鬱病になった私と結婚したいヘタレ泣き虫声優の僕





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【どうなるのか】

 夜がきて、会うのは初めてだったけど文哉のマネージャーの藤原さんが家に来た。

 私は文哉の代わりに新潟に送ってもらった段ボール四箱のお礼を伝えた。

「いえいえいえいえいえいえいえ」と藤原さんは物凄く低姿勢だったけど、すぐに深刻な顔でタブレットを取り出し、何枚かのネット記事やSNSの写真などをあらかじめスクリーンショットしたものを見せてきた。

 交際していることが、すでに今日、私の写真付きでネットで拡散されていることを話されて、私は文哉にスマホを突然取り上げられたことに合点がいった。

 で。今後どうするか。という話になっていく。私からしたら、どうなるのか、なのだけど、まだ、どうにかなったりするらしい。

「米田アイコじゃない好きな人がいるって言ったら、次にハネちゃんが吊るし上げられるのはなんとなく俺は覚悟してた。写真付きは迷惑な話だけど」

「まぁ、卒業アルバムの写真しかないっていうのは、あなたたち優秀だと思う。普通キスしてる写真とかプリクラの一枚でも出てきて良さそうなくらい長いこと付き合いっているのに、そういうスキャンダラスな写真がない分、ネットでも本当かどうかまだはっきりしていないところがあるから、ココをはっきりさせるのかそうしないのかで、これからの仕事にダイレクトに影響してくるけど、千代くんはどうしたいの?ちゃんと男として、彼女さんを守るのが先決だと思うけど」

「俺は……」

 文哉と私はまた見つめ合った。相手が何を考えているか、望んでいるか、どうしたらいいのか、表情を読み合った。まるでテレパシーを使っている気分だった。

「私はいいよ。どうなっても」

 別に鬱病でやけになってるとかじゃなく、自然と口に出た。

「言ったじゃん。お相手の一般女性になるって」

 私がそう言うと文哉は『おおぅ……そうかぁ』みたいな顔を一瞬したけど、すぐにケロッとした表情に戻って藤原さんに「じゃあそういう感じで」と言った。

「どういう感じかわかって言ってんのよね?」

「干されないように頑張る……って感じですかね?」

「あながち間違いじゃないけど、ガチ恋ファンとリアコは多分多かれ少なかれファンクラブ抜けるし、千代くん目当てでイベントに来なくなると想定した場合、今まで受かってたレベルのオーディションも落ちる可能性は正直回避できないと思うわ。そうやってイケメン人気声優が結婚するってデメリットが多くなるの」

「でも、俺って基本、給料制にしてるから最低金額は保証されるでしょ?」

「そうだけど、最低賃金ごときの声優って相当人気ないって考えてた方がいいわよ?まぁ今持ってるレギュラーキャラを制作側も結婚が理由ってだけじゃ降板させられることもないだろうし……」

 そんなに甘くない。理解しようとは思っていたけど当事者ではないと逃げていた現実だった。特に文哉は自分の夢をどう思っているのだろう。

「……そもそも、千代くんが幸せになることを探求して悪いことなんて何一つないんだけどね」

「ぁ」

 とても小さな声だったけど、思わず声に出てしまった。

 けど、否定的なことばかり考えてきた私には、衝撃的な言葉だった。

 文哉が幸せになることを望んでいいなんて、確かに当たり前なことだ。

「それにね、今日こんなことがあったのに、千代くんは本当に運がいいわよ。さっきプロヴォイスプロジェクトの合格連絡が事務所に来ました」

「マジっすか、ってか結果でるの早くないですか?」

「千代くん、あなた自覚してないけど絶対音感持ってるでしょ」

「ぜ、絶対音感って、そんなの持ってないですよ」

「じゃあ、一回聴いただけでその曲歌えちゃうでしょ」

 言われてみれば……文哉ってよく鼻歌歌ったり、デモ曲聴いたあとすぐに歌詞丸暗記してるし、歌得意なんだなくらいに思ってたけど、そうか文哉って耳が凄くいいんだ。

 学生時代から共通の友達とかいなかったから、私以外に文哉の意外な一面に気が付く人がいるんだと、ちょっと感動した。

 家族以外にも見方はいるのだと思ったら、私はずっと強く握りしめて誤魔化していた手の震えが止まった。

「音響監督が千代くんに惚れたみたいだから、一番に決まったって。よかったわね。あと十年は生きていけるわよ」

 久しぶりに、心から嬉しいなって思っている自分を見つけて、肩からも力が抜けた。

「あ、でも主人公は水戸くんよ。千代くんはケン役で通ったわ」

「えぇえ……あー……そうなんですかぁー……水戸くんのことは大好きだけど、うわー……負けたぁー……かなりショックです」

 文哉は贅沢だ。と思った瞬間、藤原さんも溜息交じりに言った。

「よくばりな子ね」

「だってぇ」

 しょぼくれる文哉を見て、藤原さんは腕を組んでもう一度大きく溜息をついた。

「そのヘタレキャラがウケてるのも、なーんかズルい男って感じしちゃうけど憎めないのよね。とにかく土日はライブにイベントに平日だってアフレコにラジオ収録に……本当に千代くんは面倒見がいがあるわ」

「ありがとうございます」

 何故か私がお礼を言ってしまった。こういう気さくというか、さっぱりした女性が文哉と凄く相性がいいような気がした。

「けど、結婚発表はいったん保留にしてほしいのが正直望ましいわ。今はタイミングが悪すぎるもの。こんな大きな役掴んだ後に二十二歳で結婚は、事務所としても損失が大きすぎるし、それに今一般女性と結婚したって言ったらお相手は大島羽根ってみんな決定的に思っちゃうもの。プライベートのない新婚生活なんて嫌でしょ?」

 確かに嫌だ。

 手のひらから汗が出るのを感じた。押し込めるようにまた両手をギュッと握りしめた。

 いよいよだ。ついに本格的に文哉の邪魔になる。どんなに文哉が私を求めてくれても、それでも、文哉は私のせいで損失を出すのだ。

 けど、もう、この考え方はやめよう。

 文哉と生きていくんだ。