【二話】僕らの秘密基地ができた日
〇スタジオ撮影現場。人気女性向けカルチャー誌・LamLamの撮影。
六人がシックなスタジオで座って雑誌の表紙の撮影をしている。
透馬(TOMA:22) 全てが完璧な国民的カリスマリーダー
寧人(NEITO:21)ダンス&ボーカルが光るリードパフォーマー
春波(HARUHA:20)個性的なスタイルでモデルとしても活躍
青日(AOHI:19)圧巻のラップで魅せるメインラッパー
千咲(CHISA:18)キャラメルボイスが魅力的なサブボーカル
黎央(REO:18)アクロバティックなダンスが得意な末っ子
カメラマン「いいよー! 透馬くん、その視線いい!」
透馬は、グループの中でも群を抜いた人気メンバー。昨年は大河ドラマにも出演し、日本人で初めて「世界で最も美しい顔」に選ばれた。かっこいい・美しい・かわいい・全てを混ぜたような完璧な顔の透馬はオーラがきらきらしている。
カメラマン「えーと、右の、眼鏡してる子、きみは、えっと」
千咲「CHISAです」
カメラマン「ごめんごめん! CHISAくんはそこの椅子の端で。椅子に手をかけてこっち見る感じにして」
千咲「あっ、はい」
苦笑いを殺しつつ端っこに移ろうとする千咲を振り返り、透馬が眉を下げる。
透馬「山崎さん(←カメラマン)、千咲、僕の隣じゃだめですか?」
千咲・カメラマン「えっ?」
端に移ろうとする千咲を後ろから捕まえ、引き寄せる。まるで透馬に後ろ抱きされているような形になる。
千咲「と、とうまくん」
うろたえる千咲と周囲のカメラマンやスタッフ。
透馬「だって、今回は『BLドラマ特集』ですもんね?」
ウインクする透馬。周囲のスタッフやカメラマンは透馬のスマイルに射抜かれている。
カメラマン「いいね! じゃあこの位置でもう何枚か撮るよー」
気まずくて笑顔の奥で冷や汗をかく千咲。透馬と目が合う。にこっと笑う透馬。そのまま撮影は続く。
〇撮影終了。メイクルーム
メイクを自分で落としながら考え事をしている千咲。
(このあと学校行けそうだな。大神くん、いるのかな)
隣で怪訝そうに千咲の横顔を無言で見つめる透馬。
透馬「どうしたの?」
千咲「あ、いや」
透馬「なんか考え事? 話聞こうか?」
千咲「い、いえ大丈夫です」
透馬「そう?」
千咲「忙しい透馬くんに、迷惑かけられないですし」
透馬「そんなことないよ。撮影の待ち時間とか案外暇なんだ。いつでも相談のるからね、ちさ」
笑顔で透馬に肩を叩かれ、恐縮する千咲。
透馬「それにしても、早く敬語やめてよー。もう二年も一緒にいるんだよ?」
千咲「いや、でも、透馬くんにタメ語なんて……」
透馬「でもちさ以外はみんなタメ語じゃない」
千咲「そ、そうですけど……」
メンバーでありながら事務所の看板でもある透馬にタメ語はやっぱり恐れ多すぎる。透馬をマネージャーが迎えに来る。
透馬「じゃ、次の現場行かなきゃ。お疲れ」
千咲「お、お疲れ様です」
マネージャーに連れられ、メイク室から出ていく透馬。振り返って千咲を見て、一瞬不敵に微笑む。
〇回想:数日前の廃品小屋
蓮に渡されたヘッドホンから優雅なピアノが聞こえてくる。一時間にわたり渡されたティッシュ箱を全部なくなるまで泣きつくした千咲。使用済みティッシュが山になっている。鼻まで真っ赤になっている。昼寝が終わって欠伸をかみ殺す蓮。
蓮「おい、まだいるのか」
千咲「す、すびばせん(まだちょっと泣いてる)」
蓮「どんだけ泣いてんだ」
溜息をつき、起き上がってティッシュを取る蓮。
蓮「鼻、まだすごいぞ」
蓮が、千咲の鼻のあたりをまたティッシュで拭ってくれる。もうすっかり落ち着いた千咲は床から立ち上がる。耳にかけてもらったヘッドホンを外し、蓮に渡す。
千咲「これ、ありがとうございました。もう元気が出ました」
無言でヘッドホンを受け取り、首にかける蓮。
蓮「頑張ってるんだな、お前も」
千咲「えっ」
千咲(大神くんって、そんなに怖い人じゃないのかもしれない?)
蓮「泣き止んだならとっとと帰れ」
千咲(や、やっぱり怖い!)
そのまま下校しようとする蓮。その様子をじっと正座で見つめる千咲。
千咲「あ、僕も帰ります」
蓮「俺と一緒にいるところ見られると色々まずいぞ」
外の様子をうかがいつつ去ろうとする蓮の背中に声をかける。振り返る蓮。
千咲「あ、あの! また来てもいいですか?」
蓮、振り返りつつ不機嫌そうに「あ?」と問い返す。
千咲「僕、寮でメンバーと相部屋だし、なかなか一人になれる場所がなくて、あと」
蓮「……」
千咲「なんだかここ、すごく落ち着くんです」
蓮「?」
千咲「蓮くんと話すの、なんかすごく落ち着くし、この部屋も居心地がよくて」
蓮「物好きなアイドルだな」
そう言い置いて、小屋を出ていく蓮。
蓮「俺の部屋じゃないから、勝手にしろ」
小屋の窓から覗くと、裏の茂みで一般コースと芸能コースの敷地を隔てる壁をすいすい登って向こうに行く蓮。
(運動神経すごいな!?)
