【第4話】好きだって言えないから、僕の名前を呼んでね
〇事務所のボイストレーニングスタジオ
ボイストレーナー「じゃ、今日は次のライブでお披露目になるアルバム曲ね」
メンバー「はい!」
千咲(今回の曲、サビとBのパート増えた! 頑張らないと!)
ボイストレーナー「じゃあ、最後ちさのパート行こうか」
千咲「はい!」
千咲が歌う。
ボイストレーナー「ちさ、『好きだよ』の『だよ』が半音落ちてる、あげて」
千咲「は、はい! すみません!」
ボイストレーナー「もう一回」
千咲「はい!」
一生懸命歌う千咲。
「うーん」と首をひねるボイストレーナー。
ボイストレーナー「音程も声量もいい。ちゃんと練習してきたのも伝わってくる」
千咲「あ、ありがとうございます(よかった)」
ボイストレーナー「でも、なんか全然響いてこない」
千咲「えっ……」
自らの胸をトントンするボイストレーナー。一気に不安になる千咲。
ボイストレーナー「ちさ、この歌はどういう歌だと思う?」
千咲「えっ」
ちょっと考える千咲。
千咲「えっと、高校生くらいの男の子の、両片思いなのに告白できない歌だと思います」
ボイストレーナー「うんそうだね。で?」
千咲「……で?」
ボイストレーナー「それだけ? って聞いてんの」
千咲「……(手元の歌詞カードをもう一度見る)」
ボイストレーナー「これは、99%両思いなのは確定しているのに、最後の1%で振られるのが怖くて告白できない男の子の歌でしょ」
千咲「……はい」
ボイストレーナー「その子の恥ずかしさと苦しさとか緊張感、ちゃんと感じながら歌ってる?」
千咲「……」
横で透馬が無言で千咲をチラ見している
千咲「千咲がその思いに共感して声を乗せてないから伝わってこない。本番は振りもつくしカメラ切り替えもしながら歌うんだよ? そんなんで、ファンの子がこの歌を聞いて感動できると思う?」
千咲「……すみません」
ボイストレーナー「この歌詞の男の子が目の前にいる好きな子に告白できない気持ち。もっとちゃんと強く想像して歌って」
千咲「……はい」
ボイストレーナー「明後日までに、修正してきて」
千咲「はいっ!(頑張らなきゃ……)」
〇ボイトレ後、誰もいない自販機のある休憩スペース
ジュースを飲みながら机に座ってぼーっとする千咲
たくさん修正点が書き込みされた歌詞カードを眺めている
千咲「好きなのに、告白できない気持ち……」
蓮のことを思い出す
(頼りたい。会えなければ悲しい。もっと繋がっていたい。頼ってほしい。触れたい。触れてほしい、会いたい、抱きしめてほしい、抱きしめたい……)
歌詞カードの余白に、どんどん蓮への思いを書き込んでいく千咲
(守りたい)
歌詞カードに書く
(っていっても、僕が一方的に守られてるだけだけどね…笑 僕はひょろいから蓮くんのことなんて守れないし)
ひとり苦笑する千咲
(はっ、筋トレでもすればいい??)
ムキムキになって蓮を守っている自分を想像する
冷静になって、溜息をつく
(僕は無力だなぁ……。人気も知名度も全然ないし)
ぐるぐる考えて机につっぷす。
(なんでこんなに好きなのに、素直に言えないんだろう)
(たった一人しかいない人を欲しくてたまらないから、振られて失ったらって思うと臆病になる)
ペンをいじいじする
(こんなに好きなのは僕のほうだけじゃないかって不安になるし)
蓮に触れられた肩と前髪に熱がまたともるのを感じながら、ぐるぐる悩む
蓮に告白したあとの蓮の様子を想像する
(「(蓮)はあ?(怒)」とか、言いそう~)
一人で、苦笑いしつつ悲しくなる
(でも、蓮くんに会えなくなったら、今みたいな笑顔に戻れる気がしないよ)
〇超高級中華店の個室。高級な壺とかが並んでいる個室で食事をしながら談笑する透馬と千咲。
だが、千咲はちょっとぼーっとしている。
透馬「最近、元気ないよね、ちさ」
千咲「す、すみません、そういうわけでは」
透馬「心配だな」
千咲「す、すみません」
透馬「新曲の件?」
千咲「まあ、はい」
透馬「千咲はいつも頑張り過ぎなんだよ。ボイトレもダンス練もいつも最後まで残って。体調壊したら元も子もないよ? 体調管理も僕達の仕事なんだから」
千咲「そ、そうですよね、すみません」
透馬「ほかに悩みでもあるの?」
千咲「いえ、その」
蓮の顔が浮かぶ。
透馬「違ったらごめんだけど、SNSの件?」
千咲「まあ、それもあるんですけど……」
頷いたあと、はっとする千咲。
(そういえば、最近全然SNS見てない)
最近、前(第1話)みたいに、SNSの♡数で一喜一憂していないことに気づく千咲
(蓮くんがいてくれたから、他の人の評価が気にならなくなったのかな……?)
