【一話】廃品小屋の黒オオカミくん
《プロローグ》
〇東横アリーナのステージ。ペンライトが星空のように輝いている。汗だくのアイドルメンバー六人がマイクを持って最後の挨拶。
(今日は僕達STARLIGHTのファイナル公演。東横アリーナ、集客席数は約12000人。なのに――)
透馬「みんなー! 今日は本当にありがとう! また次のツアーで会えるのを楽しみにしてるからね。みんな、愛してるよー!」
ファンの黄色い歓声。アイドルスマイルで手を振る透馬。
透馬「じゃあ、次はCHISA」
千咲「あっ、はい! みんなー!」
千咲が笑顔で声を張り上げると、急に静まり返るアリーナ。最前列のファンはさっきまでの笑顔から真顔に。
千咲「え、えっと……」
テンションガタ落ちの観客にビビる千咲。オレンジの光がぽつぽつと灯る。
(ああ、見える、見えるよ。1、2、3……今日は56人しかいない――)
泣きそうになる千咲。
千咲(笑顔、笑顔……!)
半泣きの顔を必死に笑顔で隠す千咲。
千咲「みんな! 今日は来てくれてありがとう!」
《やっぱり僕は、今日も不人気アイドルです――――!》
〇学校の教室 チャイムが鳴る。一人でとぼとぼ廊下を歩く千咲。
千咲(僕は三好千咲。18歳の高校生。絶賛売り出し中の六人組アイドルグループ・STARLIGHTのメンバーだ。昨年のデビュー後、新人賞・楽曲賞を総なめにした)
♡が全然ついていないSNSとにらめっこしながら下校する千咲。背中をぱんと叩かれる。
黎央「おはよー、ちさ」
メンバーの黎央。同じ芸能コースB組に通っている。
黎央「ちさ、これから事務所戻るん?」
千咲「う、うん」
僕は人気がない。いわゆる「不人気メン」だ。
身長も172センチ、中肉中背の茶髪。少し目が大きくて、一般の人に混じると「可愛いね」と言われることもあるけど、アイドルに混じると平凡で地味。顔も大きいし。他のメンバーと違って、これといった特技もない。
中一の時から所属事務所の練習生になった。でも全く芽が出ずに、高校卒業を機にデビューを諦めようとしていたところ、偶然にもグループメンバーに抜擢された。
握手会ではいつも同じファンがぐるぐる回っている。
グッズのレートが崩壊するばかりか、僕のグッズの引き取り手がいなさすぎて、見かねた数少ないファンがライブ会場の前に無料回収ボックスを設置しているらしい。
SNSのコメントをスクロール。最初は「ちさ ファイナルおつかれ」「ちさ、可愛かったよ」など好意的なコメントが並ぶも、次第に「まじ声量ちっさ 歌聞こえなかったし」「ダンスひょろすぎ」「ち詐欺乙」というアンチコメントが並ぶ。表情が曇る千咲。
黎央「これから放課後補修だから職員室行かなきゃ―。ちさ、一緒行こ」
千咲「うん」
スマホのスクロールが止まらない。アンチコメントに低評価ボタンを押そうと思うも、思いとどまる。
黎央「ちさ、いくよー!」
千咲「う、うん」
(……はやくスタジオ行かなきゃ。練習練習!)
深呼吸をして、下校する千咲。
〇翌日。黎央と下校する千咲。
黎央「今日ボイトレ何時からだっけー?」
千咲「六時だよ」
黎央「うげー。水曜の先生、きびいからやだなー」
ふと校庭を見る千咲。一般科学棟との境目には高い塀がそびえていて、向こうが見えない。そのふもとに、トタン屋根のものすごくぼろい木工の小屋がある。壊れた電化製品やぼろいタイヤ、汚れた自転車などが積まれている。ボロすぎて今にも鼠やゴキブリが出そうだ。数年前まで、用務員が使っていた待機用の小屋だ。でも、校舎内に専用の部屋が出来て、使わなくなったまま取り残されているらしい。今は使わなくなって、生徒は立ち入り禁止になっている。
何気なく小屋を眺めていると、窓で人影が揺れる。
千咲「ひっ!?」
黎央「どしたの、千咲?」
千咲「な、小屋の中で何かが動いた…!」
立ち入り禁止のテープが張られているのに。
黎央は「ああー」とつまらなさそうに言う。
黎央「黒オオカミじゃね?」
千咲「く、黒オオカミ?」
黎央「ちさ、知らないの? 廃品小屋の黒オオカミのうわさ」
千咲「廃品小屋の狼? 知らないよ、なにそれ」
黎央「そっかー、ちさ、高3から編入だもんね」
説明を始める黎央。
黎央「一般コースの元ヤンが、あそこに住み着いてるんだって」
千咲「も、元ヤン?」
この学園には、芸能コースと一般コースがある。といっても、校舎も校門も別で、原則交流は禁止。境界には高い塀があって、一般コースの校舎は見えない。
黎央「顔に、中学のとき同級生タコ殴りにしたときにできた傷があるらしいよ」
千咲「へ、へえ…(ドン引き)」
黎央「で、見た目が全体的に黒くて狼そっくりなんだって。ま、一般コースの噂話だから俺もよく知らないんだけどさ」
黎央「で、そいつがあの小屋を根城にして色々ヤりまくってるとか。煙草とか女とか」
千咲「ヤッ……!」
黎央「でもそいつ、成績トップだし喧嘩強すぎて教師も文句言えないみたい」
千咲「へえ……(頭いいヤンキー…?)」
首をひねる千咲に、黎央は溜息。
黎央「ちさ。近づかないほうがいいよ。問題起こさないほうがいいっしょ」
千咲「うん、そうだね……」
黎央「いこー、ちさ」
ボイトレやだなあー、と黎央は溜息。
千咲(黒オオカミ、元ヤン、タコ殴り……)
頷くも、ちょっと小屋が気になりつつ下校する。
〇数日後。学校。チャイムが鳴り、生徒達は下校していく。
今日も自分のSNSを見ながらとぼとぼ下校する千咲。
千咲(フォロワー数、全然伸びてない)
半泣きになってぐるぐる悩む千咲。ふと視線をあげる。
千咲(あれ? 校庭になんか落ちてる?)
