鬱病になった私と結婚したいヘタレ泣き虫声優の僕







 退職代行。それについて母に訊いたけど、母は何も知らなかった。だとしたら多分、文哉が雇ったのだろう。文哉が直接会社に行って無理矢理退職を迫ったんじゃなくてよかった。そう前向きにとらえることくらいしか今は出来ないけど、もう会社に行かなくていいんだって思ったら、やっぱりどこか安心している自分がいた。

 辞めてよかったんだ。東京にいなくたってよかったんだ。新潟にだって歯科技工所はある。だけど文哉の傍にいなきゃいけないって思ってた。

 高校を卒業してから一緒に東京に来て、高田馬場駅徒歩数分の家賃十万円の物件に決めた時、二人で住むから家賃も光熱費も食費も家事も全部折半でやってきた。でも、私が就職した頃から少しずつ狂いだした。

 終電で家に帰って、お風呂に入って、ご飯を食べて、四時間寝れたらいい方だった。週に一回の休みもない週があったりしてひたすら入れ歯を作っていた。だから、気がついた時には家事のすべてを文哉に負担させてしまっていた。

 毎日、何時間も入れ歯や道具を洗って手は酷く荒れているに、家では箸一本も洗わなかった。

 毎日、何キロも出る石膏のゴミを大きなポリバケツに入れて会社の外のコンテナに何往復もして捨てに行くのに、家に帰ると曜日の感覚もなくなって、いつがゴミ出しの日かも忘れてしまっていた。

 洗濯物だって、出すだけ出して、干すことも畳むこともしなくなっていた。ポケットにタバコを入れたまま洗濯物を出して、知られたくなかったけど、文哉にすぐにバレた。私は会社ではタバコを吸っていた。声優の体にタバコの煙なんて絶対入れたくなかったし、別に家でも吸いたかったわけでもなかった。

 実際には、私はタバコを吸っていたんじゃない。タバコに火をつけていたかったのだ。一日にある休憩時間は昼食を食べる時だけ。周りの三、四十代の男性社員の食べるスピードが速くて、いつも急かされているようで、だんだん食欲もなくなっていき、気がついたらコンビニのお握りを六口で食べきって仕事に呼び戻されるようになっていた。でも、タバコを吸う人は別だった。何故かタバコ休憩というものが一日に三回もあって一回がだいたい十分もあったのだ。タバコを理由に休憩がもらえるならと、すぐにタバコを買った。別にタバコが吸いたかったんじゃない。休憩が欲しかったんだ。

 その話を言い訳っぽく文哉に言った時、文哉は納得いかない表情をしながら、何も言わずに私にタバコとライターを返してくれた。そして、泣きたくなるほど優しく抱きしめてくれた。でも、泣いたら明日会社に行けないと思った。欠勤するのが怖かった。明日会社を休んだら、明後日取り返せるほどの余裕は残っていなかった。

 頭の中は納期のことでいっぱいだった。私に与えられた仕事を他の社員に負担させたら、何を見返りに負担させられるかわからないのが怖かった。

 職場に仲間なんていなかった。女性は私ともう一人、五年上の先輩がいたけど、私の肩身が狭くなったのは彼女のせいだった。私が入社するまで、彼女は紅一点で、この会社のお姫様だった。甘え上手で、実際相当甘やかされてきたのだろう、職場の男性は彼女を特別に可愛がっていた。けど、私にとってはお姫様じゃなかった。意地悪なシンデレラのお姉さんみたいだった。彼女はいつもニコニコと、前の日に入ってきたこれから作る技工物をみんなに分配して、自分は簡単そうなケースを選んでだらだらと時間をかけて、ろくに仕事もせず、親の介護を理由に定時には帰っていた。

 でも、誰も彼女に文句を言わなかった。それどころかタバコ休憩のタイミングでタバコを吸う社員たちは彼女を呼び寄せ、楽しくお喋りをするのだ。

 一度会話に加わろうとした時、ニコニコしながら「あたし、大島さんタイプって苦手だなぁー。優等生って感じで、あたしとは正反対で、みんなのこと馬鹿にしてそうで無理ぃ!」と、はじき出された。他の社員はその言葉を聞いて「素直だよなぁ~」と感心しただけで、私を見てもくれなかった。

 惨めだった。私はタバコに火をつけないと休憩出来ないのに、彼女はいつも誰かに缶コーヒーを奢ってもらっていた。

 尊敬出来ない先輩たちを頼れなくなっていた。失敗もミスも抱え込む。一人でどうにかするしかなかった。一人で、なんでも出来るようになっていく自分を誇るしかなかった。そんな環境に自分で自分を追い込んでしまっていた。