一瞬千咲をみると、そのまま壁を超える蓮。蓮の姿が見えなくなる。
(いっちゃった……)
なんだか取り残されて寂しい気持ちになる。ふと自分の心の声に気づく千咲。
(さびしいってどういうことだろう?)
不思議に思いつつも、下校する。
〇回想終わり:メイク落とし終了。メイクルームの壁時計は昼12時前。
千咲(大神くん……今日もあそこにいるのかな)
千咲「黎央、これから学校?」
黎央「えー? 俺これからラジオ撮り。ちさは?」
千咲「学校行くよ」
透馬はドラマ撮影、寧人と青日は『まるっと笑って』の撮影へ移動。春波は舞台の練習。千咲だけソロ仕事がなくて、顔は笑顔だが内心気落ちする。
千咲、LamLamの撮影スタジオのあるビルから外に出て、駅に向かう。
途中、ドラッグストアが目に入り、立ち止まる。
〇その後、学校。放課後。廃品小屋
千咲、おそるおそる廃品小屋の引き戸をあける。以前のように並べられたパイプ椅子の上で、英語の教科書を顔にのせ寝ている蓮。ドキンと胸が高鳴る千咲。
(い、いた)
千咲「あのっ」
勇気を出して声をかけると、教科書を顔からずらす蓮。
千咲「あのっ、先日はありがとうございましたっ!」
ドラッグストアで新しく買ったティッシュの箱をまるごと差し出す千咲。不思議そうにそれを見る蓮。
蓮「律儀なアイドルだな」
千咲「ティ、ティッシュ全部使っちゃったので……」
ティッシュを受け取り、また昼寝を始める蓮。動けずにいる千咲。
蓮「なんだ」
千咲「その、この前は全然話せなかったので、僕のこと、もっと知ってほしいな、って」
千咲は畳のスペースに移動。積まれている段ボールや雑誌を脇にどける。そこにうつ伏せで肘をつく状態に。
千咲、スマホを立ち上げ、動画サイトのMVをひらく。
手招きする千咲を見て、めんどくさそうに溜息をつく蓮。最初は無視するが、少しして結局来てくれる。蓮も畳のスペースでうつ伏せになり、肘をついて千咲のスマホを見る。
千咲「これ、僕です」
動画の歌いだしでアップになる千咲。蓮、無言で動画を眺めている。
千咲「聞こえます?」
蓮がヘッドホンを差し出すので、スマホを操作し、蓮のヘッドホンを無線でつなぐ千咲。頷く蓮。
蓮がヘッドホンを左手にとり、ヘッドバンドを下にして左側を千咲にくれる。蓮は左耳、千咲は右耳に当てる。ヘッドホンを分け合うので自然と近くに寄り添う形になる。
千咲「あ」
蓮がすぐそばにいるのに気づき、びっくりする千咲。うつ伏せで一緒に動画を見る。
蓮「これ、お前か?」
画面を指さす蓮。
千咲「いえ、それはメンバーの黎央です」
蓮「同じ服だと全員同じ顔に見える」
千咲「(苦笑い)」
それでも真剣に動画を見る蓮。
千咲(横顔もかっこいいなあ)
~三分後~
蓮「もう終わりか?」
千咲「はい」
蓮「お前、最初の五秒しか出てこなかったぞ」
千咲「あ、ソロパート最初の歌い出ししかないんで……」
蓮「?」
にへらと笑う千咲。
千咲「最初は一秒もソロパートなかったんだけど、さすがに社長が『逆に炎上するから』って急遽歌いだしのパートを透馬くんから譲ってもらって……あはは」
後頭部をかく千咲に、なんとも言えない感じの蓮。
蓮「しかもずっとこいつ……」
蓮、画面の中の透馬を指さす。
千咲「透馬くん」
蓮「の後ろに隠れて見えない」
千咲「僕人気ないしダンス下手だから、いつも目立たない後列なんです」
蓮「……」
無言で動画を巻き戻す蓮。
動画内の振付で透馬と一瞬手を繋いで腕を振り、くるりと回る千咲。それを見て蓮は眉を顰める。
蓮「おい、なんでこいつと手繋いでんだ?」
千咲「はい?」
蓮「ほら」
動画を一時停止して、手を繋いでいるところを指さす蓮。
千咲「ああ、ただの振付ですよ~」
まだ不服そうな蓮。また同じ動画を巻き戻して、何回も同じものを見ている。
千咲「あの、何回見るんですか?」
蓮「いいだろ別に」
千咲「は、はい」
蓮「思ったよりましだった」
千咲「え?」
