アオハルのタクト〜世界一憎くて愛おしい君〜

 高校最後の夏休み、ピアノに明け暮れながら、流されるように時が過ぎてゆく。ピアノが上達するほど、日常生活での腕は重くなった。俺の手は生きるためやなく、鍵盤を弾くためだけに存在しようとしていた。 
 十八歳の誕生日を目前に、俺は同じ行いを繰り返す。二年前のあの時以来、親に歯向かうこともなくなった。穏便な泥の一部になれば、俺の心はきっと守られると信じて。
 言われるまま頷く俺を連れて、同じ道沿いにある、父方の祖父母の家に向かう。徒歩五分の近所に住んでいるから、父さんや母さんは普段から交流があるらしい。
 晩御飯を一緒に食べるだけやのに、集合は決まって夕方。年寄りの朝は早いからか。時の流れが違う。考えも、時代も。それでも丸く収まると思い込めるんは、血縁という頼りない絆を過信しているせいか。
 昔ながらの瓦屋根が目立つ大きな平屋。父さんが鍵を開けて中に入ると、玄関いっぱいに靴が置かれている。父さんたちに続き、スニーカーを脱ごうとした時、一足のサンダルが目についた。オレンジの花飾りがついた黄色いそれに、見覚えがあった。ついこの間、うちの玄関でも――いや、まさか。
 悪い予感が立ち込める中、薔薇が刺繍された玄関マットを越え、フローリングの床を進む。先を歩いていた父さんが、正面にあるリビングの扉を開けると、横についていた母さんが、中に向かって笑いかけた。いつもこの家に来る時よりも、明るく楽しげな表情。対する俺は、リビングに近づくほど霧が増してゆく。
 
「たっちゃん、いらっしゃ〜い!」

 半開きのドアに両手を添え、ひょこっと顔を出したんは、黄色いサンダルの持ち主やった。
 今日は祖父母と食事を一緒にするだけって聞いてたのに、なんでお前がおるんや。そう言いたいのに、泥の一部になった口は、硬くて動きもせん。

「あっ、ごめんなさい、あたしの家でもないのにいらっしゃいなんて」
「ええんよ、優希ちゃんはいずれ、家族になるんやから」

 リビングの内側を向いた優希は「わぁ、ありがとうございます」って、満面の笑みで好意に応える。今の台詞は母さんやない。少ししゃがれたテンポの遅い話し方は、今年七十を迎える祖母やろう。
 祝福を被った魔の手に掴まれ、一歩足を踏み出せば、奥の広間におる全員と目が合った。テレビの前にある、ローテーブルを囲むように座った親戚一同……父さんや母さんの兄弟に混じった、赤の他人たち。