「──そっか、あの公演、観に行ってたんだ」
「後学のために色んな分野知っときたくて」
「へえー」

 すぐに食堂へ入った僕たちはご飯を持って席に着く。僕は親子丼、Aはおろしハンバーグ定食だ。Aの目は少し輝いているように見える。カラコンって光るものもあるのかな?お互い「いただきます」としっかり手を合わせてから食べ始める。うーん、卵美味しい!

「いやはや……初対面なのによくこんなんとご飯する気になったな」
「だからお礼だって言ったじゃん。でもなんだかんだラッキーだったかも!前から話してみたかったし」
「……珍しいやつ」
「そうかな?」
「ん、みんな逃げてく」

 Aは入学式から色んな意味で目立っていた。僕含め、みんな怖がって遠巻きにしてたけど、いざ話してみると穏やかでサッパリしてる人だ。
 曰く、Aは人とコミュニケーションを取るのが苦手だそうだ。どうしてもぶっきらぼうな話し方になっちゃったり、見た目の奇抜さも相まって、余計人が寄り付かなくなったらしい。
 この食堂はいつも混んでいるから、相席なんかが恒例なんだけど、Aが座るところに空席があっても、避けられることが多いみたい。だから早々にここへ来るのをやめたらしい。気にしてなさそうに話すけど、本当はすごく気を遣ってるんじゃないかな。見ず知らずの僕を助けるほど優しいんだから。
 人を噂や見た目で判断しちゃいけないって改めて思う。諸々謝られたけど、気にしないよと伝えた。どうも、と返ってくる。ふふ、やっぱりぶっきらぼうだ。
 話題はサークルに変わる。

「色々見には行った。オーキャンも来たし」
「そうだったんだ!どっか入るの?」
「……ただ勉強したいだけでここ選んだからなあ。それ特化のサークルがあるなら入部すっけど、今んとこ黙々と勉強したほうがためになりそ」
「ゲリラテストもあったしねえ……」
「あーね」

 ここ、柳緑大学ではゲリラテストというものがある。いつ行われるかは、名前のとおりだ。
 内容は受験より軽いものと聞いてたのに、講義内容が入り混じってたりしている、なんて風の噂が流れてたんだ。そのくせ、単位にも関係するテストだから、気を抜いてた生徒は冷や汗をかきながら受ける。知って対策していた僕もちょっとヒヤヒヤした。思い出すだけで萎びちゃうのにAは涼しい顔をしてる。流石だ。

「みんなギャーギャーうるさかったな。ま、ぶっちゃけ“意地悪問題”もあったけど、ちゃんと聞いてりゃ講義の癖で分かるしテキスト暗記して対策しとけば全部解ける」
「わー……言うことが違うなあ。僕もさ、入ったからにはしっかりやらなきゃって思ってるんだけど。……そのう、さっきの、ね」

 Aは頷きながらお味噌汁を飲んでいる。僕はお新香を摘む。

「……オーディションは自分の意志で受けて……運良く受かったんだ」
「興味ねえおれでも、劇団の倍率高いってのは聞いてる。受かるのすげえじゃん。……にしては逃げてたけど。まあ、あれは逃げ案件でしょうね」
「あはは……。だけど、理由があって退部届出し続けてるんだ。だけどなんでか逃がしてくれなくて……」
「へえ。それ訴えようか?何かに当てはまると思うけど。ええと、待って確か六法文書の」
「いやいやいや!」

 不穏な言葉が出てきて僕は変な汗をかく。一瞬でお新香の味が消えた。少しもしょっぱくない。

「んだよ、関係良くねえんだろ」
「いや、座長と仲悪いわけじゃないんだよ。でも、なんていうか……」
「?」
「……僕を、過大評価しすぎで」

 そう。座長は、こんな……こんな僕を──。

「そりゃあするともさ」
「うわあ!?」

 急に僕の隣へ座長が飛び込んできた!途端にAはすごく苛立った声を出す。口に運ぼうとしていたハンバーグを、とても大事そうに皿へ戻してから左隣を睨みつけている。

「てめえ……さっきからしつけえんだよ。ご飯くらい静かに食べさせろ」
「残念!俺も今から昼食だ!ということにした!さっきたらふく食ったがな!ハッハッハ!」
「アーハイハイ陰から聞いてたってわけね。陰湿、陰険、湿っぽい。アンタか?毎年梅雨持ってきてんのは。あ?」
「何ぃ!?……ふむ……だがお前のその台詞いいな!メモしておこう!」
「……っせえなぁ……!カナメ、コイツぶっ飛ばしていい……?」

 箸を箸置きへ綺麗においてから、Aは立ち上がる。僕は机に腹ばいになって二人の間に滑り込んだ。

「だめだめー!座長!分かりましたからAは巻き込まないでください!僕らのことに関係ないでしょ!」
「巻き込むも何もこいつがさも当然のようにお前を匿うからだろう」

 座長の言葉を聞くと、Aの目からスッと感情が消えた、ような気がした。

「……そうなんですよ。ずーっとカナメを追いかけ回して困らせてる奴がいるらしくて、さっきソイツから助けたんです。そのお礼にと今一緒に昼食を摂っているわけでして。ああ、先輩はご存知ですか?廊下を走り回っては叫んでるそのうるせえ奴のこと。2年の冠城、とかいう奴なんですけど、もしかして仲良かったりします?」
「〜〜〜〜〜Aーッ!」
「ちっ……何でどこ行っても名前割れてんだよ」

 ……去年まで一番有名だった冠城先輩を越えたのが、このA。今やこの大学で名前を知らない人はいないはず。その二人が大声で話してるもんだから、他の生徒はこっちをチラチラ見てる。Aには悪いけど目立ちたくないんだよ〜!やめて〜!

