最初から食べる気なんかないくせに、毎朝同じ時間に起きて、リビングに顔を出して、家族で食卓を囲む。
 小さな頃から刷り込まれた生活習慣。長い休みでもかまわず反応する体。
 バカバカしい。そう思いながら、パジャマのままでベッドに乗ると、タオルケットを頭から被った。うつ伏せで自分の体を抱きしめるように。まるでダンゴムシや。
 だけどきっちりエアコンはかかってる。これを切れば、部屋は蒸し風呂になって、熱中症で死ねるんやろうか。
 頭で考えるだけで、実行できん俺は、きっとダンゴムシ以下の下等生物。
 八月下旬、弱ってきたセミの鳴き声を聞きながら、俺は再び目を閉じた。
 それからどれくらいの時間が経ったのか、自分の体が布団と同化しそうになった頃、コンコンとドアを叩く音がした。
 夢か現実かもわからん、奇妙な感覚の中、鉛のような体を持ち上げてドアを振り向く。
 するともう一度ノックする音が響いて、ああ、たぶんこっちが現実やって思いながら、ベッドを下りてドアに向かった。
 ゆっくりとノブを手前に引くと、廊下に立つ母さんが見える。少しだけ開いた隙間から、気遣うような、不安そうな瞳が覗く。

「……コンクール、キャンセルしとこうか?」

 なんのことかわからんかった。
 ぼんやりとした脳を叩いて、なんとか記憶を探ると、ようやく母さんの言葉の意味が出てくる。
 地元のピアノのコンクール。一次審査とかがない、いきなり結果が出る、こぢんまりとした大会。ピアノの先生の勧めで、エントリーしてたんやった。
 俺がピアノのコンクールを忘れるなんて、初めてやった。どんなコンクールでも、なにかしら結果を出せたらって、必死になって取り組んできたはずやのに。
 そういえばピアノのレッスンも受けてない気がする。最後はいつやったっけ。それについては、母さんに聞かれてすらないような。

「言いにくいならお母さんから言うとくよ、レッスンと同じように、先生に断りの連絡しとくから」

 どうやら母さんが気を回して、レッスンの欠席連絡もしてくれていたらしい。
 だからコンクールも? 高校生にもなる息子のために、親が代わりに言うって?
 一体どこまでしてくれるつもりなんやろう。
 俺がもう外に出たくないって、学校行きたくないって言ったら、それでもいいよって、一生養ってあげるとでも言うんやろうか。
 それって優しさなんか。引きこもりになる奴の心境ってこんな感じ?