【第6話】努力なんて無意味なのに
〇回想:制服で背を向けている蓮。黒色のヘッドホンを静かに装着する蓮。
あの日から、俺の世界は靄がかかって 音をなくして止まったままだ。
〇回想。幼少期の蓮
(共働きで忙しい両親の代わりに、祖父が俺を子どものように育ててくれた)
若い頃、ボクシングのチャンプになりそこねた祖父のジムは、いつも経営難だった。
幼稚園児くらいの蓮が、ボクシングジムで遊んでいる。ジムの窓は段ボールで補修されていたり、かなり古い。
(でも幼い自分にとって、その古くてきたないジムは最高の遊び場だった)
しだいにボクシングがみるみる上達していく蓮。喜ぶじいちゃんと璃子
○中学生の頃
――(じいちゃん)蓮、お前は本当にボクシングの才能がある。タッパもあるし、筋肉の質もいいし、何より足と手のリーチがなげえ!
どんどん増えていく蓮の賞状やカップ。高校や海外からのスカウトマンも。
――(じいちゃん)このまま努力し続ければ、本気で世界チャンプ目指せるぞ! こんな弱小ジムから初めての世界チャンプが出る!
蓮の頬をぷにっとして笑うじいちゃん。
――(じいちゃん)おまけに面まで良いんだ、女の人気が出るな!
――(蓮)ひゃめろよ、ひーちゃん(やめろよじーちゃん)
――(じいちゃん)それにこんだけ顔がよかったら、CDデビューできるんじゃねえか?
――(蓮)ひつのひらいらお(いつの時代だよ)
――(璃子)えー! でも璃子がお嫁さんになるんだよ!
――(蓮)ひや、ひい(いや、いい)
――(璃子)ちょっとー!
――(みんな)はははー
盛り上がる祖父とセーラー服姿のJC璃子。
(じいちゃんと、応援してくれる璃子のために、頑張るんだ)
両親代わりに育ててくれた大好きなじいちゃん。じいちゃんがかなえられなかった夢を、かなえられるかもしれない。
筋トレ、縄跳び、スパークリング、自炊の食トレ、途轍もない勢いで努力する蓮。
(頑張ってもっともっと練習して、世界チャンピオンになって……このジムをもっとデカくするんだ……! じいちゃんのために)
〇場面変わる。学生ボクシング大会の試合会場
トーナメント表を眺める蓮。決勝戦。対戦相手は久我友弥。
蓮(久我友弥……初めて対戦する相手だな)
見上げると、応援席には、大量の友弥の関係者。応援の弾幕には有名企業・久我コーポレートの文字。
――(じいちゃん)対戦相手、久我コーポレートの御曹司らしいけどな。
久我コーポレートは、日本を代表する大企業。
――(じいちゃん)さっきの試合を見たが、まあ腕も悪くなかったが……
リング横で後ろにサポーターを何人も連れた通りすがりの友弥に睨まれる蓮。
――(じいちゃん)でも安心しろ、お前のほうが実力ははるかに上だ。というより、この会場ではお前が一番強い! ガハハ!
試合開始。実力差で友弥を圧倒する蓮。だが審判はしぶい顔。
そのとき、友弥が蓮を押す。びっくりする蓮。反則だが、審判が止めない。無視するとさらにパンチをしながら蓮を押す友弥。
――(じいちゃん)おい、今押しただろう! 反則だ!
リング外で叫ぶじいちゃん。それでも知らん顔の審判。さすがに焦る蓮。さらにもう一度押され、ふらつきかけた瞬間、蓮の後頭部を殴打する友弥。驚きで目を見開く蓮。
――(じいちゃん)おいっ、今のラビット(※後頭部へのパンチ)だろ! 反則だッ!
ふらついた蓮をおかまいなく殴り続ける友弥。レフェリーは知らん顔。
――(じいちゃん)おいッ、なんでレフェリー止めねえんだ!
何度も殴打され、鼻血が噴き出る蓮。右目を殴られ、血が出る。集中的に右目の周囲を殴られ、立っていられなくなり、床に転がる。見える天井。欠ける視界。
蓮(やべえ、右目が……!)
