幼い頃から迫害されていて、けど育ての親に恵まれて、とても優しい性格で……だからこそ、壮大な物語の中で彼は、ラスボスたる大きな存在感に悲哀や憂いを滲ませるのだ。

 自分の物語に深みを出したかった作者の先生は、きっとそれでご満足だろう。確かに、色々とエピソードがエモくてとても面白かった。だからこそ、アニメ化だってしたんだし。

 けど!! こうして、大好きな小説の世界に転生して、彼に会うことの出来た私はそんなディミトリが苦しむだけの事故などは、決して欲しくはない!!

 今はまだ授業が始まる前の朝だから、もしかしたら廊下を懸命に走れば、ディミトリはまだ校内に居てくれるかもしれない。

 間に合って。間に会って欲しい。走って、今すぐにそこまで行くから。

 けど、もうすぐ死ぬ予定の私の胸の奥にある心臓は、もう無理と大きな悲鳴をあげていた。ぎゅうっと、心臓を誰かの手に掴まれるような感覚。

 痛い苦しい辛い。けど、走らなきゃ。

 どこか遠くから先生が「廊下は走るな!」と怒っていたような気がした。

 けど、私だって必要がなければ廊下は走らない。国宝級の推しの顔面に傷が入るかもしれないとんでもない緊急事態なので、後からちゃんと怒られるのでどうか今は許してください。

 昨日の私は、初めてディミトリと話すことが出来て浮かれていた。

 浮かれていて、馬術の授業で遠乗りに行くということの意味が、彼の顔にあった怪我と結びつかなくて……。

 ああ……。