宝石の涙-涙を金に換える家-

第3話 サラの涙

はじめてサラと出会ったのは、私が“泣き方”を教えられる前だった。

まだ私は、涙に意味なんてないと思っていた。
悲しいから泣く。痛いから泣く。寂しいから泣く。
そういう「普通」が、通用する世界だと思っていた。

その頃私は、施設にいた。
“レクシアの箱庭”という名前の小さな収容所。
涙を流せる子どもたちが集められ、管理され、評価される場所。

その日、食堂の隅でひとりぼっちの女の子がいた。
茶色の髪に、そばかす。
目が腫れていて、顔を伏せて泣いていた。

「……大丈夫?」
そう声をかけると、彼女はびくっと肩を揺らした。
でも、逃げなかった。

「わたし、サラ」
彼女は蚊の鳴くような声でそう名乗った。

「泣きすぎちゃったの」
そう言って見せてくれた手のひらには、
乾きかけた涙の結晶がひとつ、載っていた。

それは、色のない、普通の“幸せの涙”だった。
ごくありふれた、価値のないもの。

「ねえ……エリアちゃんは、黒い涙なの?」
「……うん」

私が頷くと、サラは目を見開いて、それから少し笑った。
その笑顔が、私には不思議だった。

「それって、苦しいよね」

一瞬、心臓を掴まれたような気がした。
誰かに“それ”を言われたのは、あれが初めてだったから。

それから私たちは、夜中にこっそり話すようになった。

「エリアちゃんは、いつから黒くなったの?」
「たぶん、この家に来てから……」
「そうなんだ。わたしも、変わるのかな」

そのときのサラの声は、小さくて震えていて、
それを聞いた私は、どうしていいかわからなかった。

でもその夜、私は初めて“売り物じゃない涙”を流した。
サラの手を握りながら、一緒に泣いた。
痛みじゃなく、悲しさじゃなく、ただ「怖い」という感情だけで。

その涙は、黒くなかった。
まるで、夢みたいに澄んでいた。

しばらくして、サラの姿が消えた。

職員は「引き取られたのよ。幸せになるの」と言った。
でも、私は見てしまっていた。

廊下の奥、黒い袋に包まれた、小さな体。
血の気のない手が、隙間からぶら下がっていた。
誰にも気づかれないように運ばれていく、それが“処分”の意味だった。

彼女は、“涙枯れ”になったのだ。

もう、泣けなくなった。
だから、用済みだった。

その夜、私は一睡もできなかった。

ただ天井を見上げて、まぶたの裏に浮かぶサラの笑顔を思い出し続けた。
あの子は優しかった。私の話を聞いてくれた。手を握ってくれた。

その手のぬくもりが、今でも残っている気がする。

でももう、いない。

誰もいない。

私は泣いた。
自分でも信じられないほど、深く、静かに泣いた。

そのときに流れた涙は、真っ黒だった。

かつてないほど、濃くて、冷たくて、
まるで、底なし沼のような黒。

その涙を、私は一粒、手のひらで握りしめた。

そして思った。

——サラは、これよりもずっと軽く消されていった。
この黒い涙に、そんな価値があるのなら。
私は、サラの代わりに、まだ生きていなくちゃいけない。

そう思った。