また十七歳となり数日が経ち七月に。雨の頻度が減り、次第に気温が高くなり始め、制服も夏服に変える生徒も増えていた。
 同時に、今月に訪れる期末テストに勉強に焦っている声も出てきている。それに追加して俺達のクラスは微かに異様な空気感があった。気のせいかもしれないが。
 俺達同好会のメンバーもテストに関しては当然無関係ではなく。活動の中でもテストについての話だったり、実際に勉強をしたりと、主人公になる研究だけでなく生徒の本分にも時間を割くようになった。
 そして今日は、同好会メンバーと『天堂』の中で勉強会をしている。女神にも許可を取り店内の端の席で、たまに何か食べながら勉強をしていた。
「師匠は七割くらい正解でした。細かな計算のケアレスミスがあって、そこが無くなればって感じです」
「お前は九割正解だった。流石はクラスの委員長だな」
 俺の右隣に座る花に答えが書き込まれほとんど赤い丸がついたノートを返す。
「ふふん。能力高い系の主人公みたいになりたくて勉強が出来るように頑張りましたから」
「理由は頭悪そうだけどな」
「ひ、酷いです! あ、でも頭悪い感じも主人公っぽいですよね。えへへ」
「無敵かよ」
 相変わらずの花ではあるのだが、勉強に関してはしっかりとしている。互いにテストに出そうな問題を作り、出し合ったのだが、あらゆる教科で平均八十から九十点台を出していた。
「でも、師匠もすっごく頭が良いいんですね」
「お前よりは劣るけどな。テストの点もトップレベルではないし」
「ボクから見たら師匠の方が頭良いように見えますけど」
「どうだろうな。少なくとも結果に関してはお前の方が上だ」
 と言いつつも、俺はテストに関しては手を抜いている。何度もループしていれば、どんな問題が出るか覚えるし、単純に高校で教わる範囲を反復するせいで、自然と記憶に定着していた。今回は目立たず影が薄いキャラのため、敢えてミスをして中の上くらいにしている。ある程度取っておけば、親からの口出しや先生に何かを言われることがない。それに、万が一の事もある。
「三葉先輩、採点をお願いします」
「……完璧ね、全問正解よ。聞いてはいたけど、全科目が同じレベルだなんて驚き。私、数学苦手で、何かコツとかあるの?」
 一方の二人は、三葉がテストに出そうな問題を出して天堂さんが答えるという事をしていた。
「授業でやったやつが出るんで、聞いてれば出来るって感じです。でも三葉先輩だって、苦手と言っても結構上位じゃないですか。大丈夫だと思いますけど」
 それは嫌味というのは一切なく、当たり前の事を言っているという感じだった。まさしく神の娘に相応しい言動だ。
「やっぱり天才って凄いのね。もう私が教える必要あるのかしら」
 三葉がちらりとこちらを見てきた。
「そんな事ないですよ。教え方上手なんで、いつもより効率的に学べるんです」
「それなら良いのだけど」
 俺の正面に座る天堂さんの答案用紙を見ると、三葉の言う通り全部に丸がついている。同じく花もそれを見て感嘆の声を上げる。
「凄いですね。ボク、どんなテストでも満点を取ったことないんです。こんなに勉強ができるなんて、もしかして、結構お母さんが厳しかったりするんですか?」
「そりゃないだろ」
「どうしてあなたが答えるのよ」
 三葉もしっかりと聞いていたらしくツッコミを入れられる。
「八鬼先輩、実はお母さんと昔からの知り合いだったりします?」
「い、いや。俺の観察の結果、そういう感じなと思っただけだ」
「なるほど! 流石は先輩です!」
 天堂さんは俺の事となると思考力が低下するので助かる。しかし、気をつけなくてはならない。
「厳しくはないです。その逆で、お母さん凄く適当だから、しっかりしなきゃって、思って」
「反面教師だったのかよ」
「ふっふっふ、どう? 私の子はとってもしっかりしているんだよ」
 話を聞いていたのか、女神がイラッとする笑い方で唐突に現れる。
「私が勉強なんてしなくても生きていけるよって言ってるのにするんだ。凄いでしょ」
「それは親の発言としてどうなんだ……」
「あはは……でもおおらかな感じで素敵ですね」
「だよね! ゆとりがあるのって大切だと思うんだ。本人の意思で選択出来るっていうか、そういう環境作るのが見守る者の務めみたいな?」