蓮「人気ない人気ないっていうから、もっとひどいと思ってた」
蓮が真剣に言うので、照れる千咲。
千咲「あ、あはは、ありがとうございます」
蓮「それに、お前の声は嫌いじゃない」
千咲「えっ」
真正面から言われ、赤面する千咲。
千咲「基本、コーラスだし、そ、それに、『キャラメルボイス』って言われていますけど、単に声が高くて声量ないだけで……」
少し無言で考える蓮。
蓮「でも、案外合ってるな」
千咲「?」
蓮「お前の声、甘くて、心地よくて、聴いていて気持ちいい」
千咲「えっ」
蓮「俺はもっと聞いていたい」
言い終わったあと、ばつが悪そうにそっぽを向く蓮。
蓮「なあ、お前だけの動画ないのか?」
千咲「あ、ありますよ」
蓮「それにしてくれ」
千咲「あっ、はい」
蓮「お前以外のやつら邪魔」
蓮、大真面目に言うのでちょっと面食らう千咲。
お互い見合わせ、ちょっと変な雰囲気になり、恥ずかしそうにそっぽを向く蓮。
蓮「写真はないのか?」
千咲「ありますよ、まあ、全然人気ないんですけど」
千咲、動画サイトを閉じ、写真SNSのページを開く。相変わらず全然♡やビュー数は増えていない。
蓮「……」
ごろんと畳に寝転ぶ蓮。
蓮「スマホがあれば、お前の動画や写真いっぱい見られるのか?」
千咲「まあ、そうですよね」
大真面目に問われ、ちょっとびっくりする千咲。
蓮「へえ」
千咲「大神くんは(ヘッドホンを蓮に戻しながら)普段どんな音楽聞いてるんですか?
蓮「クラシックが多い」
千咲「(確かに、この前もピアノ聞いてたしな)ピアノ、やってるんですか?」
蓮「いや」
ちょっと煩わしそうに答えるが、怒ってはいない。
蓮「人間の歌、嫌いなんだよ」
千咲「そ、そうなんですね」
首にかけたヘッドホンを少しいじる蓮。
(生まれつき耳が過敏なのかな?)
蓮「人の声が煩わしい」
千咲「? でもさっき僕の声は気持ちいいって」
しばらく言葉を失う蓮。
蓮「たまたまだ、そういうこともある」
ばつが悪そうに、反対側を向く蓮。
蓮「俺のこと、そんな聞いて楽しいのか?」
千咲「は、はい」
蓮「物好きなやつ」
手の後ろで腕を組み、無言で小屋の天井を見つめる蓮。
蓮「そういえば、お前がここにいても音がそんなに気にならない」
千咲「そうですか?」
蓮が、自分の心臓あたりを撫でながら言う。
蓮「こうやって話してると、ここらへんやわらかくなって、楽しいし、落ち着いた気持ちになれる」
蓮「なんでだろうな?」
平然としている蓮。本当に分かっていなさそうな表情をしている。
千咲「わ、わからないです…」
蓮「俺も分からない。こんなこと初めてだからな」
千咲「そ、そうですか……」
戸惑う千咲。そのまま昼寝を始める蓮。おさまらない鼓動に包まれながら、その様子を見守る千咲。
(へ、変なこと言われて、緊張がおさまらないよ)
〇数日後、廃品小屋。昼休み
(今日は放課後、ツアー練あるから小屋に行けないや)
お弁当を持ち、小屋に移動する。
(昼休み、大神くんのところ寄ってみようかな……)
千咲「失礼しまーす」
誰もいない室内。
(大神くん、いないや)
残念に思いつつ、畳スペースで弁当を広げる。全面ブロッコリーしか入ってない千咲の弁当箱。
蓮「おい」
蓮が後ろから声をかける。息が首筋に触れ、思わず身体がびくっとなる。
千咲「ひえっ(顔近い!)」
蓮「ブロッコリーしか入ってねえじゃねえか」
千咲「はい」
そのまま畳スペースで千咲の隣に座り、お弁当箱をあける蓮。大きい弁当箱に色合いが鮮やかな立派な御弁当。
千咲「え、これ自分で作ったんですか?」
蓮「ああ」
千咲「(まさかの料理男子……!)」
蓮「ブロッコリー、そんなに好きなのか?」
千咲「いえ、むしろ嫌いです」
蓮「は?」
千咲「でも、再来週ハイタッチ会なので、ダイエットです。あと最近肌荒れ気味なので、頑張って食べなきゃ」
頑張ってブロッコリーを頬張る千咲。でもまずくて顔が渋くなる。
蓮「無理して食うなよ」
