アオハルのタクト〜世界一憎くて愛おしい君〜

「拓人くん、久しぶりやなぁ、優希のことよろしく頼むで」

 赤い顔で片手に持ったグラスを振りながら、俺に声をかけたんはハタチくらいの青年。最初は誰かわからんかったけど、優希の言葉で思い出した。「やめてよ、お兄ちゃん」って、恥ずかしそうに言われても、注意のうちに入らん。
 ローテーブルにのったビール瓶、日本酒の紙パック、食べかけのおかきやチータラ。なんで我が家の集まりに、優希の両親に兄貴まで来てるんや。そんな気持ちを込めて、親戚の輪に入る父さんと母さんを見た。だけどいずれも反応はなく、受け取り手のない視線は宙を彷徨うだけ。ああ、なるほど、周りから固めようって。そうしたら俺なんて、簡単に流されると思ったわけや。

「こんな可愛らしい子を紹介してもろて、ええお盆になったわ」
「もうすぐ明石の駅前にタワマンができるらしいな、じいちゃんが買うたるからそこに住んだらどうや」
「まあ、お義父さん、気が早いですよ」

 祖父母の浮き足だった台詞に、ドッと笑いが起きる。なにが可笑しいんか、まったく理解できん。誕生日の人間を肴に、煽る酒やつまみはそんなに美味いんか。醜態を晒している自覚もない、澱んだ空気に呼吸が浅くなる。それやのに、優希が「たっちゃんもおいでよ」って腕を引っ張るから、力いっぱい弾いてもうた。
 無性に腕に触られるのが嫌やった。だってこれはあいつの、いや俺の――あれ、誰のものやったっけ?

「ごめん、またコンクールあるし、手に神経使ってて……」

 驚いた様子の優希に、急いでそれらしい理由をつける。

「そういえば、拓人はピアノが好きやったね」

 静まり返った空気の中で、最初に口を開いたんはばあちゃんやった。ローテーブルを越えた真ん中に座り、おかき片手に目を細めている。

「最近は賞も取って、活躍してるんやろ」

 ばあちゃんに続いて、隣に座るじいちゃんが言った。白髪染めをして身なりも整えているから、実年齢より若く見える。そんな二人にピアノの話をされて、ピクリとアンテナが立つ。賞賛の味を覚えた細胞が、前兆を察して待ち侘びる。

「さすが二人の子やね」

 次いで発された言葉を、受け取る器はなかった。文字の連なりが生む意味を知った時、三秒前の自分を殺したくなった。

拓也(たくや)は努力家で甲斐性があるし、人絵(ひとえ)さんは絵が上手で芸術の才能があるから、受け継いだんやな」
「ちゃんと結婚して孫こさえて、親孝行せなアカンよ」

 腕が震える。ピアノを弾けと叫ぶ。自分のあるべき場所へ――戻りたい、戻れない。もうどこにもない、俺だけの清い空間。

「……ははっ、は」

 歪んだ口から、痙攣したような声が漏れる。俺はなんでここにおる。あの時、強引に連れていってくれたらって、また人のせいにして。扱いきれん魔法のタクトに振り回されて、いずれ飲まれる。彼女の膨大な才能に。