金曜日の放課後。クラスの雰囲気はいつもよりも浮ついたものになっていた。その原因は七海と花の二人で。ホームルーム後七海が花を呼び出し共にどこかへ行った事で、皆その話題で色めき立っていた。
「ねぇ英人。七海くん、後藤さんに告白するみたいだよ! 弟子がとられちゃうかも」
「弟子じゃないし、興味もない」
いつものパターンではないがこの展開は知っているものだ。俺は平静を保ちリュックを背に背負った。
「英人、リュックのチャック忘れてるよ」
「あ」
「やっぱり気になるんだ」
「してない! じゃあな」
俺はチャックを閉めて気を取り直し教室を出る。
「師匠さーん、大丈夫かー?」
「弟子に彼氏できちゃうかもねー」
「……」
花の師匠呼びはクラス中に広まっていて、そのせいで煽りが飛んでくる。だが、俺はそれを華麗にスルー。ちなみにトイレにでも行っているのか三葉の姿はなかった。
同好会の無人の部室に行くと、扉の窓越しに中から光が漏れていた。誰か先に来ているらしく近づくと中から真剣な花の声が聞こえて。
「気持ちは嬉しいんですけど……ごめんなさい!」
「そうか……。悪かったな変な事言って。忘れてくれ」
のぞき込むとその少し鋭く低い声の主は、やはり七海だった。どうやら告白イベントに出くわしてしまったらしい。それも、イレギュラーなパターンの。少しの驚きはあったが、それ以上に花の答えに安心している自分がいて少し嫌だった。
「げっ……」
一旦避難しようとする間もなく扉がスライドして、七海がでてきてしまった。
「……」
俺と目が合うと露骨に顔をしかめてギリッと睨んでくるも、すぐに視線を背けて無言のままその場を立ち去った。
「師匠……」
七海が開けっ放しにしたせいで花が俺に気づいてしまう。めちゃくちゃ気まずい。
「もしかして、聞こえましたか?」
「まぁな。最後のとこだけ」
「ですよね……」
普段の明るい様子は影を潜めて、花は明らかに落ち込んでいる。そのギャップにこちらも調子が狂ってしまう。
「何か、飲むか?」
「え」
俺は教室に入り花の隣の席にリュックを置いて財布を取り出した。花は瞳をパチクリとしてこちらを見ている。
「甘いものでも飲んだら気が少しでも晴れると思ってな。奢るよ」
「そんな、悪いですよ」
「いいから。それに、そっちがそんな調子だとこっちも変になるんだよ」
譲る気はないと悟ったのか花は困ったような苦笑を浮かべて。
「……じゃあ、温かいココアを」
「了解」
一階に降りて、花の分とついでに俺の分の麦茶を買ってすぐに戻る。
花は席に座って物憂げち窓の外を眺めていた。その空は灰色の雲に覆われていているが、向こう側にある陽の微かな光によって、少し明るかった。
「ご注文の品」
「あ、ありがとうございます」
俺も座り少し乾いていてた喉を麦茶で潤した。花は、熱いため蓋を開けてからふうふうと少し冷ましてから、ちょびちょびと飲む。
「……はー」
花は飲んでから安堵と疲労が混ざったため息をつく。それから俺も彼女も話すことなく、手持ち無沙汰にドリンクに口をつけていた。
俺と花だけというのは何だか久しぶりだ。四人でいるのが多くなっているが、最初は花と二人きりだった。いや、そもそもここは一人でいるためのだけの場所で。だが今は、二人でいるのですら少し変な感じがしてしまう。
「……ふふっ」
「何だよ」
ふと、花がこちらを見ているのに気付き目が合うと淡く微笑む。普段と違う穏やかな雰囲気で。
「改めて師匠は、優しくて気遣いの出来る方なんだなって思ったんです。悪役好きなのに」
「さっきも言っただろ、俺のためだって」
「はいはい、そうですね」
俺の心を見透かしたような反応は気に食わないが、多少元気になったようでほっとする。それからまた静寂の中を花の様子を伺いながら過ごしてから。
「……あれだな。告白、断ったんだな」
どうしても気になってしまい、そう踏み込んで尋ねる。