千咲「で、でも、ファンの子達は毎日辛い思いして仕事や学校に行ってコンサートやイベントに来てくれるんだから、僕はみんなよりもっとたくさん頑張らないと。ファンの子達に釣り合わない僕になっちゃうから」
ブロッコリーを渋い顔でもぐもぐしながら言う千咲。蓮、箸を止めて千咲を見る。
蓮「……」
卵焼きを箸でつまみ、千咲の口元にもってくる蓮。
蓮「やる」
千咲「えっ」
蓮「卵だから、一個くらいじゃ太らないから、食え」
千咲「え、でも」
蓮「ほら」
千咲の口元に箸で卵を差し出す蓮。真っ赤になりながら口をあける千咲。蓮ははっと目が覚めたようになり、卵焼きを千咲の弁当箱の蓋に置く。
蓮「ほら、食え」
千咲「すみません、ありがとうございます」
卵焼きをもぐもぐする千咲。
千咲「お、おいしいです!」
それを見て少し嬉しそうに目尻が下がる蓮。一緒に食べ始めてくれるのが嬉しい。
(ここで蓮くんと過ごすと不思議な気分になる)
鼓動が痛いくらい止まらないのに、心地よくて。
(いつも数字ばかりに悩んでたのが、嘘みたいに安心する)
〇昼休み終了の五分前。
千咲「もう帰んなきゃ」
蓮は昼休みが終わるにも関わらず、教室に戻る気配もなく昼寝を始める。
千咲「あ、あのっ、電話番号交換してくれませんか?」
蓮「スマホ持ってない」
千咲「え? 持ってない? ガラケーは?」
蓮「ない」
千咲「えっ」
あんぐり驚く千咲に平然としている蓮。
蓮「別に携帯なんてなくても生活できるだろ。話したいことは教室で話せばいい」
千咲「か、彼女とかと連絡とらないんですか?」
鼻で笑う蓮。
蓮「んなもんいない」
(こんなかっこよくて優しいのに……まあ最初は怖いからな)
でもちょっとほっとする千咲。
千咲「じゃあ、友達は?」
蓮「友達?」
ぎょろりと目を動かす蓮。
蓮「……いない」
千咲「あ、そっか(気まずい)」
(スマホもガラケーも持ってない男子高校生、初めて見た)
思い出したように眉をしかめる蓮。
蓮「まあ、あいつは家で話せばいいし」
千咲「あいつ?」
蓮「いや、なんでもない」
蓮は乱雑に物が置かれたテーブルの上から、適当にノートを手に取る。コーヒーっぽい染みなどで薄汚れ、埃をかぶった青い大学ノート。表紙には、色々な筆跡で相合傘や落書きがたくさん書いてあるが、中はきれい。
蓮「何かあったらここに書け 読むから」
千咲「あっ、はい」
蓮はノートに「明日は来るか?」と書き込んで、「ん」と見せてくる。ノートを受け取り、書き込む千咲。
千咲「今週は……金曜日ならこれそう、っと」
ノートに書きこむ千咲。書きながら、ふふ、と思わず笑ってしまう。
千咲「こんなにアナログなの、秘密基地ぽくて、懐かしいなって」
まだ子どもの頃、交換ノートや手紙がはやっていた。授業中に必死で先生の目をかいくぐって手紙のやりとりをしたっけ。ノートなら流出もしないし、いいかも。
蓮「お前はいつも携帯見すぎなんだよ」
と、ちょっとそっけなく吐き捨てる。
そういえば、と蓮が付け加える。
蓮「いい加減、敬語やめろ。名前も蓮でいい」
千咲「あ、そうですよね。あっ、そうしま、そうする!」
まごまごしている千咲を見て面白がる蓮。その笑顔に鼓動がおさまらない千咲。
千咲(やっぱり、蓮くんは怖くない)
〇金曜日。千咲の教室:チャイムが鳴り、授業終わる。数学の数式が書いてある黒板を消す先生。
先生「じゃ、前も言ったが、月曜日は単元テストだからなー。仕事ある奴は事務所に印鑑押してもらった申請書、受付に出せよー」
一緒になって青ざめる千咲と黎央。
黎央「千咲、忘れてた?」
千咲「(無言で頷く)」
黎央「俺より学校来てるのに忘れないでよーっ!(怒)」
千咲「ご、ごめん……」
黎央「はあ。事務所で頭いいスタッフさんに教えてもらおー。ちさもいく?」
千咲「あ、ちょっと僕は寄るところあるから」
〇放課後、校庭で見つからないように小屋に向かう千咲。
千咲(金曜日だから、今日はいるはず……!)
