「待てーッ!東雲カナメーッ!」
構内に響き渡るその声に、すれ違う人みんなが一瞬反応した。けれど、すぐに、またかと言いながら避けて行ってしまう。
みんな、その姿と、やけに通るその声に聞き飽きているからだ。その存在から頑張って逃げている僕こと東雲カナメは「どうしてみんな助けてくれないのー!?」と心のなかで叫んでいた。声の主は僕に向かって喚いている。
「お前ェ!俺が書いた渾身の作品から逃げるというのか!?信じられん奴だな!」
「作品はとーってもいいんですよ!?好きですよ!?でも座長が怖いからーっ!」
あれから僕は退部届を出し続けている。だけど座長は絶対に認めてくれないんだ。
一度目は目の前で破かれ、二度目は丸められてゴミ箱へ。三度目は校舎裏に連れて行かれ、焼却炉で一緒に燃えていくのを見つめた。四度目は「大型新人!」と謳い文句が付いたフライヤー(チラシ)を掲示板やらそこらへ貼られ急いで剥がした。次はないぞ、と脅されたけどその次をやってしまった僕は、今まさに追いかけられている。
縄と鞭を持って追いかけてくる座長は怖すぎる。下手なホラーより恐ろしい。さっき「一応飴も持ってきたから!」と叫んでいた。たぶん“飴と鞭”とか言いたいんだろうけど、それ全く意味ないです!
「怖いだと!?俺はただ指導してるだけだろうが!」
「あんなの指導じゃないですよ!……っう!?」
ちゃんと前を見ていなかった僕は、曲がり角で誰かとぶつかってしまった。転んだ僕へ謝ってきたのは、派手な髪の色に個性的な服装の人だった。
この格好からして、たぶんこの大学で一番有名なあの人だろう。同じく尻もちをついていたけど、すぐ立ち上がり僕を引き起こして、怪我はない?とも聞いてくれた。すごいな、髪の毛ってこんなにハッキリ紫色になるんだ。っていうか入学式の時ピンク色じゃなかったっけ?
「逃げても無駄だぞ東雲ぇ!」
「ひいぃ!そうだったぁ!」
なんて安心したのも束の間。
すぐに後ろからあの叫び声が聞こえてきて、僕はパニックになる。逃げようとしても足がもつれてまた転びそうになった。すると、派手髪の彼は庇うように背中で僕を隠した。どうしてか困惑していると、そのまま、と指示を受ける。
僕が誰かに追われていると察してくれた、のかな。怖いとかって噂を聞いていたけど、もしかして優しい人なのかも……?
そうこうしているうちに角から飛び出してきたのは座長こと、冠城ツバサ先輩だった。
「東雲ぇ!……ん、なんだお前。どけっ!」
座長の声のデカさと攻撃性に団員の中で勝てる人はいない。というか、学内にもほぼいないレベルだと思う。
だけれど、僕を守ってくれているこの人は、何ら気にしていない。逃げる姿勢すらも見せていない。この人なら座長に勝てるかも!と安心したところで、凛とした声がした。
「……冠城先輩、でしたっけ。お噂はかねがね」
「噂……?ああ!あのクソ噂かァ!?どいつもこいつも俺が団員を怖がらせてるなんて嘘流しやがって!」
「実際、この人怖がってるみたいっすけど」
「んがーっ!いいからそいつをよ、こ、せ!」
「は?いくらなんでも頼み方ってもんがあるんじゃないすか」
「なんだとぉ!?」
返ってくる言葉に座長は相当怒っている。だけど、やっと気付いたのか、間に入ってくれている彼を指してまた叫ぶ。
「分かった!お前、首席入学したやつだな!?2年でも噂になってたな。そうだ!お前もうちに入らないか?ふむ、顔も良いし、個性的だ。舞台映えしそ」
「いやお断り」
食い気味にその言葉を受けた座長は地団駄を踏んだ。文字通り、どすどす踏んだ。
「ならー!そいつをー!返せーッ!」
「うるっさ……んだこいつ。……融通利かなくて大変そうすね」
「あはは……」
何度言い返しても上手く言い返される。今回は勝てないと思ったのか、ぐぬぬ!とわざわざ口に出して座長は去っていった。シュバッ、という効果音が似合う。やれやれ、と言う彼に、僕はお礼を言った。
「ありがとうございました!……あのう、たぶんA君ですよね?今あの人が言ってた通りどの学年でも」
「ストップ」
「え?」
それは事実だと頷いたけれど、首席云々の話は聞き飽きた、話題に出すな、と一線引かれた。眉間にシワが寄っている。
そういえば、自分も過去に同じような気持ちになったな、と思い出してすぐに謝った。言うほど彼は気にしてなかったみたいで、別に、とだけ返ってくる。
「じゃあおれ行くんで、しののめ……さん?まだどっかに隠れてたほうがいっすよ」
「あっ……!僕、同じ1年なんです。そうだ!ちょうどお昼だし、よかったら奢らせてくれませんか?お礼も兼ねて!」
助けてくれた彼は少し考えていたけど、割り勘&タメ口でなら、とOKしてくれた。

