【第三話】制服デートなんて聞いてません!
〇廃品小屋。前回の続き。
千咲「……4歳からの幼馴染?」
璃子「兼彼女予定ね」
千咲「えっ」
蓮「ちがう」
溜息をつく蓮。
璃子「成宮璃子。一般コースの三年B組。蓮の家の隣に住んでるの。いいでしょ」
千咲「は、はあ……」
腕を組んで千咲を睨みつける璃子。
璃子「で、こいつ誰」
千咲「み、三好千咲っていいます」
璃子「知らない。芸能コース?」
蓮「STARLIGHTのメンバーだと」
璃子「は? スタラってあの透馬がいる?」
千咲「あ、はい、そうです」
首をひねる璃子。
璃子「CHISA? そんな人メンバーにいたっけ?」
ぐさっとくる千咲。
璃子「まあいいや。透馬のサインちょうだいよ」
千咲「すみません、イベント以外でサインはNGで……あ、握手ならどうぞ」
手を璃子に差し出す千咲。
璃子「なんであんたと手繋ぐのよ」
再びぐさっとくる千咲。
(でも、よかった、彼女じゃなくて)
璃子「で、なんでそのCHISAがここにいんの?」
蓮「知らん」
璃子「はあ? どういうこと」
蓮「なんか勝手に来た」
璃子「はあ~?」
蓮「おい璃子、課題やるんだろ? 教えてやる」
璃子「あ、そうだった~」
蓮「忘れんなよ」
パイプ椅子を引き、どかっと座る蓮。璃子が「ここ分かんない~」と教科書を広げ、テーブルで蓮に教えを請い始める。向き合って璃子に勉強を教えてあげる蓮。
璃子「そっか~! やっぱり蓮、教え方うまいよね」
蓮「前も同じこと教えたぞ」
璃子「えー? そうだっけ?」
とぼけて嬉しそうにする璃子と、困り顔ながらなんだかんだ楽しそうな蓮。
(でも、やっぱり仲良さそうだよな)
もやもやが募る千咲。
(だって幼馴染ってことは、ずっといろんな蓮くんを知ってるってことだよね?)
唇をぎゅっと引き結ぶ千咲。
(僕より何十倍もの長い間、蓮くんと―ー)
もやもやしたまま突っ立ったままの千咲に視線をやる蓮。
蓮「ちさ、どうした?」
急に話を振られ、焦る蓮。
千咲「あ、ぼ、僕も帰ってテスト勉強しなきゃ」
蓮「テスト?」
千咲「げ、月曜日に数学の単元テストがあって、勉強しなきゃ」
蓮「はあ、お前も教えてやるから来い」
千咲を手招きする蓮。
千咲「えっ、でも」
蓮「いいから」
「教科書を寄越せ」という風に手を差し出す蓮。
千咲の差し出した問題集をざっと読む蓮。
蓮「芸能コースって、高3でこんな簡単なことやってんのか?」
ぐさっとくる千咲。いいから座れ、と席を促される千咲。
問題集を少しじっくり読む蓮。
蓮「じゃあ1問目、4問目と6問目をまず解け」
千咲「え?」
蓮「この3問のパターンを覚えれば、どんな問題が出ようが対応できる」
千咲「そ、そうなんだ(一瞬でわかるなんてすごい、蓮くん)」
しばらく真剣に問題を解く千咲。
蓮「解けたか?」
千咲「6問目の小問1が難しくてちょっと……」
頬杖をつきながら千咲の解答を眺める蓮。
蓮「このxに代入するのは3行前のyだから?」
千咲「えーと……√2+1」
蓮「そう、合ってる」
千咲「すごい、解けた!」
嬉しくなる千咲。
蓮が千咲の前髪の感覚を確かめるように軽く撫でる。
千咲「!?」
蓮「じゃあ同じ感じで次も解けるな?」
千咲「う、うん(え、いま頭撫でられた……?)」
璃子「ちょっと、蓮、なにしてんの!?」
横でキレる璃子、はっとした蓮は頭を撫でる手を引っ込める。
璃子「ね、蓮、できた~。こっち見て~」
蓮の腕を引っ張る璃子。
蓮「わかったわかった」
そうして三人で一緒に勉強を続ける。
数十分後。もう下校時間まで数分。
璃子「蓮、もう帰ろー」
蓮「ああ」
荷物をまとめる二人。
蓮「じゃ、俺達は帰るから。お前も無理すんなよ」
璃子「じゃあねー(勝ち誇った顔)」
千咲「あ、うん。またね」
二人を、ぎこちない笑顔で見送る千咲。
〇千咲の部屋
真剣に机に向かう千咲
前髪を撫でられた感触が、まだ髪の毛の一本にまで残っていて、照れてしまう
(蓮くんが教えてくれたんだから、絶対合格するんだ!)