 そう言いながらしきりに目配せしてくる。だからループさせてると言わんばかりに。恩着せがましい、俺は求めていないのだ。
「ちなみに、とうくんも超勉強出来るんですよ!」
「姉弟揃って、凄いですね!」
 彼女達は全員勉強に関してはトップレベルで、今まで経験してきたどの勉強会よりも質が高かった。その水準の高さを誕生日会でも発揮して欲しいのだが、ままならないものだ。
「そうそう、紗奈と君。十綺が話があるって。ちょっと呼んでくるね」
「俺? 天堂さん何か知っているか?」
「い、いえ」
 どうやら把握していないらしく首をかしげる。少しすると、十綺くんが来て、俺と天堂さんだけに聞かせたいのか店内の花達から離れたところに女神と共に連れられる。
「え、えっと……」
「十綺。言うって決めたんでしょ?」
「……う、うん」
 もじもじして話せないでいた十綺くんに女神は笑いかけながら話すよう促す。こいつが絡むと、嫌な予感しかしない。
「あの今週の土曜日、に練習試合があって、見に来て、欲しくて」
 顔を俯かせてたどたどしくそう言葉を紡いだ。言い終わると、瞳を弱々しく揺らしながら俺達の様子を伺う。
「俺は……」
 練習を始めた時よりも、急速に成長して自信もついてきて、実際の試合でどうなるか気にはなるのだが。承諾すると女神が調子にのりそうな気がして、それを想像するとめちゃくちゃ不愉快な気持ちになった。
「私としても来て欲しいかな〜。天才な君に十綺の凄さを見てもらいたいし、この子も来て欲しいだろうしさ」
 十綺くんは口には出さないが求めるような視線を向けきていた。女神の願いに応えるのは非常に抵抗感があるのだが。
「はぁ、仕方ない。わかった」
「……! ぼ、僕……頑張ります!」
 そして今度は天堂さんに視線が向く。彼女は口を閉ざして表情を固くして弟を見つめていた。十綺くんの言っていた通りのようだ。
「あのね、お姉ちゃん。僕、八鬼選手と練習しているんだ」
「え……」
 目を見開いてそれは本当かと尋ねてきたので、俺は頷いて肯定した。
「八鬼先輩に頼みに行くなんて、とうくん、積極的で凄いね」
「だから、上手くなったと思うから見に、来て?」
 溺愛する弟からそう言われたにも関わらず、即決はせず一歩後退り困ったように天堂さんは頬をかく。
「あたしは……」
「せっかくだしちょっとでも顔出してけよ。活躍する姿を見せたいって頑張ってたんだ」
「十綺がこんなお願いするなんて珍しいんだから。私も行くし、紗奈も来なよ」
「……わかった」
 俺達の説得に折れた、という感じではあるものの行くことを決断した。その選択に十綺くんは安堵の微笑みを浮かべた。
「ありがとう、お姉ちゃん」
「うん、楽しみにしてるね」
「良かった良かった。紗奈、来るんだね……ふふっ」
 十綺くんの喜ぶ姿を守れた事は良かった。しかし、女神の怪しげな微笑みや弟のサッカー絡みで様子のおかしくなった天堂さんも気になって。何か奥歯に物が挟まるような感覚はまだまだ残り続けていた。



 そして当日。俺は試合をする十綺くんの通う小学校の校門前に来ていた。試合は午後の二時からということで、一時に二人と待ち合わせだった。
 十分前くらいに着くと、すでにそこにはもう二人がいた。女神は、オレンジのワンピースに白のシューズを履いていて、手には水色のバッグを持っている。落ち着いているような大人びた印象を与えてきて、普段の言動からは離れ、親としての彼女が現れているようだった。そして、天堂さんの服装は紺色の上下ジャージという姿で、ラフだがスポーティな彼女とは非常にマッチしている。
「やっほー、来てくれて嬉しい! ワンチャンすっぽかされると思ったからさ!」
「何か、今すぐ帰りたくなった」
「残念もう遅いでーす! ここまで来たら付き合ってもらうからっ」
 相変わらずの女神のテンション感で辟易してくる。一方隣の娘は気まずそうで露骨にテンションが低かった。
「先輩、こんにちは」
「おう」
「……」
「……」
 それで会話が止まってしまう。だいぶローテンションな天堂さんにどう接すればいいかわからなくなる。
「まぁ、活躍すると良いな」
「……はい」