視界を覆う、試合会場の蛍光灯の光。目から血を流しながら茫然とする表情の蓮。
――くそ、こんなところで……、くそ、くそ……
そのまま意識が遠のいていく。
〇回想終わり 現代・引っ越し業者のバイト先
バイト先の店長「大神くん、休憩いいよー!」
蓮 「あざす」
店長「あ、これジュース。お客さんからの差し入れ」
蓮「いただきます」
引っ越し作業を終え、ベンチに座ってもらったジュースを飲む蓮。
店長「いやー、大神くん、本当に腕力あるから助かるよ」
蓮「いえ」
店長「大神くん、部活、なにやってるの?」
蓮 「……昔、ボクシングを少しやってました」
店長「へ~すごいね~!」
バイト先の先輩「大神くん、欲しいもんでもあんの?」
蓮 「……スマホっす」
先輩「ス、スマホ!? 持ってないの?」
蓮「はい」
先輩「へ、へ~。今時珍しいね」
蓮「あと、遊びにいくお金も必要で」
先輩「え? 彼女?(にやにや)」
蓮「いえ、その」
店長「いいなー! めっちゃ青春じゃん」
蓮「(赤面して話題をそらす)あと、グッズとか」
先輩・店長「グッズ?」
蓮「STARLIGHTの、チケットとかグッズとか買いたくて」
先輩「え? スタラ? 大神くん、ファンなの?」
蓮「……はい」
店長「へえ~、うちの娘がTOMAのファンだよ」
先輩「男からみてもめっちゃイケメンすもんねー、TOMA」
蓮「……そうすね(あいつ性格キッッッツいけどな)」
先輩「大神くんは誰が推しなの?」
蓮「CHISAです」
店長・先輩「CHISA? あはは、知らないな、ごめん(気まずそう)」
蓮「いえ。(腕時計をみて)現場戻りますね」
先輩「ういーす」
現場に戻る蓮を見送る二人。
店長「大神くんさ、最初、顔怖いしヤンキーっぽいから雇うのやめようかと思ったんだけど、良い子だし力あるし言ったことすぐ覚えてくれるし雇ってよかった」
先輩「っすね」
休憩明け、一人で黙々と作業をする蓮。一気に段ボール三個持ちできる蓮。
中華料理屋での透馬の正論が脳裏によぎる。
透馬(アイドルは人気が全て。売り上げが全てなんだよ)
透馬(君が千咲を救うなんて、今から石油王にならないとでも無理だね)
店長(CHISA? ごめん知らないな)
蓮(透馬は正しい)
〇回想・中学時代。病院。友弥との試合に負け、目に眼帯と頭に包帯をぐるぐる巻きにしたボロボロの蓮。
――(医者)検査の結果、今回は最悪の事態は免れました。安静にして腫れがひけば右目の視力はいずれ戻るでしょう」
――(じいちゃん・親)よかった……!
――(医者)ですが……
渋い顔でカルテを見る医者
――(医者)今後、右目にこれ以上物理的刺激を加えたら、次がある保証はないです
――そんな……
絶望の表情をする両親と祖父。蓮は目が死んでいる。
――もう蓮はボクシングを続けられねえっ……ってことですか?
気まずそうに頷く医者。泣き出す親と祖父。
――(じいちゃん)ちくしょう……、ちくしょう!
無言で泣く祖父の肩を抱く蓮。
――(じいちゃん)ごめんな、蓮。何回も運営に抗議したんだが、全然相手にしてもらなくて……。ちくしょう……
――大丈夫だよ、じいちゃん。泣き止めよ。圧倒的に勝てなかった俺が悪いんだ
目を伏せる蓮。下ろした長い前髪のせいで目が陰っている。
――俺が、チャンプの器じゃなかった、それだけだよ。
〇場面、現代。高校生になった蓮
(俺は負けた。この世はぜんぶ結果でしかない)
とぼとぼと制服姿で道を歩く後ろ姿。反対にスターダムにあがる友弥。最初は周囲に友人らしき人もいたが、段々一人になっていく。
勉強をしている蓮。集中してタブレットで教材を見ていると、傷のある右目がズキンと痛む。
蓮「いってえ」
(右目の視力は戻ったが、同じものを長時間見られなくなった)
苛々して溜息をつき、タブレット教材をベッドに放り投げる。そのまま勉強をやめてベッドに寝転び、昼寝する。外の工事の音がうるさくて、耳がズキンと痛み、黒いヘッドホンをつける。
(ああ、やってらんねえ)