「仲は悪くなかったよな」
「はい、去年も同じクラスでしたし、悪い関係ではなかったと思います。でも……」
花はそこから押し黙ってしまう。何か悩んでいるようで、じっとココアを見つめ続ける。
だが、しばらくすると意を決したように、ココアを力強く掴むとごくごくと一気に飲み干した。
「ほっ……師匠なら大丈夫、かな」
自らに言い聞かせるようにそう呟くと、それから花は心の内をぽつぽつと明かしてくれた。
「ボク、中学の頃友達に裏切られた事があるんです。その時は他にも大変な状況にあって、精神的に凄く辛くなっちゃって。それで人と仲良くしたり信じたりするのが難しくなったりして」
花は重々しく言葉を紡いで話す。
「今は少しずつ良くはなっているんです。クラスにも沢山の友達がいますから。けれど、深い関係は誰一人いなくて。それは人を好きになりきれなかったり信用しきれなかったり、するからなんです」
「そういえば言ってたもんな、好きになりたくないみたいな事を。なるほど、それで七海の事も」
その時血圧がどうのこうのと軽い感じで言っていたが、それは深刻さを隠すための鎧だったようだ。
「はい……だから今でも師匠や皆の事を信頼して好きになりきれそうな自分と怖がってそれを否定している自分がせめぎ合ってて。ボクに良くしてくれているのに、最低……ですよね」
最後にそう締めくくって自嘲気味に笑う。その姿を目にすると、胸がチクリと痛んで似合わない、そう感じた。
「こ、こんなに重い話しちゃったら困り……ますよね。ごめんなさい師匠、やっぱり聞かなかったことに――」
「良いんじゃないか。別に信用しなくても」
「……へ?」
俺の答えに文字通り目を丸くして、呆けたような声を出した。
「疑うって悪い事じゃないぞ。実際、変な奴もいるわけだし、リスクを抑える意味でも重要だ。それに、自分を高める上でも必要な能力だしな」
「高めるって?」
「スポーツでは特になんだが、自分や相手を疑える奴は、常に自身を向上させ人に流されず誤った道に進みづらい。それは、勉強でも人間関係でも同じだと思う。実際、花は自分を変えようとしているわけだしな」
これはただの慰めの言葉じゃない。高いレベルでサッカーをしていた事と、何度もループして多くの人と関わる中でその答えが導き出された。
「意外……でした。肯定されるなんて」
「まぁ長く言ったが、要は悲観せずポジティブに捉えろってことだ。それに――」
「それに?」
「重い過去と向き合っているのって、主人公っぽくていいだろ?」
「……っ!」
雲間から遮られていた光が射し込んでくる。それは花を淡く照らした。彼女は大きな瞳をキラキラとさせ、固まっていた表情を氷解させる。
「そう……ですね……! 主人公みたいです……!」
「ああ。これからも疑いまくればいい。その上でいつか、自然に信じられればいいと思うぞ。そうすれば、好きっていう感情もついてくる」
そうだ、花には明るい顔が相応しい、ついそう誰目線かわからない感想を抱いてしまう。
「師匠は……何だか凄く大人に見えます。人生を何周かしているみたいな」
「そ、そうか?」
芯をついた感想に少しぎくりとする。確かに高校三年間ではあるものの、周回はしているのだ。
「色んな面で主人公っぽくて、本当に物語のキャラクターに見えてきます」
「俺は主人公的じゃねぇよ。……あれだ、今の俺の言葉は、頑張ろうとしていたお前を堕落させようとする、悪魔の囁きだからな」
「ふふっ」
主人公扱いに反論するも、生暖かい視線と微笑みで受け流される。ちょっと腹立つ。
「でもですね師匠。何だかボク、師匠だけは他の人と違う安心感があるんです。それが信頼からなのか、まだ分からないんですけど……特別だって感じてて、前に進めそうって思わせてくれるんです」
「そ、そうか。でも、それも疑った方がいいかもな」
特別だと言われて、変な解釈をしてしまいそうになるが、勘違いはしない。