嬉しくて歩くのが早くなる。引き戸に手をかけた瞬間、中から女の子の声が響く。
女の子の声「ねー! 蓮、今日こそ付き合ってよ」
蓮「付き合わない」
女の子の声「えー、なんで?」
蓮「やめろって」
女の子「やだ!」
蓮「(溜息)」
女の子「ねえ蓮~。来週の課題、今夜うちで見てよ」
真っ赤になりながら額はさあっと青ざめる千咲。
回想(黎央)(あの小屋を根城に色々ヤリまくってるんだってさ~ 煙草とか女とか)
引き戸の外で半泣きになる千咲。
(う、うそ……なんで……)
千咲「れ、蓮くん!」
千咲、叫びながら引き戸を開ける。不思議そうに蓮と女の子がこちらを見ている。ポニーテールの茶髪、気の強そうないまどきの美人。それをみて青ざめる千咲。
千咲「れ、蓮くんの彼女?」
蓮「は?」
千咲「ヤ、ヤりまくり……」
蓮「おい、ちさ」
千咲「そ、そんなあ」
茫然と膝が折れる千咲。女の子が千咲の前に仁王立ちで立ちはだかる。逆光で顔が怖い。
女の子「ねえ、あんた誰?」
〇スタジオ撮影現場。人気女性向けカルチャー誌・LamLamの撮影。
六人がシックなスタジオで座って雑誌の表紙の撮影をしている。
透馬(TOMA:22) 全てが完璧な国民的カリスマリーダー
寧人(NEITO:21)ダンス&ボーカルが光るリードパフォーマー
春波(HARUHA:20)個性的なスタイルでモデルとしても活躍
青日(AOHI:19)圧巻のラップで魅せるメインラッパー
千咲(CHISA:18)キャラメルボイスが魅力的なサブボーカル
黎央(REO:18)アクロバティックなダンスが得意な末っ子
カメラマン「いいよー! 透馬くん、その視線いい!」
透馬は、グループの中でも群を抜いた人気メンバー。昨年は大河ドラマにも出演し、日本人で初めて「世界で最も美しい顔」に選ばれた。かっこいい・美しい・かわいい・全てを混ぜたような完璧な顔の透馬はオーラがきらきらしている。
カメラマン「えーと、右の、眼鏡してる子、きみは、えっと」
千咲「CHISAです」
カメラマン「ごめんごめん! CHISAくんはそこの椅子の端で。椅子に手をかけてこっち見る感じにして」
千咲「あっ、はい」
苦笑いを殺しつつ端っこに移ろうとする千咲を振り返り、透馬が眉を下げる。
透馬「山崎さん(←カメラマン)、千咲、僕の隣じゃだめですか?」
千咲・カメラマン「えっ?」
端に移ろうとする千咲を後ろから捕まえ、引き寄せる。まるで透馬に後ろ抱きされているような形になる。
千咲「と、とうまくん」
うろたえる千咲と周囲のカメラマンやスタッフ。
透馬「だって、今回は『BLドラマ特集』ですもんね?」
ウインクする透馬。周囲のスタッフやカメラマンは透馬のスマイルに射抜かれている。
カメラマン「いいね! じゃあこの位置でもう何枚か撮るよー」
気まずくて笑顔の奥で冷や汗をかく千咲。透馬と目が合う。にこっと笑う透馬。そのまま撮影は続く。
〇撮影終了。メイクルーム
メイクを自分で落としながら考え事をしている千咲。
(このあと学校行けそうだな。大神くん、いるのかな)
隣で怪訝そうに千咲の横顔を無言で見つめる透馬。
透馬「どうしたの?」
千咲「あ、いや」
透馬「なんか考え事? 話聞こうか?」
千咲「い、いえ大丈夫です」
透馬「そう?」
千咲「忙しい透馬くんに、迷惑かけられないですし」
透馬「そんなことないよ。撮影の待ち時間とか案外暇なんだ。いつでも相談のるからね、ちさ」
笑顔で透馬に肩を叩かれ、恐縮する千咲。
透馬「それにしても、早く敬語やめてよー。もう二年も一緒にいるんだよ?」
千咲「いや、でも、透馬くんにタメ語なんて……」
透馬「でもちさ以外はみんなタメ語じゃない」
千咲「そ、そうですけど……」
メンバーでありながら事務所の看板でもある透馬にタメ語はやっぱり恐れ多すぎる。透馬をマネージャーが迎えに来る。
透馬「じゃ、次の現場行かなきゃ。お疲れ」
千咲「お、お疲れ様です」
マネージャーに連れられ、メイク室から出ていく透馬。振り返って千咲を見て、一瞬不敵に微笑む。
〇回想:数日前の廃品小屋
蓮に渡されたヘッドホンから優雅なピアノが聞こえてくる。一時間にわたり渡されたティッシュ箱を全部なくなるまで泣きつくした千咲。使用済みティッシュが山になっている。鼻まで真っ赤になっている。昼寝が終わって欠伸をかみ殺す蓮。
蓮「おい、まだいるのか」
千咲「す、すびばせん(まだちょっと泣いてる)」
蓮「どんだけ泣いてんだ」
溜息をつき、起き上がってティッシュを取る蓮。
蓮「鼻、まだすごいぞ」
蓮が、千咲の鼻のあたりをまたティッシュで拭ってくれる。もうすっかり落ち着いた千咲は床から立ち上がる。耳にかけてもらったヘッドホンを外し、蓮に渡す。
千咲「これ、ありがとうございました。もう元気が出ました」
無言でヘッドホンを受け取り、首にかける蓮。
蓮「頑張ってるんだな、お前も」
千咲「えっ」
千咲(大神くんって、そんなに怖い人じゃないのかもしれない?)
蓮「泣き止んだならとっとと帰れ」
千咲(や、やっぱり怖い!)
そのまま下校しようとする蓮。その様子をじっと正座で見つめる千咲。
千咲「あ、僕も帰ります」
蓮「俺と一緒にいるところ見られると色々まずいぞ」
外の様子をうかがいつつ去ろうとする蓮の背中に声をかける。振り返る蓮。
千咲「あ、あの! また来てもいいですか?」
蓮、振り返りつつ不機嫌そうに「あ?」と問い返す。
千咲「僕、寮でメンバーと相部屋だし、なかなか一人になれる場所がなくて、あと」
蓮「……」
千咲「なんだかここ、すごく落ち着くんです」
蓮「?」
千咲「蓮くんと話すの、なんかすごく落ち着くし、この部屋も居心地がよくて」
蓮「物好きなアイドルだな」
そう言い置いて、小屋を出ていく蓮。
蓮「俺の部屋じゃないから、勝手にしろ」
小屋の窓から覗くと、裏の茂みで一般コースと芸能コースの敷地を隔てる壁をすいすい登って向こうに行く蓮。
(運動神経すごいな!?)