一般コースと芸能コースを隔てる校庭の柵の近くに、パスケースが落ちているのに気づく。ひらく。「大神 蓮」と書かれた学生証。黒髪で目の上に傷がついた怖そうなイケメンの写真。
千咲「おおかみ、れん……?」
千咲(目の上に傷、黒髪、黎央の言ってた『黒オオカミ』……?)
千咲、顔がひきつる。
千咲(いやでも、立ち入り禁止だし、ヤバいヤンキーだって噂だし)
周囲に誰も見ていないことを確認する千咲。
千咲(でも、学生証ないと困るよね)
黒オオカミが住み着いているという小屋にそっと近づき、おそるおそる引き戸を開ける。
千咲「お邪魔しまーす……」
中は乱雑。テーブルに読み捨てられた漫画本や雑誌、文房具が積まれ、畳みっぽいエリアにも段ボールやブランケットやがらくたが捨て置かれている。
千咲「あ、あの……」
パイプ椅子を並べた上で寝転んでいる男子。顔の上には数三の教科書。ブラックのマスクとゴツいヘッドホンをしながら寝ている。乱れた制服(シャツに濃いグレーのスラックス)、お腹には黒の体操着のジャージをかけている。脚が長くてイスからはみ出ている。
返事はない。
小屋の主の顔にかかっている数学の教科書をそっと外す千咲。静かに寝る主。
少し癖がかった長めの黒髪、綺麗な形のおでこ、凛々しい眉毛。鷲のように高くて形のよい鼻、長いまつ毛。タコがごつごつした大きな手。
千咲(うわあ、すごいまつげながい、鼻も高いし肌も綺麗だし顔ちっちゃ……)
まだ寝ている小屋の主。右目の上に傷がある。
千咲(目の上の傷……。やっぱりこの人だ)
二の腕や腹筋に視線をうつす。一切の無駄のない身体。
回想(黎央:中学のとき、同級生をタコ殴りにしてできた傷なんだってさー)
千咲(この傷、痛くないのかな)
傷に思わず指を伸ばす千咲。
その瞬間、ばっと主が目をあけ、瞬間、指を握られる。
千咲「ひっ……!」
? 「さわんな」
力が強すぎて、びくともしない。
千咲(ひい、めっちゃ力強いし早い……!)