そのまま遅くまで勉強する千咲
〇翌週月曜日。単元テスト終了後
テストで全力を出し切った千咲。机に突っ伏してぐったりしている。
黎央「ちさ、どうだった?」
後ろの席の黎央が訊いてくる。
千咲「けっこうできた!」
黎央「うー、ちさ、すごいスラスラ解いてたもんなー。うおー、落ちて再補修になったらまじで終わる~」
千咲「大丈夫だよ」
黎央「ちさ、どうやって勉強したの?」
千咲「蓮くんに教えてもらったから」
黎央「蓮くん?」
千咲「あっ」
青ざめる千咲。
黎央「『蓮くん』ってどのスタッフさん? 再補修になったら俺もその人に教えてもらお」
千咲「あ、いや、ちが」
黎央「え? 家庭教師? いつの間に?」
千咲「いや、その、友達」
黎央「友達? 学校で千咲に友達いないじゃん」
ぐさっとくる千咲。
千咲「えっと、中学のときの友達。進学校に通ってるんだ」
黎央「へー、まあいいや。今日、コンサートの振り入れ何時からだっけ?」
千咲「五時からだよ」
黎央「ギリ五限までいれるかー。一緒練習室行こっか」
千咲「うん」
〇数日後
千咲は周囲を確認して小屋に走っていく。中は誰もいない。
連絡ノートをひらく。《元気?》という千咲の連絡には《元気 おまえは?》と返信が書いてあって、嬉しくなる。
ノートには蓮の近況報告が書いてある。嬉しくなりながら読む千咲。
一番最後に、《しばらく体育祭の練習で来られない》と書いてある。
(体育祭、かあ)
急に切なくなる。
(当たり前だけど、蓮くんには、蓮くんの生活があるんだよな)
芸能コースには体育祭も文化祭も修学旅行もない。一般コースの蓮との距離を感じて苦しくなる。
(一般コースの教室ってどんな感じなんだろう?)
璃子や知らない同級生達がたくさんいる教室を想像して、どこか寂しくなる。
(僕も一般コースの生徒だったら、蓮くんともっと……)
もやもやした気持ちのまま、ノートに書きこむ。
《単元テスト、合格したよ。蓮くんのおかげだよ、ありがとう》
《蓮くんも体育祭頑張ってね》
書き置きを残し、下校する千咲
〇数日後 放課後 廃品小屋 誰もいない室内
千咲がうきうきして小屋に行くも、誰もいない。そのときマネからスマホに連絡が入る。
《今日のボイトレ、透馬が遅くなりそうだから六時からで 第二練習室で》
千咲「《了解です》っと」
蓮「おい」
そのとき蓮が小屋にやってくる。
蓮「久しぶりだな」
千咲「う、うん」
蓮「しばらく来られなくて悪い」
千咲「ううん、全然」
蓮「体育祭くそダルいけど、さすがに今年は出ないと体育の単位出ねえんだと」
千咲「ううん、僕もコンサートの練習あったし……」
二人してちょっと黙り込んでしまう。
(なんでだろう、二人きりになるとすごい緊張する)
蓮も押し黙ったままそっぽを向いている。
(こんな緊張したことないのに)
蓮「……た」
千咲「た?」
蓮「単元テスト、受かってよかったな」
千咲「蓮くんのおかげで、合格だったよ、ありがとう」
蓮「そうか」
千咲「明日から多分しばらく来られないと思う。ちょっと活動が詰まってて」
蓮「……そうか」
千咲「あのさ、蓮くん」
蓮「なんだ」
千咲「このあと時間ある?」
蓮「?」
千咲「六時まで暇なんだけど、もし、よかったら……少しだけ、一緒にいない?」
無言ながら顔は驚いている蓮。
千咲「その……この前のテストのお礼も、まだちゃんとできてないし」
蓮は少し驚いた顔をしたが、やがて、小さく微笑んだ。
蓮「ハイタッチ会とやらも終わったんだろ?」
千咲「あ、うん」
蓮「じゃあ食っても大丈夫だな」
千咲「う、うん?」
蓮「じゃあ、行くか」
千咲「?」
蓮「スマホ出せ」
千咲のスマホを受け取り、何かを入力する蓮。みると、検索ボックスに住所が入力されている。
千咲「これ、なに?」
蓮「4時にそこに集合な」
蓮は先に荷物をまとめ、小屋を出ていく。
〇15時55分。渋谷らしき繁華街の路地裏。人通りが少なく、個人店のカフェや古着屋が並ぶ閑散とした裏通り。制服にマスク姿の千咲が変な顔のカエル像の隣で立ち尽くしている。
千咲(とりあえず入力された住所に来たけど、こんな場所で待ち合わせってどういうこと?)