「また悪魔の囁きですね。……あの師匠、囁きついでに聞きたい事があるんです」
「うん?」
「……どうしてサッカーをやらないんですか? もし悩んで苦しんでいるなら、師匠みたいにボクも手助けしたいです」
ずっと気になっていた、といった感じでそう尋ねてくる。
花のその心遣いは素直に嬉しかった。ただ、俺の場合はもう諦めの境地に入っている。花に話す必要はない、そう思うのだが彼女がそういう過去を開示してくれた以上こちらも何かを見せるべきだろう。
「……中ニの時に練習中足を骨折したんだ。純のスライディングを受けてな。事故だったんだよ。それからリハビリをして、復帰した。だが、サッカーをするとその時の事がフラッシュバックして、思うように体が動かせなくなって。それで、嫌になって止めたんだ」
その光景は良く夢に見るせいで鮮明に記憶に焼き付いている。
「今も……サッカーをするとそうなっちゃうんですか?」
「まぁ遊びくらいなら大丈夫だが、それ以上は無理だな。ま、もう諦めたから気にする事は――」
「決めました、改めてですけどボクがサッカーに復帰のお手伝いをします!」
と、俺の意見を聞くことなくそう言ってきた。その声には非常に面倒な事に強い意志を宿していて。
「いや、いらんけど」
「師匠は本音を隠しますからね。大丈夫です、わかってますから。安心して下さい、ボクと一緒に頑張りましょう!」
「いや、わかってねぇよ!」
俺の意志を無視して現状を変えようとする、どっちかといえばこいつの方が悪役ムーブをしている。
「全くいらないんだが、ちなみにどう手伝う気なんだ」
何も考えていなかったのか花は考え込むも、一つ思いついたように顔を上げる。その頬は何故か紅潮していた。
「その……ボクはサッカーの事は良く分からないので直接はサポートはできません。けど、師匠がボクに安心感をくれて勇気づけてくれたように……えっと恥ずかしいんですけど、師匠にとって心を預けられる大切な人になれたならと。そうすれば、困難に立ち向かう時に精神的に後押し出来ると思うんです。あ……いや、大切というのは、恋愛的なのではなくてですよ!」
みるみるうちに耳まで真っ赤にしていく。そして勘違いさせまいと、手をワタワタさせて補足してくる。
「……本当に良く言えるよな。こっちも恥ずいわ」
こっちまで顔が熱くなってしまう。
「も、もう! いくら師匠でも怒りますからね!」
「わ、悪い悪い。って痛いから止めてくれ」
ポコポコと軽く叩いてくる。目をつぶってやってくるから、顔とかにも当たって普通に痛い。
「そういうところですよ、師匠」
「こっちの方が悪役的でいいだろ。……ま、お前のそのはっきりと言葉にするのは主人公っぽかったけどな」
「……え、えへへ。そう、ですかね」
変に褒めてしまったせいで、途端に生ぬるい空気感になってしまって、俺の体も少し火照ってくる。
「……」
「……」
誰か助けてくれ。俺にはこの状況を打開する方法が思いつかなくて、意味もなく文字を追って時間をやり過ごすしかできなかった。
「八鬼先輩ー来ましたよー」
「……来たわよ」
ナイスタイミングに、二人が教室に入ってくる。
「良く来てくれました。ささ、座ってください」
「え、ええ」
「というか二人共顔赤くないですか?」
花はあまりにも平静を装うのが下手すぎる。そのせいで小さな違和感に気づかれてしまった。
「気のせいだろ」
「そ、そうですよ。普通に過ごしていただけですよ?」
「……何か怪しいわね」
今すぐ黙らせないとボロが出てしまう。俺は一度咳払いをして話題を変える。
「それよりも時間は有限だ、さっさと活動を始めよう」
「露骨に変えるわね」
「うるさいうるさい。いいからやるぞ」
自分でも強引過ぎとは思うが恥を忍んで突き抜ける。
「師匠もそう言ってますし、早速主人公同好会スタートです」
深く突っ込まれることを防ぎ、花のその掛け声と共に同好会がスタートした。