指四本を強く握られ、恥ずかしさと怖さで冷や汗をかき、焦りのあまり赤面する千咲。
千咲「ご、ごめんなさい!」
ぺこぺこ謝ると、溜息とともに解放される。
蓮 「……邪魔」
蓮 「なにしてんだお前」
千咲「く、黒おおかみ、さん?」
蓮 「は?」
小屋の主が寝転んだままこちらを睨んでいる。その瞳は濃いグレー、少しつり上がった目が黒狼を彷彿とさせる、強い威圧感に身の毛がよだつ千咲。
千咲「も、元ヤンキー……! た、タコ殴り……!」
静かに眉根を寄せ、狼は小さく溜息を吐き、吐き捨てるように言う。
蓮 「……めんどくさ」
千咲「えっ」
蓮 「せっかく寝てたのに、水差すなよ」
あくびをした主は、千咲の手から教科書を取り、再び顔に戻して寝始める。驚きのあまり、パスケースを持ったままその場から動けないでいる千咲。
蓮 「まだいんのか?」
千咲「え……」
蓮 「邪魔、とっとと帰れよ。殴られたいか?」
千咲「い、いや!」
思わず顔を守る千咲。
千咲「こ、これでも一応僕アイドルなんで、顔は勘弁してください……!」
顔の上の教科書を再び外し、根ながら千咲をじっと見ている大神。
蓮 「……アイドル? 芸能コース、お前?」
千咲「は、はい」
大神「その顔で?」
ぐさっとくる千咲。
千咲「ぼ、僕、STARLIGHTのCHISAって言います……」
蓮 「は?」
不機嫌な蓮。
千咲「し、知らないですか? STARLIGHT」
蓮 「……知らない」
まだ不機嫌そうな蓮。
(こ、この人、すごいか、かっこいいのに、顔と態度がこわい……)
千咲「と、透馬くんがいるグループなんですけど」
蓮 「透馬?」
千咲「えっ、透馬くん知らないんですか?」
蓮「……知らん」
千咲を知らない人はたくさんいるけど、透馬を知らない10代の子なんて初めて見た。
千咲「あの」
蓮「なんだよ」
千咲「ここで何してるんですか?」
蓮「……は?」
千咲「あの、噂で色々言われてますけど、大丈夫ですか?」
だんだん目に見えてイライラし出した蓮が、急に上半身を起こして睨みつけてくる。
千咲「ひいっ」
体格が良すぎてビビる千咲。
千咲「す、すみませんでした……っ!」
びっくりする千咲。手に持っていた蓮のパスケースがその拍子に手から離れて、蓮の腹に落ちる。恐怖のあまり小屋を飛び出す千咲。パイプ椅子に寝たままその後ろ姿を怪訝そうに見つめる蓮。
〇事務所のスタジオ。練習後のストレッチ
皆「おつかれさまでーす」
時刻はもう22時過ぎ。帰る準備を始めているメンバー達。千咲だけが鏡の前で練習している。
寧人「おつかれーす」
透馬「ちさ、まだファンカム撮影しないの? みんなもう撮ったよ?」
帰ろうとしている他メンバー。千咲は帰る様子はない。
千咲「さ、最後まで調整してから撮りますっ!」
汗を流して振りを詰める千咲。
透馬「でも、この前もずっと残ってたでしょ? 疲れてない?」
千咲「今回のファンカムはちゃんとうまく踊りたいから……!」
透馬「そう? あんまり根詰めないでね。再来週からリリースで忙しくなるんだから」
踊りながら頷く千咲。
黎央・寧人「TOMAくん、ご飯いこーよー」
透馬「ごめん、これからドラマの撮影」
人気トップ、国民的知名度を誇る透馬。主演ドラマの撮影に移動。
黎央「そっかー。頑張ってね」
他のメンバーは雑談しながら帰る。去り際、一度振り返って千咲を確認して帰る透馬。
千咲(今回のファンカムでは、絶対ファンの子にかっこいいダンス見せたい! たくさんの人に見てもらうんだ……!)
誰もいなくなった練習室で一人躍る千咲の背後。
〇数日後、学校。スマホを眺めながら千咲が廊下を歩いている。
千咲(今日は新曲のファンカムの公開日……!)
千咲(今回の新曲のダンスはすごく頑張った!パートもないし、立ち位置は後ろのほうだけど寧人(ダンサー)にも振付の先生にもすごく褒められたし……!)
目をきらきらさせ、わくわくしながら動画投稿サイトをひらく千咲。メディアに#STARLIGHT と、他メンバーが全員トレンドに上がっている。
なのに、千咲だけトレンド入りしていない。動画サイトのファンカムも、他メンバーが万単位で再生されているのに一人で数千回再生。コメントも数件しかついていない。
固まる千咲の表情アップ。
手が震えてボロボロ涙が零れる。
立ち尽くす千咲とすれ違うとき、怪訝そうな顔をする同級生。
同級生1「あれ誰?」
同級生2「STARLIGHTの三好」
同級生1「誰だし」
同級生2「いつも学校いるよ、暇なんでしょ」