そわそわしていると、向こうから蓮、黒マスクにヘッドホン姿でやってくる。
蓮「待たせた、わるい」
蓮、腕時計をみる。
蓮「なに食べたい?」
千咲「え?」
蓮「お前が食べたいもん食べにいく」
千咲「いいの?」
蓮「ああ」
千咲「じゃ、じゃあタピオカミルクティー飲みたい!」
蓮「タピオカ? んなものでいいのか」
千咲「うん、飲みたかったんだ。移動車の中でメンバーが飲んでたんだけど、ダイエットしてたから飲めなくて」
蓮「まあいい、じゃあいくぞ」
千咲「あ、お店、調べるよ」
スマホを取り出す千咲。
蓮「いらない、時間ないからいくぞ」
千咲「えっ」
蓮「さっきそこらへんの店見ておいた」
集合前に周辺の下見をしていた蓮。
蓮「いくぞ」
道で千咲の手をひく蓮。少し後ろから手をひかれてついていく千咲。手を握っている部分アップ。
(うわああ、手汗やばい)
そのまま人通りの多い表通りに出る。すれ違う人と千咲がぶつかる。
千咲「あ、すみません」
それをみた蓮が、手を引く。
蓮「混んでるから、離すな」
千咲「う、うん」
しばらく、並んであるく二人。
(ほ、本当にデートみたい)
嬉しくて胸がきゅーと絞られる千咲。
裏通りを出て、混雑した雑踏の中、しばらくして、煩わしそうに耳を触る蓮。雑踏が聞こえすぎている様子に心配する千咲。
千咲「うるさくて気持ち悪い?」
蓮「まあ、ちょっとな」
蓮の腕を引き、問う千咲。
千咲「うるさくて辛かったら、ヘッドホンしてみたら?」
蓮「いらない」
千咲「?」
蓮「いまはお前の声聞きたいから、いらない」
しばらく並んで歩く二人。
蓮「そういえばお前、透馬と仲いいのか?」
千咲「?」
蓮「ノートに書いてあっただろ。サウナ行ったって」
先週、連絡ノートに
《先週は 練習のあと透馬くんとサウナに行きました。楽しかったです。 蓮くんは最近どうですか?》という千咲の報告。
千咲「他のメンバーも行くって言ったんだけど、完全予約制の会員制サウナだから二人分しか枠空いてなくって」
蓮「……」
千咲「あ、でもたまたまだから。いつもはメンバーみんなで行くし」
蓮「……」
まだ不服そうな蓮。
蓮「気をつけろよ」
千咲「え?」
蓮「あいつ、お前のこと好きだぞ」
千咲「はあっ!?」
本気で笑う千咲。
千咲「そんなことないよ。だってあの透馬くんだよ? おもしろすぎ」
蓮はそれを見て小さく溜息。
蓮「悪い、この話はもうやめる」
千咲「?」
蓮「他の男の名前、今は聞きたくない」
千咲「え」
少し恥ずかしそうに歩を早める蓮。
(いまのなに……?)
戸惑う千咲。恥ずかしさを振り払おうと色々な場所に視線をやっていると、美味しそうなポテトフライのキッチンカーを見つける。
千咲「あ、あ!僕こっちのポテトも食べたいから並んでてもいいっ?」
蓮「わかった」
千咲「じゃ、並んでくるね!」
恥ずかしさを誤魔化すために、蓮をタピオカの列に残し、ポテトフライのキッチンカーに並ぶ千咲。
〇フライドポテト屋に並び、Lサイズポテトを買えた千咲。
通行人「あの」
振り返ると、JK二人組がいる。
JK「あの、STARLIGHTのCHISAですよね?」
千咲「あ、はい」
JK1・2「応援してますー!」
千咲「あ、ありがとうございます!」
嬉しくてつい笑顔になる千咲。
JK1・2「撮影ですかあ?」
千咲「いえ」
JK1「青日くんいますか?」
JK2「出た、青日推し」
千咲「ごめんなさい、青日はいないです」
JK1「えー、最悪」
JK2「じゃあ透馬くんは?」
千咲「透馬くんもいないです」
JK達「えー、じゃあ写真撮ってくれませんかあ?」
千咲「ごめんなさい、イベント以外で写真はNGなんです」
JK「えー、ケチですね」
苦笑を押し殺して笑顔で対応する千咲。
千咲「ごめんなさい、事務所のルールなんで」
JK「えー?」
いらいらしたJK女子、急に千咲の腕を触る。びっくりする千咲。
JK2「うける(笑)」
千咲「や、やめてください」
JK2「いいな、私もさわっとこ(笑)」
JK女子2が腕を伸ばそうとした瞬間、横からタピオカミルクティーを持った腕がすっと伸びてくる。その腕がJK女子2の手をうまくガードしている。横を見上げると、両手にタピオカミルクティーを持った無表情の蓮。
蓮「すみません、もうやめてもらえますか」
蓮の威圧感に、JKも千咲も固まる。
蓮「いくぞ」
タピオカミルクティーを一つ千咲に渡し、千咲の肩を抱いて導いて歩く蓮。
JK女子1「あれSP?」
JK2「でも制服着てたよ?」
JK1「あっちの方がCHISAよりイケメンだったね」
JK2「ね」
JK1・2「(笑)」
〇人気のない公園
蓮「ったく」
JK女子達にいらいらしている蓮。二人で、ベンチに座る。
千咲「ありがとう」
蓮「?」
千咲「助けてくれて」
蓮「(無言)」
千咲「あっ、フライドポテト、食べる? 美味しいよ」
頷く蓮。パックのフライドポテトを差し出す千咲。蓮の唇が、ポテトをもつ千咲の指先に触れそうになる。
千咲「あっ……」
声にならない声をあげる千咲。
でも蓮は、ちさの手にある食べかけのフライドポテトの方に唇を寄せて食べる。
蓮「うまい」
千咲「よ、よかった」
蓮「俺の、飲むか?」
蓮が自分のピーチミントティーを口に近づけてくる。
千咲「え? でも蓮くんまだ飲んでないし」
蓮「いい」
千咲「う、うん、じゃあ、ありがとう。いただきます」
差し出された蓮のピーチミントティーのストローをおずおずと吸う千咲。飲み込んで、目を見開いて、左上の蓮の顔をみる。
千咲「……おいしい」
笑顔になる蓮。
蓮「そうか、よかった」
千咲「あ、じゃあ蓮くんもこれ飲む?」
タピオカミルクティーを蓮の口もとに近づける千咲。少ししてはっとする千咲。
千咲「あ、でも新しいストロー貰ってな……」
蓮、千咲の右肩を抱き寄せ、差し出されたタピオカミルクティーを飲む。
千咲(……っ!?)