 救いは、一日の自由な時間が少なすぎる中のほんのひと時。トイレでスマホをこっそり見るたった一分にも満たない時。いつも文哉がメッセージを残してくれていることだった。時には写真もあった。ネットに上げちゃいけないであろう先輩声優とのツーショットとか、楽屋のオフショットも、文哉は平気で送ってきた。それに対して、一言返信する。それくらいの余裕があるふりをしていたかった。でも、家で会う時間が少なくなって、どうしたって文哉との会話が減っていくのを感じていた。いつか見放されないか不安になった。

 その不安を多分捨てたくて別れ話なんてしたんだと思う。

 一般道を走っていた車はついに地元の景色を映し出した。

 文哉と高校の時待ち合わせに使っていたパン屋のシャッターが閉まっているのが、目に留まった。

「今日、モモノキパン休み?」

 母に訪ねると、母はちょっと残念そうに言った。

「ああ。あのお店今年の九月に閉店しちゃったのよ」

「うそ!なんで?」

「だってぇ、あそこの夫婦ふたりとも八十歳過ぎてたのよ?いつなくなってもおかしくなかったんだけど、奥さんが入院しちゃって、気がついたらシャッター降りてて閉店。四七年もやってたのにねぇ」

 もう、そのシャッターは開かないんだ。お気に入りの場所がまた一つ無くなった。

 地元もいつまでも同じ景色があるわけじゃない。でも、すぐに見覚えのあるフミアニの経営するカフェに着いたら、ちゃんと帰りたいところに帰ってこられた。と思った。

 中に入るとカウンターの中にフミアニがいた。

「おう!ハネ!さっきから文哉から鬼電来てるけど、無視してやってるからな!安心しろ!」

 別に、文哉を無視して欲しいって頼んだわけじゃないけど、フミアニは私と文哉が喧嘩をすると文哉がすぐ泣きついてくると学んでいるので、勝手に無視しているんだろう。

「俺も片付けたら二階にいくから!ハネママはいつものでいい?ハネはどうする?」

「タンタンメン」

「ねーよ!」

「じゃあいつもの」

「わかった。いつものな」

 私には『いつもの』というメニューがなかった。でも、まいったなぁみたいな顔で笑うフミアニには文哉の面影があった。同じ遺伝子を持ってるんだなと、納得しながら、二階の七人掛けの円卓に母と隣同士で座った。

「二週間くらい前にね、文哉君からブルーレイボックス届いたわよ」

「なんのブルーレイ?」

「なんだったかしら、あの、あータイトル長めの……僕は勉強がどーのって」

「ああ、主人公で出てる『僕は勉強以前に恋の偏差値上げたいんでとりあえず恋人から』でしょ?」

「そうそう!おっぱいプルンって感じの女の子に男の子が抱き着いてる表紙の!」

「オーディション受かった時、喜んでた。私も制作イベントにも観覧でたまたま行けたんだよね。文哉のファンが多くて、なんだかその場にいるのが申し訳なくなっちゃった」

「こんなにすぐに有名になるなんてさすがに想像してなかったわよね」

「うん」

 しばらくして、フミアニがカプチーノと生クリームだけ盛られたパフェを持ってきた。

「ここでパフェ食べるのはじめてなんだけど」

「まぁいいじゃんか。とにかく。ハネ、甘いもの食え。お前は頭がいい。それに真面目で神経質。おまけに人気若手声優のカノジョだ」

「それなんだけど、私たち別れるんだ」

「無理だね」

 フミアニの言葉に一瞬頭が追い付かなかった。低糖質状態なのかな。

「文哉とハネが別れられるわけないだろ」

「なんでそう思もうの?」

「俺にとってハネがもう弟のカノジョじゃなくて義理の妹のポジションにいるからだよ」

 そんなフミアニの言葉を聞いて、母はクスクスと笑っていた。そんな母にフミアニはいつもだったらハネママと呼ぶのに「ね?お母様!」と言った。

 その光景を見てフミ家とハネ家の家族同士が根っこのようなもので繋がっているような気がした。それは私と文哉が別れても絡まって離れないような、そんな強い絆のようなものが出来上がっているのだと思った。例え文哉と私が結婚しないで家系図が繋がらなくても、私と文哉以外の関係はかわらないのかもしれない。

 生クリームだけのパフェを、パフェ専用じゃない大きなスプーンで口いっぱいにしながら全部食べた。なんか元気が出たような気がした。

 目をそらしたかった現実にほんの少しだけピントが合った気がする。

 私はその夜、文哉に『新潟で生きてく』と伝えた。