アオハルのタクト〜世界一憎くて愛おしい君〜

「水島くんも、あまり遅い時間に出歩いてはいけませんよ……ほら、柳瀬くん、行きましょう」 

 浅井先生はパッと顔を背けると、階段を上がり出す。
 学校が休みの土曜日、こんな遅い時間まで、不良の生徒指導? それがほんまなら、よほど教育熱心というか、行きすぎたお節介な気もする。いや……そんなわけないか。さっきの先生の必死さや、縋りつくような表情は、正義感なんて綺麗な言葉では済まされんやろう。

「先生と仲ええん?」

 試しに俺が聞いてみると、柳瀬は俺から目を動かした。釣られるように柳瀬の視線を追うと、そこには浅井先生の後ろ姿がある。その時にはすでに先生は階段を上りきっていて、芝生に足を踏み入れていた。
 公園の出入り口に向かう後ろ姿、華奢な背中を隠す、さらりとした黒髪。いつもは一つに束ねられたそれを、なんで今は下ろしてるんやろう。誰かに見せるためか、もしかしたら……柳瀬に。

「後ろ姿は悪ないやろ」

 ポツリと呟くように聞こえた声に、俺は僅かに瞼を開いて振り向いた。
 俺よりずっと整った顔立ちで、柳瀬はまだ彼女を眺めていた。
 確かに、髪も、背丈も、体型も……似てる。ああ、だからかって。悟ったところで、責める権利なんかない。柳瀬は柳瀬なりに、もがいてるって気づいたから。

「死に損ないはお前だけやないみたいや」

 柳瀬は最後にほんの少しだけ笑った。嘲るように、僅かに傷ついたように……静かに零して、俺と目を合わさずに階段を上っていった。
 誰もいなくなった海際、明石海峡大橋のライトが、浅井先生と、後に続く柳瀬の背中を照らす。
 柳瀬が片足を出した時、海に落ちるんやないかって思った。焦ったんは、柳瀬の命が大事やからやない。先を越される気がしたから。なんでそんな簡単に、お前はあいつに近づくことができるんやって。
 おかしいな。これやと、まるで俺が、柳瀬を羨んでるようや。
 全部手に入れたはずやのに、一番欲しいプレゼントをもらったはずやのに……なんで俺は、こんなに息苦しいんやろう。