俯く千咲をみて、「そっかあ」と微笑む透馬。
透馬「まあ、傷つくこともあると思うけど、いちいち気にしてたら悪口言ってる人達の思う壺だからね。気にしなくていいよ」
千咲「そうですよね、ありがとうございます」
そのとき、時計が18時になる。ちらっと壁時計をみる透馬。千咲のスマホに着信。
千咲「あっ電話、田中さん(マネ―ジャー)さんだ」
透馬「出たら?」
千咲「あ、はい、すみません。失礼します。もしもし……」
千咲が電話をしながら個室を出ていく。上機嫌で中華料理を堪能する透馬。
(●回想
透馬「18時になったらちさに電話かけてもらえます?」
田中マネ「はあ……」
透馬「で、今期のボーナスの話とか、今後のスケジュールの件とかなるべく長電話してほしいんです」
田中マネ「よくわからんが了解」
透馬「ありがとうございまーす♪(笑顔)」)
しばらくして、個室に人影。蓮が不機嫌そうに入室してくる。
料理から顔をあげ、蓮の顔をみてびっくりして微笑む透馬。
透馬「こんばんは。君がちさの『友達』?」
蓮「……(不機嫌そう)」
透馬が首をかしげながら蓮の顔から足元をさっと見る。
透馬「事務所どこ?」
蓮「は?」
透馬「え? 事務所入ってないの?」
蓮「……ああ」
透馬「君の顔とスタイルで? もったいないよ! 日本の芸能界の損失だ!」
蓮「……興味ないです」
透馬「えっ! ならうちの事務所入らない? 再来年に僕達の後輩グループができるらしいんだ、君ならそこでセンター張れるよ。いや、君の資質なら最初からソロでも十分いける!」
蓮「……」
透馬「(右瞼を指さしながら)その傷は皮膚科で直してもらえばいいし。いいお医者さん紹介しようか?」
蓮「あの」
ふわっと微笑む透馬
透馬「ああ、そういえばなに食べる? 北京ダック? ふかひれ? アワビもあるよ。このお店どれもすごい美味しいんだ。なんでも奢るから好きなもの食べて(メニューを見ながら)」
蓮「……話はなんすか?」
勝手に話を進める透馬に、ポケットに手をつっこみ立ったまま冷静に問う蓮。
笑顔でメニューを見ていた透馬が顔をあげる。立ったままの蓮をみると、笑顔から急に真顔に戻る。
透馬「千咲をデビューさせてあげたのは、僕だよ」
ぴくりと蓮の表情が動く。透馬はそれをみてにっこり笑う。
透馬「ちさの実力ならあと一年は練習生やらないと本来ならデビューできないレベルだ。いやそれですら社内オーディションに受かるかも分からないね。でも、僕が事務所に言ってちさをメンバーに入れた」
蓮「どうして」
にっこり笑う透馬。
透馬「どうして? だって可愛いんだもん、ちさって。才能もないのにやたら頑張ってるのがなんだかいじらしくてたまんない、すごくどきどきする。なるべくそばに置いておきたいからメンバーに入れた」
蓮「……」
透馬「あれ、この点に関しては、きみと僕でとっても意見が合うと思ったんだけど? 違うのかな?」
にっこり微笑む透馬。
透馬「青日も黎央も夏波も、練習期間はちさよりずっと短いのにちさよりダンスもうまいし人気もある。みんな、ちさと違ってセンスあるんだ。正直、グループにとってはお荷物だよ」
蓮「……で?」
全然反応しない蓮に、笑顔ながら少し苛々する透馬。
透馬「僕とちさは、『アイドル』だよ。一人の『愛してる』より百人の『好き』で生きてるんだ」
蓮「……」
透馬「『俺にはちさの良さが分かってる。だからいいんだ』とでも言いたい?」
蓮「……(無表情のまま)」
透馬「はあ、高校生だね。素敵な花が咲いてるお花畑でうらやましい」
透馬は卓上で肘をつき、顎を乗せて笑う。
透馬「君がどうでもいいと思っている、SNSのフォロワー数が、売れたチケットの枚数が、グッズの数が僕たちの価値。他人に知られてない、いいねをしてもらえないアイドルなんて存在しないゴミなんだ。それがプロなの。わかる?」