そのままむすっと顔で昼寝をする蓮。
(目が回復するにつれ、こんどは耳で物音や人の声が反響しすぎるようになって、外界から遮断されたくてヘッドホンをしている)
〇場面変わる 高校
黒ヘッドホンに黒マスクの蓮。大股で登校して教室に向かう蓮。苛々していてオーラも怖くて周囲や先生もドン引き。ひそひそ噂話をしている。
(うっせえな、聞こえてんだよ)
イライラしながらヘッドホンをつけてふて寝する蓮。授業を受ける。ぺらぺら教科書をめくる。
(……簡単だな)
そのままやる気を失い、机につっぷして寝始める。同級生も先生もドン引き。
(だる)
○場面変わる 高校での下校途中
璃子「あ、スタラだ」
下校途中の道、ビルの屋上広告にデビューしたてのSTARLIGHTが出ている。千咲は端っこの方
蓮「スタラ?」
璃子「知らないのー? センターの子がね、すっごいイケメンなんだよ」
蓮「知らね(興味なさげ)」
璃子「蓮、さすがに芸能知らなさすぎだって」
蓮「興味ねえし」
璃子「あ、そういえば、スタラのメンバーが何人かうちの芸能コースらしいよ」
蓮「へえ(すたすた先を歩く)」
璃子「ちょっとー、待ってよ蓮~」
〇場面変わる 廃品小屋
いつものように昼寝をしている蓮。顔の前に気配を感じて、目をあけて自分を触ろうとしていた手を強く握りつぶす(1話の回想)
千咲「す、すみませんっ」(1話の回想)
目の前に、驚いた千咲の顔
(なんだこいつ)
千咲「一応アイドルなんで、顔は殴らないでくださいっ!」(1話の回想)
(なんだこいつ、ピーピーうるせえな)
人気が出ないSNSをみて涙する千咲。それを椅子で寝そべり、眺めている蓮。
(ばーか。生まれつきのセンスと顔が全てだろ、芸能人なんて。何夢見てんだ)
「アイドルの才能ないんだから止めちまえばいい」
蓮は鼻で笑って天井を向きなおして、教科書を顔にのせ直す
(凡人が努力なんてしても意味なんてねえんだよ)
――(千咲)でも、ファンの子は、仕事や学校で辛い思いをして、僕達に会いにきてくれるから…
しぶい顔でブロッコリーを頬張る千咲。つい笑みがこぼれてしまう蓮
(なのに)
頑張ってダンスや歌の練習をしている咲の姿。
(こいつを見ていたら、ずっと目が離せなくて)
――(千咲)だから、僕も頑張らなきゃ。
精一杯の笑顔をみせる千咲に、だんだん少し泣きそうになる蓮。
パイプ椅子から起き上がり、千咲のほうに手を伸ばす蓮。頬に触れる。
蓮の前で歌の練習をする(4話)千咲の姿
(過去の俺は変えられないけど、こいつを見てたら)
千咲の口元、目元アップ。その顔に手をのばし、唇を寄せかける蓮
(俺もまだ頑張れるかもしれない、なんてくだらねえことを考えるんだ)
〇高校 一般コースの教室
自席でスマホをいじっている蓮。周囲のクラスメイトが青ざめた顔でみている
同級生(おい、大神がスマホ持ってる)
同級生(えっ、まじか)
同級生(なんかめっちゃ笑ってるんだけど……)
同級生(ていうか最近真面目に授業出てるよな、黒オオカミ)
同級生(そういえば最近ヘッドホンもマスクもしてないよな?)
同級生(っつーかあんなイケメンだったのかよ)
同級生(この前、女子達はしゃいでたぞ)
同級生(それにしてもまじこわい、うわあ、笑ってるこわいこわいこわいって)
蓮が見ているのは、千咲の公式SNS。ひたすら千咲の写真に♡を押していく。
(これぜんぶタダで観れるとかすげえな)
ふと蓮、画面を見ながら自然とニヤニヤしていることに気づき、自分で唇を下げる。
璃子「蓮―、やっと捕まったー。帰ろー」
蓮「ああ」
(そういやあいつにスマホ買ったって言わなきゃ)
〇下校
璃子と下校している蓮。
璃子「今日バイトないの?」
蓮「ああ」
ふたりの前方で、マスク姿の生徒がスマホで通話している。
(この声、スタラの黎央じゃねえか?)
耳の良い蓮は気付く
?「でさ、ちさがさー、そうそう、そんで今から田中さん(←チーマネ)と久我さんに謝罪にいくんだって。えー? ちさがそう言ってた」
(ちさ? 謝罪?)