息を呑む千咲。蓮は自分のピーチミントティーも飲む。
蓮「どっちもうまいな」
真顔のまま言う蓮。茫然としていると不思議そうに見つめられる。
蓮「どうした?」
千咲「あ、いや」
真っ赤なまま戸惑う千咲。鼓動が鳴りやまなくて、目がぐるぐる回る。
千咲「あ、あの……」
蓮「?」
千咲「……て、手……」
真っ赤になりながら右肩に回されている手におそるおそるぽんぽんする千咲。肩を抱いていたことに気づき、手を離す蓮。
蓮「……悪い」
千咲「う、ううん、大丈夫」
真っ赤になる千咲。蓮はすぐに後ろを向いてしまう。表情だけ見えないが、耳たぶは真っ赤。
蓮「もう事務所戻るか?」
千咲「……うん、そうだね」
二人で並んで歩く。千咲はさっきの余韻を引きずっていて、蓮は気まずそうに視線を横に向けたまま。蓮はずっと制服のポケットに手をつっこんだまま俯いて歩いている。
千咲「……じゃあまた。登校できるときに行くね」
蓮「(無言で頷く)」
改札を出る千咲。振り向くと蓮がまだいて、手をあげる。千咲も笑顔で小さく振り返す。
(どうしよう、ちゃんと笑えてる? 僕? マスクしておいてよかった)
蓮が対向車線で電車に乗る。蓮が、電車に乗っても、窓際で最後まで千咲のほうを見ている。小さく手を振り返す千咲。
蓮の電車が行ってしまい、見えなくなる。
(さっきの、間接キスだったよね……?? だよ、ね……)
ホームで電車を待ちながら、頬が赤くなる。唇に触れると、さっきの感覚が思い出される。急にドキドキという鼓動が止まらない。
(蓮くん、間接キスしても全然平気な顔してた)
(蓮くんにとっては、男友達同士だし、普通のことなのかな?)
鼓動と不安が膨らんで、みぞおちのあたりがぎゅうぎゅう押されたように痛くなる。
(でも、僕はもうだめだ)
さっき蓮に抱かれた肩がまだ熱い。お腹のあたりをおさえる。
(ドキドキが痛すぎて、立てない)
立っていられなくなって、ホームで真っ赤な顔でうずくまる千咲。
(こんなにも、蓮くんのこと好きになっちゃったよ)
〇撮影スタジオ。
メイクオフ中の透馬。スマホをいじっている。
メイクさん「透馬さん、お忙しいのにすっごい肌きれいですねー!」
透馬「そんなあ。メイクさんの技術がすごいからですよ」
メイクさん「え~~?」
照れている女性メイクさん。
王子様スマイルで返す透馬。周囲のスタッフは老若男女全員王子様スマイルに癒されている。
透馬のスマホ画面。千咲からのメッセージ通知。
《突然ごめん。今撮影終わって、事務所練までちょっと空きそうなんだけど、ご飯行かない?》という透馬のメッセージに《ごめんなさい、友達と先約があって》と返信している。
透馬「ふ~~~~~ん……??」
口は笑っているが、目は全然笑っていない。
メイクさん「えっ? 何か言いました?」
透馬「あっ、ごめんなさい、なんでもないです」
王子様スマイルで誤魔化す透馬。
透馬(『友達』、ねえ……)
メイク台から振り返り、壁際にいたマネに聞く透馬.