おもむろに自身のスマホをポケットからとる透馬。画面をスクロールして、鼻で笑う。
透馬「ちさのフォロワーは5379人。全然増えないね。ちなみに僕は57万人くらいだ」
鼻で笑う透馬。眉間に皺をよせたままの蓮。
透馬「つまり、ちさは僕の百分の一しか価値がないってこと」
蓮「言いたいことはそれだけかよ」
透馬「僕の力があれば、これからグループ内でちさに仕事もあげられる」
そのままスマホをいじる透馬。
透馬「でも? 君はただの高校生。千咲を救うなんて、いまから君が石油王にでもならない限り無理かな」
蓮「……話はそれだけか」
透馬「じゃあ、きみの反論が聞きたいかなあ~」
透馬がスマホから顔をあげ、蓮を見る。挑戦的で怖い笑顔。
無表情のままの蓮とにらみ合う。
それをみた透馬は鼻で笑って、箸で卓上の北京ダックを取ろうとする。
蓮が素手を伸ばして、その北京ダックを奪い取る。
蓮「やっぱり一流アイドルはトークも達者なんだな」
蓮は奪った北京ダックを荒々しく一口で噛んで飲み込む。急のことに少し面食らう透馬。
蓮が卓上のグラスの水をゴクゴク一気飲みする。口元を袖で勢いよく拭って、微笑む。
蓮「ご馳走さまでした」
マネの電話が終わり、部屋に戻ってくる千咲。
千咲「すみません、長引いちゃって。あれ? 蓮くんは?」
透馬「帰ったよ。バイトがあるって」
千咲「バイト? そ、そうですか……」
しょんぼりした顔で、個室のドアに視線をやる千咲。それを真顔で見つめる透馬。
透馬「食べようよ、冷めちゃう」
千咲「あ、ありがとうございます、いただきます」
千咲の皿に料理をよそってあげる透馬。
料理を堪能する透馬。口は笑っているが、目は笑ってない。
透馬「おいしいねー(あいつ、なかなか手強いな)」
〇数日後 放課後に小屋に行く千咲
蓮のいない小屋で、イヤホンをしながら先日ボイトレした曲をひとりで練習する千咲。
千咲(なんかしっくりこないなあ)
千咲(今夜ボイトレなのに、これじゃ前と変わらないって怒られる)
焦っていると、蓮が入ってくる
千咲「れ、蓮くん」
蓮「おお」
いつもと変わらない無表情
どかっとパイプ椅子に座る蓮
蓮「悪かったな、この前は先に帰って」
千咲「ううん。透馬くんとなにか話したの?」
蓮「(ちょっと気まずそう)あー、いや、別になにも」
千咲「そっか」
椅子に座ったまま無言で気まずくなる二人
千咲「バイト、始めたの?」
蓮「ああ(すげない)」
千咲「あ、あのさ」
蓮「?」
千咲「あとこの前はありがとう」
蓮「この前?」
千咲「渋谷行ったの、楽しかった」
蓮「あー、ああ」
全くいつもと変わらない感じで流す蓮に、ちょっとショックを受ける
(やっぱ蓮くんはいつも通りだ)
タピオカミルクティーを間接キスしたシーンを思い出す千咲。
(こんなに気にしてるのは、僕だけ……)
一人だけ思いや何でいることにしょんぼりする
蓮「さっきからなに歌ってんだ?」
千咲「ああ、トレーナーさんに、『全然気持ちが乗ってない』って言われちゃって」
蓮「そうか」
千咲「自分の耳ではうまく歌えているように聞こえるんだけど、うまくいかなくて」
首を傾げる蓮
蓮「スマホで撮って映像で観てみたらどうだ?」
千咲「?」
蓮「自分の耳と、映像や録音で聞くのとじゃ違って聞こえるだろ。映像でみたら、表情とか姿勢とか何か改善点が見つかるかもしれないぞ」
千咲「た、たしかに。やってみる」
畳のスペースに移動し、落ちてたトイレットペーパーの芯をもって舞台っぽく立つ千咲
蓮「スマホ貸せ」
千咲のスマホをかざして、千咲の映像を撮る蓮。カメラ画面越しに千咲が映ってる
蓮「動画ってこの赤いボタン押すのか?」
千咲「う、うん(蓮くんスマホ持ってないんだった)」
蓮「できたぞ」
なのに、しばらく歌い出せない千咲