前を歩いていた高校生が電話を切る。そのすきに蓮が肩を叩く。
蓮「おい」
振り向いたのは黎央。
黎央「えっ」
蓮「?」
黎央「く、黒オオカミだ……」
蓮「は?」
黎央「すいません、殴んないでくださいっ!」
顔をガードしながらぺこぺこ謝る黎央。
蓮「ちさがなんかしたのか?」
黎央「ちさ? なんでちさのこと知ってるんですか?」
蓮「謝罪ってどういうことだよ?」
黎央の肩をもってめっちゃぶんぶんする蓮。黎央は首ががくがくになる。
黎央「わわわわ(力つよ!!) ややややややめめめめて」
肩ぶんぶんをやめる蓮。
蓮「わりい」
黎央「おえええ(目が回って茂みに吐く)」
蓮「ちさがなにしたのか?」
黎央「いや、それは仕事の話なんではなせな……ひいい」
肩をつかまれたまま蓮に睨まれ、凍り付く黎央
黎央「わわわ、わかりましたって……絶対、絶対外にしゃべんないでくださいね!」
〇回想 久我が拠点にするジムで久我友弥と撮影する千咲
撮影用に久我のスパークリングを受けて笑っている
千咲「パンチ早い! 風圧すごいです!」
千咲も笑顔で、なごやかでいい感じで撮影は進んでいる。
千咲「じゃあ最後に、久我選手より視聴者のみなさんにメッセージをお願いします」
久我「いつも応援ありがとうございます! 次のオリンピック、金メダル目指して頑張ります!」
千咲、笑顔で久我の話に相槌を打つ。
千咲「久我選手が金メダルを取れるよう、応援しましょう!」
久我「まあ、大丈夫っすよ! 俺が世界で一番強いっすから!」
画面に向かってピースする久我友弥。その瞬間、笑顔だった千咲の顔が凍る。
千咲「……」
無言の千咲にカンペを出すスタッフ達も困惑している
千咲「違うと思います」
久我「?」
黎央「『俺が世界で一番強い』って、違うと思います」
瞬間、久我・スタッフ・黎央の顔も凍る。
千咲「あなたは確かに血のにじむ努力をして勝負に勝ってきました。でも、あなたに負けた人たちの中に、あなたと同じように頑張って、あなたよりも強い人だっていたんです。だから」
久我「……(ちょっと怒ってる顔)」
千咲、握り締めた拳が震えている。
千咲「勝った人だけが強いんじゃない。そんな言い方をするのはやめてください」
〇回想終わり。黎央と蓮・璃子の下校中に戻る
黎央「そんで、ちょっと久我さんがピキっちゃって? 今日ちさが謝罪にいってます」
蓮「……」
黎央「ま、ゆーて? その、大したことにはなってないんすけど。一応? 穏便にすませたいってことで」
蓮「……そうすか」
黎央「MC降ろされたりとかはないんで、心配しなくても大丈夫っすよ」
蓮「……」
しょんぼり項垂れる蓮。
黎央「(隙あり!)じゃ、そういうことで! さよならっ!」
逃げるように去っていく黎央。気まずそうな顔の璃子
璃子「蓮、ごめん、私、あいつに蓮のボクシングのこと訊かれたからしゃべっちゃって……(不安そうに聞く)」
蓮「あーっ」
急に路上でしゃがみこみ、天に向かって吠える蓮。
璃子「だ、だいじょうぶ蓮?」
諦めたように笑って自分の髪をくしゃくしゃにする蓮
蓮「もうかなわねえーな、あいつには」
璃子「か、かなわない?」
蓮「わるい、璃子。ちょっと戻るわ」
急に反対方向に駆けだす蓮
璃子「え? なに? どうしたの蓮?」
蓮「わるい」
焦る璃子を置いて、駆け出す蓮
(ずっとこの気持ちを押し込めて、見ないふりしていた)
息を切らせて学校に戻る蓮。
(あっちはまがりなりにもアイドルで もしいまより売れたら住む世界がどんどん離れる)
廃品小屋のドアを荒々しく開ける。誰もいない。
(下手に好きって言いでもして いずれ離れることにでもなったら不安で)
急いで連絡ノートを焦って確認する蓮。特に新しいことは書いていない
(かといって俺の力じゃ あいつを人気にさせることもできない)
後ろのほうのページをめくる蓮。
千咲の書いた、ぐちゃぐちゃに消された「好き」の文字を発見する。
(なんだこれ?)
