……わたしを見る、みんなの目が。
「月子……どうして?」
一斉に、そう聞いているのがよくわかる。
……もう海原昴を、苦しめないで。
ほかになにも、いうことなんてないじゃない。
元凶は、自分だ。
これまで何度も、責めてきた。
海原くんが、色々なことに巻き込まれていくのを。
……見るのがつらい。
海原くんが必死になって、問題を解決するたびに。
……わたしの心が、痛んでいく。
生徒会を立ち上げることは、困難を伴うだろう。
でも結果的には、成功する確率が高い。
いや違う、海原くんなら。
……きっと、成功させてくれる。
でも絶対に、海原くんはまた傷つく。
もっと、苦しむ。
そんな予感がして、ならないのだ。
「……三藤先輩は、僕の心配をしてくれて反対なんですか?」
えっ、もしかして。
わたし、なにか口にした?
「いわないでも、顔に書いてありますよ」
意外なことに、海原くんは。
わたしを向かって、ほほえんでいて。
「先輩のお話しの途中ですが、いいですか?」
わたしが、小さくうなずくと。
それを確認してから、ゆっくりと。そして静かに語りはじめた。
「……僕は、正直乗り気ではありません」
意外そうな表情で、みんなが一斉に海原くんを見る。
「わたしと、同じなの?」
思わず、聞いてしまった。
「三藤先輩と同じで、みんなを心配しています」
……やっぱりあなたは、やさしすぎる。
わたしは身勝手だから。
海原くん『だけ』を、心配しているのに。
『みんな』の心配を、しているなんて。
……ちっとも、わたしと『同じ』じゃないわよ。
「みんなとなら、成功するとは思うんですけど……」
海原くんは、再びゆっくり。
そして言葉を、じっくりと選びながら。
「なんだか嫌なこととか、大変なこととか、傷つくことが起こりそうで……」
「アンタも、月子ちゃんもさぁ!」
話しの途中で、突然由衣が立ち上がる。
「保護者じゃないんだから、勝手に心配とかしないでよ!」
「……ふたりの考えていることは、わかるけどね。それはみんな同じ」
玲香が、静かにそういうと。
「お互いを心配し合って、その上で『自分の』意見をいってるんだよ?」
姫妃が、やさしく補足する。
「リスクもあるし、楽じゃないしさ」
「そもそもなんでわたしたちなのよって、思うよねぇ?」
「でも、もし成功したら。すっごく楽しいことを」
「みんなとできたんだって思えるって、最高じゃない?」
「だから、賛成したのに。月子も昴君も……心配し・す・ぎ!」
「それに、月子と海原君。あなたたちだよ、わたしを救ってくれたのは」
「えっ……姫妃?」
「わたしは、絶望を知っている。病室であったときのこと、もう忘れたの?」
……そんなはずはない。
あなたが怪我した日の『出会い』を、忘れてなどいない。
あんなに悲しげな誰かの背中を見たのは。
産まれて初めてだと、いってもいいくらいだった。
「もう二度と舞台に立てない、好きなことができないなんて絶望、知ってる?」
「いえ、そこまでは……」
「だったら、ね」
姫妃が、わたしを見て笑顔になる。
「もしこの先で『また』絶望しても、わたしのほうが先輩!」
「ど、どいういうことかしら……」
「だってこの先、また絶望するときは、一緒でしょ?」
あぁ……『絶望』という言葉を、口にしていても。
姫妃はなんだか、楽しそうな顔をしていて。
「そしたら、月子は初めてで。わたし二回めだから! わたしの、勝ち〜!」
味わいたくもないことの、勝負の話しをするなんて。
「それって……勝ち負けのことなのかしら……」
思わず、口にしてしまう。
「もう、ガタガタうるさいよっ!」
今度は陽子が。
「心配し合ってるのは、みんな一緒なんだから」
「え、ええ……」
「月子自身がどう思うか、いってみてよ?」
「わ、わたしは……」
みんなが再び、わたしに一斉に注目するのが、わかって。
だから……。
「注目を浴びるのは、好きじゃない……」
そういって、またみんなが残念がったのが。
よくよく、わかってしまった……。
「そっかー。人前でしゃべらないの、つい忘れちゃうよねー」
「えっ? 陽子?」
「口が悪いの隠せるのはいいですけど、そこだけはねぇ……」