同級生1「ボロ泣きしてなにがあったん笑?」
目から涙が溢れる。隣を同級生が通過していく。
(僕なんて、僕なんて――)
嗚咽しそうになって変な声を出している千咲をギョッとした同級生が通り過ぎていく。恥ずかしくなる千咲。
小屋がみえる。大粒の涙と鼻水を流す千咲をぎょっとした風に通り過ぎていく同級生達。顔をあげると、廃品小屋が目に入る千咲。
〇廃品小屋の前。
千咲(今日はいない……。よかった)
一人になった瞬間ほっとして、また一粒涙が落ちる。膝が崩れ落ちて、床にへなへなと座りこんでしまう。
安心したのも束の間、背後で引き戸をあける音がする。振り返ると、蓮が立っている。一瞬、目が合う。
千咲「あっ……、すみません」
涙を必死でぬぐう千咲。千咲を無視してパイプ椅子を並べ寝そべる蓮。無言で寝転んだまま見つめる蓮。
千咲「ひ、昼寝の邪魔してごめんなさい……っ。僕、行きます……」
チッと小さく舌打ちする音。
泣いたまましどろもどろになる千咲。蓮は寝転んだまま、横の机(超乱雑)の上にあったティッシュ箱を放る。座り込んだ千咲の足元に落ちる。
蓮「泣いてる人間見るの苦手なんだよ。イライラする」
千咲「ご、ごめんなさい……」
蓮の物言いにビビり、慌ててティッシュ箱を拾い、鼻をふく千咲。
蓮「お前、アイドルなんだってな」
泣き顔のまま顔をあげる千咲。その顔をみて、鼻で笑う蓮。
蓮「頑張っても人気出ないなら、お前にはアイドルのセンスがないんだ。辞めたほうが楽だぞ。人気ないお前が辞めても誰にも迷惑かけないだろ」
千咲「……っ!」
頭に血が上るも、何も言い返せない千咲。
蓮「『僕は頑張ってる』ってか? 努力? んなもんでセンスや才能ある奴との差は埋められねえよ」
ショックで固まる千咲。何も言い返せず俯く千咲。その様子をみて失笑する蓮。
千咲「で、でも……」
言いかけて言葉を飲み込む千咲。でもなにも言い出せない。その姿をみて昼寝を続行する蓮。
千咲(そうだ、僕にはセンスも才能もなんもない――)
他のメンバーが、ステージ上で遠い場所でたくさんの歓声を浴びている。それを後ろで突っ立って見つめている千咲。
千咲、手元のスマホに目を落とす。千咲のファンカム動画。全く再生数が伸びていない。目を伏せる千咲。
千咲(いくらがんばってもいつもから回ってばっかり)
握手会でいつも来てくれるファンが目に浮かぶ。
――ちさ、また来るからね。
笑顔で握手する千咲。
――ありがとう!
~数分後~
不人気なので、次のファンが全然こない。すると、また同じ子が握手ブースに来る。
――また来ちゃった!
思わずファンの子と笑う千咲。
――あはは。
二人して、隣ブースの他メンバーが引くくらい爆笑する。笑顔のファン。
――千咲に会うと、元気出るよー!
伏せた目を上げる千咲。
千咲「そうかもしれないけど……」
千咲「でも、諦めたくないんです……」
震える声で答える。
千咲「数は少なくても、僕を好きって言ってくれる人達のために、諦めたくないんです……」
止まりかけていた涙が溢れ、鼻水もだらだら止まらなくなる。その様子をしばらく無言で観察している蓮。目の前にくるととても体格が良くてビビる千咲。
千咲「ひっ」
だるそうに起き上がり、蓮が急に立ち上がり、目の前に歩み寄ってくる。千咲の前で膝を折り、肘をついて見下ろしてくる。至近距離で見つめられ、思わず赤くなる千咲。
千咲(か、顔かっこいい……)
千咲が握り締めているスマホをそっと奪い取って電源を切る蓮。声は怖いのに、さっきまでの怒り顔はもうない。
千咲「えっ……なに」
蓮「で、やめねえんだろ、アイドル」
しっかりと頷く千咲。
千咲「……はい」
困った顔で、鼻から息を吐く蓮。
蓮「そう思うなら、こんなもん、泣き終わるまで見るな」
千咲「……?」
そういって、千咲のスマホをテーブルにそっと伏せる。
蓮「泣き止んだら返してやるから」
蓮がスマホから目をあげて、視線が交わる。しばらく無表情の蓮に見つめられる。
千咲「……?」
蓮がずいっと顔を近づけてくる。
千咲「な、なんですか」
蓮「近くで見ると、案外悪くないな」
千咲「え……?」
急に蓮が千咲の頬に手を伸ばし、絡まった髪を耳にかける。ドキッとする千咲。
蓮がおもむろに耳のブラック色のヘッドホンを耳から外し、千咲の耳につける。蓮の手が耳たぶに触れた瞬間、ぎゅっと身体がはねる。蓮が手元の音楽機器(ウォークマン)を操作する。
蓮「泣き止むまでこれでも聞いとけ」
ヘッドホンから流れているのは、心地よいピアノの音。
千咲(ピアノ……?)
