恋するだけでは、終われない / 悲しむだけでは、終わらせない


 あれから、一週間。
 朝晩の冷え込みが少し強くなり。
 校門から校舎に向かう並木道の木々も。
 色づきが次第に、鮮やかになってきた。

 放送室の窓から、不揃いな大きさのカエデの木々が見えている。
 以前は特に、気にしていなかったのだけれど。
 最近はみんな、部室の入退室の際に。
 窓の先をふわりと眺めるのが、習慣になりつつあった。


「……ねぇ、いったいなんなの? わたしだけってどういうこと?」
 できれば高嶺(たかね)だけと、少し話しをさせて欲しい。
 そんな僕のわがままのせいで。
 みんなは講堂の機器室へ、掃除に出かけてくれている。

 このあと僕たちは。
 放送部のみんなで、『決』を取る。
 短い期間ではあるけれど、資料を集めて。
 自分たちのプランは、どうにかまとめあげた。


「これは、『再来年』のことだ。あと、同級生はお前だけだしさ……」
「そんなの、前から知ってるし!」
 高嶺は、僕の話しを途中でさえぎると。
「わたしは部長のアンタが決めたなら、従うから」
 そういい切って、ぷいと横を向く。

「い、いや……せめて『最後の項目』だけは、お前がどう思うかを聞いておきたい」
「別に……いいんじゃないの?」
「いや、何度もいうけどさ……」
「だからさ!」
 アイツは、大きな声でまた話しをさえぎると。
「わたしは海原(うなはら)が決めたことを、支えるってば……」
 一転してそう、小声で口にした。





 ……わたしは、わたしなりに。

 アンタに対して、忍耐強く。
 そして素直に、伝えているつもりだ。

 普段なら、しつこいと怒ったり。
 たっぷりいい返したりしているとか、思わないの?
 わたしは、わたしはね。

 ……海原が進みたい道を、支えたいだけの。

 この部活に入る前に、いったのよね?
 わたしはアンタの、『保護者』なの。
 そう、わたしは『保護者』だから。
 アンタを、見守るのが当たり前なの。

 それが、いつのまにか。
 手伝ってやろうとか。
 支えたいって気持ちに、なってしまっている。

 きっとそれは、同じ中学からきたからだし。
 いつも同じ列車で、かようからだし。
 たまたま四年連続で、同じクラスだからで。
 おまけに、いまは同じ部活だから……なんだよね?

 そうそう!
 そんな『たまたま』が、続いただけで。
 変な『偶然』が、重なっただけで。
 ただなんとなく、アンタと過ごしてきたからだよきっと。


 ……でもね、心の中でだけ。白状してあげる。


 わたし、なんだかいつのまにかね。
 海原の隣で、『もっと』過ごしたい。
 そんなことを……思うようになってきたの。



 いろんな先輩たちの、いろんな想いに触れるにつれ。
 少しずつアンタのことを、別の目で見はじめている自分がいることに。
 わたしは少しだけ、自覚が芽生えてきているの。


 でもさ。
 アンタは、さっき。
 わたしを『同級生だから』と、いったよね?

 ……あのね、海原。
 そういわれると、なんだか。

 わたしはちょっとだけ、悲しかったよ……。



「……なぁ、高嶺。本当に、構わないのか?」
 もう!
 いい加減、わかってよ……。

 わたしはアンタと過ごせれば、それでいい。
 いや、『それだけでも』。
 別に、構わないんだってば!


 ……ここでわたしが、もっと素直にそう口にできていたなら。

 もしかしたら、わたしたちの未来は。

 別のなにかに、変わっていたのかもしれない。



「ただいま〜!」
 こんな、絶妙のタイミングで。
 みんなが、戻ってくる。

「えっ? 由衣(ゆい)、どうかした? まさか(すばる)! 由衣に変なことしてないよね!」
「ええっ……」
「ちょっと! ちゃんと返事しなよねっ!」
「い、いや……だって……」
 もう、陽子(ようこ)ちゃん。
 わざと、いわないでよ……。

「まぁでも昴に、そんな勇気なんてないよね〜」
 絶好調の、陽子ちゃんが。
 わたしが元気になるようにと、ちょっかいを出してくれている。

 ……ねぇ、陽子ちゃん。

 アイツのこと、本気で好きだったんだよね?
 それってもう、終わったんだよね?


 ……だったら、教えて。

 恋するっていったい、どんな気持ちなの?
 恋したあとって、どうやって前に進めばいいの?



「ねぇ由衣? そろそろ……決めよっか?」

 今度は、玲香(れいか)ちゃんに。
 『現実』に戻れと、いわれた気がした。

 そうだね、玲香ちゃんも。
 アイツに思うところが、あるんだもんね……。


「じゃぁ、生徒会ですね。みなさん……どうしましょうか?」
 あぁ……。
 一大決心の、場のはずなのに。
 なんて間抜けな、聞きかたなわけ?