ふいに後ろのページをすかしてみて、目を見開く。
蓮「はあ、あいつはまったく……」
(でもそんな心配も劣等感も関係ないくらいもうどうしようもなく好きだって)
(お前しかいないって、まだ直接伝えられてない)
そのとき、蓮のポケットでスマホが鳴る。STARLIGHT事務局からのメール通知。
《○×アリーナ コンサート 3F立ち見席の販売ご案内》
〇回想:制服で背を向けている蓮。黒色のヘッドホンを静かに装着する蓮。
あの日から、俺の世界は靄がかかって 音をなくして止まったままだ。
〇回想。幼少期の蓮
(共働きで忙しい両親の代わりに、祖父が俺を子どものように育ててくれた)
若い頃、ボクシングのチャンプになりそこねた祖父のジムは、いつも経営難だった。
幼稚園児くらいの蓮が、ボクシングジムで遊んでいる。ジムの窓は段ボールで補修されていたり、かなり古い。
(でも幼い自分にとって、その古くてきたないジムは最高の遊び場だった)
しだいにボクシングがみるみる上達していく蓮。喜ぶじいちゃんと璃子
○中学生の頃
――(じいちゃん)蓮、お前は本当にボクシングの才能がある。タッパもあるし、筋肉の質もいいし、何より足と手のリーチがなげえ!
どんどん増えていく蓮の賞状やカップ。高校や海外からのスカウトマンも。
――(じいちゃん)このまま努力し続ければ、本気で世界チャンプ目指せるぞ! こんな弱小ジムから初めての世界チャンプが出る!
蓮の頬をぷにっとして笑うじいちゃん。
――(じいちゃん)おまけに面まで良いんだ、女の人気が出るな!
――(蓮)ひゃめろよ、ひーちゃん(やめろよじーちゃん)
――(じいちゃん)それにこんだけ顔がよかったら、CDデビューできるんじゃねえか?
――(蓮)ひつのひらいらお(いつの時代だよ)
――(璃子)えー! でも璃子がお嫁さんになるんだよ!
――(蓮)ひや、ひい(いや、いい)
――(璃子)ちょっとー!
――(みんな)はははー
盛り上がる祖父とセーラー服姿のJC璃子。
(じいちゃんと、応援してくれる璃子のために、頑張るんだ)
両親代わりに育ててくれた大好きなじいちゃん。じいちゃんがかなえられなかった夢を、かなえられるかもしれない。
筋トレ、縄跳び、スパークリング、自炊の食トレ、途轍もない勢いで努力する蓮。
(頑張ってもっともっと練習して、世界チャンピオンになって……このジムをもっとデカくするんだ……! じいちゃんのために)
〇場面変わる。学生ボクシング大会の試合会場
トーナメント表を眺める蓮。決勝戦。対戦相手は久我友弥。
蓮(久我友弥……初めて対戦する相手だな)
見上げると、応援席には、大量の友弥の関係者。応援の弾幕には有名企業・久我コーポレートの文字。
――(じいちゃん)対戦相手、久我コーポレートの御曹司らしいけどな。
久我コーポレートは、日本を代表する大企業。
――(じいちゃん)さっきの試合を見たが、まあ腕も悪くなかったが……
リング横で後ろにサポーターを何人も連れた通りすがりの友弥に睨まれる蓮。
――(じいちゃん)でも安心しろ、お前のほうが実力ははるかに上だ。というより、この会場ではお前が一番強い! ガハハ!
試合開始。実力差で友弥を圧倒する蓮。だが審判はしぶい顔。
そのとき、友弥が蓮を押す。びっくりする蓮。反則だが、審判が止めない。無視するとさらにパンチをしながら蓮を押す友弥。
――(じいちゃん)おい、今押しただろう! 反則だ!
リング外で叫ぶじいちゃん。それでも知らん顔の審判。さすがに焦る蓮。さらにもう一度押され、ふらつきかけた瞬間、蓮の後頭部を殴打する友弥。驚きで目を見開く蓮。
――(じいちゃん)おいっ、今のラビット(※後頭部へのパンチ)だろ! 反則だッ!
ふらついた蓮をおかまいなく殴り続ける友弥。レフェリーは知らん顔。
――(じいちゃん)おいッ、なんでレフェリー止めねえんだ!
何度も殴打され、鼻血が噴き出る蓮。右目を殴られ、血が出る。集中的に右目の周囲を殴られ、立っていられなくなり、床に転がる。見える天井。欠ける視界。
蓮(やべえ、右目が……!)