蓮がティッシュ箱からティッシュを取り出し、頬についた涙を拭う。
蓮「だから今は気がすむまで泣けばいい」
見上げると、困ったように微笑んでいる蓮と目が合う。
千咲(どうしよう……)
その優しい微笑みに、ヘッドホンを両手でおさえたまま茫然としてしまう。
千咲(胸がうるさくて、止まんないよ)
ドキドキとうるさい鼓動がヘッドホンの中で響いて鳴りやまない。
《ああ神様、》
そのまま、パイプ椅子に戻って再び昼寝を始める蓮。
《不人気アイドルの僕は、やさしさが不器用なオオカミくんにつかまってしまったみたいです――》
《プロローグ》
〇東横アリーナのステージ。ペンライトが星空のように輝いている。汗だくのアイドルメンバー六人がマイクを持って最後の挨拶。
(今日は僕達STARLIGHTのファイナル公演。東横アリーナ、集客席数は約12000人。なのに――)
透馬「みんなー! 今日は本当にありがとう! また次のツアーで会えるのを楽しみにしてるからね。みんな、愛してるよー!」
ファンの黄色い歓声。アイドルスマイルで手を振る透馬。
透馬「じゃあ、次はCHISA」
千咲「あっ、はい! みんなー!」
千咲が笑顔で声を張り上げると、急に静まり返るアリーナ。最前列のファンはさっきまでの笑顔から真顔に。
千咲「え、えっと……」
テンションガタ落ちの観客にビビる千咲。オレンジの光がぽつぽつと灯る。
(ああ、見える、見えるよ。1、2、3……今日は56人しかいない――)
泣きそうになる千咲。
千咲(笑顔、笑顔……!)
半泣きの顔を必死に笑顔で隠す千咲。
千咲「みんな! 今日は来てくれてありがとう!」
《やっぱり僕は、今日も不人気アイドルです――――!》
〇学校の教室 チャイムが鳴る。一人でとぼとぼ廊下を歩く千咲。
千咲(僕は三好千咲。18歳の高校生。絶賛売り出し中の六人組アイドルグループ・STARLIGHTのメンバーだ。昨年のデビュー後、新人賞・楽曲賞を総なめにした)
♡が全然ついていないSNSとにらめっこしながら下校する千咲。背中をぱんと叩かれる。
黎央「おはよー、ちさ」
メンバーの黎央。同じ芸能コースB組に通っている。
黎央「ちさ、これから事務所戻るん?」
千咲「う、うん」
僕は人気がない。いわゆる「不人気メン」だ。
身長も172センチ、中肉中背の茶髪。少し目が大きくて、一般の人に混じると「可愛いね」と言われることもあるけど、アイドルに混じると平凡で地味。顔も大きいし。他のメンバーと違って、これといった特技もない。
中一の時から所属事務所の練習生になった。でも全く芽が出ずに、高校卒業を機にデビューを諦めようとしていたところ、偶然にもグループメンバーに抜擢された。
握手会ではいつも同じファンがぐるぐる回っている。
グッズのレートが崩壊するばかりか、僕のグッズの引き取り手がいなさすぎて、見かねた数少ないファンがライブ会場の前に無料回収ボックスを設置しているらしい。
SNSのコメントをスクロール。最初は「ちさ ファイナルおつかれ」「ちさ、可愛かったよ」など好意的なコメントが並ぶも、次第に「まじ声量ちっさ 歌聞こえなかったし」「ダンスひょろすぎ」「ち詐欺乙」というアンチコメントが並ぶ。表情が曇る千咲。
黎央「これから放課後補修だから職員室行かなきゃ―。ちさ、一緒行こ」
千咲「うん」
スマホのスクロールが止まらない。アンチコメントに低評価ボタンを押そうと思うも、思いとどまる。
黎央「ちさ、いくよー!」
千咲「う、うん」
(……はやくスタジオ行かなきゃ。練習練習!)
深呼吸をして、下校する千咲。
〇翌日。黎央と下校する千咲。
黎央「今日ボイトレ何時からだっけー?」
千咲「六時だよ」
黎央「うげー。水曜の先生、きびいからやだなー」
ふと校庭を見る千咲。一般科学棟との境目には高い塀がそびえていて、向こうが見えない。そのふもとに、トタン屋根のものすごくぼろい木工の小屋がある。壊れた電化製品やぼろいタイヤ、汚れた自転車などが積まれている。ボロすぎて今にも鼠やゴキブリが出そうだ。数年前まで、用務員が使っていた待機用の小屋だ。でも、校舎内に専用の部屋が出来て、使わなくなったまま取り残されているらしい。今は使わなくなって、生徒は立ち入り禁止になっている。
何気なく小屋を眺めていると、窓で人影が揺れる。
千咲「ひっ!?」
黎央「どしたの、千咲?」
千咲「な、小屋の中で何かが動いた…!」
立ち入り禁止のテープが張られているのに。
黎央は「ああー」とつまらなさそうに言う。
黎央「黒オオカミじゃね?」
千咲「く、黒オオカミ?」
黎央「ちさ、知らないの? 廃品小屋の黒オオカミのうわさ」
千咲「廃品小屋の狼? 知らないよ、なにそれ」
黎央「そっかー、ちさ、高3から編入だもんね」
説明を始める黎央。
黎央「一般コースの元ヤンが、あそこに住み着いてるんだって」
千咲「も、元ヤン?」
この学園には、芸能コースと一般コースがある。といっても、校舎も校門も別で、原則交流は禁止。境界には高い塀があって、一般コースの校舎は見えない。
黎央「顔に、中学のとき同級生タコ殴りにしたときにできた傷があるらしいよ」
千咲「へ、へえ…(ドン引き)」
黎央「で、見た目が全体的に黒くて狼そっくりなんだって。ま、一般コースの噂話だから俺もよく知らないんだけどさ」
黎央「で、そいつがあの小屋を根城にして色々ヤりまくってるとか。煙草とか女とか」
千咲「ヤッ……!」
黎央「でもそいつ、成績トップだし喧嘩強すぎて教師も文句言えないみたい」
千咲「へえ……(頭いいヤンキー…?)」
首をひねる千咲に、黎央は溜息。
黎央「ちさ。近づかないほうがいいよ。問題起こさないほうがいいっしょ」
千咲「うん、そうだね……」
黎央「いこー、ちさ」
ボイトレやだなあー、と黎央は溜息。
千咲(黒オオカミ、元ヤン、タコ殴り……)
頷くも、ちょっと小屋が気になりつつ下校する。
〇数日後。学校。チャイムが鳴り、生徒達は下校していく。
今日も自分のSNSを見ながらとぼとぼ下校する千咲。
千咲(フォロワー数、全然伸びてない)
半泣きになってぐるぐる悩む千咲。ふと視線をあげる。
千咲(あれ? 校庭になんか落ちてる?)