透馬「田中さん(←マネ)、僕、来週の金曜、夜撮までオフでしたよね?」
田中「おお」
透馬「ちさもオフですよね?」
田中「まあたぶんな」
透馬「18時からいつもの店の個室取れます? 3名で」
田中「3名?」
透馬「ちょっと僕の男友達も呼ぼうかと」
田中「ふーん、ま、了解~」
透馬「ありがとうございます~。あとちょっとお願いしたいことがあるんですけど、頼まれてもらえます?」
「別にいいけど、なんだ?」と言う田中マネに、目を細めて笑顔を濃くする透馬
(悪い虫は、早めに駆除しておかなきゃね)
〇廃品小屋。前回の続き。
千咲「……4歳からの幼馴染?」
璃子「兼彼女予定ね」
千咲「えっ」
蓮「ちがう」
溜息をつく蓮。
璃子「成宮璃子。一般コースの三年B組。蓮の家の隣に住んでるの。いいでしょ」
千咲「は、はあ……」
腕を組んで千咲を睨みつける璃子。
璃子「で、こいつ誰」
千咲「み、三好千咲っていいます」
璃子「知らない。芸能コース?」
蓮「STARLIGHTのメンバーだと」
璃子「は? スタラってあの透馬がいる?」
千咲「あ、はい、そうです」
首をひねる璃子。
璃子「CHISA? そんな人メンバーにいたっけ?」
ぐさっとくる千咲。
璃子「まあいいや。透馬のサインちょうだいよ」
千咲「すみません、イベント以外でサインはNGで……あ、握手ならどうぞ」
手を璃子に差し出す千咲。
璃子「なんであんたと手繋ぐのよ」
再びぐさっとくる千咲。
(でも、よかった、彼女じゃなくて)
璃子「で、なんでそのCHISAがここにいんの?」
蓮「知らん」
璃子「はあ? どういうこと」
蓮「なんか勝手に来た」
璃子「はあ~?」
蓮「おい璃子、課題やるんだろ? 教えてやる」
璃子「あ、そうだった~」
蓮「忘れんなよ」
パイプ椅子を引き、どかっと座る蓮。璃子が「ここ分かんない~」と教科書を広げ、テーブルで蓮に教えを請い始める。向き合って璃子に勉強を教えてあげる蓮。
璃子「そっか~! やっぱり蓮、教え方うまいよね」
蓮「前も同じこと教えたぞ」
璃子「えー? そうだっけ?」
とぼけて嬉しそうにする璃子と、困り顔ながらなんだかんだ楽しそうな蓮。
(でも、やっぱり仲良さそうだよな)
もやもやが募る千咲。
(だって幼馴染ってことは、ずっといろんな蓮くんを知ってるってことだよね?)
唇をぎゅっと引き結ぶ千咲。
(僕より何十倍もの長い間、蓮くんと―ー)
もやもやしたまま突っ立ったままの千咲に視線をやる蓮。
蓮「ちさ、どうした?」
急に話を振られ、焦る蓮。
千咲「あ、ぼ、僕も帰ってテスト勉強しなきゃ」
蓮「テスト?」
千咲「げ、月曜日に数学の単元テストがあって、勉強しなきゃ」
蓮「はあ、お前も教えてやるから来い」
千咲を手招きする蓮。
千咲「えっ、でも」
蓮「いいから」
「教科書を寄越せ」という風に手を差し出す蓮。
千咲の差し出した問題集をざっと読む蓮。
蓮「芸能コースって、高3でこんな簡単なことやってんのか?」
ぐさっとくる千咲。いいから座れ、と席を促される千咲。
問題集を少しじっくり読む蓮。
蓮「じゃあ1問目、4問目と6問目をまず解け」
千咲「え?」
蓮「この3問のパターンを覚えれば、どんな問題が出ようが対応できる」
千咲「そ、そうなんだ(一瞬でわかるなんてすごい、蓮くん)」
しばらく真剣に問題を解く千咲。
蓮「解けたか?」
千咲「6問目の小問1が難しくてちょっと……」
頬杖をつきながら千咲の解答を眺める蓮。
蓮「このxに代入するのは3行前のyだから?」
千咲「えーと……√2+1」
蓮「そう、合ってる」
千咲「すごい、解けた!」
嬉しくなる千咲。
蓮が千咲の前髪の感覚を確かめるように軽く撫でる。
千咲「!?」
蓮「じゃあ同じ感じで次も解けるな?」
千咲「う、うん(え、いま頭撫でられた……?)」
璃子「ちょっと、蓮、なにしてんの!?」
横でキレる璃子、はっとした蓮は頭を撫でる手を引っ込める。
璃子「ね、蓮、できた~。こっち見て~」
蓮の腕を引っ張る璃子。
蓮「わかったわかった」
そうして三人で一緒に勉強を続ける。
数十分後。もう下校時間まで数分。
璃子「蓮、もう帰ろー」
蓮「ああ」
荷物をまとめる二人。
蓮「じゃ、俺達は帰るから。お前も無理すんなよ」
璃子「じゃあねー(勝ち誇った顔)」
千咲「あ、うん。またね」
二人を、ぎこちない笑顔で見送る千咲。
〇千咲の部屋
真剣に机に向かう千咲
前髪を撫でられた感触が、まだ髪の毛の一本にまで残っていて、照れてしまう
(蓮くんが教えてくれたんだから、絶対合格するんだ!)
