第5話【みんなの好き と ひとりの大好き】
○ボイトレのスタジオ 透馬は仕事で不在
ボイストレーナーが腕組みしながら真剣に千咲の歌を聞いている
ボイストレーナー「ちさ」
千咲「はい」
ボイストレーナー「前回に比べてすごくよくなった。正直すごい驚いてる」
千咲「あ、ありがとうございます……!(よかった)」
ボイストレーナー「曲調の明るさにもちゃんと切ない感情がのってる。ブレスの感じもすごくいい。本番もこの調子で歌って」
千咲「はい!」
ボイストレーナー「ちさはもともと甘くていい声しているから、これからちゃんと感情をのせるのを意識してな」
千咲「はい! ありがとうございます! (初めて褒められた!)」
横でヘッドホンをつけたまま笑顔の黎央
黎央「ちさー、横で聞いてて俺もちょっとうるっときちゃった」
千咲「うん、ありがとう黎央」
(これも、蓮くんのおかげかもしれない)
〇ボイトレスタジオからの帰り際 廊下
田中マネ「あっ、千咲」
廊下で背後からマネに声をかけられる
田中マネ「千咲、帯番組のMCやってみないか?」
千咲「えっ、僕に?」
田中マネ「本当は夏波に話がきてたんだけど、プロデューサーさんの都合で撮影日が色々前倒しになったせいで夏波が撮影できそうにないんだ」
千咲「そうなんですね」
田中マネ「まあ、平日八時五十分から九時の短い番組だけど、レギュラーMCだし、やってみないか?」
田中マネが差し出したのは、「輝け! 未来のオリンピスト」というスポーツ番組の台本。
田中マネ「ほら、来年オリンピックだろ? 若い注目選手の練習風景を取材したりインタビューする番組だ」
台本の表紙を見る千咲。
第一回のゲストは久我友弥。
千咲「えっ? 久我友弥選手ですか!?」
田中マネ「そうだ、すごいだろ」
久我友弥(19)――ボクシングオリンピック候補選手。 日本を代表する久我コーポレーションの御曹司でもありあり、その端正なルックスと飾らない明るい性格でバラエティ出演やスポーツブランドのモデルとしても大活躍している。
(※久我友弥がスポーツ雑誌やバラエティに出演しているカット。 陽気そうな明るい髪色のスポーツ刈りの短髪のイケメン)
千咲「ぼ、僕でいいんですか!?」
田中マネ「ああ。MCのやり方とか色々勉強になるだろ」
千咲「ありがとうございます! やります! よろしくお願いします!」
(やったあ~!)
田中マネ「じゃあ、撮影は来週の火曜なんだ。台本しっかり読んで、準備しといてな」
千咲「はいっ!」
田中マネ「あ、一つだけ」
思い出したように付け加える田中マネ
田中マネ「久我さん、来週重要な試合があるらしいんだ。本当は撮影断られそうだったけど局プロさんがなんとかねじこんだらしい」
千咲「そうなんですね……」
田中マネ「それに久我さん、結構短気な性格なんだと」
田中マネ「時期も時期だしちょっとピリピリしてると思うから、失礼のないようにだけ気をつけてな」
千咲「わ、わかりました!」
田中マネ「ま、ちさなら大丈夫だと思うけど」
田中マネにお辞儀する千咲。
(夏波の代役だけど、初めてのソロ仕事だ! 嬉しい!)
笑顔が止まらない千咲。泣きそうになる
(MCも撮影も大変だけど初めての帯だし頑張んなきゃ!)
渡された台本を抱きしめる千咲
(はやく蓮くんに、知らせたいな!)