「ああ覚えているともさ!俺は普段演劇以外の勝ち負けにさして興味はないが、ここを現役で合格、しかもオール満点だと聞いた時には流石にひっくり返ったぞ!あ、これは比喩表現であってだな、そんなこと聞いたくらいで本当にひっくり返るわけが」
「んじゃ、この話はこれで終わりってことで。カナメ、食べよ」
「あ、う、うん」
「ぐぬぬ……!貴様ぁ……!」
「文句垂れんなら完食してからにしろ。作ってくれた人に失礼だろうがよ。食べたあとなら好きなだけ相手してやるよ」
「む……それは、そうだ。いただきます」
「……変なとこしっかりしてんな……」
「そうなんだよねぇ……」

 そこから座長は大人しくなった。Aの言葉が本当に腑に落ちたんだと思う。僕とAは時たま話しながらもご飯をしっかり食べ終えた。
 その後、またシュバッと消えていった先輩を見送って、僕たちは移動の準備を始めながらまた話す。その中でぽつりとAが言った。

「……あのさ、Liteの友達追加してい?カナメが嫌じゃなかったらだけど」
「うん、しよしよ。僕もそれ聞こうと思ってた」
「……どうもね。んー……おれコード出すわ」
「はいはーい、ちょっと待ってねー」
「……お恥ずかしながら」
「うん?」

 友達登録が完了したところでまたAが呟いた。そこから暫く間が空いて、彼はやっと喋った。

「私め、Liteのじゃなく、現実世界での“トモダチ”と呼べる人がほとんどいないので……カナメが二人目」
「え、そうなの?意外。A優しいからさ、もっといるのかと思った」
「いや、全然。小中高とハブだったし」
「え」

 ハブ……って、ハブられてた、の略?言葉が出なくなる僕に、そのままのテンションでAは話し続ける。

「おれ、高校は彩都だったんだけどさ。まあ、変わらずこの見た目で過ごしてましてね」
「えぇ!?彩都って、校則厳しすぎるあの彩都!?」
「はは、その反応、和真と一緒でウケる」

 ウケるとか言いながらまったくの無表情でスマホを弄るAは、僕に画面を見せてきた。見ながら話を聞くに、Liteの友達機能の中では、バイト先のグループトーク、店長・副店長さん、双子のお姉さん、同居人さん、そして話に出てきた一人目のお友達、和真君、という子。確かにその人たちしか登録されていなかった。でも、僕の経験上思ったことがある。

「友達ってさ、多ければいいってもんじゃないよ。Aが仲良くしたいって思った人とだけ付き合えばいいんじゃないかな。……ってなんかAが僕と仲良くしたいみたいな言い方に」
「いや、そうだから持ちかけたんだけど」
「へ」
「……なんか似てるな、と思ったので」
「?」
「なーんでーもない。……ん」

丁度、Aのスマホが振動した。Liteへメッセージが届いた。同居人さんからみたいだ。
 通話をしたいとのことで断りが入る。僕は頷いて少し離れた。それでも聞き耳を立ててしまうのが人間の嫌なところだ。返事も変わらずぶっきらぼうだけど、なんだかさっきよりとても穏やかで優しい気がする。通話を終えたAが戻ってきて椅子へと座る。食堂を出ながら僕は聞く。

「これから講義?」
「んーや。もう取るもんねえし図書室行こうと思ってたけど……。なんか用があるから迎えに来るって、うちの」
「そっか」
「じゃあ……なんかあったらLiteで」
「うん!今日はありがとう!」
「……どういたしまして」

 去り際にひらひらと手を振るAの後ろ姿、すごくかっこいい。
 Aの話は、満点合格の首席だとか奇抜だとかそれが中心だったけど、実は女の子から『喋らなければイケメン』『千年に一度のなんたら』と有名だったりする。それが本人の耳に届いてるのか、はたまた気付いてるのかは分からない。ぶっちゃけ、さっき起こしてくれた時近くで見た顔は、信じられないくらいに美しかった。綺麗、というか美しいが当てはまる。うまく言えないけど。

「しーののーめくんっ♡」
「えっ?はい?」

 ふと、後ろからかわいい、ようなそうでないような声が聞こえた。振り返るとそこにはもちろん。

「座長!?うわぁっ!?」
「やぁ〜っと捕まえたぞ……!ほら!稽古だ稽古!」
「ウワーッ!助けてぇ!」

 縄でくくられた僕に、もう抵抗する術はない。とにかくAのように言い返すための語彙力を鍛えよう。僕はそう思いながら、大人しく引きずられていくのだった。

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