「二人とも、もっと元気だしていこうよ! 十綺を応援するんだからねー! さぁレッツゴー!」
 苛つく女神の言動も、この状況だと少しありがたかった。俺達は女神についていき小学校の中に入る。
「お、皆いるねー」
 校庭の方を見ると、グラウンドに二つのユニフォームを着た小学生達がいた。奥側は青を基調とした服、手前の方は赤色が大多数を占めている。それぞれアップをしていて、その様子を側で監督やコーチが声を出し、遠巻きに親らしいき人々が見守っていた。
「ちなみに十綺は青い方だよ」
 俺達は十綺くんのチーム側の後方に位置取りをする。そうしている間にアップは終了し、メンバーは監督らしき白髪のおじいさんの周りに集合。すぐに解散となり、それぞれ水分補給したりベンチで休んだり自由に行動に。
 青い水筒を飲んだ十綺くんはこちらを見つけると、少しはにかんで駆け寄ってくる。
「来てくれたんですね。お姉ちゃんも、ありがとう」
「うん」
 顔色を見る限りとんでもなく緊張している感じはなかった。それに、チームには溶け込めているようだし、チームメイトとも仲良さそうに会話もしていて。思ったより十綺くんは大丈夫そうだった。
「あの、八鬼選手。後でアドバイス欲しい、です」
「りょーかい。ちゃんと見ておくから」
 向上心が高く純真で真っ直ぐだ。今の俺からしたら痛いほど眩しかった。
「お姉ちゃん、頑張ってくるから見てて」
「……頑張って」
「十綺、気楽にね。なんなら負けてもいいんだ、くらい適当でもいいんだよ」
「はーい。それじゃ行ってきます」
 偉い。女神のふざけたアドバイスは適当に聞き流してチームへと合流して、試合の準備を始めた。
 時間も刻々と迫り、両チームの選手は、グラウンドに試合用として引かれた白線中でパス回しを始める。外側からでもわかる緊張感がヒシヒシと伝わってきた。
 天堂さんの瞳は十綺くんを捉えているものの、どこかもっと遠いものを見ているようだった。
「おい女神。お前の娘、弟のサッカー絡みでずっと様子がおかしいんだけど。何か知らないのか?」
 俺は天堂さんから離れて、女神に小声でそう聞いてみる。
「ふっふっふ、そんなに気になるならあの子に聞いてみるといいよ」
「聞けないから、お前から聞こうとしてるんだろ」
 女神の言い方的にどうやらこいつはその理由をわかっているようだ。
「ふーん? でも嬉しいな。そんなに紗奈の事を考えてるっていうのは、ループする前提で動いてないってことだもんね」
「ちげぇよ。勘違いすんな、少し気になっただけだ。話す気がないならいい」
 女神が心底嬉しそうにして、そしてその指摘にイライラもしてきて、俺は女神から離れて天堂さんの隣に。
「お、そろそろ始まるな」
「はい……」
 グラウンドを見ると二チームのスタメン選手が整列して握手を交わしていた。その中には十綺くんもいて、背番号はエースナンバーとしても使われる十番だ。
「そりゃあれだけ上手ければそうなるか」
 俺と練習してから力を発揮して認めらたのだろう。ただ、試合でも力を出せるのかは少し心配だった。
「弟が大好きならその勇姿をしっかりと見なきゃね」
「……っ」
 どこか意味深な言い方をした女神。そしてそれに奥歯を噛み締めた天堂さん。そして同じくして弟の試合が開始された。
 十綺くんは天堂さんに聞かされていた通りトップ下のポジションを任されていた。攻撃の司令塔で、チャンスを作ったりゲームのリズムを作ったり、自らチャンスを決めきるような能力を求められる。そして少し戦況を見守ると、どうやらこのチームは十綺くんを中心にして攻撃するようで、チームメイトの誰もがボールを持つとまずは彼を見つけようとして、可能ならばすぐにパスを出していた。
 受け取った十綺くんもそれに応えるように、プレスがかかっても相手に足を出されても、華麗にかわす。そしてチャンスメイクをして決定的なシーンを作り出していく。あの中では、一人だけ圧倒的だった。
「……マジか」
 それらは予想の範疇。だがある一点において俺は思わず驚いてしまった。それは十綺くんの声出しだ。
「ナイスカット! ヘイ! こっちにボールを!」