そのまま遅くまで勉強する千咲
〇翌週月曜日。単元テスト終了後
テストで全力を出し切った千咲。机に突っ伏してぐったりしている。
黎央「ちさ、どうだった?」
後ろの席の黎央が訊いてくる。
千咲「けっこうできた!」
黎央「うー、ちさ、すごいスラスラ解いてたもんなー。うおー、落ちて再補修になったらまじで終わる~」
千咲「大丈夫だよ」
黎央「ちさ、どうやって勉強したの?」
千咲「蓮くんに教えてもらったから」
黎央「蓮くん?」
千咲「あっ」
青ざめる千咲。
黎央「『蓮くん』ってどのスタッフさん? 再補修になったら俺もその人に教えてもらお」
千咲「あ、いや、ちが」
黎央「え? 家庭教師? いつの間に?」
千咲「いや、その、友達」
黎央「友達? 学校で千咲に友達いないじゃん」
ぐさっとくる千咲。
千咲「えっと、中学のときの友達。進学校に通ってるんだ」
黎央「へー、まあいいや。今日、コンサートの振り入れ何時からだっけ?」
千咲「五時からだよ」
黎央「ギリ五限までいれるかー。一緒練習室行こっか」
千咲「うん」
〇数日後
千咲は周囲を確認して小屋に走っていく。中は誰もいない。
連絡ノートをひらく。《元気?》という千咲の連絡には《元気 おまえは?》と返信が書いてあって、嬉しくなる。
ノートには蓮の近況報告が書いてある。嬉しくなりながら読む千咲。
一番最後に、《しばらく体育祭の練習で来られない》と書いてある。
(体育祭、かあ)
急に切なくなる。
(当たり前だけど、蓮くんには、蓮くんの生活があるんだよな)
芸能コースには体育祭も文化祭も修学旅行もない。一般コースの蓮との距離を感じて苦しくなる。
(一般コースの教室ってどんな感じなんだろう?)
璃子や知らない同級生達がたくさんいる教室を想像して、どこか寂しくなる。
(僕も一般コースの生徒だったら、蓮くんともっと……)
もやもやした気持ちのまま、ノートに書きこむ。
《単元テスト、合格したよ。蓮くんのおかげだよ、ありがとう》
《蓮くんも体育祭頑張ってね》
書き置きを残し、下校する千咲
〇数日後 放課後 廃品小屋 誰もいない室内
千咲がうきうきして小屋に行くも、誰もいない。そのときマネからスマホに連絡が入る。
《今日のボイトレ、透馬が遅くなりそうだから六時からで 第二練習室で》
千咲「《了解です》っと」
蓮「おい」
そのとき蓮が小屋にやってくる。
蓮「久しぶりだな」
千咲「う、うん」
蓮「しばらく来られなくて悪い」
千咲「ううん、全然」
蓮「体育祭くそダルいけど、さすがに今年は出ないと体育の単位出ねえんだと」
千咲「ううん、僕もコンサートの練習あったし……」
二人してちょっと黙り込んでしまう。
(なんでだろう、二人きりになるとすごい緊張する)
蓮も押し黙ったままそっぽを向いている。
(こんな緊張したことないのに)
蓮「……た」
千咲「た?」
蓮「単元テスト、受かってよかったな」
千咲「蓮くんのおかげで、合格だったよ、ありがとう」
蓮「そうか」
千咲「明日から多分しばらく来られないと思う。ちょっと活動が詰まってて」
蓮「……そうか」
千咲「あのさ、蓮くん」
蓮「なんだ」
千咲「このあと時間ある?」
蓮「?」
千咲「六時まで暇なんだけど、もし、よかったら……少しだけ、一緒にいない?」
無言ながら顔は驚いている蓮。
千咲「その……この前のテストのお礼も、まだちゃんとできてないし」
蓮は少し驚いた顔をしたが、やがて、小さく微笑んだ。
蓮「ハイタッチ会とやらも終わったんだろ?」
千咲「あ、うん」
蓮「じゃあ食っても大丈夫だな」
千咲「う、うん?」
蓮「じゃあ、行くか」
千咲「?」
蓮「スマホ出せ」
千咲のスマホを受け取り、何かを入力する蓮。みると、検索ボックスに住所が入力されている。
千咲「これ、なに?」
蓮「4時にそこに集合な」
蓮は先に荷物をまとめ、小屋を出ていく。
〇15時55分。渋谷らしき繁華街の路地裏。人通りが少なく、個人店のカフェや古着屋が並ぶ閑散とした裏通り。制服にマスク姿の千咲が変な顔のカエル像の隣で立ち尽くしている。
千咲(とりあえず入力された住所に来たけど、こんな場所で待ち合わせってどういうこと?)
