも。
海原君は、一切ブレずに。
「僕が二回も、代表をすることになっていしまいます」
……それは違うと、迷わず答えた。
「名誉じゃないか。それに、自分で苦労して作るんだろ?」
「だって。私利私欲じゃないと、みんなに知ってもらうためだよね?」
玲香が、それでいいんだと寄り添って。
「それに、コイツが二年もやったら。そんなの独裁者になっちゃいますし!」
笑顔の由衣が、自慢げに。
そんな海原君を支えると宣言する。
……みんなの選んだ道に、わたしがとやかくいえることなんてない。
ただ、みんなと一緒にいたかった。
いや、それだけじゃなくて。
わたしは海原君の隣に、いたかった。
それだけがとても。
とてもとても、心残りなの……。
「独裁者……か」
……そう、つぶやいいたあと。
老人が、わたしに向かって。
「でも君も一年生じゃないか。せっかくのチャンス、逃すことにならないかい?」
そんなことを、聞いてきた。
「わたしは、コイツと。あと先輩たちとやり遂げたと思えば、それで構いません」
……よし。
わたしは、笑顔で答えられる。
「それくらい、いまのみんなが大好きなんです」
だから……。
「こう、花火みたいに大きく開いたらあとは……」
……どうしよう。
そこまではみんなの前で、いえるのに。
わたし、本当は……。
まだ、一年生なのに。
来年とか、ましてや再来年のことなんて。
まだちっとも、考えられないよ。
わたしは、みんなが大好き。
でも、都木先輩が卒業するだけでも寂しいのに。
生徒会が正式に発足したら。『ほとんどみんな』が、いなくなってしまう。
そんな悲しいことを、いまから想像して行動するなんて。
不器用なわたしには、到底できっこないのが、わかるから。
……だからアイツは、初代会長にならないんだ。
だって、『ふたりだけが残る』生徒会なんて。
わたしが耐えられないと、知っているから……。
わたしは、決めてるの。
みんなで全力で、生徒会を立ち上げる。
そしてそのあとは……。
ゆっくり、アイツと過ごしてみたい……。
「……あとは、ほら!」
頑張るんだ、わたし。
「コイツを押しのけて。初代会長になる生徒が出ないと……」
すべてを正直には、話せなくても。
「そんな生徒会なんて、長くは続かないじゃないですか!」
これだって、正直な気持ちだ。
「継続できない生徒会なんて、つくっても仕方がないんです。だから……」
……結局、上手に話しきれないわたしを。月子ちゃんが助けてくれた。
「……ご存かもしれませんが。以前に一度、生徒会の設立機運が高まったことがあったそうなんです。ですから今回も、できるだけ多くの方々に支えていただかないと。決して実現できないことだと、自覚しています」
月子ちゃんは、そこでひと息つくと。
「なので、正式移行後は次にバトンを渡す。そうやって『将来へ続く』仕組みづくりができるほうが……」
そこまでいって。美也ちゃんとアイツをチラリと見てから。
小さな声で、わたしに。
「……この先は、あなたの言葉で伝えなさい」
……そういって、背中を押してくれた。