一瞬千咲をみると、そのまま壁を超える蓮。蓮の姿が見えなくなる。
(いっちゃった……)
なんだか取り残されて寂しい気持ちになる。ふと自分の心の声に気づく千咲。
(さびしいってどういうことだろう?)
不思議に思いつつも、下校する。
〇回想終わり:メイク落とし終了。メイクルームの壁時計は昼12時前。
千咲(大神くん……今日もあそこにいるのかな)
千咲「黎央、これから学校?」
黎央「えー? 俺これからラジオ撮り。ちさは?」
千咲「学校行くよ」
透馬はドラマ撮影、寧人と青日は『まるっと笑って』の撮影へ移動。春波は舞台の練習。千咲だけソロ仕事がなくて、顔は笑顔だが内心気落ちする。
千咲、LamLamの撮影スタジオのあるビルから外に出て、駅に向かう。
途中、ドラッグストアが目に入り、立ち止まる。
〇その後、学校。放課後。廃品小屋
千咲、おそるおそる廃品小屋の引き戸をあける。以前のように並べられたパイプ椅子の上で、英語の教科書を顔にのせ寝ている蓮。ドキンと胸が高鳴る千咲。
(い、いた)
千咲「あのっ」
勇気を出して声をかけると、教科書を顔からずらす蓮。
千咲「あのっ、先日はありがとうございましたっ!」
ドラッグストアで新しく買ったティッシュの箱をまるごと差し出す千咲。不思議そうにそれを見る蓮。
蓮「律儀なアイドルだな」
千咲「ティ、ティッシュ全部使っちゃったので……」
ティッシュを受け取り、また昼寝を始める蓮。動けずにいる千咲。
蓮「なんだ」
千咲「その、この前は全然話せなかったので、僕のこと、もっと知ってほしいな、って」
千咲は畳のスペースに移動。積まれている段ボールや雑誌を脇にどける。そこにうつ伏せで肘をつく状態に。
千咲、スマホを立ち上げ、動画サイトのMVをひらく。
手招きする千咲を見て、めんどくさそうに溜息をつく蓮。最初は無視するが、少しして結局来てくれる。蓮も畳のスペースでうつ伏せになり、肘をついて千咲のスマホを見る。
千咲「これ、僕です」
動画の歌いだしでアップになる千咲。蓮、無言で動画を眺めている。
千咲「聞こえます?」
蓮がヘッドホンを差し出すので、スマホを操作し、蓮のヘッドホンを無線でつなぐ千咲。頷く蓮。
蓮がヘッドホンを左手にとり、ヘッドバンドを下にして左側を千咲にくれる。蓮は左耳、千咲は右耳に当てる。ヘッドホンを分け合うので自然と近くに寄り添う形になる。
千咲「あ」
蓮がすぐそばにいるのに気づき、びっくりする千咲。うつ伏せで一緒に動画を見る。
蓮「これ、お前か?」
画面を指さす蓮。
千咲「いえ、それはメンバーの黎央です」
蓮「同じ服だと全員同じ顔に見える」
千咲「(苦笑い)」
それでも真剣に動画を見る蓮。
千咲(横顔もかっこいいなあ)
~三分後~
蓮「もう終わりか?」
千咲「はい」
蓮「お前、最初の五秒しか出てこなかったぞ」
千咲「あ、ソロパート最初の歌い出ししかないんで……」
蓮「?」
にへらと笑う千咲。
千咲「最初は一秒もソロパートなかったんだけど、さすがに社長が『逆に炎上するから』って急遽歌いだしのパートを透馬くんから譲ってもらって……あはは」
後頭部をかく千咲に、なんとも言えない感じの蓮。
蓮「しかもずっとこいつ……」
蓮、画面の中の透馬を指さす。
千咲「透馬くん」
蓮「の後ろに隠れて見えない」
千咲「僕人気ないしダンス下手だから、いつも目立たない後列なんです」
蓮「……」
無言で動画を巻き戻す蓮。
動画内の振付で透馬と一瞬手を繋いで腕を振り、くるりと回る千咲。それを見て蓮は眉を顰める。
蓮「おい、なんでこいつと手繋いでんだ?」
千咲「はい?」
蓮「ほら」
動画を一時停止して、手を繋いでいるところを指さす蓮。
千咲「ああ、ただの振付ですよ~」
まだ不服そうな蓮。また同じ動画を巻き戻して、何回も同じものを見ている。
千咲「あの、何回見るんですか?」
蓮「いいだろ別に」
千咲「は、はい」
蓮「思ったよりましだった」
千咲「え?」
蓮「人気ない人気ないっていうから、もっとひどいと思ってた」
蓮が真剣に言うので、照れる千咲。
千咲「あ、あはは、ありがとうございます」
蓮「それに、お前の声は嫌いじゃない」
千咲「えっ」
真正面から言われ、赤面する千咲。
千咲「基本、コーラスだし、そ、それに、『キャラメルボイス』って言われていますけど、単に声が高くて声量ないだけで……」