視界を覆う、試合会場の蛍光灯の光。目から血を流しながら茫然とする表情の蓮。
――くそ、こんなところで……、くそ、くそ……
そのまま意識が遠のいていく。
〇回想終わり 現代・引っ越し業者のバイト先
バイト先の店長「大神くん、休憩いいよー!」
蓮 「あざす」
店長「あ、これジュース。お客さんからの差し入れ」
蓮「いただきます」
引っ越し作業を終え、ベンチに座ってもらったジュースを飲む蓮。
店長「いやー、大神くん、本当に腕力あるから助かるよ」
蓮「いえ」
店長「大神くん、部活、なにやってるの?」
蓮 「……昔、ボクシングを少しやってました」
店長「へ~すごいね~!」
バイト先の先輩「大神くん、欲しいもんでもあんの?」
蓮 「……スマホっす」
先輩「ス、スマホ!? 持ってないの?」
蓮「はい」
先輩「へ、へ~。今時珍しいね」
蓮「あと、遊びにいくお金も必要で」
先輩「え? 彼女?(にやにや)」
蓮「いえ、その」
店長「いいなー! めっちゃ青春じゃん」
蓮「(赤面して話題をそらす)あと、グッズとか」
先輩・店長「グッズ?」
蓮「STARLIGHTの、チケットとかグッズとか買いたくて」
先輩「え? スタラ? 大神くん、ファンなの?」
蓮「……はい」
店長「へえ~、うちの娘がTOMAのファンだよ」
先輩「男からみてもめっちゃイケメンすもんねー、TOMA」
蓮「……そうすね(あいつ性格キッッッツいけどな)」
先輩「大神くんは誰が推しなの?」
蓮「CHISAです」
店長・先輩「CHISA? あはは、知らないな、ごめん(気まずそう)」
蓮「いえ。(腕時計をみて)現場戻りますね」
先輩「ういーす」
現場に戻る蓮を見送る二人。
店長「大神くんさ、最初、顔怖いしヤンキーっぽいから雇うのやめようかと思ったんだけど、良い子だし力あるし言ったことすぐ覚えてくれるし雇ってよかった」
先輩「っすね」
休憩明け、一人で黙々と作業をする蓮。一気に段ボール三個持ちできる蓮。
中華料理屋での透馬の正論が脳裏によぎる。
透馬(アイドルは人気が全て。売り上げが全てなんだよ)
透馬(君が千咲を救うなんて、今から石油王にならないとでも無理だね)
店長(CHISA? ごめん知らないな)
蓮(透馬は正しい)
〇回想・中学時代。病院。友弥との試合に負け、目に眼帯と頭に包帯をぐるぐる巻きにしたボロボロの蓮。
――(医者)検査の結果、今回は最悪の事態は免れました。安静にして腫れがひけば右目の視力はいずれ戻るでしょう」
――(じいちゃん・親)よかった……!
――(医者)ですが……
渋い顔でカルテを見る医者
――(医者)今後、右目にこれ以上物理的刺激を加えたら、次がある保証はないです
――そんな……
絶望の表情をする両親と祖父。蓮は目が死んでいる。
――もう蓮はボクシングを続けられねえっ……ってことですか?
気まずそうに頷く医者。泣き出す親と祖父。
――(じいちゃん)ちくしょう……、ちくしょう!
無言で泣く祖父の肩を抱く蓮。
――(じいちゃん)ごめんな、蓮。何回も運営に抗議したんだが、全然相手にしてもらなくて……。ちくしょう……
――大丈夫だよ、じいちゃん。泣き止めよ。圧倒的に勝てなかった俺が悪いんだ
目を伏せる蓮。下ろした長い前髪のせいで目が陰っている。
――俺が、チャンプの器じゃなかった、それだけだよ。
〇場面、現代。高校生になった蓮
(俺は負けた。この世はぜんぶ結果でしかない)
とぼとぼと制服姿で道を歩く後ろ姿。反対にスターダムにあがる友弥。最初は周囲に友人らしき人もいたが、段々一人になっていく。
勉強をしている蓮。集中してタブレットで教材を見ていると、傷のある右目がズキンと痛む。
蓮「いってえ」
(右目の視力は戻ったが、同じものを長時間見られなくなった)
苛々して溜息をつき、タブレット教材をベッドに放り投げる。そのまま勉強をやめてベッドに寝転び、昼寝する。外の工事の音がうるさくて、耳がズキンと痛み、黒いヘッドホンをつける。
(ああ、やってらんねえ)