蓮「どうした?」
千咲「い、いや、緊張しちゃって」
(蓮くんを目の前にすると、緊張が止まらない)
スマホの画面を凝視している蓮の目を見ると
――(ボイストレーナー)目の前にいる好きな子に告白できない気持ちを、もっとちゃんと強く想像して
(いま、蓮くんを前にしてるときの気持ち……)
千咲が緊張しながら歌い出す
きみが好きだよ それだけなのに全然言えない
きみの答えが怖くて きみを失ったらって考えたら死んじゃいそうで
きみがいないから僕は輝きを失っている
ごめんね
だから代わりにきみの名前を呼ぶんだ
だからきみも僕の名前を呼んでね そうしたら今夜きみのもとに行くから
(……)
歌い終わり、放心状態の千咲
両手で持ったスマホで千咲を撮影する蓮。画面ごしにふたりの視線が交わる
二人の瞳のアップ 蓮の瞳に千咲が映っている
蓮「……なあ、ちさ」
千咲「……はい」
蓮「お前、この歌、誰のこと考えて歌ってるんだ?」
〇事務所のボイストレーニングスタジオ
ボイストレーナー「じゃ、今日は次のライブでお披露目になるアルバム曲ね」
メンバー「はい!」
千咲(今回の曲、サビとBのパート増えた! 頑張らないと!)
ボイストレーナー「じゃあ、最後ちさのパート行こうか」
千咲「はい!」
千咲が歌う。
ボイストレーナー「ちさ、『好きだよ』の『だよ』が半音落ちてる、あげて」
千咲「は、はい! すみません!」
ボイストレーナー「もう一回」
千咲「はい!」
一生懸命歌う千咲。
「うーん」と首をひねるボイストレーナー。
ボイストレーナー「音程も声量もいい。ちゃんと練習してきたのも伝わってくる」
千咲「あ、ありがとうございます(よかった)」
ボイストレーナー「でも、なんか全然響いてこない」
千咲「えっ……」
自らの胸をトントンするボイストレーナー。一気に不安になる千咲。
ボイストレーナー「ちさ、この歌はどういう歌だと思う?」
千咲「えっ」
ちょっと考える千咲。
千咲「えっと、高校生くらいの男の子の、両片思いなのに告白できない歌だと思います」
ボイストレーナー「うんそうだね。で?」
千咲「……で?」
ボイストレーナー「それだけ? って聞いてんの」
千咲「……(手元の歌詞カードをもう一度見る)」
ボイストレーナー「これは、99%両思いなのは確定しているのに、最後の1%で振られるのが怖くて告白できない男の子の歌でしょ」
千咲「……はい」
ボイストレーナー「その子の恥ずかしさと苦しさとか緊張感、ちゃんと感じながら歌ってる?」
千咲「……」
横で透馬が無言で千咲をチラ見している
千咲「千咲がその思いに共感して声を乗せてないから伝わってこない。本番は振りもつくしカメラ切り替えもしながら歌うんだよ? そんなんで、ファンの子がこの歌を聞いて感動できると思う?」
千咲「……すみません」
ボイストレーナー「この歌詞の男の子が目の前にいる好きな子に告白できない気持ち。もっとちゃんと強く想像して歌って」
千咲「……はい」
ボイストレーナー「明後日までに、修正してきて」
千咲「はいっ!(頑張らなきゃ……)」
〇ボイトレ後、誰もいない自販機のある休憩スペース
ジュースを飲みながら机に座ってぼーっとする千咲
たくさん修正点が書き込みされた歌詞カードを眺めている
千咲「好きなのに、告白できない気持ち……」
蓮のことを思い出す
(頼りたい。会えなければ悲しい。もっと繋がっていたい。頼ってほしい。触れたい。触れてほしい、会いたい、抱きしめてほしい、抱きしめたい……)
歌詞カードの余白に、どんどん蓮への思いを書き込んでいく千咲
(守りたい)
歌詞カードに書く
(っていっても、僕が一方的に守られてるだけだけどね…笑 僕はひょろいから蓮くんのことなんて守れないし)
ひとり苦笑する千咲
(はっ、筋トレでもすればいい??)