ただその日はいつも以上に花の事を意識してしまい、三葉や天堂さんから疑いの眼差しを向け続けられた。
「ねぇ英人。七海くん、後藤さんに告白するみたいだよ! 弟子がとられちゃうかも」
「弟子じゃないし、興味もない」
いつものパターンではないがこの展開は知っているものだ。俺は平静を保ちリュックを背に背負った。
「英人、リュックのチャック忘れてるよ」
「あ」
「やっぱり気になるんだ」
「してない! じゃあな」
俺はチャックを閉めて気を取り直し教室を出る。
「師匠さーん、大丈夫かー?」
「弟子に彼氏できちゃうかもねー」
「……」
花の師匠呼びはクラス中に広まっていて、そのせいで煽りが飛んでくる。だが、俺はそれを華麗にスルー。ちなみにトイレにでも行っているのか三葉の姿はなかった。
同好会の無人の部室に行くと、扉の窓越しに中から光が漏れていた。誰か先に来ているらしく近づくと中から真剣な花の声が聞こえて。
「気持ちは嬉しいんですけど……ごめんなさい!」
「そうか……。悪かったな変な事言って。忘れてくれ」
のぞき込むとその少し鋭く低い声の主は、やはり七海だった。どうやら告白イベントに出くわしてしまったらしい。それも、イレギュラーなパターンの。少しの驚きはあったが、それ以上に花の答えに安心している自分がいて少し嫌だった。
「げっ……」
一旦避難しようとする間もなく扉がスライドして、七海がでてきてしまった。
「……」
俺と目が合うと露骨に顔をしかめてギリッと睨んでくるも、すぐに視線を背けて無言のままその場を立ち去った。
「師匠……」
七海が開けっ放しにしたせいで花が俺に気づいてしまう。めちゃくちゃ気まずい。
「もしかして、聞こえましたか?」
「まぁな。最後のとこだけ」
「ですよね……」
普段の明るい様子は影を潜めて、花は明らかに落ち込んでいる。そのギャップにこちらも調子が狂ってしまう。
「何か、飲むか?」
「え」
俺は教室に入り花の隣の席にリュックを置いて財布を取り出した。花は瞳をパチクリとしてこちらを見ている。
「甘いものでも飲んだら気が少しでも晴れると思ってな。奢るよ」
「そんな、悪いですよ」
「いいから。それに、そっちがそんな調子だとこっちも変になるんだよ」
譲る気はないと悟ったのか花は困ったような苦笑を浮かべて。
「……じゃあ、温かいココアを」
「了解」
一階に降りて、花の分とついでに俺の分の麦茶を買ってすぐに戻る。
花は席に座って物憂げち窓の外を眺めていた。その空は灰色の雲に覆われていているが、向こう側にある陽の微かな光によって、少し明るかった。
「ご注文の品」
「あ、ありがとうございます」
俺も座り少し乾いていてた喉を麦茶で潤した。花は、熱いため蓋を開けてからふうふうと少し冷ましてから、ちょびちょびと飲む。
「……はー」
花は飲んでから安堵と疲労が混ざったため息をつく。それから俺も彼女も話すことなく、手持ち無沙汰にドリンクに口をつけていた。
俺と花だけというのは何だか久しぶりだ。四人でいるのが多くなっているが、最初は花と二人きりだった。いや、そもそもここは一人でいるためのだけの場所で。だが今は、二人でいるのですら少し変な感じがしてしまう。
「……ふふっ」
「何だよ」
ふと、花がこちらを見ているのに気付き目が合うと淡く微笑む。普段と違う穏やかな雰囲気で。
「改めて師匠は、優しくて気遣いの出来る方なんだなって思ったんです。悪役好きなのに」
「さっきも言っただろ、俺のためだって」
「はいはい、そうですね」
俺の心を見透かしたような反応は気に食わないが、多少元気になったようでほっとする。それからまた静寂の中を花の様子を伺いながら過ごしてから。
「……あれだな。告白、断ったんだな」
どうしても気になってしまい、そう踏み込んで尋ねる。
「仲は悪くなかったよな」
「はい、去年も同じクラスでしたし、悪い関係ではなかったと思います。でも……」
