「む、無理、ですぅ」
「なぁにが無理だ!教えたろう!俺がやれと言ったことは!?」
「ぜっ、ぜったい、やるぅ……!」
「そうだ!なら行け!そのまま発声しろ!あえいうえおあお!?」 
「かっけ、きっ、く、ぅええお、っぐあー!」
「この軟弱者がー!」
 
 現在、発声練習を行っている真っ最中だ。
 よくある練習なら、こんなに苦しみの声を上げることはないんだけど、いらないオプションが付いてきているから辛くて仕方がない。
 オプションとは、背中に大声で指示出しする冠城座長が乗っている、というもの。せめて黙っててくれないかな!
 咳き込む僕の背中から降りた座長は、あーだこーだと僕を怒鳴りつけているようだけど全く耳に入ってこない。溶けた僕へひとしきり文句を言い終えたらしい。やれやれ、と座長は肩をすくめた。

「あのなあ……。背中に重りを乗せた状態で腕立て伏せ。それをキープしての発声練習。これほどお前にぴったりなやり方、世の中にないぞ」
「あるでしょうが!どっちかといえば腹筋キープしながらのほうがメジャーかと!」
「ないない。残念ながら、俺とお前の世界にその概念はナイ」
「じゃあここどこなの!?亜空間!?」
「それはお前……ああ!閃いた!20XX年……世界は混沌に満ち溢れて……」
「腹筋しながらにしますね!さ、せ、し、す、せ、そ、さ、そ!」

 何かを走り書きし始めた座長は僕を見ていない。さっと陰に隠れてそこで練習することにした。声でバレるかもしれないけど、一瞬でも逃げたい。

「……あぁ!?東雲は!?おい、アイツどこいった!?」

 優しい先輩がお手洗いに行ったと伝えてくれた。それは仕方ないな、なんて返して座長は大人しくなる。そっと覗いてみると、真ん中にあるテーブルで執筆作業を始めたらしかった。

(……これ、戻らなかったらなんとかならないかな)

 急にお腹が痛くなってとか、気分が悪くて、とか。言い訳なら沢山思いつく。座長はそういう場合すぐに帰してくれるし、思い切ってやってみようか。
 ……だけど。

(それって、また逃げてるだけだ)

 正直、今の指導は僕に合ってないと思う。でも座長が言うから仕方なくやってるんだ。ってさ、それも言い訳してる気がする。
 僕は意を決して陰から出た。そのまま座長のところへ歩いていく。気配に気が付いたのかふと顔をPCから上げた座長は僕を見るなり、素早く立ち上がった。

「おいコラ東雲ェ!貴様いつの間に」
「冠城先輩。僕達合ってません」
「はあ!?何だって!?」
「やり方、合ってません。申し訳ないですけど、このままじゃついていけません」
「……」
「方針を変えてもらえないなら退部させてください。お願いします」

 僕は深々と頭を下げた。すぐに台本ハリセンが飛んでくるかと思いきや、来ない。
 恐る恐る顔を上げてみると、鬼の形相に変わりはなかったけど、どこか、ええと、なんとも言えない表情をしていた。座長はうーんと考えてから、僕の顎を台本ハリセンで上げた。

「ぐえっ」 
「見てろ。お前がどれだけ軟弱フニャフニャ腑抜けか教えてやる。男性諸君!あー……っと、出来ればガタイの宜しい方、どうかお力添えを!」

 座長がそう言うと、団員の中で一番筋肉質の方がやってきた。座長は腕立て伏せの姿勢を取ると、自分の上に乗るよう指示をした。僕も筋肉質の方も「えっ」と困惑の声を出したけど気にせず、そして容赦なく体重をかけて乗るようにと言い出した。
団員の方は申し訳なさそうな顔をして、乗った。
それでも姿勢が崩れないのを見て、驚いているうちに、座長は発声を始めた──。
 
「──っしゃあ!」
「……」

 姿勢も崩さずずっと腕立てをし続け、わ行まで言い切った座長を前に、僕は呆然とした。座長は筋肉質の方にお礼をしてから、汗で張り付いたんだろう前髪を爽やかに払いながら言う。

「……ふぅ、ざっとこんなもんだ。ほら、裏方の俺が出来るんだ。しかもお前とは相当体格が違うのに。俺よりデカいお前が出来なくてどうする」
「いや……それは流石に暴論というか」

 言いたいことは分かる。僕は座長より背が高い。けど中肉中背だ。筋骨隆々じゃあない。そうやって、元々の体の作りだったり筋力だったりで、出来るかどうかは別の話じゃないか。……と思いつつも、座長がそれをやってのけた、ということは自分がまだまだ未熟なんだろうか、と迷いも出てきた。
 うーんと悩んでいた矢先、ぽん、と両肩に手を置かれてぱっと前を見る。
 
「分かるぞ、東雲」
「え?」
「俺たちは今磁石であり、反発している状態だ。そう言いたいんだろう?お前は俺のやり方に不満があり、俺はお前への指導を間違えてないと思っている」
「ええっと、まあ、そう……?ですかね……?」

 僕の返答に、座長は頭が取れそうなくらい頷いている。
 
「俺もな、ただの鬼じゃない。人間なんだ。腕立てをやっている時思案してな、良い打開策を思いついたんだ」
「えっ……本当ですか……!?」
 
 もしかして、もう少し軽い訓練にしてもらえるのかな?後々出来るようにはするけど、そのワンステップ前とか!僕が内心ウキウキしたのはものの数秒だった。
 
「無理やりくっつけてみよーっ☆」
「……は?なんて?」
「東雲」
「ひえっ!?は、はひぃ!」
 
 考えている間もなく、またも目だけ笑っていない笑顔がゆっくり近付いてくる。怖すぎ! 
 
「この世には……瞬間接着剤という便利なものがあるそれを使えば反発する磁石なんぞ俺たちの敵じゃないそれにガムテープやらでぐるぐる巻きにして一つにまとめることも出来るんじゃなかろうか?ああ、理系の友人に詳しいのがいてなもしかしたら教えてもらえるかもしれないとにかくお前は椅子にくくりつけておくからなもう逃げられないぞ♡おい縄と台車持って来い!俺たち出かけてきまぁす!」
「それぜ〜ったいなんにも解決しないって!助けてA〜!」

 ジタバタする僕を、さっきの筋肉質の方が羽交い締めにする。ごめんね……と心底申し訳なさそうな声がする。きっちり椅子に括り付けられた僕は、台車に乗せられ、曰く、理系の友人のところへ運送されるのだった。
 こんなのってないよ!最悪!絶対辞めてやるーっ!

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