そんなことを考えているうちに、Eは立ち止まって、体ごと俺を振り返る。俺も立ち止まると、微妙な距離を保った状態で向かい合った。
 この時間はセミも鳴いてないし、運動部の声はここまで届かんから、辺りは静まり返っている。
 
「……あたし、水島くんのこと気になってて」

 目を泳がせながら、リンゴみたいなほっぺで小さく口にする。いざ、モテる人間になってみると、こんなもんかと思う。好きでもない奴に好かれたところで、喜ぶどころか迷惑なだけや。
 こんな気持ちを知ることができたのも、今の俺になったから。ピアノで有名になったから。仕方ないやろ。だって、お前らはそんな俺を好きになったんやから。

「よ、よかったら、あたしと付き合って!」

 優希みたいに、いろんな柵がない女子は楽や。言いたいことだけ言わせて、断ればおしまいなんやから。

「……俺のなにがええん? 気になってたって、いつから?」

 返事は決まってるくせに、少し含みを持たせて問いかける。
 するとEは少し驚いたように顔を上げると、それから視線を下げた。さっきみたいに、ドキドキしてるからじゃない。気まずそうに動く瞳は、自分の中にある欲望を察したからか。

「えっと、二年くらい前からかな。ピアノがすごい上手って聞いて、意識するようになって……こないだも大きなコンクールで優勝したとか。あたしと同い年やのに、すごいなあって思って」

 予想通りの答えは、俺の耳から耳へと抜けていく。彼女なりに工夫してくれたみたいやけど、なにも響かん。恐ろしいほどに平凡な理由。
 それならいっそのこと『将来有望なピアニストの恋人になりたい』って言ってくれた方が清々しいのに。
 まあ、そんな勇者は、もうこの世にはおらんやろう。
 
「……ごめん」

 少し眉を下げて申し訳なさそうに言うと、Eは目を見開いてショックを受けた様子やった。いけると思ってたみたいや。さっきまで名前すら知らんかったのに。

「なんで? やっぱり、沢井さんと付き合ってるの?」

 そんな台詞が出るってことは、優希と俺がよく一緒にいるのを知った上で……あえて優希の隣に立って待ってたんか。ドロドロしてる、女の腹ん中ってこんなもんか。
 だけど、こんな質問ももう慣れっこや。Eに来るまでの女子たちもみんな、同じように聞いてきたから。だから、俺も同じように返事をする。

「いや、優希は幼馴染やから、そういうんやないよ」
「だったら……」

 なんで、彼女がおらんかったら、自分が付き合えると思うんや。どれだけ長い間片想いして、相手に恋人がおらんかっても、上手くいかん場合なんて山ほどあるやろ……。そんな気持ちを飲み込みながら、俺はふっとにこやかに微笑んだ。

「ピアノに集中したいから、今は誰とも付き合う気ないねん」

 百点満点の答えやろ?
 天才らしい、最高の拒絶の仕方や。これなら個人を傷つけることはない。みんなに同じように言うてるんやから。自分は悪くないって思えるやろ? タイミングが悪かっただけやって言い訳できる。最近湧いて出たミーハーな気持ちなら、これで十分綺麗に片付く。