花はそこから押し黙ってしまう。何か悩んでいるようで、じっとココアを見つめ続ける。
だが、しばらくすると意を決したように、ココアを力強く掴むとごくごくと一気に飲み干した。
「ほっ……師匠なら大丈夫、かな」
自らに言い聞かせるようにそう呟くと、それから花は心の内をぽつぽつと明かしてくれた。
「ボク、中学の頃友達に裏切られた事があるんです。その時は他にも大変な状況にあって、精神的に凄く辛くなっちゃって。それで人と仲良くしたり信じたりするのが難しくなったりして」
花は重々しく言葉を紡いで話す。
「今は少しずつ良くはなっているんです。クラスにも沢山の友達がいますから。けれど、深い関係は誰一人いなくて。それは人を好きになりきれなかったり信用しきれなかったり、するからなんです」
「そういえば言ってたもんな、好きになりたくないみたいな事を。なるほど、それで七海の事も」
その時血圧がどうのこうのと軽い感じで言っていたが、それは深刻さを隠すための鎧だったようだ。
「はい……だから今でも師匠や皆の事を信頼して好きになりきれそうな自分と怖がってそれを否定している自分がせめぎ合ってて。ボクに良くしてくれているのに、最低……ですよね」
最後にそう締めくくって自嘲気味に笑う。その姿を目にすると、胸がチクリと痛んで似合わない、そう感じた。
「こ、こんなに重い話しちゃったら困り……ますよね。ごめんなさい師匠、やっぱり聞かなかったことに――」
「良いんじゃないか。別に信用しなくても」
「……へ?」
俺の答えに文字通り目を丸くして、呆けたような声を出した。
「疑うって悪い事じゃないぞ。実際、変な奴もいるわけだし、リスクを抑える意味でも重要だ。それに、自分を高める上でも必要な能力だしな」
「高めるって?」
「スポーツでは特になんだが、自分や相手を疑える奴は、常に自身を向上させ人に流されず誤った道に進みづらい。それは、勉強でも人間関係でも同じだと思う。実際、花は自分を変えようとしているわけだしな」
これはただの慰めの言葉じゃない。高いレベルでサッカーをしていた事と、何度もループして多くの人と関わる中でその答えが導き出された。
「意外……でした。肯定されるなんて」
「まぁ長く言ったが、要は悲観せずポジティブに捉えろってことだ。それに――」
「それに?」
「重い過去と向き合っているのって、主人公っぽくていいだろ?」
「……っ!」
雲間から遮られていた光が射し込んでくる。それは花を淡く照らした。彼女は大きな瞳をキラキラとさせ、固まっていた表情を氷解させる。
「そう……ですね……! 主人公みたいです……!」
「ああ。これからも疑いまくればいい。その上でいつか、自然に信じられればいいと思うぞ。そうすれば、好きっていう感情もついてくる」
そうだ、花には明るい顔が相応しい、ついそう誰目線かわからない感想を抱いてしまう。
「師匠は……何だか凄く大人に見えます。人生を何周かしているみたいな」
「そ、そうか?」
芯をついた感想に少しぎくりとする。確かに高校三年間ではあるものの、周回はしているのだ。
「色んな面で主人公っぽくて、本当に物語のキャラクターに見えてきます」
「俺は主人公的じゃねぇよ。……あれだ、今の俺の言葉は、頑張ろうとしていたお前を堕落させようとする、悪魔の囁きだからな」
「ふふっ」
主人公扱いに反論するも、生暖かい視線と微笑みで受け流される。ちょっと腹立つ。
「でもですね師匠。何だかボク、師匠だけは他の人と違う安心感があるんです。それが信頼からなのか、まだ分からないんですけど……特別だって感じてて、前に進めそうって思わせてくれるんです」
「そ、そうか。でも、それも疑った方がいいかもな」
特別だと言われて、変な解釈をしてしまいそうになるが、勘違いはしない。
「また悪魔の囁きですね。……あの師匠、囁きついでに聞きたい事があるんです」
「うん?」
