アオハルのタクト〜世界一憎くて愛おしい君〜

「突ついたってなにも面白いことなんて出てきやしねえ。芸術家特有の独特な雰囲気もなけりゃあ、人を惹きつける花もない」

 俺の取材をした中年男性が言った。ため息混じりに、片手のひらを空に向けて。

「本当、ガッカリですね。演奏は鳥肌が立つほど素晴らしいのに……なんか、ピアノを弾いてる本人と、演奏が繋がらないっていうか」

 もう一人の若い男性が言った。心底残念そうに、容易く真理を突きながら。
 まるで世界が止まったようや。それやのに、二人の台詞だけがやたらリアルに俺の脳に流れ込んでくる。
 向かい合って話し出す二人、もう聞いていたくないのに、逃げ出すこともできずに立ち尽くす。
 
「そんな噂を耳にしたから取材を依頼してみたが、ありゃあ意外性というよりも違和感だ。奇妙ではあるが、興味が湧かねえし深掘りする価値もねえな。適当に理由つけてお蔵入りにすんぞ、とても記事にできそうにないからな……あんな、つまんねえやり取り」

 どこかで聞いたことがある台詞に、俺は心臓を貫かれる心地がした。

『つまんない、以上』

 そんなわけない。今の俺は天才なんや。つまらない……なんて言葉は、俺から一番遠いはずやのに。
 力なく開いた手のひらから、届けるはずやったハンカチが滑り落ちた。
 次の瞬間、ビクッと引き攣る二の腕。そこからピンと糸が張ったかのように、指先まで力が入る。あいつを失ったあの日から、とめどなく経験し続けているこの感覚。
 抵抗する間もなく、自分自身の腕に引っ張られ、俺は元来た道に連れ戻される。砂漠で水を求めるかのように、俺はピアノを求める。否、俺の『手』が――。
 玄関で靴を脱ぐことさえ許されず、土足のままリビングに駆け込む。そして、ピアノの椅子に身を投げ出すように座ると、演奏が始まる。
 俺の腕が踊る。指先が鍵盤を駆け巡り、螺旋のような旋律を奏でる。
 なにかを俺に訴えてるつもりか、こんなデタラメな音楽でも、周りを惹きつけてやまない、実力差……それを見せつけようっていうんか。
 リビング内にいた母さんと優希の視線を感じる。見なくても、今どんな顔をしてるかわかる。
 感嘆による恍惚の表情……それしかない。なんでわかるかって? 二年前、俺自身がそうやったから。
 
「……すごい、たっちゃん、なんでも弾けるんやね」
「怖いぐらいの才能よね、たまにこうして、どうしようもなく弾きたくなる衝動に駆られるみたいで」

 嬉しそうな母さんの声。踊り狂う、着地点のない手。

「……でも、ちょっと様子が……顔色も悪いような」
「ダメよ、ゆうちゃん、今はそっとしてあげて。きっと私たちには理解できない、彼にしかわからない世界があるから……そう、たっちゃんは……私の息子は天才やったんやから、ふふふ」

 イカれてるんは、俺か、周りか、それともお前か――。痛む手に振り回されながら問いただしてみても、答えは俺の手に届くところにはなかった。