一般コースと芸能コースを隔てる校庭の柵の近くに、パスケースが落ちているのに気づく。ひらく。「大神 蓮」と書かれた学生証。黒髪で目の上に傷がついた怖そうなイケメンの写真。
千咲「おおかみ、れん……?」
千咲(目の上に傷、黒髪、黎央の言ってた『黒オオカミ』……?)
千咲、顔がひきつる。
千咲(いやでも、立ち入り禁止だし、ヤバいヤンキーだって噂だし)
周囲に誰も見ていないことを確認する千咲。
千咲(でも、学生証ないと困るよね)
黒オオカミが住み着いているという小屋にそっと近づき、おそるおそる引き戸を開ける。
千咲「お邪魔しまーす……」
中は乱雑。テーブルに読み捨てられた漫画本や雑誌、文房具が積まれ、畳みっぽいエリアにも段ボールやブランケットやがらくたが捨て置かれている。
千咲「あ、あの……」
パイプ椅子を並べた上で寝転んでいる男子。顔の上には数三の教科書。ブラックのマスクとゴツいヘッドホンをしながら寝ている。乱れた制服(シャツに濃いグレーのスラックス)、お腹には黒の体操着のジャージをかけている。脚が長くてイスからはみ出ている。
返事はない。
小屋の主の顔にかかっている数学の教科書をそっと外す千咲。静かに寝る主。
少し癖がかった長めの黒髪、綺麗な形のおでこ、凛々しい眉毛。鷲のように高くて形のよい鼻、長いまつ毛。タコがごつごつした大きな手。
千咲(うわあ、すごいまつげながい、鼻も高いし肌も綺麗だし顔ちっちゃ……)
まだ寝ている小屋の主。右目の上に傷がある。
千咲(目の上の傷……。やっぱりこの人だ)
二の腕や腹筋に視線をうつす。一切の無駄のない身体。
回想(黎央:中学のとき、同級生をタコ殴りにしてできた傷なんだってさー)
千咲(この傷、痛くないのかな)
傷に思わず指を伸ばす千咲。
その瞬間、ばっと主が目をあけ、瞬間、指を握られる。
千咲「ひっ……!」
? 「さわんな」
力が強すぎて、びくともしない。
千咲(ひい、めっちゃ力強いし早い……!)
