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【お土産】
大阪と京都でたくさんお土産を買ったので、全部梱包して、大阪から実家に送った。けど、文哉に買った魔法の杖だけは、私と文哉が住んでいた高田馬場の住所に発送した。そろそろ届いている頃かもしれない。
でも、今日はお土産をフミアニに渡す以外にも目的があって、私はフミアニの店の閉店間際に、私の『いつもの』生クリームパフェを注文し、他のお客もいなかったので、二階にはいかないで、カウンターでフミアニに買ってきたお土産のラムネ味の八つ橋を一緒に食べた。
「水色の八つ橋って綺麗だな」
珍しそうにラムネの八つ橋を観察し終えると、フミアニは豪快に一口で食べてしまった。
私は半分齧って、中の白いあんこも観察し、口の中の味と答え合わせをするように咀嚼した。
「中は白あんかと思ったけど結構ラムネの味だね」
「だな。ってかさ、文哉、年末帰って来たんだぜ?」
「うん。知ってたよ」
今度は生クリームを口いっぱいに突っ込んで胃に流し込むように食べた。八つ橋より対レクトに甘い。なんとなく週に一回のペースで注文するけど、そういう時はストレスが限界な時だ。
「今日ね、文哉から実家に出演したアニメのDVDだのイベントブルーレイだの、缶バッチにアクリルスタンドにブロマイド、自分のかかわった仕事のもの全部送ってこられたの」
「それで?」
「私もね、嬉しいんだよ。でも凄く文哉が遠くに行っちゃったような気分になるの。物理的な距離をとったのは私なのにね。でも、今回どうしても納得のいかないグッズが届いたの」
私は鞄の中にプチプチで包んだ手のひらサイズの小瓶を取り出した。
「なにそれ」
「文哉の香をイメージした香水なんだって」
「は?アイツ声優だろ?そんなグッズもあんの?」
「私だってビックリしたよ」
中の液体は薄い緑色で、瓶は艶消しの加工がしてある物だった。瓶の形状はまるでコレを一吹きすれば魔法少女に変身できるんじゃないかってくらい可愛らしく、瓶の見た目だけだったら文哉のイメージとはかけ離れていると思った。
「どんな匂いなわけ?」
フミアニも厄介なものを見ているような表情をして、私に訊いてきた。
「まだ嗅いでないの。文哉の部屋で検証したいなって思って」
「実家に残したままの文哉の部屋の匂いと比べるってこと?別に文哉イメージってだけで文哉の体臭の香水じゃないんだろ?」
「変なこと言わないでよ。でもさ、ちょっと思い出したいんだよね文哉の匂い。だから、今夜お邪魔してもいい?」
文哉の匂いが、好きだった。別になにか香水をつけているわけでもないのに、文哉の匂いは特別いい匂いがした。柔軟剤の香とか、シャンプーの香とか、そういうのとは違うし、DNAが遠い男を女は本能でわかるって言うけど、そういう感じなのかな。とりあえず、凄くいい匂いのがするっていうのは確かだ。洗濯物を一緒に洗っていたけど、文哉の服にしかしない文哉の匂いが存在する。
正直、私は文哉のベッドの匂いが好きすぎる。
だから、この文哉をイメージして作られた香水にガッカリさせられるのが嫌だった。絶対文哉の本当の匂いなんて入ってないんだから。
きっと嗅いだら寂しくなる。恋しくなる。だったらせめて文哉の部屋で落ち込みたかった。別れを告げて、逃げてきて、こんなのズルいってわかってるけど、本当はテレビから聞こえる声じゃない文哉の声が聴きたい。けど、今は何を話したらいいかわかんない。
「まぁいいけど、だったらさ、たまには宅飲みしようぜ?ちょっと待ってな」
そう言うと、フミアニはカウンターから奥の倉庫にしている部屋に入って行った。けど、すぐに出てきたと思ったら、エコバック、しかも文哉の出演しているアニメのキャラクターの描かれているものを持ってきて、カウンターの机に重そうに置いた。
中を覗くと酎ハイの缶が六本入っていた。全部9%の強いアルコールのだ。
「コレ、お土産のお返しってことで。今夜は親いるし先に家に行っててくれよ。文哉の部屋入って一緒に飲もうぜ?」
「うん」
とっさに元気のない返事をしてしまった。
