鬱病になった私と結婚したいヘタレ泣き虫声優の僕





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【奇跡のスケジュール】

 水戸くんからメッセージが届いていた。

 送信してきたのはお昼の十二時八分。今は十八時四分。

『千代くんの実家広い?』

 なんでそんなこと訊くんだろう。不思議に思いながらも『滅茶苦茶広いよ!民宿できるくらい!』と送ると、待っていたみたいにすぐに既読がついた。

『これから行こうぜ』そうすぐに返事が返ってきて、驚きがらも『いいの?』と返事をしていたら、電話がかかって来た。

「もしもし?」

『千代くん。鍋パーティーのメンツがなんと、明日全員オフです』

 そう言われた瞬間、日口さんとさっちゃんとロメくんの顔が浮かんだ。

「え、すご」

『そう。だから今夜これからみんなで千代くんの実家に行って一泊して、明日の夕方帰る。どう?』

 どうって、そんなの、決まってる。

「行きたい。でも、何で行くの?新幹線のチケットこれから取って……」

『いやいや、俺の車で行くに決まってんじゃん。一昨日スタットレスタイヤにしたんだよ。俺、来週は長野にスノボーに行く予定だからさ』

 神様の言葉みたいだ。と思った。

『今さっちゃんと一緒にいるんだけど、これからロメが来るから、日口さん拾って、千代くん拾っていこうと思うんだけど、行ける?』

「うん」

 もう逃がさない。ハネちゃんに会って話したい。この先も一緒にいたいって伝える。目を見て、この声で伝える。

 ただそれだけ。望みを押し付けない。答えを急かさない。ハネちゃんの考えを無理矢理きき出そうとしない。

 決めるのはハネちゃんだ。

 普通じゃない今の僕を好きなままでいて欲しい。せめて嫌いにならないで欲しい。それくらいしか今は思うことは許されない気がする。

 スキーウェアの上着をクローゼットの圧縮袋から取り出した。

 このウェアもハネちゃんと二十歳の時、年末年始に帰る前に、ネットで一緒に選んだ。東京だってスポーツ店に行けばいくらでもお洒落なのが手に入るとわかっていたけど、実物を見に行くことを僕とハネちゃんはしなかった。

 その頃にはもうアニメキャラのオーディションにもいくつか受かっていたし、雑誌のインタビューやグラビアの仕事があったし、一人ラジオ番組も始まって、水戸くんとのラジオの企画があると知った頃だった。

 だから、服を買うときは僕の場合スタイリストさんから買い取ったりして、服を自分で買う時もネットが当たり前になっていた。

 そうじゃないと、ハネちゃんと一緒に選べなかったんだ。

 普通のカップルみたいに洋服屋さんに入って服や靴も選ばなくなっていた。

 今思えば、普通のカップルがしているデートを、そうやって当たり前に全部家の中で、しかもネットで済ますようになっていたんだなって思う。

 僕はもう普通じゃなかった。一般人と呼ぶのはもう難しいんだろう。ハネちゃんが新潟に帰ってから一人になって、先輩声優たちと鍋を囲って、やっとそう自覚した。

 水戸くんが高田馬場に一番近いコンビニに着いたので、僕もそこに向かうと、車の中でロメくんが後部座席で寝ている水戸くんの車を発見した。

 コンビニの中に入ると水戸くんが、去年写真で見せてもらったスカジャン風のスキーウエアを着てレジにいた。店内を見回すと黒のダウンを着たさっちゃんと、なんだかお高そうな紺のベンチコートを着た日口さんが漫画の売っている棚の前でお喋りしていた。

 とりあえず、さっちゃんと日口さんに深々とお辞儀をして「お疲れ様です。よろしくお願いします」と小声で言うと、さっちゃんが、肩をポンポンと叩いてきて、また頭がグラグラした。

 二人とも、表情が頼もしかった。

「千代くんもお菓子とか飲み物買ってきたら?」

 すでに二人の手にはビニール袋が握られていた。

「はい!」

 助手席は僕だ。絶対に寝ない。モンスターと、ブラックサンダー五個と、乾燥させたハムを持ってレジに持って行ってペイペイで払った。

 僕の会計が終わると、水戸くんが運転席、さっちゃんと日口さんが後部座席に乗り込んだので、僕が助手席に乗った。

 コレから新潟に行く。僕の為に四人も人気声優が集まった。

 旅行とも、遠足とも、違う空気間だった。

 五人でギルドを組んで、戦いに行くような気分だった。でも、共通の敵を倒すというよりは、僕を援護しに四人は集まってくれたと思った。

 もちろん僕はハネちゃんを攻撃したいんじゃない。ただ、僕が夢中で手に入れてくて仕方がないお姫様の顔を見にいくのに、みんな付き合ってくれたんだ。

「じゃあ、行きますか」

 水戸くんが車のエンジンをかけると、フロントガラスについていた小さなドライブレコーダーが旅の始まりみたいな音を立てて起動した。

「うん。俺絶対寝ないから」

 僕はモンスターをあけ、グビグビグビと三口飲んでそう言った。

「俺らはちょと寝るかも」

 真ん中に座ったさっちゃんが運転席と助手席の間から首を覗かせそう言ったら、水戸くんが
「多分高速乗って三時間半くらいで着くと思う。トイレとか休憩したくなったらいつでも言って」と言って、車は走り出した。

「千代くん、プレイリスト変えて」

「え」

「千代くんが最近聴いてる曲流してよ」

「ああ、うん」

 僕はスマホを取りだして、何度か繋いだことのある水戸くんの車にブルートゥースを繋げ、最近聴いてる曲を流した。

「これなんのアニメのキャラソン?」

「ううん。来月発売の僕のファーストシングル」

「あー、アーティストデビューするって言ってたもんな」

「まだハネちゃんに聴いてもらってないんだ」

「カノジョでも発表前は流失できないもんな」

「いつもキャラソンとかは家で歌って練習して、聴いてもらってたんだけど、この曲もらって練習しはじめた時にはハネちゃん新潟に行っちゃったから、家で一人で歌ってるの辛くて、事務所のスタジオ初めて借りて練習したよ」

「いや、普通家で歌わないだろ。でも、まぁ、三分に一回は電車通過するから歌いたい放題か。近所から苦情とか来ないの?」

「まぁ、二階だてのアパートって言っても一階が大家さんで二階には俺たちの部屋しかないからご近所さんって言っても小さなオフィスビルしかないから夜なんかは空っぽになって人にも会わないし、文句言われたこととかないなぁ」

「つくづく運がいいよな。俺んちなんて多分隣のどっちかだけど、夜にゲーム実況配信してるとちゃんと苦情の張り紙されるよ。でも、始発の電車で目が覚めるのも嫌だし、終電まで寝られないようなとこには住みたくないな」

 今まで、ハネちゃんと住んでた時は、電車の騒音なんて気にもならなかった。でも今は、始発にハネちゃんが乗らないのも、終電でハネちゃんが帰ってこなくなったのも、嫌だったはずなのに、それもなくなってしまった今は、寂しくて仕方がない。

 世間じゃヘタレ声優とか言われて可愛がってもらってるけど、プライベートでも僕は本当にヘタレで女々しくて重くて、いいカレシじゃなかった。