アオハルのタクト〜世界一憎くて愛おしい君〜

 赤、紫、青、緑、黄色……さまざまな色が順に巡り、やがてレインボーになる。
 ちょっと夜風に当たりたい。そんな理由をつけて、夕飯を食べずに家を出た。
 灰色と赤が混じったようなコンクリートでできた地面、突き出た段差に座った俺の後ろには芝生の公園、前には瀬戸内の海が広がっている。斜め上の前方に、ちょうど明石海峡大橋の全貌が見える。
 海沿いの風に頬をくすぐられながら、俺はぼんやりと視界に映る景色を眺めていた。膝の上に置いた手は、静まり返って微動だにしない。四時間近く暴れ続けたんや、さすがに気が済んだのかもしれん……今日の分は。
 足が棒になるってよく言うけど、俺の場合は腕が棒になってる。厚い皮でも被ったように、今はもう、痺れて痛みすら感じん。
 それでも俺は、この手を捨てるわけにはいかん。これは俺を……その他大勢の中で、『水島拓人』という人間に形成してくれた唯一の武器やから。
 なのに、なんで俺は、またここにおるんやろう。
 まるで『あの日』を辿るように、自転車なんかに乗って、同じ時間、同じ場所に来たんやろう。
 そんなことをぼんやり考えていると、ふと視界の隅に見覚えのある姿が映った。
 モデルみたいな体型に、濃いブルーのシャツと黒っぽいジーンズ。海色のさらりとした髪が潮風に静かに靡く。
 俺は大して驚きもせんかった。なんやろう……この場所にこいつがおることに、違和感がなかったからかもしれん。約束もしてないのに、まるで引き寄せられるように集った男二人。

「なんで、ここにおるん?」

 柳瀬は俺から少し離れた場所で、階段の上に立ち止まった状態で海を見てる。いや、海越しに、もっと違うなにかを見ている気がした。

「どこや?」

 柳瀬は俺に振り向きもせず、正面を向いたまま問いかける。

「……え?」
「春歌が落ちた場所」

 疑問で返す俺に、柳瀬は相変わらずハッキリとした口調で答えた。俺はこいつがその名前を口にする度、ドキリと心臓が弾む。
 だったらなんで話しかけたんや。この間、廊下ですれ違った時といい、これも一種の自傷行為とでもいうんやろうか。今の俺は、そんなことする必要ない。完璧な天才のはずやのに。
 嘘や。完璧ならこんなに腕が震えるはずない。天才なら、恐怖をも克服できる……この暗い海に飛び込んだ、そう、あいつみたいに――。
 この時、柳瀬は初めて俺を見た。手を上げることすら叶わん俺を。