○回想 廃品小屋 前回の続き
蓮「お前、この歌、誰のこと考えて歌ってるんだ?」
歌い終わった千咲を、スマホを持ったままの蓮が画面ごしに見つめている
千咲「誰って……」
蓮「すごくよかった」
断言する蓮に少しびっくりする千咲
千咲「あ、ありがとう」
蓮「だから、お前が誰を想像しながら歌ったらこんな歌声になるのか気になっただけだ。わるい」
千咲「……」
スマホの録画ボタンを押し、録画停止する蓮
蓮「……」
そのまま俯いて少し考えこむ蓮
(言わなきゃ、蓮くんのことだけ考えて歌ってるって)
千咲「僕は……」
蓮「最近少し考える」
千咲の言葉にかぶせ、食い気味に語り始める蓮
蓮「俺が、お前にしてあげられることはなんなんだろうって、考える」
少し元気がなさそうな表情の蓮。それが気になる千咲
蓮「お前は頑張ってるのに、俺はなんにもしてやれない。お前には俺ひとりなんかよりもファンの数やSNSの反応ほうが大事だって思う」
千咲「蓮くん……」
蓮の言葉に迷う千咲。
(ちがう)
千咲「ち、ちが」
言いかけるが、言葉が出てこない
1話で、全く無風の個人SNSを見て泣いていた頃の自分(千咲)を思い出してしまう
あの頃の辛さを思い出して、続きが言えない
蓮が手にしている千咲のスマホにプッシュ通知。
透馬からのメッセージ《今撮影で京都なんだ~ ちさは新曲の進みどう?》
一瞬それを見て悲し気な表情をする蓮
蓮「でも」
パイプ椅子から立ち上がり、千咲の前に立つ蓮
蓮「たとえたくさんの人間がお前のこと好きにならなくても、俺は……」
千咲の前髪をさらりと指で絡ませる蓮
一瞬、たじろいで動きを止める蓮
ふっと苦笑し、一度頭をぽんと撫でる蓮
蓮「バイトだ。もう行く」
千咲にスマホを返す。そのとき、二人の指がそっと触れる。
ドクンと重なるふたりの鼓動。去り際、振り向いて眉を下げて切なげ微笑む蓮
蓮「じゃあ、頑張れよ」
○回想終わり。廃品小屋に戻る
誰もいない室内
パイプ椅子に座って、テーブルに置いてある連絡ノートをめくる
(初めてのソロ仕事の件、一番最初に蓮くんに報告しようと思ったのに)
誰もいない小屋内でさみしくなる
――(蓮)お前には俺なんかよりもファンの数のほうが大事だって思う
先日の蓮との会話を思い出す千咲
(あのとき、ちゃんと『違うよ』って言えなかった)
寂しそうな蓮の表情を思い出し、机につっぷしながら自己嫌悪する
(確かに、僕だってたくさんの人に愛されたい もっと人気になりたい。自分のためにも、会社のためにも、応援してくれる人のためにも)
机につっぷしながら連絡ノートをめくる
《今日もバイトだからいけない》と蓮からのメッセージが。小さく溜息をつく千咲。
千咲(でも、僕は大好きな蓮くんの『好き』が一番ほしいのに)
ぐるぐる考えてしまう千咲
千咲(次会ったときは、絶対に好きって直接伝えたい、伝えなきゃ)
千咲、ペンをもって思わずノートの後ろのページに 「すき」 と書いてしまう
千咲「はっ!(どうしよう)」
気付いて消そうとするが、ボールペンなので消えない
千咲「うう、消せない」
ぐちゃぐちゃに上から「すき」の文字を上から塗りつぶして消す。でも、裏のページには裏うつりしている
千咲(つい先走っちゃった……)
そのとき。
璃子「れーんっ!」
引き戸をガラッと元気にあけ、璃子がやってくる。
璃子「はー、千咲か。つまんな」
千咲「……」
気まずいふたり。
璃子「最近、蓮見ていない?」
千咲「最近来てないよ」
璃子「はあ~。なんか最近、蓮めちゃくちゃバイトしてるんだよねー? 家行ってもいないこと多いし。理由しらない?」
千咲「知らない……」
璃子「はあ? あんだけ仲いいのにつかえないわねー!」
千咲「ごめん」
璃子「でも、あのいっつもやる気のない蓮がバイトなんて始めるとか、どういう風の吹き回しかな」
千咲「欲しいものができた、とか?」
璃子「まあそう考えるのが普通よね」
千咲「璃子ちゃんには蓮くんなにも言ってないの?」
璃子「なんも。蓮、自分のことしゃべんないし」
千咲「そっか」
璃子「ま、うちは家が隣同士だから? 蓮の部屋にも入ろうと思えば顔パスで入れるし? あんたと違って」
千咲「……(半泣き)」
璃子「そんなしみったれた顔しないでよ」
千咲「(たしかに)蓮くんって小さい頃どんな子だったの?」
璃子「なによ急に」
千咲「蓮君のことが知りたくて色々聞いたんだけど、話したがらなくて」
璃子「……」
(回想:渋谷デート中
千咲「蓮くんは中学の部活なにしてたの?」