 彼は試合の中で一番と言っていいほど大きな声量で声かけをしていた。味方の士気を上げるように、良いプレーに褒めてミスには励ましの言葉を。そしてしっかりとプレーに対する要求も行って意思表示をしている。まるでキャプテンのような振る舞いに目を疑ってしまう。俺が想像していた以上に成長をしていたようだ。
「……っ!」
 しかしながらそんな弟の勇姿に何故か天堂さんは苦虫を噛み潰したような表情で瞳を見開いていた。
「十綺のプレーや立ち振舞、やっぱり似ているよね、八鬼英人に」
「……そうだな」
 思わず昔の俺と重ねてしまうくらいには似ていた。懐かしさと苦しさと、あの頃の幸せを思い出して俺の中でごちゃごちした感情がぐるぐるとしている。
「……ぁ」
 その言葉を聞いた途端、天堂さんは小さく掠れた声を出し、何かに苦しむように顔を歪めていて。
 そんな状態はハーフタイムを挟んで後半戦、そして試合が終わっても変わらなかった。
「十綺の大活躍で勝利ー!」
 結果は四対一で十綺くん達の勝利。彼は二ゴール二アシストと全ての点に絡む大活躍で、間違いなくこの試合のマンオブザマッチだった。
「天堂さん弟の活躍はどう――」
「あたし……帰ります」
「え」
「……ごめんなさい。さようなら」
 引き止める間もなく、天堂さんは逃げるように走り去ってしまう。一瞬見えたその表情は今にも泣き出しそうで。
「くそっ」
 十綺くんと娘をあまり気にしていない女神を交互に見て少し逡巡した後、俺は彼女を追うことにした。
「ふっふっふ」
 それは、何に対するものだったのかはわからないが、背後からそんないつもの笑い方が聞こえてきた。だが、俺は考えるのは後回しに校門に向かって走り出した。



「ここにいたか」
「八鬼先輩」
 あちこち探し回る、ということはなく、小学校近くのいつも十綺くんや天堂さんとサッカーをしていた公園のベンチに座っていた。まるで、迷子になって途方に暮れた少女のようで。俺は彼女の隣に腰を下ろした。
「弟が活躍したのに……どうしたんだ?」
「……」
 天堂さんは地面を睨んだまま口をぎゅっと固く閉ざしている。中々、話してはくれなそうだ。
「なぁ、天堂さん。喉乾かないか?」
「え……」
「近くに自販あったし何か買ってくる。リクエストあるか?」
「そんな気を遣わなくても……」
「別にそんなんじゃない。それよりも、何飲みたい? ちなみに、言わなければ勝手に買ってくるからな」
「強引ですね……じゃあ、水で」
「了解」
 俺は公園内にあった自動販売機に足を向けて、そこで水を二つ買って、また彼女の隣へ。
「ほい、ご注文のお水です」
「お金は」
「俺が勝手にしたことだからな、いらない」
「すみません、ありがとうございます」
 天堂さんは手に取るとすぐにゴクゴクと水を飲んで、かなり喉が乾いていたのか一気に半分も消費する。
「はぁ……」
「随分お疲れだな。それに結構水分、欲してたんだな」
「……実は、そうなんです。助かりました、先輩」
 にへらと力なく笑う。かなり精神的に参っている事が伺えた。
「天堂さん、良かったらでいいんだが何に苦しんでるのか聞かせてくれないか。そんなに辛そうにしてる人を流石にほっとけない」
「先輩……」
「それに、もしサッカー関係で悩んでるなら、尚更だ。俺みたいになっては欲しくない」
 好きな事ができなくなるあの恐ろしさはまだ残っている。
「先輩、ずるいです。大好きな人にそんな事言われて、嫌ですなんて言えるわけない」
 彼女は少し困ったようでもあり泣きそうでもある、複雑な表情をしていた。
 そうして天堂さんは、喋る意志を固めるために一つ深呼吸を挟んで。俺の目を見てついに口を開いた。
「あたし、とうくんの事が大好きなんです。それは本当で。けど」
 それから一つ言葉を切ってから。
「とうくんの持ってる才能は嫌いなんです。えっと、嫌いというか、嫉妬でもあるのかな」
「嫉妬か。俺から見れば天堂さんもかなりの才能があると思うんだが」
「ありがとうございます。確かにそうかもしれません。でも、あたしが欲しかったのは八鬼英人みたいになれる才能なんです」
 今までの天堂さんの行動やさっきの弟のプレーを見ていた目が一気に思い起こされた。
「あたしは先輩みたいになりたいって思いで始めたんです。それはずっと変わらなくて今もそうなんです」 