指四本を強く握られ、恥ずかしさと怖さで冷や汗をかき、焦りのあまり赤面する千咲。
千咲「ご、ごめんなさい!」
ぺこぺこ謝ると、溜息とともに解放される。
蓮 「……邪魔」
蓮 「なにしてんだお前」
千咲「く、黒おおかみ、さん?」
蓮 「は?」
小屋の主が寝転んだままこちらを睨んでいる。その瞳は濃いグレー、少しつり上がった目が黒狼を彷彿とさせる、強い威圧感に身の毛がよだつ千咲。
千咲「も、元ヤンキー……! た、タコ殴り……!」
静かに眉根を寄せ、狼は小さく溜息を吐き、吐き捨てるように言う。
蓮 「……めんどくさ」
千咲「えっ」
蓮 「せっかく寝てたのに、水差すなよ」
あくびをした主は、千咲の手から教科書を取り、再び顔に戻して寝始める。驚きのあまり、パスケースを持ったままその場から動けないでいる千咲。
蓮 「まだいんのか?」
千咲「え……」
蓮 「邪魔、とっとと帰れよ。殴られたいか?」
千咲「い、いや!」
思わず顔を守る千咲。
千咲「こ、これでも一応僕アイドルなんで、顔は勘弁してください……!」
顔の上の教科書を再び外し、根ながら千咲をじっと見ている大神。
蓮 「……アイドル? 芸能コース、お前?」
千咲「は、はい」
大神「その顔で?」
ぐさっとくる千咲。
千咲「ぼ、僕、STARLIGHTのCHISAって言います……」
蓮 「は?」
不機嫌な蓮。
千咲「し、知らないですか? STARLIGHT」
蓮 「……知らない」
まだ不機嫌そうな蓮。
(こ、この人、すごいか、かっこいいのに、顔と態度がこわい……)
千咲「と、透馬くんがいるグループなんですけど」
蓮 「透馬?」
千咲「えっ、透馬くん知らないんですか?」
蓮「……知らん」
千咲を知らない人はたくさんいるけど、透馬を知らない10代の子なんて初めて見た。
千咲「あの」
蓮「なんだよ」
千咲「ここで何してるんですか?」
蓮「……は?」
千咲「あの、噂で色々言われてますけど、大丈夫ですか?」
だんだん目に見えてイライラし出した蓮が、急に上半身を起こして睨みつけてくる。
千咲「ひいっ」
体格が良すぎてビビる千咲。
千咲「す、すみませんでした……っ!」
びっくりする千咲。手に持っていた蓮のパスケースがその拍子に手から離れて、蓮の腹に落ちる。恐怖のあまり小屋を飛び出す千咲。パイプ椅子に寝たままその後ろ姿を怪訝そうに見つめる蓮。
〇事務所のスタジオ。練習後のストレッチ
皆「おつかれさまでーす」
時刻はもう22時過ぎ。帰る準備を始めているメンバー達。千咲だけが鏡の前で練習している。
寧人「おつかれーす」
透馬「ちさ、まだファンカム撮影しないの? みんなもう撮ったよ?」
帰ろうとしている他メンバー。千咲は帰る様子はない。
千咲「さ、最後まで調整してから撮りますっ!」
汗を流して振りを詰める千咲。
透馬「でも、この前もずっと残ってたでしょ? 疲れてない?」
千咲「今回のファンカムはちゃんとうまく踊りたいから……!」
透馬「そう? あんまり根詰めないでね。再来週からリリースで忙しくなるんだから」
踊りながら頷く千咲。
黎央・寧人「TOMAくん、ご飯いこーよー」
透馬「ごめん、これからドラマの撮影」
人気トップ、国民的知名度を誇る透馬。主演ドラマの撮影に移動。
黎央「そっかー。頑張ってね」
他のメンバーは雑談しながら帰る。去り際、一度振り返って千咲を確認して帰る透馬。
千咲(今回のファンカムでは、絶対ファンの子にかっこいいダンス見せたい! たくさんの人に見てもらうんだ……!)
誰もいなくなった練習室で一人躍る千咲の背後。
〇数日後、学校。スマホを眺めながら千咲が廊下を歩いている。
千咲(今日は新曲のファンカムの公開日……!)
千咲(今回の新曲のダンスはすごく頑張った!パートもないし、立ち位置は後ろのほうだけど寧人(ダンサー)にも振付の先生にもすごく褒められたし……!)
目をきらきらさせ、わくわくしながら動画投稿サイトをひらく千咲。メディアに#STARLIGHT と、他メンバーが全員トレンドに上がっている。
なのに、千咲だけトレンド入りしていない。動画サイトのファンカムも、他メンバーが万単位で再生されているのに一人で数千回再生。コメントも数件しかついていない。
固まる千咲の表情アップ。
手が震えてボロボロ涙が零れる。
立ち尽くす千咲とすれ違うとき、怪訝そうな顔をする同級生。
同級生1「あれ誰?」
同級生2「STARLIGHTの三好」
同級生1「誰だし」
同級生2「いつも学校いるよ、暇なんでしょ」
同級生1「ボロ泣きしてなにがあったん笑?」
目から涙が溢れる。隣を同級生が通過していく。
(僕なんて、僕なんて――)
嗚咽しそうになって変な声を出している千咲をギョッとした同級生が通り過ぎていく。恥ずかしくなる千咲。