少し無言で考える蓮。
蓮「でも、案外合ってるな」
千咲「?」
蓮「お前の声、甘くて、心地よくて、聴いていて気持ちいい」
千咲「えっ」
蓮「俺はもっと聞いていたい」
言い終わったあと、ばつが悪そうにそっぽを向く蓮。
蓮「なあ、お前だけの動画ないのか?」
千咲「あ、ありますよ」
蓮「それにしてくれ」
千咲「あっ、はい」
蓮「お前以外のやつら邪魔」
蓮、大真面目に言うのでちょっと面食らう千咲。
お互い見合わせ、ちょっと変な雰囲気になり、恥ずかしそうにそっぽを向く蓮。
蓮「写真はないのか?」
千咲「ありますよ、まあ、全然人気ないんですけど」
千咲、動画サイトを閉じ、写真SNSのページを開く。相変わらず全然♡やビュー数は増えていない。
蓮「……」
ごろんと畳に寝転ぶ蓮。
蓮「スマホがあれば、お前の動画や写真いっぱい見られるのか?」
千咲「まあ、そうですよね」
大真面目に問われ、ちょっとびっくりする千咲。
蓮「へえ」
千咲「大神くんは(ヘッドホンを蓮に戻しながら)普段どんな音楽聞いてるんですか?
蓮「クラシックが多い」
千咲「(確かに、この前もピアノ聞いてたしな)ピアノ、やってるんですか?」
蓮「いや」
ちょっと煩わしそうに答えるが、怒ってはいない。
蓮「人間の歌、嫌いなんだよ」
千咲「そ、そうなんですね」
首にかけたヘッドホンを少しいじる蓮。
(生まれつき耳が過敏なのかな?)
蓮「人の声が煩わしい」
千咲「? でもさっき僕の声は気持ちいいって」
しばらく言葉を失う蓮。
蓮「たまたまだ、そういうこともある」
ばつが悪そうに、反対側を向く蓮。
蓮「俺のこと、そんな聞いて楽しいのか?」
千咲「は、はい」
蓮「物好きなやつ」
手の後ろで腕を組み、無言で小屋の天井を見つめる蓮。
蓮「そういえば、お前がここにいても音がそんなに気にならない」
千咲「そうですか?」
蓮が、自分の心臓あたりを撫でながら言う。
蓮「こうやって話してると、ここらへんやわらかくなって、楽しいし、落ち着いた気持ちになれる」
蓮「なんでだろうな?」
平然としている蓮。本当に分かっていなさそうな表情をしている。
千咲「わ、わからないです…」
蓮「俺も分からない。こんなこと初めてだからな」
千咲「そ、そうですか……」
戸惑う千咲。そのまま昼寝を始める蓮。おさまらない鼓動に包まれながら、その様子を見守る千咲。
(へ、変なこと言われて、緊張がおさまらないよ)
〇数日後、廃品小屋。昼休み
(今日は放課後、ツアー練あるから小屋に行けないや)
お弁当を持ち、小屋に移動する。
(昼休み、大神くんのところ寄ってみようかな……)
千咲「失礼しまーす」
誰もいない室内。
(大神くん、いないや)
残念に思いつつ、畳スペースで弁当を広げる。全面ブロッコリーしか入ってない千咲の弁当箱。
蓮「おい」
蓮が後ろから声をかける。息が首筋に触れ、思わず身体がびくっとなる。
千咲「ひえっ(顔近い!)」
蓮「ブロッコリーしか入ってねえじゃねえか」
千咲「はい」
そのまま畳スペースで千咲の隣に座り、お弁当箱をあける蓮。大きい弁当箱に色合いが鮮やかな立派な御弁当。
千咲「え、これ自分で作ったんですか?」
蓮「ああ」
千咲「(まさかの料理男子……!)」
蓮「ブロッコリー、そんなに好きなのか?」
千咲「いえ、むしろ嫌いです」
蓮「は?」
千咲「でも、再来週ハイタッチ会なので、ダイエットです。あと最近肌荒れ気味なので、頑張って食べなきゃ」
頑張ってブロッコリーを頬張る千咲。でもまずくて顔が渋くなる。
蓮「無理して食うなよ」
千咲「で、でも、ファンの子達は毎日辛い思いして仕事や学校に行ってコンサートやイベントに来てくれるんだから、僕はみんなよりもっとたくさん頑張らないと。ファンの子達に釣り合わない僕になっちゃうから」
ブロッコリーを渋い顔でもぐもぐしながら言う千咲。蓮、箸を止めて千咲を見る。
蓮「……」
卵焼きを箸でつまみ、千咲の口元にもってくる蓮。
蓮「やる」
千咲「えっ」
蓮「卵だから、一個くらいじゃ太らないから、食え」
千咲「え、でも」
蓮「ほら」
千咲の口元に箸で卵を差し出す蓮。真っ赤になりながら口をあける千咲。蓮ははっと目が覚めたようになり、卵焼きを千咲の弁当箱の蓋に置く。