ムキムキになって蓮を守っている自分を想像する
冷静になって、溜息をつく
(僕は無力だなぁ……。人気も知名度も全然ないし)
ぐるぐる考えて机につっぷす。
(なんでこんなに好きなのに、素直に言えないんだろう)
(たった一人しかいない人を欲しくてたまらないから、振られて失ったらって思うと臆病になる)
ペンをいじいじする
(こんなに好きなのは僕のほうだけじゃないかって不安になるし)
蓮に触れられた肩と前髪に熱がまたともるのを感じながら、ぐるぐる悩む
蓮に告白したあとの蓮の様子を想像する
(「(蓮)はあ?(怒)」とか、言いそう~)
一人で、苦笑いしつつ悲しくなる
(でも、蓮くんに会えなくなったら、今みたいな笑顔に戻れる気がしないよ)
〇超高級中華店の個室。高級な壺とかが並んでいる個室で食事をしながら談笑する透馬と千咲。
だが、千咲はちょっとぼーっとしている。
透馬「最近、元気ないよね、ちさ」
千咲「す、すみません、そういうわけでは」
透馬「心配だな」
千咲「す、すみません」
透馬「新曲の件?」
千咲「まあ、はい」
透馬「千咲はいつも頑張り過ぎなんだよ。ボイトレもダンス練もいつも最後まで残って。体調壊したら元も子もないよ? 体調管理も僕達の仕事なんだから」
千咲「そ、そうですよね、すみません」
透馬「ほかに悩みでもあるの?」
千咲「いえ、その」
蓮の顔が浮かぶ。
透馬「違ったらごめんだけど、SNSの件?」
千咲「まあ、それもあるんですけど……」
頷いたあと、はっとする千咲。
(そういえば、最近全然SNS見てない)
最近、前(第1話)みたいに、SNSの♡数で一喜一憂していないことに気づく千咲
(蓮くんがいてくれたから、他の人の評価が気にならなくなったのかな……?)
俯く千咲をみて、「そっかあ」と微笑む透馬。
透馬「まあ、傷つくこともあると思うけど、いちいち気にしてたら悪口言ってる人達の思う壺だからね。気にしなくていいよ」
千咲「そうですよね、ありがとうございます」
そのとき、時計が18時になる。ちらっと壁時計をみる透馬。千咲のスマホに着信。
千咲「あっ電話、田中さん(マネ―ジャー)さんだ」
透馬「出たら?」
千咲「あ、はい、すみません。失礼します。もしもし……」
千咲が電話をしながら個室を出ていく。上機嫌で中華料理を堪能する透馬。
(●回想
透馬「18時になったらちさに電話かけてもらえます?」
田中マネ「はあ……」
透馬「で、今期のボーナスの話とか、今後のスケジュールの件とかなるべく長電話してほしいんです」
田中マネ「よくわからんが了解」
透馬「ありがとうございまーす♪(笑顔)」)
しばらくして、個室に人影。蓮が不機嫌そうに入室してくる。
料理から顔をあげ、蓮の顔をみてびっくりして微笑む透馬。
透馬「こんばんは。君がちさの『友達』?」
蓮「……(不機嫌そう)」
透馬が首をかしげながら蓮の顔から足元をさっと見る。
透馬「事務所どこ?」
蓮「は?」
透馬「え? 事務所入ってないの?」
蓮「……ああ」
透馬「君の顔とスタイルで? もったいないよ! 日本の芸能界の損失だ!」
蓮「……興味ないです」
透馬「えっ! ならうちの事務所入らない? 再来年に僕達の後輩グループができるらしいんだ、君ならそこでセンター張れるよ。いや、君の資質なら最初からソロでも十分いける!」
蓮「……」
透馬「(右瞼を指さしながら)その傷は皮膚科で直してもらえばいいし。いいお医者さん紹介しようか?」