「ちょっと、由衣?」
「でも、その辺はどうにかなる・で・しょ!」
「ちょ、ちょっと。姫妃、どういうこと?」
「だってね、月子」
玲香が、最後に。
「当然『副会長』だからねぇ……」
……なんだか、変なことをいった気がする。
「まぁ『会長』! そのあたりは、あとで考えよう!」
「春香先輩? 僕の話し。聞いてました?」
……陽子が。
海原君くんと、わたしを交互に見て笑顔になる。
「ねぇふたりとも。わたしがやってもいいっていうのに、まだ嫌がるの?」
「えっ……」
「親友だよねぇ、月子?」
「う、うん……」
「アンタさぁ! 美少女たちに囲まれてて。それでもやんないとか、あり?」
「ちょ、ちょっと待て。美少女って……?」
「え〜。右にも左にも、いっぱい・い・る・で・しょ?」
「いえ波野先輩。そういう意味じゃなくて、顔と性格は別物……」
「な・に?」
「……じゃなくて。顔と生徒会やるのは、別物じゃないですかぁ!」
「はい、そこまでっ!」
「れ、玲香ちゃん……?」
「もういいじゃん、やってみたら、どうにかなるって!」
「そうそう、どうにもならなかったら。美也ちゃんに骨くらい拾ってもらおう!」
骨って……あぁ……。
なんだかわたしは、そろそろ負けそうだ……。
そう思って、海原くんの顔を見たら……。
なによ……もう、負けているじゃない……。
思わず、小さなため息が出た。
海原くんを巻き込んだのは、このわたし。
それなら、いまここで。
巻き込まれている、海原くんを助けるのも。
……この、わたしだ。
「わかったわ。その代わり、誰ひとりとして楽はさせない」
「えっ? じゃぁ月子……」
「誰も手加減しないわよ。サボるのも禁止。それでいいのよね、あなたたち?」
高嶺由衣、赤根玲香、波野姫妃、そして春香陽子の目が。
前に向かって、輝いている。
……ならば、やることはひとつだけ。
「海原くん!」
「は、はいっ!」
「……わたしと一緒に、苦しんで」
「……えっ?」
「みんなで、一緒に苦しむわよ!」
「ええっ……!」
……このとき、そっと開いていた放送室の扉の向こうで。
わたしの隣で。
藤峰佳織、高尾響子のふたりが。
目を点にして、固まっていた。
「ど、どうしようつぼみちゃん!」
「く、苦しむっていったけれど、大丈夫かな?」
そんなことをいわれてもねぇ……。
ただ、この子たちの切り替えの速さは特筆もので。
「まぁ、月子なりの表現でしょ」
「そうだね。心配しないで平気平気!」
そういって、わたしを巻き込んでハイタッチをせがんできたあとで。
「じゃ、会いにいこっ!」
「つぼみちゃん、早くいこっ!」
できるだけ静かに、走りはじめていた。
……放送室の窓から見える、不揃いな大きさのカエデの木々は。
元々は、一本だけ。
あの子の親友たちが勝手に植えたものだった。
「あとで寂しくないようにと、追加したのもあなたたちよね?」
「だって、放送室から目立つようにしたかったし!」
「あと、『四本』もあったら。『無敵』だと思ったんだよねっ!」
……まったく。
本当に、勝手な子たちなんだから……。
でも、このふたりのおかげで。
こうして思えるのも、事実だ。
……寺上かえでは、ここにいる。
「どうか後輩たちを、見守ってあげてね」
そういって三人で、手を合わせると。
「あ、先生! 葉っぱ!」
「葉っぱは、ないでしょう……。いい加減大人のいいかたに変えなさい」
「ええっ。葉っぱでいいよね〜。あ、また葉っぱが落ちてきた!」
……なんだか。外が、騒がしいと思ったら。
先生たちが、カエデの葉で無邪気に遊んでいるじゃないか……。
「ちょっと昴君。静かに!」
玲香ちゃんが、楽しそうに。
そのようすをスマホで、密かに撮影している。
「大人の割に、自由よね……」
「でも月子。あんな大人も、悪くな・く・な・い?」
「ただ少し、頼りになるのか不安ですよね……」
「でも、楽しそうだから。いいんじゃない?」
放送室の窓に並んだ、僕たち六人が。
そんなことをいいながら、大人たちを見守っているのを。
きっと、寺上かえでだけは。
……気づいたに、違いない。