「一途なんだな」
「けどどれだけ想ってても叶うわけじゃない。結局、あたしはそれを持ってなかった。というか、なれるわけなかった。どれだけあたしに才能があって能力があっても、男と女の差があるんです。中学生になると、男子とはパワーもスピードも違くて、絶対的な壁にぶつかって無理だって思い知ったんです」
 そう自嘲気味に笑うと、眩しそうに悲しそうに目を細めた。
「先輩、あたしはキラキラ輝いて見えた、憧れの八鬼英人になりたかった。『八鬼英人』が欲しかったんです」
 天堂さんは妥協出来ない人なのだろう。技術レベルなら近づける可能性はあるが、それだけでは八鬼ではないという事だ。
「でもね先輩、神様は残酷なんです。そう諦めてた時に知ってしまったんです。弟のとうくんにはそれがあったんです」
 「……あいつ」
 心底あの女神が腹立たしくなった。何を考えて自分の娘にこんな思いをさせるような事をしたのか。
「一番に活躍した試合、それを見た時に感じたのは絶望でした。身近な弟があたしの欲しかったものを持っていたんですから。どうしてあたしにはないんだって、辛くて」
 膝の上に置いてある手は苦しそうで悔しそうに震えている。
「それからとうくんのサッカーは見れなくなりました。大好きなはずの弟が嫌いになりそうだったから」
「……弟を好きでいられるんだな」
「あたしは姉ですし、何より弟を悲しませたくないから……」
 その姉弟愛はとて温かく眩い光があった。
「でもあたし悪い姉なんです。とうくんは、メンタル面で力が発揮できてないって知った時、安心したんです。きっとあたし達にそういう才能はなかったんだって。もうその時点でサッカーへの熱はほとんどなくなってて、やらなくなりました。まぁ、ぱっと諦める事はできませんでしたけどね」
 そうして今度は高校での話へと繋がっていく。
「あたしが先輩に近づいたのは、傍にいれば、先輩みたいになれるかもって考えたからなんです。ダメ元ですけどね」
 そう肩を竦めて口角を少し上げているものの、無理に明るくしようとしていて痛々しかった。
「でも先輩はサッカーを止めてて、一緒にいるだけで近づけるわけもなくて。やっぱり無理なんだーって思ってたら」
「弟のあの姿を見たわけか。……俺のせいだな」
「い、いえ。弟のために頑張ってくれたんですから、悪いなんてことはないです。これは、あたしの問題なんで」
 俺も十綺くんも良かれと思ってやった事が全て裏目に出てしまった。
「……やっぱり、とうくんには八鬼先輩みたいになれる才能があったんです。そしてあたしにはもうないんだってはっきり突きつけらて……もう心がポキっと折れちゃいました」
「……これからどうするんだ?」
 今の俺に元気づけたり彼女の背中を押せるような言葉は持ち合わせていなかった。
「どうしましょう……けど、しばらく同好会はお休みしようと思います。モチベーションもないですし。無意味にこれ以上迷惑かけられませんし」
「迷惑なんて……」
 確かに面倒だと思ったことは沢山あったが、マイナスなだけじゃなかった。それを伝えようにも口を挟む余地は残してくれなくて。
「あたし、これからしばらく一人になって色々考えてみます。花先輩と三葉先輩にも心配いらないって伝えてください」
「……わかった。でも、何かあればいつでも話してくれ、俺でもあいつらでも。きっと力になってくれる」
「ありがとうございます。先輩に話してそう言ってもらえたおかげで少し心が軽くなった気がします」
 そう微笑んでいるものの、強がりにしか見えなくて。何か言わなければ、そう思っても言葉が出てこない。まだ乗り越えていないサッカーに関係していると、どうしても詰まってしまうのだ。
「それと、もし、何か変われそうなものを見つけて、同好会に来る理由を見つけたら教えてくれ。待ってるからな」
 居場所があるのだと、俺みたいに一人で苦しまないで欲しく、何とかそれだけを彼女に伝えた。
「……はい」
 その消え入りそうな返事は、その可能性の低さを物語っていた。
 ふと空を見上げると痛々しい紅の夕焼けが広がっていているが、徐々に藍色が押し寄せていた。それはまるで、日常の終わりを告げるような不吉さと恐ろしさがあった。