第2話 家族のやり方
「お兄ちゃんを呼んできてちょうだい」
ジュディの声に、使用人のひとりが静かに頷いて階段を下りていった。
私はその場でじっと息を潜める。
“お兄ちゃん”が何を意味するか、よく知っているから。
数分後、足音が階段をのぼってくる。重くて、だらしない音。
扉の前に立っただけで、空気が冷える。
「チッ……またかよ」
リアム・サイラス。
ジュディの実の息子で、私の“兄”と呼ばれている男。
乱れた赤茶の髪、皮肉の混ざった目つき。
いつだって不満そうで、私を見るたび舌打ちをする。
「また“泣かせ係”か。母さんもよく飽きねぇな」
「あなたが一番、上手なんですもの」
ジュディは微笑みながらそう言った。
リアムはあからさまにうんざりした顔をしながら、
背中から小さな袋を取り出した。
中には、細い棒やピンセット、小瓶に入った香料などが入っている。
——それは、“泣かせるための道具”だった。
「ほら、こっち来いよ」
私が反応しないと、リアムはぐいと腕を掴んで引き寄せた。
床に膝をついた私の顔を無理やり上に向かせ、細い竹の棒を頬に突き立てる。
「目はダメよ、リアム。腫れると売り物にならないから」
「はいはい、わかってるって」
リアムはあくび交じりにそう言って、
私の頬を、感情のこもらない手つきで引っ叩いた。
ビシッ。
乾いた音とともに、視界が一瞬揺れる。
痛みより先に、恥ずかしさがこみあげてきた。
リアムの靴が、私の膝に軽く蹴りを入れる。
その度に、体がビクンと跳ねた。
痛み、屈辱、恐怖——それらが心を満たし、
その果てに、目の端から黒いしずくが一粒、また一粒とこぼれ落ちていく。
「おー、きたきた。やっぱお前、泣き専用って感じだな」
「その言い方、良くないわよ」
「でも事実だろ? 俺がちょっと小突けばすぐ黒いの出すんだもんな」
ジュディは笑っていた。
その笑みは慈しみにも見えたけれど、私にはただの“満足”の色にしか見えなかった。
「エリア、あなたはね、家族だからこうしていられるのよ」
「……家族、だから?」
震える声が、喉の奥からこぼれた。
ジュディは優しく頷く。
「他人だったら、こんなことしてあげられないでしょ?
家族だから、あなたのためにちゃんとやってあげられるの」
私はその言葉の意味が、まるで理解できなかった。
リアムがぽつりと呟く。
「俺さ、たまに思うんだよ。
もしこいつ、涙が出なくなったら……母さん、どうすんの?」
ジュディの手が、ふっと止まった。
「そうなったら、どうするかは……そのとき考えるわ」
リアムはそれ以上何も言わず、
手にしていた棒をポケットにしまって部屋を出ていった。
扉の閉まる音が、やけに静かだった。
私は、震えていた。
あの人たちは、私のことを“家族”と呼びながら、
泣くための刺激を与えてくる。
それが“愛”だというのなら、
私はそんなもの、欲しくない。
だけど——
「また明日も、お願いね。エリア」
ジュディの声は、優しかった。
私は何も言えずに、その場に座り込んでいた。
「お兄ちゃんを呼んできてちょうだい」
ジュディの声に、使用人のひとりが静かに頷いて階段を下りていった。
私はその場でじっと息を潜める。
“お兄ちゃん”が何を意味するか、よく知っているから。
数分後、足音が階段をのぼってくる。重くて、だらしない音。
扉の前に立っただけで、空気が冷える。
「チッ……またかよ」
リアム・サイラス。
ジュディの実の息子で、私の“兄”と呼ばれている男。
乱れた赤茶の髪、皮肉の混ざった目つき。
いつだって不満そうで、私を見るたび舌打ちをする。
「また“泣かせ係”か。母さんもよく飽きねぇな」
「あなたが一番、上手なんですもの」
ジュディは微笑みながらそう言った。
リアムはあからさまにうんざりした顔をしながら、
背中から小さな袋を取り出した。
中には、細い棒やピンセット、小瓶に入った香料などが入っている。
——それは、“泣かせるための道具”だった。
「ほら、こっち来いよ」
私が反応しないと、リアムはぐいと腕を掴んで引き寄せた。
床に膝をついた私の顔を無理やり上に向かせ、細い竹の棒を頬に突き立てる。
「目はダメよ、リアム。腫れると売り物にならないから」
「はいはい、わかってるって」
リアムはあくび交じりにそう言って、
私の頬を、感情のこもらない手つきで引っ叩いた。
ビシッ。
乾いた音とともに、視界が一瞬揺れる。
痛みより先に、恥ずかしさがこみあげてきた。
リアムの靴が、私の膝に軽く蹴りを入れる。
その度に、体がビクンと跳ねた。
痛み、屈辱、恐怖——それらが心を満たし、
その果てに、目の端から黒いしずくが一粒、また一粒とこぼれ落ちていく。
「おー、きたきた。やっぱお前、泣き専用って感じだな」
「その言い方、良くないわよ」
「でも事実だろ? 俺がちょっと小突けばすぐ黒いの出すんだもんな」
ジュディは笑っていた。
その笑みは慈しみにも見えたけれど、私にはただの“満足”の色にしか見えなかった。
「エリア、あなたはね、家族だからこうしていられるのよ」
「……家族、だから?」
震える声が、喉の奥からこぼれた。
ジュディは優しく頷く。
「他人だったら、こんなことしてあげられないでしょ?
家族だから、あなたのためにちゃんとやってあげられるの」
私はその言葉の意味が、まるで理解できなかった。
リアムがぽつりと呟く。
「俺さ、たまに思うんだよ。
もしこいつ、涙が出なくなったら……母さん、どうすんの?」
ジュディの手が、ふっと止まった。
「そうなったら、どうするかは……そのとき考えるわ」
リアムはそれ以上何も言わず、
手にしていた棒をポケットにしまって部屋を出ていった。
扉の閉まる音が、やけに静かだった。
私は、震えていた。
あの人たちは、私のことを“家族”と呼びながら、
泣くための刺激を与えてくる。
それが“愛”だというのなら、
私はそんなもの、欲しくない。
だけど——
「また明日も、お願いね。エリア」
ジュディの声は、優しかった。
私は何も言えずに、その場に座り込んでいた。
