生まれた時から心臓が弱かった。
 一番古い記憶は三歳の頃、体中に管を繋がれて、白い天井を見上げていた。痛くて苦しくて、早く楽になりたい一心だった。
 けれど、楽になれる日なんて来なかった。退院しても、また入院しての繰り返し。幼い日の私の記憶は、白衣の医師と看護師……それから、私の病気のことで喧嘩する両親の姿で埋め尽くされていた。
 そんな二人が離婚したのは、私が幼稚園の頃。治療方針で意見が分かれてサヨナラしたと、後でお母さんから聞いた。
 私はお母さんと一緒に、神奈川県から兵庫県に引っ越してきた。明石にいる心臓の名医に診てもらうために。
 なんの意味があるのだろう。こんなガラクタのような心臓をツギハギにして、私の心を傷つける代わりに、壊れる時を先延ばしにする。
 大人が嫌いだった。容易くがんばろうと言う医師も、いつも無理して笑うお母さんも、私を捨てたお父さんも、腫れ物に触るような扱いをする教師も。私がなれないであろう年齢に至った人間に、私の気持ちなんてわかるはずがない。
 同年代は知らない。幼稚園も休みがちだったし、関わることがないから。きっとこのまま空気のような存在でいて、誰の心にも残らず消えていくのだろう。だけどそれでいい、私は最初から生まれていなかったんだから。そう思っていたのに――。
 彼は突然話しかけてきた。幼稚園の部屋の隅っこで、黙って絵本を読んでいた私に。最初は本当に煩わしくて、無視していればすぐあきらめるだろうと思っていた。
 それなのに拓人はあきらめなかった。何度無視しても、冷たくあしらっても、毎日しつこく話しかけてきた。気遣いとか善意とかじゃなく、心から私と仲良くなりたいという目で。
 それがとても珍しかったから、魔が差したのかもしれない。拓人に誘われて家まで行って、初めてそこで、彼がピアノを演奏する姿を見た。
 拓人は知らないでしょう?
 誇らしげにピアノを弾く拓人が、どれほど私の目に眩しく映ったことか。
 だから私もピアノを弾いた。上手く弾くことができれば、拓人にもっと近づけるような気がしたから。
 けれどピアノは私たちの間に深い溝を作った。私が初めてピアノを弾いた、あの時の拓人の顔を今でも鮮明に覚えている。
 拓人に出会って、私は憎いものが山ほどできた。拓人を惹きつけてやまないピアノも、拓人の性格を利用してそばに居座る幼馴染も、爆弾を抱えたこの体も。