そのままむすっと顔で昼寝をする蓮。
(目が回復するにつれ、こんどは耳で物音や人の声が反響しすぎるようになって、外界から遮断されたくてヘッドホンをしている)
〇場面変わる 高校
黒ヘッドホンに黒マスクの蓮。大股で登校して教室に向かう蓮。苛々していてオーラも怖くて周囲や先生もドン引き。ひそひそ噂話をしている。
(うっせえな、聞こえてんだよ)
イライラしながらヘッドホンをつけてふて寝する蓮。授業を受ける。ぺらぺら教科書をめくる。
(……簡単だな)
そのままやる気を失い、机につっぷして寝始める。同級生も先生もドン引き。
(だる)
○場面変わる 高校での下校途中
璃子「あ、スタラだ」
下校途中の道、ビルの屋上広告にデビューしたてのSTARLIGHTが出ている。千咲は端っこの方
蓮「スタラ?」
璃子「知らないのー? センターの子がね、すっごいイケメンなんだよ」
蓮「知らね(興味なさげ)」
璃子「蓮、さすがに芸能知らなさすぎだって」
蓮「興味ねえし」
璃子「あ、そういえば、スタラのメンバーが何人かうちの芸能コースらしいよ」
蓮「へえ(すたすた先を歩く)」
璃子「ちょっとー、待ってよ蓮~」
〇場面変わる 廃品小屋
いつものように昼寝をしている蓮。顔の前に気配を感じて、目をあけて自分を触ろうとしていた手を強く握りつぶす(1話の回想)
千咲「す、すみませんっ」(1話の回想)
目の前に、驚いた千咲の顔
(なんだこいつ)
千咲「一応アイドルなんで、顔は殴らないでくださいっ!」(1話の回想)
(なんだこいつ、ピーピーうるせえな)
人気が出ないSNSをみて涙する千咲。それを椅子で寝そべり、眺めている蓮。
(ばーか。生まれつきのセンスと顔が全てだろ、芸能人なんて。何夢見てんだ)
「アイドルの才能ないんだから止めちまえばいい」
蓮は鼻で笑って天井を向きなおして、教科書を顔にのせ直す
(凡人が努力なんてしても意味なんてねえんだよ)
――(千咲)でも、ファンの子は、仕事や学校で辛い思いをして、僕達に会いにきてくれるから…
しぶい顔でブロッコリーを頬張る千咲。つい笑みがこぼれてしまう蓮
(なのに)
頑張ってダンスや歌の練習をしている咲の姿。
(こいつを見ていたら、ずっと目が離せなくて)
――(千咲)だから、僕も頑張らなきゃ。
精一杯の笑顔をみせる千咲に、だんだん少し泣きそうになる蓮。
パイプ椅子から起き上がり、千咲のほうに手を伸ばす蓮。頬に触れる。
蓮の前で歌の練習をする(4話)千咲の姿
(過去の俺は変えられないけど、こいつを見てたら)
千咲の口元、目元アップ。その顔に手をのばし、唇を寄せかける蓮
(俺もまだ頑張れるかもしれない、なんてくだらねえことを考えるんだ)
〇高校 一般コースの教室
自席でスマホをいじっている蓮。周囲のクラスメイトが青ざめた顔でみている
同級生(おい、大神がスマホ持ってる)
同級生(えっ、まじか)
同級生(なんかめっちゃ笑ってるんだけど……)
同級生(ていうか最近真面目に授業出てるよな、黒オオカミ)
同級生(そういえば最近ヘッドホンもマスクもしてないよな?)
同級生(っつーかあんなイケメンだったのかよ)
同級生(この前、女子達はしゃいでたぞ)
同級生(それにしてもまじこわい、うわあ、笑ってるこわいこわいこわいって)
蓮が見ているのは、千咲の公式SNS。ひたすら千咲の写真に♡を押していく。
(これぜんぶタダで観れるとかすげえな)
ふと蓮、画面を見ながら自然とニヤニヤしていることに気づき、自分で唇を下げる。
璃子「蓮―、やっと捕まったー。帰ろー」
蓮「ああ」
(そういやあいつにスマホ買ったって言わなきゃ)
〇下校
璃子と下校している蓮。
璃子「今日バイトないの?」
蓮「ああ」
ふたりの前方で、マスク姿の生徒がスマホで通話している。
(この声、スタラの黎央じゃねえか?)
耳の良い蓮は気付く
?「でさ、ちさがさー、そうそう、そんで今から田中さん(←チーマネ)と久我さんに謝罪にいくんだって。えー? ちさがそう言ってた」
(ちさ? 謝罪?)