けれど、私は自分のことをわかっていた。今の私は元気がない。別れを切り出した時、文哉も言っていたけど、私はあの時鬱病手前で、今はきっと双極性障害。自己診断だから早くどこか病院に行くべきだと思う。けど、この病名をつけて欲しくなかった。
精神的に障害のある女が文哉のカノジョでいてはいけない気がする。
だから、新しい仕事を探していても、歯科技工士でいたいのか、他の仕事でもいいのか、悩んでいた。
新潟で生きていくと言ったけど東京に比べ、なにもかも圧倒的に求人が少ない。特に技工所なんて車で一時間とか通勤に平気で時間がかかる。もし、前の技工所と待遇が一緒だったら、今度こそ私は壊れてしまう。
過労で倒れるならまだいい。でも、メンタルは回復に時間がかかる。そもそも一回ダメになったら、もう元の自分には戻れないような気がする。ううん。きっと戻れない。
前は文哉が支えてくれていたから続けてこれた。そんな文哉は今、隣にはいない。
壊れたくない。
「じゃあ、待ってるね」
フミアニがくれた缶チューハイの入った袋を持って、店を出ると駐車場に置いていた車には少ししか止めていなかったのに雪が掛け布団をかけられたみたいに均一に分厚く積もっていた。それから車に乗って五分。文哉の実家に来た。
フミママとフミパパに夜ご飯を一緒に食べようと言われて、フミママのビーフシチューを食べた。
おふくろの味だった。泣きそうになって、ティッシュで慌てて鼻水をかんだ。
随分長く食べていなかったけど、文哉の家でこうやって食卓を囲むことは久々で、懐かしいのに、身体には馴染みがあった。
でも、文哉の席に文哉がいない。そもそもいつもテーブルで私が座らせてもらっている席は、いつまで私が座ってもいい席なのだろう。
文哉に別の恋人ができたら、その人がきっと座る。私じゃなくなる。
嫁でもないのに、私はフミママと当たり前に一緒にお皿を洗った。いつもだったらその間に文哉がお風呂を洗いに行く。けど、今日はフミパパがお風呂を洗いに行った。
私は、この家に勝手に溶け込んでるけど、文哉がはじき出してくれないなら、自分から去るべきだと思った。
「ねぇハネちゃん。あたしがこんなこと言うのも変なんだけど、文哉ってキャラがいいと思わない?」
「え?」
最後のお皿を拭いていたフミママがふいにそんなことを言った。
「なんか文哉の出てるアニメのイベントのDVDみてたら『ああ。おいしいキャラだなぁ』って思ったのよ。ヘタレで泣き虫でちょっと天然っていうの?ゆるいっていうか、俺が!俺が!って前に出て行かなくちゃいけない業界のはずなのに、文哉は『オチ』なのよ。上手く会話に入れてもらえて会場を笑わせて、なんだか印象に残るの」
「それは私も思います。若手だからって言うのもあるかもしれないけど、愛されキャラだと思います。なんかあの甘ったれたヘタレスマイルが母性に刺さるというか、女性ファンを増やしていっている気がします」
今の私は上手く笑えないけど、なんだか文哉のフニャフニャした笑顔を思い出すだけで心が温かくなったような気がした。
「母親の私がいうのも変かもしれないけど文哉があんなにトントン拍子に売れて、タレント性がある子だったんだなって知って、驚いてるの。声優になりたいから専門学校に行きたいって言われた時も、応援してあげたかったけど、ほぼ生まれた時から劇団に所属して子役としてキャリアを積んでいる人だってたくさんいるし、そんな人たちに紛れて二年間で声優になれるわけないって、学校のパンフレット見た時には思ったりもしたわ。けど、他のことを、例えばハネちゃんみたいに国家資格が取れるわけでもないから、二人が東京で同棲することは全く問題ないと思っていても、ハネちゃんのヒモになっちゃったらどうしようって、本気で悩んだもの」
フミママの言うことはあながち間違いじゃない。そのルートの世界線だってあったかもしれない。けど、文哉は売れた。専門学校も特待生ですぐに今の事務所からのスカウト、初めて出たアニメキャラは文哉を一躍有名にして、人気声優にのし上げた。
もちろん、文哉にはその素質があったんだろう。だから文哉は周りが心配していた想像以上の結果を残し続けている。