そわそわしていると、向こうから蓮、黒マスクにヘッドホン姿でやってくる。
蓮「待たせた、わるい」
蓮、腕時計をみる。
蓮「なに食べたい?」
千咲「え?」
蓮「お前が食べたいもん食べにいく」
千咲「いいの?」
蓮「ああ」
千咲「じゃ、じゃあタピオカミルクティー飲みたい!」
蓮「タピオカ? んなものでいいのか」
千咲「うん、飲みたかったんだ。移動車の中でメンバーが飲んでたんだけど、ダイエットしてたから飲めなくて」
蓮「まあいい、じゃあいくぞ」
千咲「あ、お店、調べるよ」
スマホを取り出す千咲。
蓮「いらない、時間ないからいくぞ」
千咲「えっ」
蓮「さっきそこらへんの店見ておいた」
集合前に周辺の下見をしていた蓮。
蓮「いくぞ」
道で千咲の手をひく蓮。少し後ろから手をひかれてついていく千咲。手を握っている部分アップ。
(うわああ、手汗やばい)
そのまま人通りの多い表通りに出る。すれ違う人と千咲がぶつかる。
千咲「あ、すみません」
それをみた蓮が、手を引く。
蓮「混んでるから、離すな」
千咲「う、うん」
しばらく、並んであるく二人。
(ほ、本当にデートみたい)
嬉しくて胸がきゅーと絞られる千咲。
裏通りを出て、混雑した雑踏の中、しばらくして、煩わしそうに耳を触る蓮。雑踏が聞こえすぎている様子に心配する千咲。
千咲「うるさくて気持ち悪い?」
蓮「まあ、ちょっとな」
蓮の腕を引き、問う千咲。
千咲「うるさくて辛かったら、ヘッドホンしてみたら?」
蓮「いらない」
千咲「?」
蓮「いまはお前の声聞きたいから、いらない」
しばらく並んで歩く二人。
蓮「そういえばお前、透馬と仲いいのか?」
千咲「?」
蓮「ノートに書いてあっただろ。サウナ行ったって」
先週、連絡ノートに
《先週は 練習のあと透馬くんとサウナに行きました。楽しかったです。 蓮くんは最近どうですか?》という千咲の報告。
千咲「他のメンバーも行くって言ったんだけど、完全予約制の会員制サウナだから二人分しか枠空いてなくって」
蓮「……」
千咲「あ、でもたまたまだから。いつもはメンバーみんなで行くし」
蓮「……」
まだ不服そうな蓮。
蓮「気をつけろよ」
千咲「え?」
蓮「あいつ、お前のこと好きだぞ」
千咲「はあっ!?」
本気で笑う千咲。
千咲「そんなことないよ。だってあの透馬くんだよ? おもしろすぎ」
蓮はそれを見て小さく溜息。
蓮「悪い、この話はもうやめる」
千咲「?」
蓮「他の男の名前、今は聞きたくない」
千咲「え」
少し恥ずかしそうに歩を早める蓮。
(いまのなに……?)
戸惑う千咲。恥ずかしさを振り払おうと色々な場所に視線をやっていると、美味しそうなポテトフライのキッチンカーを見つける。
千咲「あ、あ!僕こっちのポテトも食べたいから並んでてもいいっ?」
蓮「わかった」
千咲「じゃ、並んでくるね!」
恥ずかしさを誤魔化すために、蓮をタピオカの列に残し、ポテトフライのキッチンカーに並ぶ千咲。
〇フライドポテト屋に並び、Lサイズポテトを買えた千咲。
通行人「あの」
振り返ると、JK二人組がいる。
JK「あの、STARLIGHTのCHISAですよね?」
千咲「あ、はい」
JK1・2「応援してますー!」
千咲「あ、ありがとうございます!」
嬉しくてつい笑顔になる千咲。
JK1・2「撮影ですかあ?」
千咲「いえ」
JK1「青日くんいますか?」
JK2「出た、青日推し」
千咲「ごめんなさい、青日はいないです」
JK1「えー、最悪」
JK2「じゃあ透馬くんは?」
千咲「透馬くんもいないです」
JK達「えー、じゃあ写真撮ってくれませんかあ?」
千咲「ごめんなさい、イベント以外で写真はNGなんです」
JK「えー、ケチですね」
苦笑を押し殺して笑顔で対応する千咲。
千咲「ごめんなさい、事務所のルールなんで」
JK「えー?」
いらいらしたJK女子、急に千咲の腕を触る。びっくりする千咲。
JK2「うける(笑)」
千咲「や、やめてください」
JK2「いいな、私もさわっとこ(笑)」
JK女子2が腕を伸ばそうとした瞬間、横からタピオカミルクティーを持った腕がすっと伸びてくる。その腕がJK女子2の手をうまくガードしている。横を見上げると、両手にタピオカミルクティーを持った無表情の蓮。
蓮「すみません、もうやめてもらえますか」
蓮の威圧感に、JKも千咲も固まる。
蓮「いくぞ」
タピオカミルクティーを一つ千咲に渡し、千咲の肩を抱いて導いて歩く蓮。
JK女子1「あれSP?」
JK2「でも制服着てたよ?」
JK1「あっちの方がCHISAよりイケメンだったね」
JK2「ね」
JK1・2「(笑)」
〇人気のない公園
蓮「ったく」
JK女子達にいらいらしている蓮。二人で、ベンチに座る。
千咲「ありがとう」
蓮「?」
千咲「助けてくれて」
蓮「(無言)」
千咲「あっ、フライドポテト、食べる? 美味しいよ」
頷く蓮。パックのフライドポテトを差し出す千咲。蓮の唇が、ポテトをもつ千咲の指先に触れそうになる。
千咲「あっ……」
声にならない声をあげる千咲。
でも蓮は、ちさの手にある食べかけのフライドポテトの方に唇を寄せて食べる。
蓮「うまい」
千咲「よ、よかった」
蓮「俺の、飲むか?」
蓮が自分のピーチミントティーを口に近づけてくる。
千咲「え? でも蓮くんまだ飲んでないし」
蓮「いい」
千咲「う、うん、じゃあ、ありがとう。いただきます」
差し出された蓮のピーチミントティーのストローをおずおずと吸う千咲。飲み込んで、目を見開いて、左上の蓮の顔をみる。
千咲「……おいしい」
笑顔になる蓮。
蓮「そうか、よかった」
千咲「あ、じゃあ蓮くんもこれ飲む?」
タピオカミルクティーを蓮の口もとに近づける千咲。少ししてはっとする千咲。
千咲「あ、でも新しいストロー貰ってな……」
蓮、千咲の右肩を抱き寄せ、差し出されたタピオカミルクティーを飲む。
千咲(……っ!?)