蓮「ほら、食え」
千咲「すみません、ありがとうございます」
卵焼きをもぐもぐする千咲。
千咲「お、おいしいです!」
それを見て少し嬉しそうに目尻が下がる蓮。一緒に食べ始めてくれるのが嬉しい。
(ここで蓮くんと過ごすと不思議な気分になる)
鼓動が痛いくらい止まらないのに、心地よくて。
(いつも数字ばかりに悩んでたのが、嘘みたいに安心する)
〇昼休み終了の五分前。
千咲「もう帰んなきゃ」
蓮は昼休みが終わるにも関わらず、教室に戻る気配もなく昼寝を始める。
千咲「あ、あのっ、電話番号交換してくれませんか?」
蓮「スマホ持ってない」
千咲「え? 持ってない? ガラケーは?」
蓮「ない」
千咲「えっ」
あんぐり驚く千咲に平然としている蓮。
蓮「別に携帯なんてなくても生活できるだろ。話したいことは教室で話せばいい」
千咲「か、彼女とかと連絡とらないんですか?」
鼻で笑う蓮。
蓮「んなもんいない」
(こんなかっこよくて優しいのに……まあ最初は怖いからな)
でもちょっとほっとする千咲。
千咲「じゃあ、友達は?」
蓮「友達?」
ぎょろりと目を動かす蓮。
蓮「……いない」
千咲「あ、そっか(気まずい)」
(スマホもガラケーも持ってない男子高校生、初めて見た)
思い出したように眉をしかめる蓮。
蓮「まあ、あいつは家で話せばいいし」
千咲「あいつ?」
蓮「いや、なんでもない」
蓮は乱雑に物が置かれたテーブルの上から、適当にノートを手に取る。コーヒーっぽい染みなどで薄汚れ、埃をかぶった青い大学ノート。表紙には、色々な筆跡で相合傘や落書きがたくさん書いてあるが、中はきれい。
蓮「何かあったらここに書け 読むから」
千咲「あっ、はい」
蓮はノートに「明日は来るか?」と書き込んで、「ん」と見せてくる。ノートを受け取り、書き込む千咲。
千咲「今週は……金曜日ならこれそう、っと」
ノートに書きこむ千咲。書きながら、ふふ、と思わず笑ってしまう。
千咲「こんなにアナログなの、秘密基地ぽくて、懐かしいなって」
まだ子どもの頃、交換ノートや手紙がはやっていた。授業中に必死で先生の目をかいくぐって手紙のやりとりをしたっけ。ノートなら流出もしないし、いいかも。
蓮「お前はいつも携帯見すぎなんだよ」
と、ちょっとそっけなく吐き捨てる。
そういえば、と蓮が付け加える。
蓮「いい加減、敬語やめろ。名前も蓮でいい」
千咲「あ、そうですよね。あっ、そうしま、そうする!」
まごまごしている千咲を見て面白がる蓮。その笑顔に鼓動がおさまらない千咲。
千咲(やっぱり、蓮くんは怖くない)
〇金曜日。千咲の教室:チャイムが鳴り、授業終わる。数学の数式が書いてある黒板を消す先生。
先生「じゃ、前も言ったが、月曜日は単元テストだからなー。仕事ある奴は事務所に印鑑押してもらった申請書、受付に出せよー」
一緒になって青ざめる千咲と黎央。
黎央「千咲、忘れてた?」
千咲「(無言で頷く)」
黎央「俺より学校来てるのに忘れないでよーっ!(怒)」
千咲「ご、ごめん……」
黎央「はあ。事務所で頭いいスタッフさんに教えてもらおー。ちさもいく?」
千咲「あ、ちょっと僕は寄るところあるから」
〇放課後、校庭で見つからないように小屋に向かう千咲。
千咲(金曜日だから、今日はいるはず……!)
嬉しくて歩くのが早くなる。引き戸に手をかけた瞬間、中から女の子の声が響く。
女の子の声「ねー! 蓮、今日こそ付き合ってよ」
蓮「付き合わない」
女の子の声「えー、なんで?」
蓮「やめろって」
女の子「やだ!」
蓮「(溜息)」
女の子「ねえ蓮~。来週の課題、今夜うちで見てよ」
真っ赤になりながら額はさあっと青ざめる千咲。
回想(黎央)(あの小屋を根城に色々ヤリまくってるんだってさ~ 煙草とか女とか)
引き戸の外で半泣きになる千咲。
(う、うそ……なんで……)
千咲「れ、蓮くん!」
千咲、叫びながら引き戸を開ける。不思議そうに蓮と女の子がこちらを見ている。ポニーテールの茶髪、気の強そうないまどきの美人。それをみて青ざめる千咲。
千咲「れ、蓮くんの彼女?」
蓮「は?」
千咲「ヤ、ヤりまくり……」
蓮「おい、ちさ」
千咲「そ、そんなあ」
茫然と膝が折れる千咲。女の子が千咲の前に仁王立ちで立ちはだかる。逆光で顔が怖い。
女の子「ねえ、あんた誰?」