蓮「あの」
ふわっと微笑む透馬
透馬「ああ、そういえばなに食べる? 北京ダック? ふかひれ? アワビもあるよ。このお店どれもすごい美味しいんだ。なんでも奢るから好きなもの食べて(メニューを見ながら)」
蓮「……話はなんすか?」
勝手に話を進める透馬に、ポケットに手をつっこみ立ったまま冷静に問う蓮。
笑顔でメニューを見ていた透馬が顔をあげる。立ったままの蓮をみると、笑顔から急に真顔に戻る。
透馬「千咲をデビューさせてあげたのは、僕だよ」
ぴくりと蓮の表情が動く。透馬はそれをみてにっこり笑う。
透馬「ちさの実力ならあと一年は練習生やらないと本来ならデビューできないレベルだ。いやそれですら社内オーディションに受かるかも分からないね。でも、僕が事務所に言ってちさをメンバーに入れた」
蓮「どうして」
にっこり笑う透馬。
透馬「どうして? だって可愛いんだもん、ちさって。才能もないのにやたら頑張ってるのがなんだかいじらしくてたまんない、すごくどきどきする。なるべくそばに置いておきたいからメンバーに入れた」
蓮「……」
透馬「あれ、この点に関しては、きみと僕でとっても意見が合うと思ったんだけど? 違うのかな?」
にっこり微笑む透馬。
透馬「青日も黎央も夏波も、練習期間はちさよりずっと短いのにちさよりダンスもうまいし人気もある。みんな、ちさと違ってセンスあるんだ。正直、グループにとってはお荷物だよ」
蓮「……で?」
全然反応しない蓮に、笑顔ながら少し苛々する透馬。
透馬「僕とちさは、『アイドル』だよ。一人の『愛してる』より百人の『好き』で生きてるんだ」
蓮「……」
透馬「『俺にはちさの良さが分かってる。だからいいんだ』とでも言いたい?」
蓮「……(無表情のまま)」
透馬「はあ、高校生だね。素敵な花が咲いてるお花畑でうらやましい」
透馬は卓上で肘をつき、顎を乗せて笑う。
透馬「君がどうでもいいと思っている、SNSのフォロワー数が、売れたチケットの枚数が、グッズの数が僕たちの価値。他人に知られてない、いいねをしてもらえないアイドルなんて存在しないゴミなんだ。それがプロなの。わかる?」
おもむろに自身のスマホをポケットからとる透馬。画面をスクロールして、鼻で笑う。
透馬「ちさのフォロワーは5379人。全然増えないね。ちなみに僕は57万人くらいだ」
鼻で笑う透馬。眉間に皺をよせたままの蓮。
透馬「つまり、ちさは僕の百分の一しか価値がないってこと」
蓮「言いたいことはそれだけかよ」
透馬「僕の力があれば、これからグループ内でちさに仕事もあげられる」
そのままスマホをいじる透馬。
透馬「でも? 君はただの高校生。千咲を救うなんて、いまから君が石油王にでもならない限り無理かな」
蓮「……話はそれだけか」
透馬「じゃあ、きみの反論が聞きたいかなあ~」
透馬がスマホから顔をあげ、蓮を見る。挑戦的で怖い笑顔。
無表情のままの蓮とにらみ合う。
それをみた透馬は鼻で笑って、箸で卓上の北京ダックを取ろうとする。
蓮が素手を伸ばして、その北京ダックを奪い取る。
蓮「やっぱり一流アイドルはトークも達者なんだな」
蓮は奪った北京ダックを荒々しく一口で噛んで飲み込む。急のことに少し面食らう透馬。
蓮が卓上のグラスの水をゴクゴク一気飲みする。口元を袖で勢いよく拭って、微笑む。
蓮「ご馳走さまでした」
マネの電話が終わり、部屋に戻ってくる千咲。
千咲「すみません、長引いちゃって。あれ? 蓮くんは?」
