翌日の土曜、父さんは仕事関係で不在やったから、俺と母さん、そして優希で客人を待ち構えていた。やがて午後一時を過ぎた頃、俺の家を取材陣が訪れる。
 インターホンが鳴ると急いで迎えに出る母さん。俺もそれに続いて、玄関まで足を運んだ。
 最初に入ってきたのは、四十代くらいの中肉中背の男性。短めの黒髪に四角いメガネ、イエローのポロシャツに暗めのジーンズ。シンプルな装いやけど、ちょっと小洒落たように見えるのは、業界人っていうフィルターがかかっているからやろうか。
 彼が自己紹介しながら名刺を渡すと、母さんは喜んでそれを受け取り、家の中に招き入れる。すると、続いて数人の男性が現れ、あっという間に玄関はスニーカーでいっぱいになった。
 最初に入った中年男性と、次に続いた若い男性は、雑誌の取材記者。それ以外は撮影班らしく、大きな照明器具をたくさん抱えていた。
 前に一度だけ、テレビに出たことがあったけど、小さな地方番組やった。今回のは、全国……いや、世界中に翻訳して発売される雑誌の取材。しかも音楽の専門誌。俺自身も買って読んだことがあるそれに、自分が出演できるなんて……発売時を想像してすでに胸が高鳴る。
 いつも以上に綺麗に整ったリビングで、撮影のセットが組まれる。母さんはお茶出しの準備、優希は邪魔にならんように、リビングの端に身を寄せていた。
 俺が座る場所は、自慢のグランドピアノの前。取材する中年男性は、俺の前に用意された椅子に座り、向かい合う形になる。
 彼は取材内容を確認しているのか、スマホの画面に指先を滑らせていた。それからジーンズのポケットからイエローのハンカチを出すと、徐に額を拭い始めた。それを見た母さんが、すかさず話しかける。

「もう少し温度下げましょうか?」

 すると男性は、母さんに顔を向けて困ったように笑った。

「いえいえ、大丈夫です、私が暑がりなだけなので」

 そう言うと、ささっとハンカチをポケットに突っ込み、改めて俺の方を向いた。

「それでは、よろしくお願いいたします」
「はい、よろしくお願いします」

 互いに軽く下げた頭をすぐに起こすと、取材が始まる。まずは俺の名前、生年月日、いつからピアノを始めたかなど、自己紹介をして、それから彼の質問タイムになった。

「ここ数年、目覚ましい活躍ぶりが注目されていますが、ご自身の中で変化はありましたか?」

 関東弁のイントネーションに懐かしさを覚えながら、落ち着いて言葉を選んでいく。

「いえ、特には。いつもと変わらず生活しています」
「では周りの方々に変化はありましたか?」
「そうですね……褒められることが多くなりました」
「当然ですよね、こんなに結果を出されているんですから。拓人さんは見た目もカッコイイですし、女性にモテて大変だったりしませんか?」
「いやぁ、そんなことありませんよ」

 ふふふ、あはは……と、笑いが漏れて、和やかな雰囲気が流れる。
 注目されて嬉しいとか、女性にモテて鼻の下を伸ばしてるとか、浮かれてる空気なんか一切出さん。ピアノ一筋のストイックな男子高校生……天才ってこんな感じやろ。大丈夫、上手くやれてる。俺は完璧やった。確かに、この瞬間までは。