「……どうしてサッカーをやらないんですか? もし悩んで苦しんでいるなら、師匠みたいにボクも手助けしたいです」
ずっと気になっていた、といった感じでそう尋ねてくる。
花のその心遣いは素直に嬉しかった。ただ、俺の場合はもう諦めの境地に入っている。花に話す必要はない、そう思うのだが彼女がそういう過去を開示してくれた以上こちらも何かを見せるべきだろう。
「……中ニの時に練習中足を骨折したんだ。純のスライディングを受けてな。事故だったんだよ。それからリハビリをして、復帰した。だが、サッカーをするとその時の事がフラッシュバックして、思うように体が動かせなくなって。それで、嫌になって止めたんだ」
その光景は良く夢に見るせいで鮮明に記憶に焼き付いている。
「今も……サッカーをするとそうなっちゃうんですか?」
「まぁ遊びくらいなら大丈夫だが、それ以上は無理だな。ま、もう諦めたから気にする事は――」
「決めました、改めてですけどボクがサッカーに復帰のお手伝いをします!」
と、俺の意見を聞くことなくそう言ってきた。その声には非常に面倒な事に強い意志を宿していて。
「いや、いらんけど」
「師匠は本音を隠しますからね。大丈夫です、わかってますから。安心して下さい、ボクと一緒に頑張りましょう!」
「いや、わかってねぇよ!」
俺の意志を無視して現状を変えようとする、どっちかといえばこいつの方が悪役ムーブをしている。
「全くいらないんだが、ちなみにどう手伝う気なんだ」
何も考えていなかったのか花は考え込むも、一つ思いついたように顔を上げる。その頬は何故か紅潮していた。
「その……ボクはサッカーの事は良く分からないので直接はサポートはできません。けど、師匠がボクに安心感をくれて勇気づけてくれたように……えっと恥ずかしいんですけど、師匠にとって心を預けられる大切な人になれたならと。そうすれば、困難に立ち向かう時に精神的に後押し出来ると思うんです。あ……いや、大切というのは、恋愛的なのではなくてですよ!」
みるみるうちに耳まで真っ赤にしていく。そして勘違いさせまいと、手をワタワタさせて補足してくる。
「……本当に良く言えるよな。こっちも恥ずいわ」
こっちまで顔が熱くなってしまう。
「も、もう! いくら師匠でも怒りますからね!」
「わ、悪い悪い。って痛いから止めてくれ」
ポコポコと軽く叩いてくる。目をつぶってやってくるから、顔とかにも当たって普通に痛い。
「そういうところですよ、師匠」
「こっちの方が悪役的でいいだろ。……ま、お前のそのはっきりと言葉にするのは主人公っぽかったけどな」
「……え、えへへ。そう、ですかね」
変に褒めてしまったせいで、途端に生ぬるい空気感になってしまって、俺の体も少し火照ってくる。
「……」
「……」
誰か助けてくれ。俺にはこの状況を打開する方法が思いつかなくて、意味もなく文字を追って時間をやり過ごすしかできなかった。
「八鬼先輩ー来ましたよー」
「……来たわよ」
ナイスタイミングに、二人が教室に入ってくる。
「良く来てくれました。ささ、座ってください」
「え、ええ」
「というか二人共顔赤くないですか?」
花はあまりにも平静を装うのが下手すぎる。そのせいで小さな違和感に気づかれてしまった。
「気のせいだろ」
「そ、そうですよ。普通に過ごしていただけですよ?」
「……何か怪しいわね」
今すぐ黙らせないとボロが出てしまう。俺は一度咳払いをして話題を変える。
「それよりも時間は有限だ、さっさと活動を始めよう」
「露骨に変えるわね」
「うるさいうるさい。いいからやるぞ」
自分でも強引過ぎとは思うが恥を忍んで突き抜ける。
「師匠もそう言ってますし、早速主人公同好会スタートです」
深く突っ込まれることを防ぎ、花のその掛け声と共に同好会がスタートした。
ただその日はいつも以上に花の事を意識してしまい、三葉や天堂さんから疑いの眼差しを向け続けられた。