前を歩いていた高校生が電話を切る。そのすきに蓮が肩を叩く。
蓮「おい」
振り向いたのは黎央。
黎央「えっ」
蓮「?」
黎央「く、黒オオカミだ……」
蓮「は?」
黎央「すいません、殴んないでくださいっ!」
顔をガードしながらぺこぺこ謝る黎央。
蓮「ちさがなんかしたのか?」
黎央「ちさ? なんでちさのこと知ってるんですか?」
蓮「謝罪ってどういうことだよ?」
黎央の肩をもってめっちゃぶんぶんする蓮。黎央は首ががくがくになる。
黎央「わわわわ(力つよ!!) ややややややめめめめて」
肩ぶんぶんをやめる蓮。
蓮「わりい」
黎央「おえええ(目が回って茂みに吐く)」
蓮「ちさがなにしたのか?」
黎央「いや、それは仕事の話なんではなせな……ひいい」
肩をつかまれたまま蓮に睨まれ、凍り付く黎央
黎央「わわわ、わかりましたって……絶対、絶対外にしゃべんないでくださいね!」
〇回想 久我が拠点にするジムで久我友弥と撮影する千咲
撮影用に久我のスパークリングを受けて笑っている
千咲「パンチ早い! 風圧すごいです!」
千咲も笑顔で、なごやかでいい感じで撮影は進んでいる。
千咲「じゃあ最後に、久我選手より視聴者のみなさんにメッセージをお願いします」
久我「いつも応援ありがとうございます! 次のオリンピック、金メダル目指して頑張ります!」
千咲、笑顔で久我の話に相槌を打つ。
千咲「久我選手が金メダルを取れるよう、応援しましょう!」
久我「まあ、大丈夫っすよ! 俺が世界で一番強いっすから!」
画面に向かってピースする久我友弥。その瞬間、笑顔だった千咲の顔が凍る。
千咲「……」
無言の千咲にカンペを出すスタッフ達も困惑している
千咲「違うと思います」
久我「?」
黎央「『俺が世界で一番強い』って、違うと思います」
瞬間、久我・スタッフ・黎央の顔も凍る。
千咲「あなたは確かに血のにじむ努力をして勝負に勝ってきました。でも、あなたに負けた人たちの中に、あなたと同じように頑張って、あなたよりも強い人だっていたんです。だから」
久我「……(ちょっと怒ってる顔)」
千咲、握り締めた拳が震えている。
千咲「勝った人だけが強いんじゃない。そんな言い方をするのはやめてください」
〇回想終わり。黎央と蓮・璃子の下校中に戻る
黎央「そんで、ちょっと久我さんがピキっちゃって? 今日ちさが謝罪にいってます」
蓮「……」
黎央「ま、ゆーて? その、大したことにはなってないんすけど。一応? 穏便にすませたいってことで」
蓮「……そうすか」
黎央「MC降ろされたりとかはないんで、心配しなくても大丈夫っすよ」
蓮「……」
しょんぼり項垂れる蓮。
黎央「(隙あり!)じゃ、そういうことで! さよならっ!」
逃げるように去っていく黎央。気まずそうな顔の璃子
璃子「蓮、ごめん、私、あいつに蓮のボクシングのこと訊かれたからしゃべっちゃって……(不安そうに聞く)」
蓮「あーっ」
急に路上でしゃがみこみ、天に向かって吠える蓮。
璃子「だ、だいじょうぶ蓮?」
諦めたように笑って自分の髪をくしゃくしゃにする蓮
蓮「もうかなわねえーな、あいつには」
璃子「か、かなわない?」
蓮「わるい、璃子。ちょっと戻るわ」
急に反対方向に駆けだす蓮
璃子「え? なに? どうしたの蓮?」
蓮「わるい」
焦る璃子を置いて、駆け出す蓮
(ずっとこの気持ちを押し込めて、見ないふりしていた)
息を切らせて学校に戻る蓮。
(あっちはまがりなりにもアイドルで もしいまより売れたら住む世界がどんどん離れる)
廃品小屋のドアを荒々しく開ける。誰もいない。
(下手に好きって言いでもして いずれ離れることにでもなったら不安で)
急いで連絡ノートを焦って確認する蓮。特に新しいことは書いていない
(かといって俺の力じゃ あいつを人気にさせることもできない)
後ろのほうのページをめくる蓮。
千咲の書いた、ぐちゃぐちゃに消された「好き」の文字を発見する。
(なんだこれ?)
ふいに後ろのページをすかしてみて、目を見開く。
蓮「はあ、あいつはまったく……」
(でもそんな心配も劣等感も関係ないくらいもうどうしようもなく好きだって)
(お前しかいないって、まだ直接伝えられてない)
そのとき、蓮のポケットでスマホが鳴る。STARLIGHT事務局からのメール通知。
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