透馬「帰ったよ。バイトがあるって」
千咲「バイト? そ、そうですか……」
しょんぼりした顔で、個室のドアに視線をやる千咲。それを真顔で見つめる透馬。
透馬「食べようよ、冷めちゃう」
千咲「あ、ありがとうございます、いただきます」
千咲の皿に料理をよそってあげる透馬。
料理を堪能する透馬。口は笑っているが、目は笑ってない。
透馬「おいしいねー(あいつ、なかなか手強いな)」
〇数日後 放課後に小屋に行く千咲
蓮のいない小屋で、イヤホンをしながら先日ボイトレした曲をひとりで練習する千咲。
千咲(なんかしっくりこないなあ)
千咲(今夜ボイトレなのに、これじゃ前と変わらないって怒られる)
焦っていると、蓮が入ってくる
千咲「れ、蓮くん」
蓮「おお」
いつもと変わらない無表情
どかっとパイプ椅子に座る蓮
蓮「悪かったな、この前は先に帰って」
千咲「ううん。透馬くんとなにか話したの?」
蓮「(ちょっと気まずそう)あー、いや、別になにも」
千咲「そっか」
椅子に座ったまま無言で気まずくなる二人
千咲「バイト、始めたの?」
蓮「ああ(すげない)」
千咲「あ、あのさ」
蓮「?」
千咲「あとこの前はありがとう」
蓮「この前?」
千咲「渋谷行ったの、楽しかった」
蓮「あー、ああ」
全くいつもと変わらない感じで流す蓮に、ちょっとショックを受ける
(やっぱ蓮くんはいつも通りだ)
タピオカミルクティーを間接キスしたシーンを思い出す千咲。
(こんなに気にしてるのは、僕だけ……)
一人だけ思いや何でいることにしょんぼりする
蓮「さっきからなに歌ってんだ?」
千咲「ああ、トレーナーさんに、『全然気持ちが乗ってない』って言われちゃって」
蓮「そうか」
千咲「自分の耳ではうまく歌えているように聞こえるんだけど、うまくいかなくて」
首を傾げる蓮
蓮「スマホで撮って映像で観てみたらどうだ?」
千咲「?」
蓮「自分の耳と、映像や録音で聞くのとじゃ違って聞こえるだろ。映像でみたら、表情とか姿勢とか何か改善点が見つかるかもしれないぞ」
千咲「た、たしかに。やってみる」
畳のスペースに移動し、落ちてたトイレットペーパーの芯をもって舞台っぽく立つ千咲
蓮「スマホ貸せ」
千咲のスマホをかざして、千咲の映像を撮る蓮。カメラ画面越しに千咲が映ってる
蓮「動画ってこの赤いボタン押すのか?」
千咲「う、うん(蓮くんスマホ持ってないんだった)」
蓮「できたぞ」
なのに、しばらく歌い出せない千咲
蓮「どうした?」
千咲「い、いや、緊張しちゃって」
(蓮くんを目の前にすると、緊張が止まらない)
スマホの画面を凝視している蓮の目を見ると
――(ボイストレーナー)目の前にいる好きな子に告白できない気持ちを、もっとちゃんと強く想像して
(いま、蓮くんを前にしてるときの気持ち……)
千咲が緊張しながら歌い出す
きみが好きだよ それだけなのに全然言えない
きみの答えが怖くて きみを失ったらって考えたら死んじゃいそうで
きみがいないから僕は輝きを失っている
ごめんね
だから代わりにきみの名前を呼ぶんだ
だからきみも僕の名前を呼んでね そうしたら今夜きみのもとに行くから
(……)
歌い終わり、放心状態の千咲
両手で持ったスマホで千咲を撮影する蓮。画面ごしにふたりの視線が交わる
二人の瞳のアップ 蓮の瞳に千咲が映っている
蓮「……なあ、ちさ」
千咲「……はい」
蓮「お前、この歌、誰のこと考えて歌ってるんだ?」