蓮「……特になにも」
千咲「で、でもすごい運動神経いいよね。校舎の壁もするする登っちゃうし……」
蓮「別に、大したことない」
それより、と蓮が微笑む
蓮「それよりお前の話聞きたい」
とはぐらかす蓮)
千咲「いつも僕の話をして、蓮くんは聞いてくれるんだけど、自分の話はあんまりしたがらなくて。蓮くんのこともっと知りたいのに」
璃子は神妙な顔で沈黙している。
千咲「元ヤンで対抗勢力ボコボコにして、そのとき顔に傷がついたって噂だったけど……。僕にはあんな優しい蓮君がそんな子には見えなくて……」
それを聞いて、重い表情をする璃子。
璃子「蓮の許可がないのに個人情報べらべら話せないわよ」
千咲「そ、そうだよね、ごめん」
千咲「でも、僕、蓮くんの力になりたくて」
璃子「力?」
千咲「純粋に蓮くんのことはたくさん知りたいし」
璃子「……」
千咲「小さい頃、小学校の頃、中学校の頃、蓮くんがどんなふうに生きてたのか、小さいことでも知りたいなって」
ふっと微笑む千咲。
千咲「それに、本当はあんなに優しいのに皆に怖がられて……。僕からしたらすごいもどかしいんだ」
璃子「……」
千咲「あ、こういうのが差し出がましいよね、ごめん」
璃子「ま、あんたが蓮のこと大事に思ってくれてるのは分かってるから」
千咲「う、うん」
璃子「ま、私の愛のほうが深いけど」
千咲「(もう黙っとこう)」
そのとき、千咲の手元にある台本に気づく璃子
拍子の「出演 久我友弥(ボクシング オリンピック強化選手)」みてかたまる璃子。
璃子「あんた、久我友弥と共演するの?」
千咲「う、うん」
その途端、璃子みるみる表情が曇り出す
千咲「今度番組で久我選手にインタビューすることになったんだ」
璃子「……」
完全に怒ったような表情になる璃子。明らかにおかしい
千咲「どうしたの?」
璃子「こいつ、許せない」
千咲「え?」
璃子「久我友弥、本当に大嫌い」
千咲「璃子ちゃん?」
璃子「こいつのせいで、蓮は、蓮は」
わなわな唇が震え出す璃子。両手を握りしめている手も震えている
璃子「久我に、ボクシングの夢を潰されたんだよ――」
○ボイトレのスタジオ 透馬は仕事で不在
ボイストレーナーが腕組みしながら真剣に千咲の歌を聞いている
ボイストレーナー「ちさ」
千咲「はい」
ボイストレーナー「前回に比べてすごくよくなった。正直すごい驚いてる」
千咲「あ、ありがとうございます……!(よかった)」
ボイストレーナー「曲調の明るさにもちゃんと切ない感情がのってる。ブレスの感じもすごくいい。本番もこの調子で歌って」
千咲「はい!」
ボイストレーナー「ちさはもともと甘くていい声しているから、これからちゃんと感情をのせるのを意識してな」
千咲「はい! ありがとうございます! (初めて褒められた!)」
横でヘッドホンをつけたまま笑顔の黎央
黎央「ちさー、横で聞いてて俺もちょっとうるっときちゃった」
千咲「うん、ありがとう黎央」
(これも、蓮くんのおかげかもしれない)
〇ボイトレスタジオからの帰り際 廊下
田中マネ「あっ、千咲」
廊下で背後からマネに声をかけられる
田中マネ「千咲、帯番組のMCやってみないか?」
千咲「えっ、僕に?」
田中マネ「本当は夏波に話がきてたんだけど、プロデューサーさんの都合で撮影日が色々前倒しになったせいで夏波が撮影できそうにないんだ」
千咲「そうなんですね」
田中マネ「まあ、平日八時五十分から九時の短い番組だけど、レギュラーMCだし、やってみないか?」
田中マネが差し出したのは、「輝け! 未来のオリンピスト」というスポーツ番組の台本。
田中マネ「ほら、来年オリンピックだろ? 若い注目選手の練習風景を取材したりインタビューする番組だ」
台本の表紙を見る千咲。
第一回のゲストは久我友弥。
千咲「えっ? 久我友弥選手ですか!?」
田中マネ「そうだ、すごいだろ」
久我友弥(19)――ボクシングオリンピック候補選手。 日本を代表する久我コーポレーションの御曹司でもありあり、その端正なルックスと飾らない明るい性格でバラエティ出演やスポーツブランドのモデルとしても大活躍している。
(※久我友弥がスポーツ雑誌やバラエティに出演しているカット。 陽気そうな明るい髪色のスポーツ刈りの短髪のイケメン)
千咲「ぼ、僕でいいんですか!?」
田中マネ「ああ。MCのやり方とか色々勉強になるだろ」
千咲「ありがとうございます! やります! よろしくお願いします!」
(やったあ~!)
