つまり、それって、俺が五百人の頂点に立ったっていうこと? ピアニストも超えて、一番を獲ったっていうことか?
 会場で名前を呼ばれて、優勝やって言われた時は、正直実感が湧かんかった。
 舞台に立って、表彰式されてる時も、どこか他人事で戸惑いが大半を占めていた。
 だけど、今になって、じわりじわりと熱いものが込み上げてくる。
 ……そうや、なにを躊躇う必要がある? 今日、あの場所に立って、舞台でピアノを弾いたのは誰でもない、俺自身やんか。

「……なあ、今日の俺の演奏、どうやった?」

 俺はゆっくりと顔を上げ、両親に問いかけた。すると二人は、今までで一番の笑顔を見せてくる。

「最高やったぞ、あのレベルなら、プロにも引けを取らんやろう」
「今までで一番よかったわ、まるでなにかがのり移ったみたいやった」

 のり移ったみたい――あながち、間違いでもないかも。
 いや、そんなことは問題じゃない。肝心なのは、今ここに存在していることなんやから。
 だから、あの拍手喝采も、輝く眼差しも、褒め称える言葉も、このトロフィーも……全部、俺のもんや。
 そう考えた途端、俺の思考や視界を、分厚く覆っていた透明の膜が取り払われた気がした。
 両親の顔がちゃんと見える。テーブルに並んだ食事が色を持ち、香りが臭覚をくすぐる。
 ……美味しそう。この時、確かに俺はそう感じたんや。
 だからそっと箸を持って、目の前の肉を挟む。クリスマス時期以外にはなかなか見ることのないミートローフ、ハムッと口に含むと、とろけるように溶けてゆく。
 ちゃんと味がする。顎を動かして、ゴクリと飲み込んだら、俺の体は意識せんでも、消化してくれるんやろう。
 自分の誕生日にあんなことがあって、あいつがいなくなって……なにも食べる気なんか起きんかったのに。
 生きていたら腹は減るし、どうせ食べるなら美味い方がええ。食欲が満たされたらきっと、幸福感に似た喜びを得て、また動けるようになる。それを消費したらまた摂取しての繰り返し。苦しみだけで生き続けるのは不可能なんや。
 なあ、春歌、お前がいないのに、俺はご飯を食べてる。こんなに簡単に、美味いって思えるんや。

「……は、はは」

 腕の震えを誤魔化すように、ギュッと力を込める。
 乾いた笑いの向こうにいる両親が、不思議そうに首を傾げた。

「いや、なんでもない……美味いよ、ありがとう、母さん……父さんも。今まで心配かけてごめん、俺、これからもっと、賞獲るから」

 あんなに反抗心を燃やしていた親に、擦り寄るようなことを言う。
 この瞬間、たぶん俺は、また春歌を裏切った。
 あの世とこの世の境を区別して、俺は前者側の人間として生きていく気持ちにシフトしたんや。