息を呑む千咲。蓮は自分のピーチミントティーも飲む。
蓮「どっちもうまいな」
真顔のまま言う蓮。茫然としていると不思議そうに見つめられる。
蓮「どうした?」
千咲「あ、いや」
真っ赤なまま戸惑う千咲。鼓動が鳴りやまなくて、目がぐるぐる回る。
千咲「あ、あの……」
蓮「?」
千咲「……て、手……」
真っ赤になりながら右肩に回されている手におそるおそるぽんぽんする千咲。肩を抱いていたことに気づき、手を離す蓮。
蓮「……悪い」
千咲「う、ううん、大丈夫」
真っ赤になる千咲。蓮はすぐに後ろを向いてしまう。表情だけ見えないが、耳たぶは真っ赤。
蓮「もう事務所戻るか?」
千咲「……うん、そうだね」
二人で並んで歩く。千咲はさっきの余韻を引きずっていて、蓮は気まずそうに視線を横に向けたまま。蓮はずっと制服のポケットに手をつっこんだまま俯いて歩いている。
千咲「……じゃあまた。登校できるときに行くね」
蓮「(無言で頷く)」
改札を出る千咲。振り向くと蓮がまだいて、手をあげる。千咲も笑顔で小さく振り返す。
(どうしよう、ちゃんと笑えてる? 僕? マスクしておいてよかった)
蓮が対向車線で電車に乗る。蓮が、電車に乗っても、窓際で最後まで千咲のほうを見ている。小さく手を振り返す千咲。
蓮の電車が行ってしまい、見えなくなる。
(さっきの、間接キスだったよね……?? だよ、ね……)
ホームで電車を待ちながら、頬が赤くなる。唇に触れると、さっきの感覚が思い出される。急にドキドキという鼓動が止まらない。
(蓮くん、間接キスしても全然平気な顔してた)
(蓮くんにとっては、男友達同士だし、普通のことなのかな?)
鼓動と不安が膨らんで、みぞおちのあたりがぎゅうぎゅう押されたように痛くなる。
(でも、僕はもうだめだ)
さっき蓮に抱かれた肩がまだ熱い。お腹のあたりをおさえる。
(ドキドキが痛すぎて、立てない)
立っていられなくなって、ホームで真っ赤な顔でうずくまる千咲。
(こんなにも、蓮くんのこと好きになっちゃったよ)
〇撮影スタジオ。
メイクオフ中の透馬。スマホをいじっている。
メイクさん「透馬さん、お忙しいのにすっごい肌きれいですねー!」
透馬「そんなあ。メイクさんの技術がすごいからですよ」
メイクさん「え~~?」
照れている女性メイクさん。
王子様スマイルで返す透馬。周囲のスタッフは老若男女全員王子様スマイルに癒されている。
透馬のスマホ画面。千咲からのメッセージ通知。
《突然ごめん。今撮影終わって、事務所練までちょっと空きそうなんだけど、ご飯行かない?》という透馬のメッセージに《ごめんなさい、友達と先約があって》と返信している。
透馬「ふ~~~~~ん……??」
口は笑っているが、目は全然笑っていない。
メイクさん「えっ? 何か言いました?」
透馬「あっ、ごめんなさい、なんでもないです」
王子様スマイルで誤魔化す透馬。
透馬(『友達』、ねえ……)
メイク台から振り返り、壁際にいたマネに聞く透馬.
透馬「田中さん(←マネ)、僕、来週の金曜、夜撮までオフでしたよね?」
田中「おお」
透馬「ちさもオフですよね?」
田中「まあたぶんな」
透馬「18時からいつもの店の個室取れます? 3名で」
田中「3名?」
透馬「ちょっと僕の男友達も呼ぼうかと」
田中「ふーん、ま、了解~」
透馬「ありがとうございます~。あとちょっとお願いしたいことがあるんですけど、頼まれてもらえます?」
「別にいいけど、なんだ?」と言う田中マネに、目を細めて笑顔を濃くする透馬
(悪い虫は、早めに駆除しておかなきゃね)