田中マネ「じゃあ、撮影は来週の火曜なんだ。台本しっかり読んで、準備しといてな」
千咲「はいっ!」
田中マネ「あ、一つだけ」
思い出したように付け加える田中マネ
田中マネ「久我さん、来週重要な試合があるらしいんだ。本当は撮影断られそうだったけど局プロさんがなんとかねじこんだらしい」
千咲「そうなんですね……」
田中マネ「それに久我さん、結構短気な性格なんだと」
田中マネ「時期も時期だしちょっとピリピリしてると思うから、失礼のないようにだけ気をつけてな」
千咲「わ、わかりました!」
田中マネ「ま、ちさなら大丈夫だと思うけど」
田中マネにお辞儀する千咲。
(夏波の代役だけど、初めてのソロ仕事だ! 嬉しい!)
笑顔が止まらない千咲。泣きそうになる
(MCも撮影も大変だけど初めての帯だし頑張んなきゃ!)
渡された台本を抱きしめる千咲
(はやく蓮くんに、知らせたいな!)
○回想 廃品小屋 前回の続き
蓮「お前、この歌、誰のこと考えて歌ってるんだ?」
歌い終わった千咲を、スマホを持ったままの蓮が画面ごしに見つめている
千咲「誰って……」
蓮「すごくよかった」
断言する蓮に少しびっくりする千咲
千咲「あ、ありがとう」
蓮「だから、お前が誰を想像しながら歌ったらこんな歌声になるのか気になっただけだ。わるい」
千咲「……」
スマホの録画ボタンを押し、録画停止する蓮
蓮「……」
そのまま俯いて少し考えこむ蓮
(言わなきゃ、蓮くんのことだけ考えて歌ってるって)
千咲「僕は……」
蓮「最近少し考える」
千咲の言葉にかぶせ、食い気味に語り始める蓮
蓮「俺が、お前にしてあげられることはなんなんだろうって、考える」
少し元気がなさそうな表情の蓮。それが気になる千咲
蓮「お前は頑張ってるのに、俺はなんにもしてやれない。お前には俺ひとりなんかよりもファンの数やSNSの反応ほうが大事だって思う」
千咲「蓮くん……」
蓮の言葉に迷う千咲。
(ちがう)
千咲「ち、ちが」
言いかけるが、言葉が出てこない
1話で、全く無風の個人SNSを見て泣いていた頃の自分(千咲)を思い出してしまう
あの頃の辛さを思い出して、続きが言えない
蓮が手にしている千咲のスマホにプッシュ通知。
透馬からのメッセージ《今撮影で京都なんだ~ ちさは新曲の進みどう?》
一瞬それを見て悲し気な表情をする蓮
蓮「でも」
パイプ椅子から立ち上がり、千咲の前に立つ蓮
蓮「たとえたくさんの人間がお前のこと好きにならなくても、俺は……」
千咲の前髪をさらりと指で絡ませる蓮
一瞬、たじろいで動きを止める蓮
ふっと苦笑し、一度頭をぽんと撫でる蓮
蓮「バイトだ。もう行く」
千咲にスマホを返す。そのとき、二人の指がそっと触れる。
ドクンと重なるふたりの鼓動。去り際、振り向いて眉を下げて切なげ微笑む蓮
蓮「じゃあ、頑張れよ」
○回想終わり。廃品小屋に戻る
誰もいない室内
パイプ椅子に座って、テーブルに置いてある連絡ノートをめくる
(初めてのソロ仕事の件、一番最初に蓮くんに報告しようと思ったのに)
誰もいない小屋内でさみしくなる
――(蓮)お前には俺なんかよりもファンの数のほうが大事だって思う
先日の蓮との会話を思い出す千咲
(あのとき、ちゃんと『違うよ』って言えなかった)
寂しそうな蓮の表情を思い出し、机につっぷしながら自己嫌悪する
(確かに、僕だってたくさんの人に愛されたい もっと人気になりたい。自分のためにも、会社のためにも、応援してくれる人のためにも)
机につっぷしながら連絡ノートをめくる
《今日もバイトだからいけない》と蓮からのメッセージが。小さく溜息をつく千咲。
千咲(でも、僕は大好きな蓮くんの『好き』が一番ほしいのに)
ぐるぐる考えてしまう千咲
千咲(次会ったときは、絶対に好きって直接伝えたい、伝えなきゃ)