小屋がみえる。大粒の涙と鼻水を流す千咲をぎょっとした風に通り過ぎていく同級生達。顔をあげると、廃品小屋が目に入る千咲。
〇廃品小屋の前。
千咲(今日はいない……。よかった)
一人になった瞬間ほっとして、また一粒涙が落ちる。膝が崩れ落ちて、床にへなへなと座りこんでしまう。
安心したのも束の間、背後で引き戸をあける音がする。振り返ると、蓮が立っている。一瞬、目が合う。
千咲「あっ……、すみません」
涙を必死でぬぐう千咲。千咲を無視してパイプ椅子を並べ寝そべる蓮。無言で寝転んだまま見つめる蓮。
千咲「ひ、昼寝の邪魔してごめんなさい……っ。僕、行きます……」
チッと小さく舌打ちする音。
泣いたまましどろもどろになる千咲。蓮は寝転んだまま、横の机(超乱雑)の上にあったティッシュ箱を放る。座り込んだ千咲の足元に落ちる。
蓮「泣いてる人間見るの苦手なんだよ。イライラする」
千咲「ご、ごめんなさい……」
蓮の物言いにビビり、慌ててティッシュ箱を拾い、鼻をふく千咲。
蓮「お前、アイドルなんだってな」
泣き顔のまま顔をあげる千咲。その顔をみて、鼻で笑う蓮。
蓮「頑張っても人気出ないなら、お前にはアイドルのセンスがないんだ。辞めたほうが楽だぞ。人気ないお前が辞めても誰にも迷惑かけないだろ」
千咲「……っ!」
頭に血が上るも、何も言い返せない千咲。
蓮「『僕は頑張ってる』ってか? 努力? んなもんでセンスや才能ある奴との差は埋められねえよ」
ショックで固まる千咲。何も言い返せず俯く千咲。その様子をみて失笑する蓮。
千咲「で、でも……」
言いかけて言葉を飲み込む千咲。でもなにも言い出せない。その姿をみて昼寝を続行する蓮。
千咲(そうだ、僕にはセンスも才能もなんもない――)
他のメンバーが、ステージ上で遠い場所でたくさんの歓声を浴びている。それを後ろで突っ立って見つめている千咲。
千咲、手元のスマホに目を落とす。千咲のファンカム動画。全く再生数が伸びていない。目を伏せる千咲。
千咲(いくらがんばってもいつもから回ってばっかり)
握手会でいつも来てくれるファンが目に浮かぶ。
――ちさ、また来るからね。
笑顔で握手する千咲。
――ありがとう!
~数分後~
不人気なので、次のファンが全然こない。すると、また同じ子が握手ブースに来る。
――また来ちゃった!
思わずファンの子と笑う千咲。
――あはは。
二人して、隣ブースの他メンバーが引くくらい爆笑する。笑顔のファン。
――千咲に会うと、元気出るよー!
伏せた目を上げる千咲。
千咲「そうかもしれないけど……」
千咲「でも、諦めたくないんです……」
震える声で答える。
千咲「数は少なくても、僕を好きって言ってくれる人達のために、諦めたくないんです……」
止まりかけていた涙が溢れ、鼻水もだらだら止まらなくなる。その様子をしばらく無言で観察している蓮。目の前にくるととても体格が良くてビビる千咲。
千咲「ひっ」
だるそうに起き上がり、蓮が急に立ち上がり、目の前に歩み寄ってくる。千咲の前で膝を折り、肘をついて見下ろしてくる。至近距離で見つめられ、思わず赤くなる千咲。
千咲(か、顔かっこいい……)
千咲が握り締めているスマホをそっと奪い取って電源を切る蓮。声は怖いのに、さっきまでの怒り顔はもうない。
千咲「えっ……なに」
蓮「で、やめねえんだろ、アイドル」
しっかりと頷く千咲。
千咲「……はい」
困った顔で、鼻から息を吐く蓮。
蓮「そう思うなら、こんなもん、泣き終わるまで見るな」
千咲「……?」
そういって、千咲のスマホをテーブルにそっと伏せる。
蓮「泣き止んだら返してやるから」
蓮がスマホから目をあげて、視線が交わる。しばらく無表情の蓮に見つめられる。
千咲「……?」
蓮がずいっと顔を近づけてくる。
千咲「な、なんですか」
蓮「近くで見ると、案外悪くないな」
千咲「え……?」
急に蓮が千咲の頬に手を伸ばし、絡まった髪を耳にかける。ドキッとする千咲。
蓮がおもむろに耳のブラック色のヘッドホンを耳から外し、千咲の耳につける。蓮の手が耳たぶに触れた瞬間、ぎゅっと身体がはねる。蓮が手元の音楽機器(ウォークマン)を操作する。
蓮「泣き止むまでこれでも聞いとけ」
ヘッドホンから流れているのは、心地よいピアノの音。
千咲(ピアノ……?)
蓮がティッシュ箱からティッシュを取り出し、頬についた涙を拭う。
蓮「だから今は気がすむまで泣けばいい」
見上げると、困ったように微笑んでいる蓮と目が合う。
千咲(どうしよう……)
その優しい微笑みに、ヘッドホンを両手でおさえたまま茫然としてしまう。
千咲(胸がうるさくて、止まんないよ)
ドキドキとうるさい鼓動がヘッドホンの中で響いて鳴りやまない。
《ああ神様、》
そのまま、パイプ椅子に戻って再び昼寝を始める蓮。
《不人気アイドルの僕は、やさしさが不器用なオオカミくんにつかまってしまったみたいです――》