 ただ、そんないつものアイツだからこそ。
 思わずわたしは、口元をゆるめてしまった。

「……高嶺、なんで笑ってんだ? 頭ついに、イカれたか?」

 ……あぁ。
 まだ『いつもの』やり取りが。
 わたしたちには、お似合いだよね?

「はぁ?」
「えっ……」
「アンタさぁ! もうちょっと締まった聞きかたしなよ! 真面目にやりなよ!」
「え、ええっ……?」
「ほんと、肝心のときにさぁ。しっかりしてよね!」
「な、なんだよいきなり……」
「うるさい! やり直しっ!」





 ……『同級生』って、いいよねぇ。

 なんだか由衣が、妙な目で昴君を見ていたから。
 せっかく現実に、引き戻したつもりだったのになぁ〜。

「玲香、どうかした?」
「ううん、なんでもない」
 陽子、最近なんだか。色々鋭くない?


 わたしは、昴くんと。
 その横でいい合っている、由衣とのやり取りに。
 同級生しか存在し得ない空気を感じて。

 ……正直なところ。

 少しだけ、嫉妬した。





 ……なんだか、よくわからないけれど。
 高嶺も、春香(はるか)先輩も、玲香ちゃんも。
 やっぱり、緊張しているのだろうか?

 さてさて。
 僕はいったい、誰の意見から聞けばいいのだろう?
 自分の意見を先にいって、みんなを縛りたくはない。
 でもいきなり、三藤(みふじ)先輩でもなさそうだし……。


 ふと、波野(なみの)先輩と目が合った。
 そうだ先輩には。
 きちんと、確認すべきことがある。

「……あの、波野先輩?」
「えっ、わたしからなの?」
 驚かせたか、ごめんなさい。でも意図は、違うんです。

「あの……もし、生徒会の準備をしはじめると」
「うん」
「たぶんドラマを作ったりする余裕が、なくなる気がします」
 そう、これは事実だろう。

「あと、玲香ちゃん?」
「わたしが、どうかした?」
「いや、ふたりには……」
 もう、迷っていても仕方がない。
「放送部の活動ができなかったら、僕はウソをついたことになるしな、って……」

 ふたりが、放送部に入る際に話していた。
 この先の『やりたいこと』を、奪ってしまう。
 僕はちゃんと、お詫びをしようと。
 そう思ったのだけれど……。


「そ・れ・が、どうかした?」
「へ?」
「そうそう、姫妃(きき)のいうとおり」
「えっ、玲香ちゃんも?」
「そうだけど?」
「でもふたりとも、ドラマ作るのを楽しみにしてたんじゃ……?」

 すると、波野姫妃がニコリと僕を見て。
「あ・の・ねぇ? わかる? ま、わかんないよね〜」
 そういって、楽しそうにクルリと一回転してから。
「わたしはね。『別のドラマ』に関われるなら、それで構わない!」
 そういって。あっさりと、答えを出した。


「『別のドラマ』ってなんか、いい響き。わたしも乗るっ!」
 玲香ちゃんが続いて、答えを出して。

「よし、わたしも決めた!」
 高嶺が、迷わず答えると。
 そのまま。
「じゃぁ陽子ちゃんは、どうする?」
 続けてストレートに、春香先輩に聞いてしまった。


 ……なんとなくだけれど。

 先輩は……やりたくないんじゃないかと。
 僕は思っているのだけれど……。

「残念! 昴が思ったことと、逆だよ」
「へっ?」
「きっとわたしが『変わる』の、まだ嫌がってると思ってるんでしょ?」
「じ、実は……」
「まぁそう思われても、仕方がないよね。ただね」
「ただ?」
美也(みや)ちゃんの残してくれるものに挑戦するのって、意味あるなって思うの」
都木(とき)先輩のため、ですか?」
「あと、かえでさんの話しとかも聞いちゃったからね」
「じゃぁ、ふたりのためですか?」

 すると、春香先輩は。
 これだから昴はダメだなぁ……と、わざわざ口にしてから。
「違うよ。『未来へつながる』気がするから、やってみたいの」
 何だか僕には、ちょっと難しい動機を教えてくれた。

「いま、絶対わかんないって顔してるよね?」
「す、すいません……」
 そういいながらも、僕は。
 春香先輩の笑顔に、迷いがないことだけは。
 とてもよく、理解できた。



 ……残るは、ふたりか。

「たぶん海原くんが、一番話しが長いと思うので。わたしが先に話すわね」

 涼しい顔でいいますよねぇ……三藤先輩。


 それから、先輩は。
 みんなをゆっくり見回すと。迷うことなく。


「わたしは、反対よ」


 そう口にしてから。

 その藤色の瞳を。



 ……まっすぐ僕に、向けてきた。