千咲、ペンをもって思わずノートの後ろのページに 「すき」 と書いてしまう
千咲「はっ!(どうしよう)」
気付いて消そうとするが、ボールペンなので消えない
千咲「うう、消せない」
ぐちゃぐちゃに上から「すき」の文字を上から塗りつぶして消す。でも、裏のページには裏うつりしている
千咲(つい先走っちゃった……)
そのとき。
璃子「れーんっ!」
引き戸をガラッと元気にあけ、璃子がやってくる。
璃子「はー、千咲か。つまんな」
千咲「……」
気まずいふたり。
璃子「最近、蓮見ていない?」
千咲「最近来てないよ」
璃子「はあ~。なんか最近、蓮めちゃくちゃバイトしてるんだよねー? 家行ってもいないこと多いし。理由しらない?」
千咲「知らない……」
璃子「はあ? あんだけ仲いいのにつかえないわねー!」
千咲「ごめん」
璃子「でも、あのいっつもやる気のない蓮がバイトなんて始めるとか、どういう風の吹き回しかな」
千咲「欲しいものができた、とか?」
璃子「まあそう考えるのが普通よね」
千咲「璃子ちゃんには蓮くんなにも言ってないの?」
璃子「なんも。蓮、自分のことしゃべんないし」
千咲「そっか」
璃子「ま、うちは家が隣同士だから? 蓮の部屋にも入ろうと思えば顔パスで入れるし? あんたと違って」
千咲「……(半泣き)」
璃子「そんなしみったれた顔しないでよ」
千咲「(たしかに)蓮くんって小さい頃どんな子だったの?」
璃子「なによ急に」
千咲「蓮君のことが知りたくて色々聞いたんだけど、話したがらなくて」
璃子「……」
(回想:渋谷デート中
千咲「蓮くんは中学の部活なにしてたの?」
蓮「……特になにも」
千咲「で、でもすごい運動神経いいよね。校舎の壁もするする登っちゃうし……」
蓮「別に、大したことない」
それより、と蓮が微笑む
蓮「それよりお前の話聞きたい」
とはぐらかす蓮)
千咲「いつも僕の話をして、蓮くんは聞いてくれるんだけど、自分の話はあんまりしたがらなくて。蓮くんのこともっと知りたいのに」
璃子は神妙な顔で沈黙している。
千咲「元ヤンで対抗勢力ボコボコにして、そのとき顔に傷がついたって噂だったけど……。僕にはあんな優しい蓮君がそんな子には見えなくて……」
それを聞いて、重い表情をする璃子。
璃子「蓮の許可がないのに個人情報べらべら話せないわよ」
千咲「そ、そうだよね、ごめん」
千咲「でも、僕、蓮くんの力になりたくて」
璃子「力?」
千咲「純粋に蓮くんのことはたくさん知りたいし」
璃子「……」
千咲「小さい頃、小学校の頃、中学校の頃、蓮くんがどんなふうに生きてたのか、小さいことでも知りたいなって」
ふっと微笑む千咲。
千咲「それに、本当はあんなに優しいのに皆に怖がられて……。僕からしたらすごいもどかしいんだ」
璃子「……」
千咲「あ、こういうのが差し出がましいよね、ごめん」
璃子「ま、あんたが蓮のこと大事に思ってくれてるのは分かってるから」
千咲「う、うん」
璃子「ま、私の愛のほうが深いけど」
千咲「(もう黙っとこう)」
そのとき、千咲の手元にある台本に気づく璃子
拍子の「出演 久我友弥(ボクシング オリンピック強化選手)」みてかたまる璃子。
璃子「あんた、久我友弥と共演するの?」
千咲「う、うん」
その途端、璃子みるみる表情が曇り出す
千咲「今度番組で久我選手にインタビューすることになったんだ」
璃子「……」
完全に怒ったような表情になる璃子。明らかにおかしい
千咲「どうしたの?」
璃子「こいつ、許せない」
千咲「え?」
璃子「久我友弥、本当に大嫌い」
千咲「璃子ちゃん?」
璃子「こいつのせいで、蓮は、蓮は」
わなわな唇が震え出す璃子。両手を握りしめている手も震えている
璃子「久我に、ボクシングの夢を潰されたんだよ――」

